見たこともない険しい表情で、大きく肩で息をしながら、ルリアが床に倒れた男を睨み付けている。
喜怒哀楽を顔中で表現する子だが、思えば怒っているところはあまり見たことがない。
男は今や、白目を剥いてピクリとも動かない。首から真っ赤な血がドクドクと溢れ出ている。
ジータは頭がくらくらしていたが、無理やり体を起こした。口の中にまだ肉片が残っていて、吐き出そうと思ったが、なんとなくルリアの前でそうすることが憚られたので、全部飲み込んだ。
ルリアが顔を上げて、ジータを見て泣きそうな顔をする。ジータの記憶が確かなら、ルリアが自分の手で誰かを殺めるのは、これが初めてだ。
そっと抱きしめた。
「大丈夫だよ。大丈夫」
ぽんぽんと背中を叩く。
「ジータ、私、わたし……」
「大丈夫。震えるのも悲しむのも後。今はここから出ないと」
今にも泣き出しそうなルリアを、半ば強引に立たせると、ジータは男の首からナイフを引き抜いた。
勢いよく血がしぶき上がる。ルリアが口を押えて顔を背けた。
「これはルリアの武器。私を悲しませたくなかったら、今みたいに躊躇しないで」
そう言いながら、ナイフを握らせる。
人を傷付けるのも、殺すのも、あくまでジータのため。そう思えば、きっとルリアも戦えるだろう。
ジータは男の腰から剣を抜いた。さすがに重たいが、使えないほどでもない。
頭も肩も腹も痛いが、とにかく今はここから脱出しなくてはいけない。
二人で階段を駆け上がる。幸いにも誰も来ることはなかった。恐らくあの男は、ルリアの「研究」の最中は、地下への立ち入りを禁じていたのだ。
ジータは脱ぎ捨てた靴を履き、ルリアに服を着せる。
もう誰の血かわからないほど、ジータもルリアも全身真っ赤に染まっている。早く体を洗いたい。
扉を開けると、やはり上り階段になっていた。上り切ると、帝国の鎧を着た兵士が三人、ジータたちを見て驚いた顔で硬直する。
いきなり扉が開き、血だらけの女が二人飛び出して来たら、それは驚くだろう。
「ええいっ!」
ジータは情け容赦なく斬りかかった。もう善とか悪とかはどうでもいい。二度と牢屋には入りたくないし、痛い思いもしたくない。
重たい剣を一人の顔面に叩きつけ、身を翻す反動で別の一人の首を斬り落とす。
最後の一人が剣を抜くが、その太ももにルリアがナイフを投げつけて、バランスを崩した男の腹にジータは剣を突き立てた。
再び武器を持ち直して走り出す。石の廊下には採光用の窓があり、向こう側から光が射している。
何日かぶりの陽光。早く外に出て、思い切り浴びたい。
また一人の兵士が現れる。
「どいてぇぇっ!」
ジータは自らを鼓舞するように叫びながら、思い切り突進した。
切っ先が男の胸を貫く。
胴体を前蹴りにして刀身を引き抜くと、ジータは一度振り返った。
目が合って、ルリアが大きく頷く。ジータは安心して、頷き返した。
ジータも、実は人を殺したことはほとんどない。気分が高揚しているので気にならないが、きっと後から苦しむことになるだろう。
その苦しみも、ルリアと分かち合おう。二人は一つだ。怖いものは何もない。
通路の先に出口らしき扉が見えてきた。
二人は真っ直ぐ走った。
扉を開く。
眩しい光が、二人を包み込んだ。