ルーマシー群島を形成する大きな森のとある場所に、澄んだ水を湛える小さな池があった。
その透き通る水で、二人はこれでもかというほど体を洗いっこして、今は池のほとりに並んで座っている。
ルリアはジータの肩に頭を乗せ、キラキラ光る池の水面を見つめていたが、やがて顔を上げずにぽつりと呟いた。
「ごめんなさい」
「うん、いいよ……」
何のことかわからないが、ジータは即答した。まったく何一つ、ルリアを責める感情はない。
ルリアが少し沈黙を挟んでから、小さく笑う。ジータも笑った。
今度は顔を上げて、ルリアがいたずらな目でジータを見る。
「ジータ、あのシチュー、美味しそうに食べてました」
「忘れて。私はもう忘れたから」
「美味しかったんですか?」
ルリアの綺麗な瞳に、ジータの金色の髪が映っている。大きくて明るい瞳。
想像を絶するほど痛い思いをしたはずなのに、よくその話題をこんな笑顔でできるものだ。
ジータは優しくルリアを抱きしめ、剥き出しになった首筋に顔を埋めた。そして、白くて柔らかな肌に唇を当てて、甘噛みする。
「ジータ?」
怪訝そうな声を無視して、歯形が残るくらい一度強く噛んでからそっと離した。
そのまま目を閉じてキスをする。
ルリアもジータの背中に両腕を回し、二人はしばらく、まどろむように唇を重ね合った。
鼻息がくすぐったい。そんな些細なことが、たまらなく幸せだった。
やがて、ジータが何も言わないでいると、ルリアが口を開いた。
「ジータ。助けてくれてありがとう。何度も、何度も、ジータは私を助けてくれる」
「シェロのおかげね」
「ああ、あの鍵、シェロさんですかー」
可笑しそうにルリアが声を弾ませる。それから両手を後ろについて空を見上げた。
つられて顔を上げると、緑の向こうに青い空が広がっている。どこまでも深い蒼。
「お散歩の続きをしたいですね」
「まずはみんなのところに帰ってからね。きっと心配してる」
元々アウギュステにいたので、別の島に連れて来られたことになる。
もっとも、仲間と合流するのはそれほど難しくはないだろう。街に出れば他の騎空団がいる。騎空団同士の繋がりで、すぐにでも自分たちのことは、仲間に伝わるはずだ。
「ジータと二人きりの時間も、私は好きです」
なんでもないように呟いて、それから急に恥ずかしそうにルリアが頬を赤らめた。
ジータはくすっと笑った。
黙って頭を撫でてやると、ルリアが嬉しそうにすり寄ってきた。
目指す場所がある。
大切な仲間がいる。
毎日は緊張の連続だけれど、それが刺激的でとても面白い。
ただ、何もかも忘れて、ルリアと二人で、静かに平穏な日々を過ごすのも、それはそれでいいかもしれない。
「あのシチュー、美味しかったなぁ……」
髪を撫でながら、懐かしむようにそう呟くと、ルリアが大袈裟に驚いて身を仰け反らせた。
「ええーっ!?」
「また食べたいわ」
わざとらしく舌なめずりする。
ルリアが座ったまま後ずさりした。
「冗談よ」
「あ、当たり前です!」
ルリアとなら、きっとどんな毎日でも楽しい。
世界で一番大切な女の子の拗ねた顔を眺めながら、ジータは穏やかに笑った。
─ 完 ─