何が起きたのか、ジータはしばらく理解できなかった。
ルリアの後ろには、うっすらと見覚えのある大男と、先ほどの若い兵士が立っている。大男の方は、自分を刺した本人だと思い出した。
兵士が牢の錠を開け、持っていた二人分の食事を中に入れる。続けてルリアが入ってきて、大きな瞳で笑った。
「よかった。会いたかった、ジータ」
耐え切れないように抱きついて来て、その温もりと重さで、ジータはようやく現実に立ち返った。
「ルリア?」
そっと抱きしめると、柔らかな感触が両腕から伝わってきた。紛れもなく、ルリアが腕の中にいる。
「ルリア、ルリア」
「ジータ!」
胸が熱くなって、わけもわからず、ルリアの名前を連呼しながらきつく抱きしめた。涙が溢れてくる。
ルリアも泣いているようで、湿った頬をしばらくすり寄せてから、そっと体を離した。牢の扉は閉められていて、男二人はいつの間にかいなくなっていた。
「まず、ごめんなさい。私のせいで、ジータを巻き込んでしまって」
向かい合って座り、ルリアが神妙に頭を下げる。すぐにやめさせて、ジータは尋ねた。
「ここはどこ? 私たちはどうなるの?」
「ここは帝国の……研究施設みたいだけど、前いたところとは違うみたい」
ルリアは後ろの質問には答えず、それだけ言って食事を手にした。一人の時と同じメニューだが、シチューの中身は変わっている。
「ルリアも、この牢に?」
何かもっと色々話したいが、うまく言葉が出て来ない。元々喋るのはあまり得意ではない。
ルリアは首を左右に振った。
「私は別の部屋。どうしてかはわからないけど、一緒にご飯を食べていいって」
「そう……」
一緒ではないのは残念だったが、毎日ルリアと食事ができるなら頑張れる。いや、もちろんこれが最初で最後かもしれないが、とにかくもう一生会えないかもしれないと思ったルリアと、こうして食事ができるのは幸せだ。
「何かされた? 何かされるの?」
そもそもルリアの研究とは何か、ジータはよく知らない。それでも、あまり楽しいことをされるとは思えない。
ジータが暗い瞳を落とすと、ルリアが少し慌てたように手を振った。
「大丈夫。まだ何もされてないけど、でも大丈夫だよ」
ルリアが笑う。ジータは首を傾げた。
たったの数時間で絶望したジータには、ルリアがどうして笑えるのかわからない。何か希望があるのだろうか。
そう思って尋ねると、ルリアは薄く笑って答えた。
「私は元に戻っただけだから。ジータがいる分だけ、前よりずっといいです」
ぞくっとなった。背筋が凍る思いがした。
能天気で明るいルリアの根底にある、深い闇を見た。諦めの境地、一番底の底を、ルリアは「普通」だと思っている。だから、世界のありとあらゆることが眩しいのだ。
「私はもう一人じゃない。この場所にジータがいると思えば頑張れる。でも、それは私の独りよがりで、ジータはそうじゃないよね……」
ルリアが視線を逸らせてため息をつく。
ジータはすぐに否定することができず、ルリアがもう一度頭を下げた。
「ごめんなさい」
「ルリアのせいじゃない」
「私のせいです」
呟くようにそう言ってから、ルリアはパンを千切って食べた。
沈黙が落ちる。
ジータは焦った。本当に、ルリアのことは恨んでも怒ってもいない。何か弁明しなくてはと思うが、どう言っていいかわからない。
明日には会えなくなるかもしれない今この状況で、ルリアと気まずい空気にはなりたくない。
無表情でパンを食べるルリアを見ながら、ジータが考えあぐねていると、ルリアがふと顔を上げて口を開いた。
「明日からも、こうして一緒にご飯だけでも食べられるといいですね」
「えっ? あ、うん……」
「私、あの人になんとかそれだけはお願いしてみます。今日はただの気まぐれかもしれないし、明日にはわからないですもんね」
そう言って、ルリアはふふっと笑った。
ジータは安心した。ルリアはわかっている。ジータが初めて入れられた牢屋でどういう思いでいるか。不安なことも、悲しいことも、寂しいことも、そしてルリアに勇気付けられていることも。
「大丈夫。きっと大丈夫」
ジータの心を読んだように力強く頷いてから、ルリアはジータの隣に移動した。
そっと、どちらからともなく抱きしめ合う。また涙が零れた。
「大丈夫、大丈夫……」