翌日、変化があった。
何度か眠って何度か起きると、あの日ジータを刺した大男が一人でやってきた。
ジータはひどく驚いたが、とにかく心を落ち着ける。鉄格子を挟んで、先に向こうが口を開いた。
「気分はどうだ?」
落ち着きのある低い声。今まで会ってきた性格の悪い帝国の人間とはまったく違うタイプだが、いきなり刺してきた男だし、ルリアをひどい目に遭わせている。声の穏やかさに騙されてはいけない。
「いいわけないでしょ」
挑発しないように気を付けながら、それでもはっきりとそう言った。
男は少し考える素振りをしてから、再び聞いてきた。
「昨日と今日とで、何か変わったことはあるか?」
「変わったこと?」
ジータは怪訝な顔で呟いて、考える。
そもそもどこまでが昨日でどこからが今日なのかわからないが、少なくとも変わったことはない。
どういう意図がある質問なのかわからないが、ひとまず素直に答えることにした。
「毎日、確実に気分が落ち込んでるくらいよ。ルリアと同じ部屋にして。食事の時は一緒にさせてくれるんだし、それくらいいいでしょ?」
男はしばらく考えてから、
「まあ、まだ1日だしな」
そう呟いて踵を返す。ジータは慌てて呼び止めた。
「待って。私をどうするつもりなの? 私はいつまでここに閉じ込められるの?」
返事は期待していなかったが、男は背中を向けたままその質問に答えた。
「永遠にだ。お前には用は無い。早まったことはするなよ。お前が死ねば、あの娘も死ぬ」
「わかってるわよ、そんなこと。言われなくても……」
ジータはがっくりと項垂れた。ここに来てから初めて質問に答えてもらったが、余計に落ち込んだだけだった。
男がいなくなってから、ジータは冷静に今の出来事を反芻する。
男はジータに何か変化のある前提で聞いてきた。つまり、ジータにも何かをしたのだ。
それがいつのことで、何をされたのか、まるで心当たりがない。例えば、寝ている間に、何か吸わされたのかもしれない。
いずれにせよ、「用は無い」という言葉は嘘だ。ルリアと命がリンクしているジータに、あの男は何らかの役目を背負わせている。
ただ幽閉されているわけではない。ルリアと定期的に合わせてくれることも、何か関係しているのかもしれない。
近い内に事態は変わるかもしれない。そう思うと、少し希望が沸いた。
しかし、それも長くは続かなかった。
待ち望んだその日の2回目の食事に、ルリアの姿はなく、若い兵士が一人で来たのだ。
「そんな! ねえ、ルリアは!? 今日はルリアは来ないの!?」
ジータは掴みかかる勢いで聞いたが、例のごとく兵士の瞳がジータを映すことはなく、何も言わずに行ってしまった。
たった一つの楽しみが失われ、ジータは再び絶望の淵に叩き込まれた。今度こそ本当に、二度とルリアとは会えないのかもしれない。
昨日、痛い目に遭っていると言っていた。拷問のようなものを受けているのだろうか。
命が無事ならそれでいいというものではない。もはや自分の分身とも言えるあの女の子が、一人で苦痛に耐えているのだとしたら、それは自分の痛みでもある。
「ルリア……」
呟いてから、パンを取る。今日のシチューは昨日と同じ肉入りだが、血のように赤い色をしていた。トマトベースだろうか。
口にした瞬間、ジータは眉をひそめた。
今、血のようなと形容したが、これは本当に血のような何かなのだろうか。血ではないのか?
いやしかし、そういうシチューがあっても不思議ではない。世の中には、動物の生き血を飲む部族もあると聞く。
今日のシチューは美味しくないと断言できたが、肉は柔らかくて好きな味だ。空腹だったので一気に平らげて、ベッドに横になる。
冷静に状況を整理する。
今日はあの男が来た。そして、ルリアが来なかった。
明日もあの男は来るだろうか。そして、ルリアは来ないだろうか。
いずれにせよ、ジータにできることは何もない。交渉もできない。
例えどんなものであっても、今は「変化」を歓迎しなくてはいけない。
ジータは心を落ち着けて、少し眠った。