「ジータさん、鍵は要りませんか~?」
唐突に、聞き覚えのある、場違いに呑気な声がして、ジータは目を覚ました。
慌ててベッドに腰掛けると、鉄格子の向こうに小さな人影があった。
いつもお世話になっているよろず屋の店主、シェロカルテが、にこにこと温和な微笑みを浮かべて立っている。
ジータは大きく一度息を吸い、ゆっくりをそれを吐いてから口を開いた。
「シェロ。どうしてここに?」
「どこにでも現れる、それがシェロちゃんのよろず屋なのです」
さも当たり前のように、シェロが答える。
ジータは思わず頭を抱えた。確かにいつもどこにでも現れるが、いくらなんでも帝国の牢屋にまで現れるとは……。
「助けに来てくれたの?」
誰に聞かれるでもないが、声を落としてそう聞くと、シェロはおどけたように首を捻った。
「シェロちゃんはよろず屋なので、物を売るだけです」
そう言って、シェロがポケットから鍵を取り出し、顔の前で小さく振った。
「どんな錠でも開けられる魔法の鍵です。いつもお世話になっていますから、特別に安く提供しますよ?」
「それは、すごく嬉しい」
ジータはまだ混乱した頭を必死に整理する。わけがわからないが、顔見知りが現れたのは心強い。
「シェロ。ここはどこ? ルリアは?」
「場所はルーマシー群島です。ルリアさんは知りません」
「ここはお城なの? 砦なの? それとも、ただの建物の地下なの?」
矢継ぎ早に聞くと、シェロは少し間を置いてから、複雑な顔でジータを見上げた。
「森の奥の小さな施設ですね~。性質上、関わっている人は少ないです。シェロちゃんが持っている情報はそれだけです」
性質上、というのは、ルリアの機密性のことだろう。ジータはシェロから鍵を受け取りながら、少し先のことに思いを巡らせる。
この鍵で牢を脱出できたとして、ルリアを連れて果たして逃げられるだろうか。それに、昨日ルリアが現れなかったのも気になる。
ルリアはひどい怪我を負わされて、それを回復してもらえなかった。考えたくない仮説だが、最悪のケースを想定すると鍵だけでは足りない。
「シェロ。ポーションと、それからなんでもいい。武器がほしい」
ジータは懇願する眼差しを向けたが、シェロはあっさりとそれをかわした。
「ありません。それから、その鍵が使えるのは2回までです」
「そんな!」
ジータは青ざめる。
「それじゃあ、私はここから出られる自信がない!」
武器なしでどう戦うか。ルリアと合流できたら、星晶獣を召喚する? この狭い地下道で?
考えあぐねるジータに、シェロがにっこりと笑って言った。
「それで出られなければ、ジータさんはそれだけの人だったということです。騎空士は他にもたくさんいますから、運も実力もない騎空士に、シェロちゃんは用はないんですね~」
ドクンと大きく、胸が打った。
馴れ合いは必要ない。はっきりとシェロにそう言われたと、ジータは感じた。
「それでは頑張ってください」
小さく頭を下げてシェロが背を向ける。その背にジータは声をかけた。
「シェロ。最後に一つだけ教えて。今は、朝なの? それとも、夜なの?」
「もうじき夜が明けます」
最後にそう言って、シェロは奥へ消えてしまった。
鍵を握って、ジータは考える。
順番からすると、次の食事はルリアのいない方だ。つまり、ルリアと食べていたのは夕食ということになる。
あの男はもちろん、ジータが鍵を持っていることを知らない。知らない前提にしなければ事が進まない。
しかし、灯りもなく場所もわからない状況で、夜に動くのは危険だ。幸いにも通路には常時火が灯されているが、それも目で見えない範囲はわからない。
次の夕食にはルリアが来るかもしれない。ルリアの部屋の位置や、具体的な「研究」の内容を聞いた方がいい。
しかし、ルリアは今日も来ないかもしれない。正直、ジータの体力は限界であり、さらに一日延ばすのは、成功率を極端に下げる気もする。
恐らくあの男は、今日もこの部屋に来るだろう。動くのは、朝食を摂り、男を見送ってからしかない。
ルリアの「研究」がどれくらい行われるかわからないが、終わるのを待つか、その隙をつく。夕食のタイミングまで、この部屋には誰も来ないから、バレることはないだろう。
安易すぎる作戦だ。しかし、もうジータには冷静な判断ができるだけの力が残されていない。シェロの言う通り、やってダメならそれまでだ。
ジータは覚悟を決めた。
生きるか死ぬかの一発勝負。戦いは、いつだってそういうものだ。