朝食の後、案の定男がふらりと現れて、昨日と同じ質問をした。
「昨日と今日とで、何か変わったことはあるか?」
ジータはわざとらしく首を振った。
「気は滅入って来るし、疲れたし、全部変わったわ。あなたの言ってる変化が、何を期待しているのかわからないから、答えようがない」
つっけんどんに言い返すと、男は顎に手を当ててしばらく考えてから顔を上げた。
「明らかにわかる変化がないならそれでいい」
「待って」
帰ろうとする男を呼び止める。
「昨日、ルリアはどうして来なかったの? ルリアに会わせて!」
どうしてもそれだけは確認しておきたかった。それによって今からの行動が変わるわけではないが、本当に瀕死で寝込んでいるなら、計画を見直す必要がある。
返事は期待していなかったが、男はやはり答えをよこした。
「あの女が行かないと言った。それだけだ」
「そんな!」
にわかには信じ難いが、男は驚くジータに構わず行ってしまった。
ジータは考える。
今の言葉が本当だとして、ルリアはどうして来なかったのか。自分を嫌いになる何かがあったとは思えない。見られたくない姿だった可能性はある。
いずれにせよ、今の男の口ぶりからは、怪我ではないと思われた。乏しい確証だが、今は情報と予感をすべて信じるしかない。
ジータは少し体を動かして感覚を取り戻すと、格子から手を伸ばして、外側から牢の錠に鍵を差し込んだ。
これで開かなかったら笑い話だが、シェロの鍵は的確に効果を発揮した。
引き抜いた鍵を大事に仕舞う。後1回は使えるというが、何か変わるのだろうか。わからない。
そっと牢の扉を押す。少し鉄の擦れる音がしたが、それで誰も来ないのはわかっている。
耳を澄ませながら、慎重に奥の角まで歩く。身を屈めて下の方から右を覗くと、同じように素掘りの通路が続いていて、等間隔に火が灯されていた。
大体50歩くらい先だろうか、そこが十字路になっていて、奥にはまだ通路が続いている。
ジータは今さら靴を脱いで裸足になった。怪我のリスクはあるが、今はわずかな音も立てたくない。
慎重に歩を進め、十字路まで辿り着く。さらに奥は突き当りで右に折れている。形からすると、ルリアの閉じ込められている部屋があるように感じる。
顔を覗かせて左を見ると、少し坂になっていて、奥に扉があった。右は下りになっていて、やはり扉があった。
あれにもしも鍵がかかっていたら、それで終了だ。いや、ルリアの部屋に鍵がかかっていなければいいが。
奥がルリアの部屋、左は上り階段で外に続き、右は下り階段で、恐らく研究室に続いている。ジータはそう当たりをつけた。
奥を目指す。角からそっと右を覗き込むと、さらに奥で左に折れていた。
もどかしく思いながらも角まで歩き、慎重に奥の様子を窺う。
すぐそこに扉があった。先ほどあった二つの扉とは異なり、こちら側に棒を差し込んで固定するタイプの錠がかかっている。あれではシェロの鍵でも、中からは開くまい。
扉まで歩いて聞き耳を立てる。中から音はしない。
そっと棒を抜いて扉を開けてみた。
小さな白い部屋。白いベッドの上に、ルリアの服が無造作に置いてあった。
壁やシーツのところどころに赤黒い跡がある。血としか思えなかったが、果たしてルリアのものだろうか。
ここがルリアの部屋で、ルリアはおらず、ルリアは今、服を着ていない。十分な情報だ。
服を持って行こうと思ったがやめた。荷物を増やしたくない。
棒を元通りにして、十字路に戻る。上りの先を調べて出口までの道筋を確認したかったが、扉の向こうには確実に人がいるだろう。
シェロはここが城や砦であることを否定した。それほど難しい構造にはなっていないはずだ。
下りの先へ進み、同じように扉に耳を当てて奥を窺う。音がしなかったのでそっと押してみると、幸いにも鍵はかかっておらず、扉は微かな音を立てながら奥へ開いた。
予想通り下り階段になっていた。灯りはなかったが、遥か奥から灯りが漏れている。
足を踏み外さないように慎重に降りると、奥の方でルリアの声がした。内容は聞こえない。
ゆっくりと、一番下に到達する。扉はなく、奥が折れていて、そこが部屋になっているようだった。
ジータは細心の注意を払って角に近付き、中を覗き込んだ。
そして、見た──