jail   作:水原渉

8 / 12


 

 朝食の後、案の定男がふらりと現れて、昨日と同じ質問をした。

「昨日と今日とで、何か変わったことはあるか?」

 ジータはわざとらしく首を振った。

「気は滅入って来るし、疲れたし、全部変わったわ。あなたの言ってる変化が、何を期待しているのかわからないから、答えようがない」

 つっけんどんに言い返すと、男は顎に手を当ててしばらく考えてから顔を上げた。

「明らかにわかる変化がないならそれでいい」

「待って」

 帰ろうとする男を呼び止める。

「昨日、ルリアはどうして来なかったの? ルリアに会わせて!」

 どうしてもそれだけは確認しておきたかった。それによって今からの行動が変わるわけではないが、本当に瀕死で寝込んでいるなら、計画を見直す必要がある。

 返事は期待していなかったが、男はやはり答えをよこした。

「あの女が行かないと言った。それだけだ」

「そんな!」

 にわかには信じ難いが、男は驚くジータに構わず行ってしまった。

 ジータは考える。

 今の言葉が本当だとして、ルリアはどうして来なかったのか。自分を嫌いになる何かがあったとは思えない。見られたくない姿だった可能性はある。

 いずれにせよ、今の男の口ぶりからは、怪我ではないと思われた。乏しい確証だが、今は情報と予感をすべて信じるしかない。

 ジータは少し体を動かして感覚を取り戻すと、格子から手を伸ばして、外側から牢の錠に鍵を差し込んだ。

 これで開かなかったら笑い話だが、シェロの鍵は的確に効果を発揮した。

 引き抜いた鍵を大事に仕舞う。後1回は使えるというが、何か変わるのだろうか。わからない。

 そっと牢の扉を押す。少し鉄の擦れる音がしたが、それで誰も来ないのはわかっている。

 耳を澄ませながら、慎重に奥の角まで歩く。身を屈めて下の方から右を覗くと、同じように素掘りの通路が続いていて、等間隔に火が灯されていた。

 大体50歩くらい先だろうか、そこが十字路になっていて、奥にはまだ通路が続いている。

 ジータは今さら靴を脱いで裸足になった。怪我のリスクはあるが、今はわずかな音も立てたくない。

 慎重に歩を進め、十字路まで辿り着く。さらに奥は突き当りで右に折れている。形からすると、ルリアの閉じ込められている部屋があるように感じる。

 顔を覗かせて左を見ると、少し坂になっていて、奥に扉があった。右は下りになっていて、やはり扉があった。

 あれにもしも鍵がかかっていたら、それで終了だ。いや、ルリアの部屋に鍵がかかっていなければいいが。

 奥がルリアの部屋、左は上り階段で外に続き、右は下り階段で、恐らく研究室に続いている。ジータはそう当たりをつけた。

 奥を目指す。角からそっと右を覗き込むと、さらに奥で左に折れていた。

 もどかしく思いながらも角まで歩き、慎重に奥の様子を窺う。

 すぐそこに扉があった。先ほどあった二つの扉とは異なり、こちら側に棒を差し込んで固定するタイプの錠がかかっている。あれではシェロの鍵でも、中からは開くまい。

 扉まで歩いて聞き耳を立てる。中から音はしない。

 そっと棒を抜いて扉を開けてみた。

 小さな白い部屋。白いベッドの上に、ルリアの服が無造作に置いてあった。

 壁やシーツのところどころに赤黒い跡がある。血としか思えなかったが、果たしてルリアのものだろうか。

 ここがルリアの部屋で、ルリアはおらず、ルリアは今、服を着ていない。十分な情報だ。

 服を持って行こうと思ったがやめた。荷物を増やしたくない。

 棒を元通りにして、十字路に戻る。上りの先を調べて出口までの道筋を確認したかったが、扉の向こうには確実に人がいるだろう。

 シェロはここが城や砦であることを否定した。それほど難しい構造にはなっていないはずだ。

 下りの先へ進み、同じように扉に耳を当てて奥を窺う。音がしなかったのでそっと押してみると、幸いにも鍵はかかっておらず、扉は微かな音を立てながら奥へ開いた。

 予想通り下り階段になっていた。灯りはなかったが、遥か奥から灯りが漏れている。

 足を踏み外さないように慎重に降りると、奥の方でルリアの声がした。内容は聞こえない。

 ゆっくりと、一番下に到達する。扉はなく、奥が折れていて、そこが部屋になっているようだった。

 ジータは細心の注意を払って角に近付き、中を覗き込んだ。

 そして、見た──

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。