ジータが想像したよりも、遥かに凄惨な光景がそこにあった。
石畳と石壁の部屋。奥に裸のルリアが座らされているのだが、白い肌が血でまだらになっていた。
がっくりと項垂れ、肩で息をしている。右腕だけ壁に据え付けられた枷につけられ、無理やり上半身を持ち上げられている格好だ。
ジータは思わず声を出しそうになって、なんとかそれを飲み込んだ。
背中を向けて、例の大男が立っている。奥に台があり、その上に壺と、赤黒い肉の塊が小さな山になっている。そして、ギラギラと赤く光るナイフ。
ルリアが顔を上げて、男を睨み付けた。
「もう、意味がないってわかりましたよね? いい加減にしてください」
ルリアにしては強気の口調。
瞳の輝きを見ても、ルリアは「今は」怪我をしていないように思えた。予断は許さないが、ひとまず安堵の息をつく。
「まだたったの2日だ」
平然と男が言い放つ。ルリアの言葉になど、まるで意に介さない口ぶり。
「明らかに間違った仮説だって、わかってるでしょ? 私の力は私だけのもの。どうやっても、それがあなたのものになることはない」
「やってみなければわからない。怪我は治すことができる。つまり、成功すれば無限に能力を量産できる。実験で失うものはないのだから、やらない手はない」
「どうしてそんな不確かな実験のために、私がこんな目に遭わなくてはいけないの!?」
ルリアが悲痛の叫びをもらすが、男はやはり淡々と言った。
「お前は、豚や鶏の事情を考えて飯を食うのか?」
その言葉に、ルリアの顔が歪む。
帝国の連中は誰も、ルリアを人として扱っていない。ルリアを痛めつけて何をしているかはわからないが、ルリアが喚こうが苦しもうが、この男にはどうでもいいことなのだ。
ルリアは深くため息をついて、悲しげに目を伏せた。
「毎日毎日、こんな思いをするなら、いっそ死んだ方がましです……」
「それは、あのジータという女を殺すということだな」
皮肉めいた口調で男が言う。
卑怯な切り口だが、実に効果的だ。ルリアもそれをよくわかっているので、黙って俯いた。
ジータは息を押し殺して、様子を窺い続ける。今すぐにでも飛び出して行きたいが、無駄に捕まって、前以上に絶望的な状況になるだけだ。
ただ、もしも今、男がルリアを連れてここから出ようとしたら、ジータは気付かれてしまう。振り向かれたら逃げ場はない。
どうするべきか頭を悩ませていると、不意に男が台のナイフを手にした。
「部位の問題もあるかもしれないな」
何を言っているのだろう。
よくわからないが、ルリアを傷付けようとしているのは明らかだった。
ルリアが怯えた顔で体を震わせる。
緊張が走った。ルリアを傷付けさせたくないし、そんな光景は見たくない。けれど、飛び出して解決することはない。
ルリアが叫ぶ。
「本当にもうやめて! 私を食べても、何も変わらない!」
……ルリアを、食べる?
意味がわからず、ジータは眉根を寄せた。
ルリアの叫びを無視して、男がルリアの体に触れる。乾き切っていない血が、男の指先に付着した。
「どこまで回復できるのか、様子を見ながらになるが、やはり内臓の方が効果があるのかもしれない」
「ないから! 本当に! 本当に、絶対に何も変わらない! ジータも何も変わってないって言ってたんでしょ!?」
「まだ2日だしな」
「もうやめて! 助けて!」
ルリアが絶叫する。
ジータは台の上の肉塊に目をやった。あれが、ルリアの肉だというのか……?
2日前の夕食の光景が蘇る。ルリアが食べるのを拒んだあのシチューの肉は、結局なんだったのか。
男の言葉、昨日ルリアが来なかった理由、血まみれのルリア、そして今の会話。もう一度、台の上の赤黒い肉の塊を見た瞬間、ジータは思わずえずき、膝から崩れそうになった。
手をついたドアが大きな音を立てて、男が勢いよく振り返る。
もう、行くしかない。
ジータは強く地面を蹴った。