IS【小さな少年は盾を構える】   作:屍モドキ

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九十六話 出陣と開戦

 学園内部、随所で閉じられた防壁をこじ開けながらダリルとサファイアはそれぞれ学園内に閉じ込められた生徒達の救助に当たっていた。

 

『センパイ、そっちどうですか?』

「1年はもうすぐ全員出せる」

『2年も全員出ましたッス』

 

 二人はプライベートチャンネルにて互いに連絡を取り合いながら、先程地下区画にて説明された組別の授業内容と使用教室を頭に叩き込み、閉じ込められた場所へ赴いて救助活動に当たっていた。

 

 ISが使えないとは言えそれは戦闘に限った話。

 避難救助における重機の代わりなど強化外骨格さえ活きていれば問題なく行える。

 

 ダリル達はハイパーセンサーで記録した全生徒の名簿を参照しながら救出した生徒数の漏れが無い事を確認し、また生徒達も自ら一年から優先に避難区画への誘導を行い迅速な避難に徹していた。

 腐ってもIS学園生徒達。軍所属であったり世界中の推薦や入試競争を勝ち残ってきたエリートの集まりである。

 非常事態への対応に遅れはあれど、数秒で現状把握と優先事項を取り決め、指示と従事に別れることは当たり前に行えるのだ。

 

「全員避難完了。後は生徒会長サマの仕事だ」

 

 誘導の列を見届けながらダリルは退屈そうに学園の空を眺める。

 

 

 ◇

 

 

 防壁を破壊しながら学園最上階の廊下から窓の外を屈んで見回す楯無は、学園中に無断設置しておいた監視カメラと並行して状況の確認をとる。

 

『ENEMY ENEMY』

 

 携帯電話のアラーム音が人口音声と同時に鳴り響き、画面を見ると森の茂みに紛れて『何か』が蠢いている。

 森林地帯迷彩服(ギリースーツ)、とはまた違う。全身に装飾された特殊フィルムが可動し、その木の葉のようなフィルムが周囲の環境を全身に投影して迷彩効果を発揮する代物だ。

 

 だが彼等は学園をハッキングした相手とは別の組織だろう。

 最新鋭の装備を纏った部隊がハッキングと同時に突入してこないのはあまりに非効率的すぎる。

 

「常に監視されてるって訳ね。無粋なこと」

 

 仮にも華の女学園。

 それを四六時中見張られているとなればあまり褒められた行いとは言えないだろう。大人とは目的の為にロマンすら欠くのだから嫌になる。

 

「……あら、お早い到着のようで」

 

 長い廊下の向こうから、姿も足音も消しているがそこにある何かが、確かに存在する気配がジリジリと近付いているのを察した。

 

 ぷしッ! とサプレッサーを潜った発射音が眼前で発射され、無数の弾丸が楯無に向かって飛び出した。

 だがそれは一発たりとも彼女の柔肌はおろか衣服を破く事すらなく、彼女の目の前で半透明の何かに遮られるようにして埋まっていた。

 

「ッ!?」

「なんちゃってA.I.C」

 

 実際には専用機『ミステリアス・レイディ』の能力であるアクアナノマシンを使った水の膜を予め展開していたのだが。

 そもそも空中に散布していたナノマシンの探知機能によって敵兵の存在を感知していた楯無は、続け様に攻撃へと転じる。

 

「ポチッとな」

 

 わざとらしくスイッチを押す仕草をすれば、廊下は大爆発に包まれた。

 

「ミステリアス・レイディの技が一つ、『アクアパッション』」

 

 このような屋内戦は『ミステリアス・レイディ』の独壇場。

 室内のナノマシン散布量や流動を自由にコントロールてき、全てが彼女の思うままに操れるのだから。

 

 いくら特殊武装を纏った兵士と言えど、人間とISとなればその戦力差は歴然。完全展開が出来ない機体だとしてもその差が埋まる事は無いのだ。

 

「弱いものいじめみたい、でもそう言うの大好き」

 

 そもそも非武装の女子校に先攻してきたのはお相手方、応戦と言う大義名分は今、彼女の手にある。

 

「楯無ファイブ! GoGo!!」

 

 楯無が指を鳴らすと、彼女の背から同じ背格好の分身が現れそれぞれ決めポーズを取る。

 

 制服姿の楯無がそのまま五人に増えたのだ。

 

 だがそれはナノマシン・レンズを用いて投影された幻であり、アクアナノマシンによって操られる水の人形だった。

 問題はそれらのうち誰が本物か、見分けがつかない点。

 肉眼で見ても色彩まで調節された分身は本物と見紛う出来で、サーモグラフィでさえ水温を調整された分身を判別する術はない。

 

「防衛省に代わって、お仕置きよっ!」

 

 中央の楯無が特徴的な決めポーズをキメたと同時に飛び出した五人の楯無達。一人に対し一体。片手にはランスを担ぎ、五人が全員入り乱れながら敵兵達を翻弄し、急接近と離脱を繰り返す。

 

 その中に紛れて本物の楯無が的確に急所を狙いながらランスの横薙ぎで殴打を食らわせ、またたく間に敵兵達は悉く打ちのめされた。

 

 更に水分身達は敵兵達の銃弾をものともせずに突撃し、接触するやいなや──。

 

「どかーん」

 

 傍から見れば人間爆弾。水分身に取り付かれたまま爆風に巻き込まれ、広くない廊下を転げまわる大人達。

 ナノマシンは爆破機能をそのまま有していた。

 たった数人の部隊はまたたく間に壊滅まで追い込まれ、後退する以外の選択肢を無理矢理潰される。

 

「クソ、撤退! 退けーーーッ!!」

 

 鍛え上げられた兵隊。

 それらを本調子でもないはずの楯無は蹂躙する。

 ISとはそれだけの能力を有する。

 しかしその性能を完璧に引き出すにはまた、それ相応の鍛錬を要する。

 

 若干十七歳、だが楯無は本気ではなく、文字通り軽く撚るだけでこの有様である。

 

「うふふん♪」

 

 爆炎渦巻く廊下で怪しく微笑む彼女はまさしく悪役と言って差し支えない笑みを浮かべていた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 上階の爆発音を聞き流しながら、とある女は学園の地下通路を突き進んでいた。

 米国特殊部隊『名も無き兵隊(アンネイムド)』。その隊長たる彼女は今、ネイビーブルーで彩られた米国第三世代IS『ファング・クエイクカスタム』を駆り、任務遂行の為女子校の地下を通過している。

 

 隊長には名前はない。

 国籍も、宗教も、民族も、過去の全てを捨ててきた。

 『アンネイムド』達にはその全てが存在しない。米国所属という肩書き以外を抹消し、隠密作戦に特化した名無しの兵隊。そんな彼女の機体に部隊証すら存在せず、ひたすら任務遂行の為だけの訓練を積まされてきた。

 

(無人機の未登録コア、それさえあれば計画とやらは完成する。らしいが……)

 

 目標は先日IS学園を襲撃した謎の機体のコア。上層部らはそれを自立無人機と呼んでいたが、隊長には欠片の興味もなかった。

 

 ただ命令をこなすだけ。

 

「……?」

 

 隊長はファング・クエイクの浮遊飛行による前進を停止。

 真っ暗な視界の先に、センサーで人の存在を感知した。

 

「参る」

「ッ!?」

 

 それはゆらりと長物を掲げ、ガァンッ! と金属製の床を叩く音を響かせて飛び掛かってきた。

 

 突き抜ける一陣の風。それはあまりに鋭い鎌鼬(かまいたち)のようで、それを太い前腕で受け止めた隊長を踏み付けにしながら千冬は巨体のISを飛び越え、手首から伸ばしておいたワイヤーアンカーを隊長の首に巻きつけながら着地する。

 

「クッ……!」

 

 首に絡まるワイヤーを部分展開したシールドエネルギーの防壁を使った干渉熱で焼き切り、逆に絡めとったワイヤーを引っ張り千冬を釣り上げた。

 

 慣性に従って自分の眼前まで飛んてきた千冬に目掛け、巨腕から繰り出す右ストレートを撃つ。だが千冬は空中で身をよじり、手に持っていたブレードの刃で受け流した。

 金属同士が擦れ火花を散らしながら威力を削がれた拳だが、それは千冬の持つブレードも同じなようで、すっかり刃こぼれしてしまった近接ブレードをその場に突き立てて放棄した千冬は左右三対ずつ携えているブレードの一本を抜刀し、涼しげに構えた。

 

「ブリュンヒルデ……」

 

 正気か……?

 かつてモンドグロッソにおいて世界最強の名前を恣にした彼女だが、今は全身を覆う通常兵器用強化スーツに特殊ブーツ、格闘用グローブと、対人兵装なら納得すれど対ISとなれば不安しか残らないような出で立ちに隊長は疑問符を浮かべてしまう。

 

 もちろん耐弾性、耐刃性はあるのだろう。だがISの火力の前ではそんなもの紙と同義だ。

 

「どうした、兵士(ソルジャー)

「……?」

「お前の前にいるのは世界最強の名を手にした女だ。全身全霊を持って挑むがいい」

 

 その言葉を待っていたか、通路の奥から順々に灯りが灯っていく。

 LEDの青白い輝きはブリュンヒルデの獰猛な笑みを照らし、本気で殺しに来ているのだと思い知る。

 

 隊長は観念したように千冬の姿勢を見つめ直し、己もファイティングポーズを見せつける。

 

「Let's roll」

 

 

 ◇

 

 

 

 箒たち六人は地下通路を辿り、教えられていたアクセスルームまでやってきた。

 

「ここが、そうなのか?」

 

 開いた部屋は真っ白な空間。

 壁に寄せるようにして左右三台ずつ、計六台のベッドチェアがあり、調度品も含め全てが真っ白に染められた部屋はヘアサロンのようでもあった。

 

「みんなはこの椅子にかけてコンソールに接続差して……私は向こうのデスクからバックアップします、ので……」

 

 全員は簪の指示を聞き、ヘッドギアだけを展開してベッドのヘッドレスト辺りに伸びるプラグを接続させ、ベッドチェアに横たわる。

 

「しかしなんだこの部屋は、映画みたいだな……」

「このような設備は初めて見ましたわ」

「中国にもこんなの無かったわね」

 

 先程の説明通り、電脳ダイヴの必要性は殆ど無いのだ。

 だがしかし、この学園はそんな無用の設備にすらこれ程の資金を投資し、しかも地下で隠密に活用している。明らかに別の意図を感じずにはいられなかった。

 

「この地下区画の特殊防壁といい、なんか普通じゃないよ」

「え、シャルロットあんたスキャンしてたの?」

 

 人差し指で口元を抑えながら誤魔化すシャルロット。

 

「ドイツにもこんな物は無かったぞ。なんだこの学園は、本当に女子校か?」

 

 ついに口をついたラウラの疑問に誰もが共感せざるを得ない。

 

『この学園は秘密が多過ぎる』

 

 薄々は感じていた事だ。

 そもそも人工島の建設から規模がおかしいのだ。ただの無人島に学園を置いたのではなく、島自体を造りそこに学園が乗っている。しかもその規模は一国の軍基地と大差ない設備環境であるときた。

 

 ただの特殊兵器の訓練学校にしてはあまりにも仰々しい。

 

「ともかく、今はシステムの復旧を、します……」

 

 簪の言葉にふと我に帰った皆は、ベッドチェアの端末を操作して機体接続を許諾、簪の端末から送られてきたソフトウェアを立ち上げて準備を進める。

 

「それでは皆さんはISコア・ネットワーク接続の為に……ソフトウェア優先処理モードに変更を……」

 

 簪も自身の専用機を起動させ、コンソールだけを呼び出してデスク端末と接続。目の前にずらりと並ぶホログラムキーボードを並行使用し、全員の機体接続を完了させる。

 

「それでは……中は仮想現実の世界になっています。こちらでバックアップしますので、皆さんはシステム中枢の再起動に向かってください。ナビゲート、しますので……」

「了解っ!」

 

 鈴の快活な返事を聞き、少しばかり安堵した面々。

 

「い、行きます……! ポチッとな」

 

 えっ。なにそれ。

 間の抜けた突っ込みを入れたかったが間に合わず、簪がシステムとの接続を開始すると全員の意識は吸い込まれるようにして、電脳世界へと誘われた。

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

「ハッ!? ここは……!」

 

 まず飛び起きたのはセシリアだった。

 見渡すとそこは想像していた電子の世界とは程遠い、一面に広がる青々とした草原に何処までも突き抜けるような快晴の青空。

 初夏の日射しは暖かく、吹き抜けるそよ風がなんとも心地よい。

 

 あまりのギャップの差に驚嘆していると、近くから鈴の大声が聞こえてきた。

 

「ぎゃぁああッ!! 何よこの服!」

 

 鈴は自分が今着ている服を掴む。 

 それは青いドレスに白のエプロン。その見た目はさながら絵本の『不思議の国のアリス』の主人公、アリスのようでもあった。

 

 そしてそれは鈴一人だけではない。

 

「なっ……私もか!?」

「このような服は久しぶりですわね」

「あはは、スカートは久しぶりかも」

「えぇい、しゃらくさい」

 

 その場にいた全員が全く同じ格好をしていたのだ。

 各々が取り乱していると、空中にウインドウが現れた。そこにはメガネと頭飾りを着けたデフォルメキャラが写っている。

 ウインドウの向こう側から電子音声混じりの声が聞こえてきた。

 

『簪です。皆さんの状況は……?』

「なんだか絵本みたいな世界だぞ」

「電脳世界ってこんなにメルヘンなの?」

 

 その話を聞き、簪は再びキーボードを叩く。

 サーバー内のプログラムを漁っていると、その原因を突き止めた。

 

『これは……電脳世界は現在ハッキングを受けています。一種のバグ、いやプログラムを撒かれています。皆さんは……与えられた役を演じてもらう必要が、あります』

「役っ!?」

 

 鈴が声を裏返しながら悲鳴混じりに吠えた。

 用はミニゲームをクリアしなければ先に進めないという事らしいが、あまりに趣味が偏っている。

 

「まさかアリスをやれって言うの!?」

『環境が不安定なので……プログラムの除去をしようにも下手に触るのは良くない組み方で……』

 

 簪の消え入りそうな声に頭を抑える鈴。

 やるしかないのだと言われ、泣く泣く覚悟を決めるしかないらしい。

 

「アリスと言っても何するのよ」

「やっぱりウサギを追いかけるんじゃない?」

 

 鈴の質問にシャルロットが答える。何処か嬉しそうな感じがしてなんだか気乗りしない鈴だった。

 だがそんな五人の目の前をウサギが通り掛かった。

 ビジネススーツに身を包み、顔にはフレームレスの眼鏡。片手鞄を提げ腕時計を気にしながら早足に過ぎ去っていく二足歩行のウサギだが。

 

「居たぁッ!!」

「お話と違いますわよ!?」

「アレでいいのか!? 本当にアレを追いかけるのか!?」

「注文はウサギだろう。狩るぞ」

「ラウラ趣旨が違うよ!」

 

『お……ぉ追ってくださいぃ!!!』

 

 ともかく一斉にウサギを追い掛け始める五人。

 ウサギは早足で歩いているのだが、歩幅が大きいのかそれとも仮想世界だからかウサギの歩く速さは五人の走る速さよりも勝っている。

 

「商談に間に合わないぞ……」

 

 腕時計を確認しながら困り顔で呟くウサギ。

 

「ねぇなんか言ってる!」

「イヤに現実的なウサギだな!」

 

 如何にも嫌そうに突っ込みを入れてしまうアリス達。

 そんな事は露知らず、ウサギは鞄を開き、中から明らかに鞄の容積を無視した大きさの物体、原動機付自転車を取り出し跨った。

 

『えっ』

 

 軽快なエンジンスターター音が鳴り、スロットルを捻ってウサギは初速から飛ばして走り出した。

 

「どぉーいう事ですの!!!!」

「ふざけんじゃないわよ!!!」

「原付きとはどう言う了見だ!!!!」

「欠片もメルヘンじゃないねぇ!!!」

「時速30km、遮蔽物に隠れられないかぎりは目でも追えるが……」

 

 それぞれが堪えきれず突っ込みを入れてしまう。

 

 突然現れた巨体な森。

 その中へウサギは原付きのまま突っ込んでいった。

 

 それを追い掛けて同じく森の中へ飛び込むアリス達はしばし生い茂る草木を掻き分け、出来るだけお互いが離れないよう注意しながら森の中を彷徨う。

 

 やがて五人は光が差し込む開けた場所へと躍り出た。

 

「ここは……」

「扉がありますわね」

「それも五つ」

「罠か?」

「かもしれないね」

 

 五人の目の前に、五枚の扉が均等に真横へ並び立っていた。

 森の中でただ扉だけが存在する異様さに足踏みするが、目的だったウサギも見失ったのはここへ誘われる為だったのか。そう思わずにはいられない。

 

『そこから先は、通信ができません、ので……』

「つまり単独行動なわけね」

 

 苦しそうな簪の声に、鈴が濁した言葉を正す。

 この先は敵の領域。命の保証は出来ないらしい。

 

 だが誰も退かない。

 

 自分たちの領土を攻められ、黙って見過ごす等という選択肢は端から持ち合わせない彼女達。

 

「目指すはシステム中枢! 会敵必殺! 皆行くぞ!!」

「「「「了解!!」」」」

 

 箒の声に呼応し、五人は意を決して扉を開く。

 

 瞬間、飲み込まれるような光に包まれ、五人は扉の向こうへと消えていった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 倉持研究所。

 作業スペースの隅で、一夏は大変居心地悪そうに焚火を囲んでいた。

 

「所長! なんでここで火を焚いてるんですか!」

「魚が連れたら塩焼きだろうがよ〜〜」

「作業現場で火遊びしないでください!」

「ケチ〜〜〜」

 

 隣ではスクール水着に白衣を羽織っただけの、ずぶ濡れたヒカルノが職員の男性に怒られていた。当の本人は一切悪びれる様子もないのだが。

 

 それさておいて目の前ではレストア中の自分の専用機『雪羅』が破損した外装を交換されており、フレームの点検や可動箇所のチェックが行われている。

 その横では数々のプラグや配線が繋がれ、データ面の更新等がされていた。

 

「いや〜、一次移行はおろか二次移行までされた機体だからか、研究所にあるデータからはかけ離れた進化を遂げていて修理が追いつかないよ!」

「す、スミマセン」

「いやいや! それこそISの真骨頂なんだし、そう言った部分の記録も貴重なデータなんだから寧ろありがたいよ!」

「そうですか……」

 

 なんだか妙に嬉しそうなのはこの人が根っからの研究者気質だからかなのか、そんな事を考えつつ、一夏は目の前の焚火に視線を落とす。

 

 パチパチと火の粉を上げて燃える薪。小さくも煌々と灯る炎は不規則に揺れ、塩がかけられた川魚が焼かれる様をまざまざと眺めていた。

 

 釣られた直後はまだ生きが良く、掴む手を跳ね除けてしまいそうな程泳いでいた魚。今は頭から全身を串で貫かれ、白く濁った目を何処へ向けるわけでもなく虚空を写し、潤いに満ちていた体表は嗄れて灼かれている。

 

 一夏はあの日以来、肉や魚等が食えなくなった。

 肉に触れれば剣で斬った少年の感触を思い出し、頭を見れば青白くなる少年の笑顔を想起する。

 拒食症かと言えばそうでもなく、数日と立たずに彼は空腹に耐えかね、生きたいと懇願する本能に嫌悪感を覚えながら飯に縋る。

 

 酷くやつれた彼の顔は『生きている』と言うより『死んでいないだけ』だった。

 

「食べないのかい?」

「食欲がわかなくて……」

 

 ヒカルノに言われてる顔を上げる。彼女は焼き魚を指差して尋ねてくるが、一夏は遠慮がちに答える。

 それを聞いてヒカルノは嫌味を言うでもなく一言「そうかい」と呟き、串を一本取り上げてむしゃりと身を齧った。

 

 じわりと溢れる油が滴り、串をつたってヒカルノの細い指を汚す。

 そんな事も気に留めず、ヒカルノは御満悦と言わんばかりに咀嚼しながら破顔し、魚の味を噛み締めていた。

 

 それを見て一夏は独りよがりな嫌悪感を抱き、思わず視線を反らしてしまう。

 

「苦手かい」

「すみません……」

 

 ヒカルノは遠慮することなく魚を頬張り、頭までその身を全て平らげてしまった。魚を食べ終わったヒカルノは串を焚火に投げ入れ、行儀悪く汚れた指を舐めながら立ち上がる。

 

「さ、もうすぐ君にも手伝ってもらうようだから腹拵えは済ませておきなよ!」

 

 一夏に向けてウインクを飛ばし、その場を後にする彼女になんだか気後れしながら一夏はまた焚火に目を落とす。

 

 メラメラと燃える炎。

 だが焚火はその火の勢いを弱らせ、炙られていた魚はほぼ消し炭に近い。

 

 一夏は食欲がわかない事がなんだか心地が良かった。

 

 

 

 






 どうも。
 複数の場面展開を同時進行で書いてると中々忙しいですね。
 しかしながらまとめて書くと時間軸が若干ずれるしで合わせるのも面倒……。
 さてさて一夏は立ち直れるのか。
 結はまだ出てきませんね。

 ではではまた次回で。
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