ISハンガーにかけたれ状態の雪羅に搭乗した一夏。
機体のまわりには様々な測定機器や調律機等が無造作に置かれ、その殆どから伸びる厳つい有線が雪羅の全身に接続されていく。
作業員達は互いの目と設備の画面を見合わせながらそれぞれ数値の確認や伝達事項を纏めていたり手に持っているボードに記録したりしている。
「内部フレーム強度チェック終わりました」
「うむ」
「外装点検終わりました」
「わかった」
「稼働プログラムのコピーとチェック完了です」
「よし」
ぱん、と手を叩き、ヒカルノは一夏に向き直る。
「実施テストと洒落込もうぜ」
◆
なにものかに乱されたコアネットワーク世界で五人の少女たちは、目の前に佇むそれぞれの扉の奥へ飛び込み、暗い道を駆け抜けた鈴は視界を覆う真っ白な光の先で目が覚める。
「ここは……町? 何この格好!?」
鈴は中学時代のセーラー服を身に纏い、学校鞄を片手に昔日本に居たころに住んでいた町の真ん中で立ち尽くしてい居た。辺りを見渡せば同じように制服を着た同級生らが下校をしており、上を見上げれば空は茜色に染まっている。
なんとのどかな風景、しかしそれそのものが異変だと気づく。
確かアタシはコアネットワーク世界で扉に入ってから……────。
『ワールドパージ、開始』
無機質な声が一瞬、虚空に響いた。
高校の下校中で、今は幼馴染みの一夏を待ってるんだった。
……あれ、あってるよね?
なんだか頭の中がはっきりしない。思考回路が整う前に誰かに入れ替えられているような、不揃いな不快感を覚える。
違和感を拭おうと必死に考えていると、ふと背後から声をかけられた。
「よう、鈴。待たせたか?」
「い、一夏!?」
鈴は声をかけられ振り向くと、学ラン姿の一夏がそこに居た。
背丈は今と変わらない、だが制服はIS学園のものではなく昔憧れた日本のただの高校でよく見られるような平凡な制服───。
一夏の姿を見るなり鈴の脳内の違和感は濁流に流される小舟の如くあっさりと、不審に思わなくなった。
『ワールドパージ、完了』
あれからアタシはそのまま日本の高校に進学し、一夏と同じ学校に通っている。
両親も仲良く日本での暮らしはまさに順風満帆と言ったところ。
恋に浮かれる足取りは軽く、少し前を歩く一夏の隣へ駆け足で近寄りその隣に並び歩く。
「帰ろ、一夏っ」
「おう」
夕陽の横照りが眩しい町を二人で歩く。
横を向けば夕陽に照らされた男前が一層格好良く写り、アタシの恋心はドキ、と高鳴る。
じっと見つめているとアタシの視線に気付いた一夏が此方を見返し、凛々しくも年相応に可愛らしさを腹んだ瞳と目が合う。
「どうした、鈴?」
「な、なんでもない!」
気恥ずかしくなって目を逸してしまう。
あぁ……カッコいい。
惚れた男の子はいつの間にかカッコよくなっていて、子供から大人になりかけの横顔はあどけなくも筋の通った顔立ちをしており、勇ましい。
横目でいつまでも見惚れていたら、不意に頭を冷たい水滴が濡らした。
「やべ、夕立だ!」
「うそ、走るわよ一夏!」
慌てる一夏と走り出した二人は通学鞄を傘代わりにして姦しい雨音の中を走り抜ける。
そんな災難ですら恋の前には一入のスパイスにしかならなかった。
◆
「ここは……わたくしの家……?」
気がつけば私はイギリスにあるはずの屋敷の中に立っていた。
すぐさま周囲の状況と自分の状態の確認を取る。
見慣れた屋敷。構造に変化はなく、あるとすれば装飾品等が自分の好みに近いものになっている程度。
格好は学園の制服ではなく、何故かパンツスーツを着込んでおり、いかにもビジネスライクな格好をしている。
おかしい、私は確か─────。
『ワールドパージ開始』
母の会社を正式に引き継ぎ、若手社長として活動しているのでした。
……んん?
なんだかおかしいような、頭の片隅でこの状況が変だと警告が出ているが、その違和感を自覚するよりも早く状況に流されてしまう。
「セシリア義姉様、本日の業務は終了しました。お疲れ様です」
「あら……結さん」
不意に現れたこの男の子。
上代 結。
父が存命のころ、人から預かったと我が家に転がり込んできた孤児で、今では使用人としてこの家に仕えている。この家に来た当初は生活や作法はおろか喋ることすらままならなかった彼だが、今では仕草一つとっても見事な令息と言っても過言ではない美少年に育ったものだ。
子供ながら飲み込みも早く、家の仕事も早々に覚え、今では私の仕事の手伝いもしてもらっている。
あら、何か違和感が……?
『ワールドパージ、完了』
音もなく近寄り頭を低くしながら白い手袋を嵌めた両手を差し出す彼に鞄を手渡す。
その何気ない仕草一つとっても無駄も粗も無い立ち振る舞いを魅せる。
「夕食になさいますか?」
「先に汗を流したいわ」
「かしこまりました」
手渡した鞄を受け取った少年は他の使用人に仕事を伝えるべく静かな歩みながら早足で屋敷の奥へと引っ込んだ。
まだ幼いながらよく働く。
泣き言も言わず黙々と仕事をこなす様は見ていて惚れ惚れしてしまうくらいだ。
おまけに美形ときた。もしも学校で同じ教室に彼のような存在がいれば毎日学校に通うだろう。
「⋯⋯あの子に会社を継がせるのも悪くはありませんわね」
そうなると結婚するか?
いやいや、今時家族経営なんて役員からの反感を買いかねない。
でも個人的になら別に問題ないのでは?
「義姉様」
「ひゃぁあ!?」
背後から急に声を掛けられ素っ頓狂な悲鳴が漏れる。
振り向くうと少し戸惑った表情で見上げながら小首をかしげる結がいた。
「御入浴の用意ができましたが、如何されました?」
「い、いえ、何でもないわ! すぐに向かいましょう。オホホ⋯⋯」
誤魔化すように笑いながら、私は彼の後ぬついて浴場へと向かうのだった。
◆
扉を抜けてすぐ、目の前に広がってたのは見た事もないような洋館の大広間だった。
僕は警戒態勢に入り、物影や建物の死角になりそうなところをくまなく確認しながら壁際に身を寄せる。見渡す限りで敵と思える存在は確認できず、身体的な異変も⋯⋯。
「何この格好!?」
見下ろすと僕はクラシックなメイド服を身に纏っていた。
先ほどは『不思議の国のアリス』。今度は洋館に働く『メイド』ときた。
これが誰かの意思かそれとも仮想世界の気まぐれか分からないが、いずれにしても趣味が悪いような。
『ワールドパージ、開始』
僕はこのお屋敷に仕えるメイドのシャルロット・デュノア。
ご子息様の成長を同僚たちと共に見守るハウスメイド兼ナースメイド。主なお仕事は子守りの方だけどね。
今日も朝から慌ただしく他の従者たちと協力しながらご子息様が快適な一日を過ごせますように、家の死後から身の回りのお世話までを悉く熟していくのだ。
そのはず、だよね……?
『ワールドパージ、完了』
身支度を済ませ、ご子息様を起こすべく彼の自室の扉を叩く。
「おはようございます。朝ですよ」
そう声をかけながら部屋に入り、窓に掛かっていたカーテンを開けると部屋に明るい朝の日差しが差し込む。
大きなベッドの上で頭まで掛け布団を被った小さな膨らみは「んん〜〜……」と呻きながら身じろぎをするので、その小さな膨らみを軽く揺らしながら起床を促す。
「坊っちゃん、起きてください」
「んぁ〜〜……眠いぃ……」
毛布を剥がすと小さく丸まった幼子が出てきた。その子の両手を取り、ぐいっと引っ張ればとても気だるけに起き上がる。
開ききらない瞼を擦りながらご子息様、上代 結様はうつらうつら船を漕いでいる。
「おはよう、シャル姉さん……」
「おはようございます。坊っちゃん」
「私はもう姉さんじゃなくてただのメイドなんですよ?」
「シャル姉さんって呼んじゃダメなの……?」
しゃがみ込み洋服のボタンを掛ける私をもの悲しそうに見下ろす彼に胸の奥をチクチクとした罪悪感がいたずらに刺してくる。
「二人きりの時だけ、ですからね?」
「っ……! うんっ!」
うぉ、可愛い。可愛いね。
花が咲いたようにぱっ、と浮かんだ笑顔を直視してしまい、私の胸に重めの一撃が貫通した。だらしない表情を晒さないよう唇の橋を噛みしめて、出来るだけ平静を保つよう努めながら私は結様の身なりを整える。
「さぁ、出来ましたよ。お顔を洗って朝食にしましょう」
「は〜い」
まだ眠たそうな彼の背中を押し、部屋を後にする。
今日も素晴らしい日になりますように。
そう願いながら、叶えられるよう今日も私は仕事に励む。
◆
気がつけば見知らぬ家屋に居た。
見たところ古巣の兵舎ではなく、ドイツ特有の家屋でもない。
思い出した。
すぐさま臨戦態勢を取るが、装備品に武器の類がない。と言うより格好がIS学園の制服からなんの改変もされていないセーラー服に変わっていた。
「なんだコレは!」
憤りと羞恥心が一緒くたにこみ上げて、手に持っていた通学鞄を放り投げようとしたその時。
『ワールドパージ、開始』
頭の中に声が響いたような気がした。
私はラウラ。
親が日本に帰化し、日本の学校に通うドイツ人。今日も同じ学校に通うお隣の同級生を叩き起こすべく朝からこの家に上がり込んでいる。
だったはず。
筋書きのような思い出がつらつらと湧き上がり、自分の人生を言い訳をするかの如く語り並べている気がする。何かがおかしい、そんな猜疑心を感じる暇もなく、有耶無耶の思い出によって私の頭は埋め尽くされてしまった。
『ワールドパージ、完了』
さて、あの兄弟を叩き起こさねば。これは私の日課でありおばさまからの頼まれ事だ。
私は家の階段を駆け上がり、ある一室の扉を蹴破る勢いで開ける。中は一般的なご家庭の一人部屋。家具と雑貨に若干散らかっている生活感のある子供部屋。
ずかずかと部屋に入り、膨らみのあるベッド上の掛け布団を勢い良く捲ると、中で気持ち良さそうに寝ている一夏がいた。
「起きろ」
「あっふん!?」
大の字で寝ている一夏の土手っ腹に通学鞄を叩き付け、モノの一発で目覚めさせる。
腹を抱えて蹲っているそいつ、お隣さんを足蹴にしながら私は優しくご挨拶をくれてやるのだった。
「おはよう一夏。よく眠れたか? 四十秒で支度しろ」
「おぉぉ……おはようラウラ……」
蹴り飛ばす勢いで部屋から叩き出し、朝食の席に座らせる。
朝の騒動で目覚めたのか、弟の方も一人で起きてきて席についていた。
「おはよう、ラウラお姉ちゃん……」
「結、おはよう。寝癖ついてるぞ」
少年を手招きし、食事の前に可愛らしく跳ねた寝癖を直してやる。
「俺と扱い違くないか?」
「歳の差だ」
「ペド」
ラウラは食卓の上に置かれた食器を摘み上げ、流れるようなフォームで一夏の眉間めげけて投擲する。すると見事にフォークが刺さった。
「イッタァイ!」
「よし、早くご飯食べて登校しような。結」
「う、うん」
騒ぐ兄の方を放ったらかして二人楽しく、しかし手早く食事に手を付ける。
私はこの兄弟のお隣さん。
今日も世話を焼ける。
だが楽しい。
綻ぶ口元を抑えつつ、私も席について朝餉を食べるのだった。
◆
『一夏……』
不意に声が聞こえた気がした。
聞き慣れたような、空耳のような、てんであやふやな呼び声が聞こえた気がして、一夏はあたりを見渡す。だがその場にいる誰もがそんな素振りも見せず、作業に集中する人や訝しげにこちらの視線に振り向く人がいるくらい。
「どうしたんだい一夏君」
「なんかさっき、呼ばれた気がして」
「誰も呼んでないぜ?」
ハンガーに掛けられた雪羅に搭乗したままキョロキョロとまわりを見回す一夏に気がついたヒカルノは一夏の言葉に返すが、どうにも腑に落ちないらしい少年はただただ首をひねるばかりだった。
「おかしい……確かに聞こえたような……」
「疲れてるんだろう。君も機体も酷使しているようだし」
ヒカルノに鼻歌混じりにそう言い聞かされ、自分もそうなんだと納得する他なかった一夏は再び機体に体を預けるばかりだった。
◆
地下の一室、厚い障壁に囲われた部屋で佇む巨大な棺桶。
その中からくぐもった声で少年の声が微かに漏れていた。
『一夏お兄ちゃん……気付いて……』
お久しぶりです。
期間が空いてしまって申し訳ありません。
数カ月ぶりの更新で書いていた内容が頭から消し飛んでました。
夏に夏バテと熱中症とコロナをくらって床に伏してました。睡眠大事に。
次は早く更新できるよう頑張ります。
ではでは。