私の部屋に結が度々来るようになり、はや三ヶ月が過ぎようとしていた。
はじめは土日の休日だけでしかも夕刻を回る頃には早々に立ち去ってしまっていたのが、徐々に夜遅く、それこそ夕飯を一緒にとったりそのままお泊まりするくらいには長居するようになった。
遠慮がちでなかなか触れ合うことのなかった結だったが、ゆっくりと時間を掛けて心身共に距離は近づき、今では何も言わずに隣か膝の上に乗ってくれる。
時折顔を覗いては、ほわんとした眼差しで此方を見返してくる。
「たまらない」
「良かったね~かんちゃん」
同居人であり幼馴染みである本音に結への思いの丈をつらつら長々と語っていれば、もう日も傾いていた。
かくいう本音はこちらを見ておらず、焼き菓子を片手に雑誌を読んでいた。
それでも嬉しそうに話す簪を見て、本音は何も言わずただ聞いているだけにしていた。
「今日はクラスの子のところにお泊まりしてくる~」
「うん、行ってらっしゃい」
半ば逃げるようにそそくさと部屋を立ち去る本音の背を見送ったあと、簪ははふぅと溜め息を着いてベッドに横たわる。
「結、今日も来るかな……」
そんなことをぼやきつつ、彼が来るのを待つこの時間がなんとなく楽しい。
思い焦がれるのが恋の醍醐味と聞いたことがあるが、まさしくそんな状況に陥っている自分に驚きつつ、やはり自分もそんな大多数の人間の一人なのだと思うとちょっとだけ悔しかったりする。
恋なんてしないと思っていた。
ずっと本音や家族と居るものだと思っていたのに、いつの間にか大切な人の中に結がいて、気付けば大好きな人になっていた。
改めて認識するだけで胸が高鳴り、枕に顔を埋めて声にならない嬌声を上げる。
「簪お姉ちゃん、いる?」
脳内のお花畑で散歩をしていると、当の想い人がドアを叩いて訪れたらしい。
すぐさま飛び起きて戸を開けようとしたが一旦立ち止まり、前髪を整えてから出迎える。
「いらっしゃい、結」
「んん、こんばんは」
寝巻き兼私服代わりの診察服とパーカーを着てきた結が玄関前で見上げていた。
部屋に入っても何か予定があるわけでなく、促されるままベッドの上に腰を下ろした結は浮いた足をパタパタ揺らしている。
「何か飲む?」
「お茶がいい」
甘いジュース等を好みそうな見た目で案外無難なものを飲むのも結の個性と言えるだろうか。
何でも飲むが、水かお茶が好きらしい。
少しだけ水を足して温くした緑茶を手渡すと、「ありがとう」と笑って受け取りちびちびと舐めるように飲む。
「今日は、何しようか」
ボードゲーム、テレビゲームなど、室内で遊べるものは大概揃ってはいるが、ボードゲームは大人数で遊ぶようなものばかり、テレビゲームに関しては簪の趣向から一人用しか無かった。
結果、基本的に大人しくアニメ観賞に耽る他無く、簪は結がマンネリ化していないか不安だった。
「アニメ。この前の続きから見たいな」
「うん、わかった」
気のままに笑いながらそういう結に、簪は救われたようにほっと息をついて再生機を準備した。
作り置きしておいた甘味を盆に乗せ、テレビの前に二人で座れば準備万端。
結は当然のように簪の足の間に腰を下ろし、簪も満更ではないようで、結の腹の辺りに腕を回して軽く抱き止める。
まもなく始まりオープニングの流れる画面を二人してまじまじと眺める。
具体的に何が楽しいかと聞かれたら正直回答に困るが、私は不満はないし結も何も言わず、嫌な顔一つ一つせずどこか楽しそうにアニメ観賞に耽っていた。
付き合っているかと言われたら違うと言うだろう。
歳の差や倫理感が邪魔をして上手く好意を伝えることができない。
それ故にもどかしく、今の関係が崩れるのが怖くて踏み出すことも出来ず、だらだらと恋人未満友達以上の曖昧な関係を引き摺って満足していると思い込む日々。
「ねぇ結。私の事、どのくらい好き?」
「んー……?」
だからか、こんな事を聞いてしまう。
しまった、鬱陶しい粘着系彼女のような質問をしてしまった。
くだらない事を聞いてしまったと後悔しながら簪は膝の上で難しそうに考える結をハラハラしながら見守っていると、結は何か思いついたのか体をこちらに向けて対面座位なるように座った。
何をするのか、もしくは何を言われるのかと気が気でなかった簪に、結は意を決して目を瞑り、おもむろに口付けをしてきた。
時間にしてほんの数秒。
小さな唇はすぐに離れ、結は目を細めてはにかんだ。
「えへへ、このくらい」
あっ、ダメ。
頭のなかで何かが一線を踏み越えた。
越えてはならないと思っていたそれは呆気ないほど簡単に越え、今まで知らず知らずの内に我慢していたあれやこれやの欲求が一気に爆発してしまい、もう止められなくなる。
考えるよりも早く体は動き、腕のなかに収まっている少年の肩を掴んで強引に引き寄せる。
「お姉ちゃ……んむっ」
ぎゅう、と抱き締め、逃がさないと言わんばかりに抱擁して行うキスは半ば強引なものだったが、結は身動ぎもせずされるがまま身体を明け渡していた。
「ぷぁ、どうしたの。お姉ちゃん?」
「……もう我慢しなくていいよね、結」
メガネの奥にギラギラした野性を覗かせながら、簪は目の前のご馳走を掴んで離さない。
結をベッドに引っ張って倒し、自分も上に覆い被さって逃げられないように手を握る。
いやしいくらいにがっつく簪を結はあくまで扇情的な笑みで迎え入れる。
「簪お姉ちゃん、なにするの?」
「わから、ない……でも、きっと、イイコト、だよ……」
片言の日本語になっていく簪に余裕はない。
対して結は焦る素振りも見せずにじっと簪を見詰めてにこりと笑っている。
「イイコトって、なぁに?」
「それは、それは……」
訊ねられて、答えに詰まった。
こんな事をしていいのか。
まだ齢十才にも満たないような、保護されるべき小児相手に欲情してしまうなどあってはならない。
キスされたし。
それがどうした、ただの愛情表現だろう。
好きって言われたし。
肯定してもらえたら何をしてもいいのか。
相思相愛なら。
妄想に過ぎないのでは?
頭のなかで辛辣な意見が飛び交っている。
目前にした一線を越えられず、その場で足踏みを繰り返してしどろもどろになる。
まな板の鯉な状態の結に優しく手を握られ、絡められた小さな指が手の甲をチロチロと撫でてくる。
「お姉ちゃん、怖い?」
「こ、こわ、怖く、無い、けど?」
なんで強気なんだろう私。
全然言えてないし。
どうして恥の上塗りを繰り返すのかと羞恥心に駆られながら、簪は震える身体を鞭打ってずずいと顔を近づける。
が、それだけ。
すぼめた唇は何にも当たらず、小刻みに震えて口笛でも吹くのかと言わんばかりに息が漏れるだけだった。
見かねた結が頭を起こして顔を近付け、開いた隙間を埋めて口付けをしてやる。
不意を突かれた一撃に簪は渾身のダメージを喰らって肩の力が抜け、へなへなと結の上にのし掛かった。
「結、ずるいよぉ……」
「んふふー」
無様な姿を晒し、羞恥心に押し潰され、小さな少年の薄い胸板の上惜しげもなく顔を埋める簪は、それでも結を抱き締める。
甘える簪の頭を赤子をあやすように優しく撫でる結は愛しげに簪を抱擁し返している。
これではどっちが年長者か分からないが、文字通り頭の上がらなくなった簪は諦めて結の抱擁に甘んじていた。
「大好きだよ、お姉ちゃん」
「私もっ、大好き!」
その後寝落ちし、翌朝帰ってきた本音にベッドの上で抱き合ったまま寝ているところを見られ、「やっちゃったか~」と誤解を受けた簪の悲鳴が聞こえたとか。
ビッチではない。
直接的な描写がないのでビッチではない。