IS【小さな少年は盾を構える】   作:屍モドキ

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 結くんの過去がチラッと出てくるだけ。


十一話 少年と泣いた少女

 ◇

 

 

 

 

 学園屋上。

 夕暮れの赤い陽射しが直にさすベンチで、鈴は膝を抱えて丸くなり、一人啜り泣いていた。

 

 一夏との約束。それがあったからこそ転校して祖国に帰った後も、両親が離婚したときも、訓練を経て代表候補生にまで上り詰めたときも頑張ってこれたのに。

 

 それを大事な相手が忘れていたのでは本末転倒も良いところ、怒りと悲しみ、やるせない感情が渦巻いて、何がしたいのかすらわからなくなってきた。

 

 どうして忘れちゃったのよ、バカ……。

 

 思い浮かべる恋い焦がれた男の姿が、今では色褪せてただただつらい。

 

 もう全てを投げ出してしまいたい、そう思い焦ったところで屋上の扉が遠慮がちに開けられ、誰かが出てくるのを感じた。

 

 振り向くと、そこには肩で息をする小さな少年の姿があった。

 

「……結?」

 

 少年は今にも泣き出しそうな顔で、制服の裾を握って鈴のもとに走ってくる。

 鈴は目許の涙を払い、駆け寄ってくる結を迎え入れる。

 

「どうしたのよ」

「お姉ちゃんが泣いてたから、来た」

 

 たったそれだけで、お節介だ、構わないで、そんな言葉の数々が巡った末、結局鈴の口から出たものは嗚咽であり、どうしようもなく涙は溢れてくる。

 結は制服のポケットからハンカチを取り出して涙に濡れた鈴の目許を優しく拭ってやる。

 

 鈴は目の前の少年に泣きつき、自分よりも二回りも小さい少年の胸のなかで号泣した。

 

 結はなにも言わず鈴の背に手を回し、優しく頭を撫でる。彼女が静かに落ち着くまで、ずっとそうしていた。

 

 

 

 

 夕陽がさらに傾いてきだして辺りも鬱蒼としてきた頃、まだ涙は止まらないが、ようやく落ち着いた鈴は、結を隣に座らせてから、彼から渡されたハンカチを大事そうに握り、時折流れる涙を拭いていた。

 

「もう大丈夫?」

「ん、もうちょっと……」

「わかった」

 

 そう言って結は鈴の隣でぼう、と日が落ちていく空を眺める。

 

 質問はしない。

 自分が関わっているわけでないし、今やっていることだってお節介だと承知している少年だが、それでも見過ごせなかった。

 

「なんで、アタシに構うわけ……?」

 

 声をしゃくらせながら鈴が訊ねる。

 怪訝に思っているわけでも迷惑そうにしているわけでもなく、ただ単純に疑問だった。

 

 昨日今日会ったばかりの人間に、こうも甲斐甲斐しく接するものだろうか。

 もしも自分なら放っておくだろう。

 幼いからこそ構うのか、それともそういう性格なのか、理由が知りたかった。

 

 結は少しだけ口をつぐんだあと、ゆっくり話し出した。

 

「……昔、施設にいたころね、ぼくの他にいろんな子がいたんだ」

 

 そこにはたくさんの友達がいたんだ。

 男の子、女の子、おっきい子やちっさい子。みんなは仲良しで、よく一緒に遊んでた。

 

 でも、時々誰かが泣いてたんだ。

 怖い、もうやだって言いながら。

 

 聞いても答えてくれなかったし、無理に聞くのも嫌だったから、ぼくはそばにいてなぐさめてあげるのがよくあったんだ。

 大丈夫、怖くないよって言いながら泣き止むまでこうして、お姉ちゃんにしたみたいに頭を撫でてるとね、みんな少しだけ元気になったんだよ。

 

 色んな子が施設からいなくなってからみんなと会えなくなったけど、今でもみんな元気にしてるって思うとぼくも元気になる。

 

「だからかな。なぐさめるのはとくいだよ!」

 

 少年の膝の上で寝転がって話を聞いていた鈴は、内容を話半分に聞いていたが、今自分がこうして宥められている事実からなんとなく本当であることを悟った。

 

「なんか、ありがとね。少し元気でたかも」

「そっか。よかった」

 

 ようやく立ち直った鈴は起き上がり、ありがとね、と結の頭を撫でてやったあと、手元にあった彼のハンカチに気がついた。

 躊躇いもなく有り難く使っていたが、気がつけば涙と他の液体でたらたらになった正方形の布。よくみればやたらと上等な素材を使っていて、手触りもよく一目で高いものだと気づく。

 

「結、あんた、これ、高いものだった……?」

「そうなの? 先生からもらったものだからわかんない」

 

 震える鈴に対して結は平然としているので物の価値がイマイチわかっていないのか、と鈴は納得した反面、そんなものを汚してしまった罪悪感がひしひしと肌を逆撫でする。

 

「ごめんなさい、洗って返すわ」

「え、でも」

「あんたが許してもあたしが許せないの」

「う、うん」

 

 結を無理矢理承諾させ、自分の体液まみれのハンカチを取り敢えず丁寧に畳んでポケットにしまう。

 借り物の話はここまでで、妙にスッとした気分になった鈴は背伸びをして息を吐く。

 

「なんか、泣いたらスッキリしたわ。本当にありがとね、結」

「お姉ちゃんが大丈夫になったんなら、よかったよ」

 

 然も自分の事のように喜んでいる少年の頭を撫でてやる。

 

「あーあ、あんなんじゃあたしなんて女として見られてないのかなー」

 

 思い出したのはさっきの事。

 あれほど恋い焦がれた気持ちは何処かへ旅立ち、今はもうなんとも思っていないのが不思議なほどだった。

 

 そういえば、今度クラス代表戦があったのよね。

 このまま約束ごと忘れられたまま終わるのも癪だし、代表戦でこてんぱんに懲らしめてやろうかしら。

 

 そんなことを考えたいると体の内側からふつふつと怒りとも取れないやる気が溢れてきた。

 

「よし、アタシ勝つよ!」

「んー?」

 

 日の暮れた空に向かって拳を向け、高らかに宣言する。

 

 

 

 ◇

 

 

 学生寮。

 

 鈴は自室に戻って洗濯物を選別していた。

 勿論借りたハンカチも取り出して汚れ物と一緒くたに放り投げようとして、素材感からして手洗いの方がいいかとつまみ上げる。

 

 持ち上げたレースのハンカチを広げて今一度よく見てみると、布の端に刺繍が入って射たのを見つけた。

 

「なにこれ、名前?」

 

 そこには『Ernest=Hide』と青い糸で筆記体の刺繍が施されていた。

 

 い、え、えーねすと、ハイド?

 

 多分違う気がすると思った鈴はルームメイトのアメリカ人になんと読むのが正しいのか聞いてみることにした。

 

「ねぇティナ。これなんて読むの?」

「ん? どれどれ。あー。アーネスト・ハイドだよ」

「ふーん。ありがと」

 

 そこまで気になっていたわけではないが、持ち主とは違う名前が入れられているとやはり多少は気になっても仕方ない。

 そこまで大きな問題でもなかったが。

 

 別段気にもせず、手短な容器に水と少量の洗剤を混ぜ彼のハンカチを浸して洗う。

 乾いたらちゃんと渡してあげよう。

 

 

 そしてクラス代表戦、一夏を一捻りで倒して謝罪させてやる。




 あと二話もしたらクラス代表戦ですかね。
 
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