二話 少年は学園に入りました ※挿絵あり
桜咲き乱れる春の季節。
真新しさが垣間見える教室で、一人の男子生徒が突っ伏して項垂れていた。
彼の名は
なんの変哲もないただの男子高校生、とはいかない。
目の前、いや左右後方、全方位が女子生徒で埋め尽くされた教室に、彼は男一人席に座っていたのだ。
文字通り注目の的。いや見世物のパンダのそれであった。奇異の視線が多方面から刺さり、首が重くなる一方で上がらない。クラス名簿で見かけた幼馴染であろう人物が座っている方に助けてほしいと言う旨の視線を送ってみるが、一瞥してそっぽを向かれた。
「はぁぁ⋯⋯」
どうしてこうなったのか。
あの時、高校受験の時に『藍越学園』と『IS学園』を間違って受けに行った彼は、間違って資料室に入ってしまい、そこに置かれてあったISに触れた際、何が原因か女性しか使えないというISを起動させてしまった。
その結果、彼は人工島に設置されたISに関する知識や技術を専門に教える学園機関、『IS学園』に急遽進路変更を余儀なくされた。
それだけにとどまらず世界で初めてISを動かした男として世界中に報道、拡散されてしまった。
一人で考え事、いや境遇の悲観をしていたら教室に一人の女性教員が出席簿を持って入っていきた。
緑髪をショートボブに切り揃えた、低身長で眼鏡を掛けた女性。
格好は淡い黄色のワンピースを着ていて、茶の短いブーツを履いている。
「皆さん、おはようございます!」
「「「⋯⋯⋯⋯」」」
「あ、あはは⋯⋯副担任の山田真耶です。よろしくお願いします⋯⋯」
元気よく挨拶をしたらしいが誰も反応しない。こんな倍率の高い学校なら顔見知りなぞいないのも当たり前だし、みんな緊張して話せないのも頷ける。
「うぅ⋯⋯では出席を取ります」
それでもめげずに仕事を始める辺り、教師としてはしっかりしているらしい。
一人ずつ名前を呼ばれていくなか、彼は一人の女子生徒、彼の幼馴染に視線を向けた。
篠ノ之 箒。
ISを造った天才篠ノ之 束博士の妹で、剣道の全国大会で一位を獲得するほどの剣の腕前の持ち主。
だが篠ノ之博士がISを造ったせいで政府の保護プログラムとやらにより家族散り散りに、各所を転々と暮らしていたようで、彼女が転校した小学校六年以来連絡が途絶えてしまった。
「織斑君」
「⋯⋯」
「お、織斑君」
「⋯⋯⋯」
「織斑君!」
「うぉあ!?」
いつのまにか目の前にいた女性教員に名前を呼ばれ、驚いてしまった。
「はい、なんですか」
「出席ですよ出席。あから始まっておにきて、今は織斑君なんです。自己紹介してください」
「あ、あぁ、すみません」
返事をされなくて困っていたのか半泣き状態の山田先生に懇願されて席を立つ。
回りの生徒からの視線が集まった。
学園、いやISが出て以来初めての男とは一体どんな者なんだろうかという期待とプレッシャーの眼差しが一夏を全方位にわたって刺していた。
「えぇと、織斑 一夏です」
次は何が続くのか。
「以上です!」
潔い敗北宣言。山田先生含め一夏を除いた教室内の人間がずっこけた。
パァンッ!
そしてそんな一夏の後頭部に大きめの破裂音と強い衝撃が響いた。
「いってぇ!?」
「自己紹介もまともに出来んのか貴様は」
「げぇ! 関羽!?」
パァンッ!
また破裂音。
「誰が三国志の英雄の一人だ愚か者」
「なんで千冬姉がここに⋯⋯」
パァンッ!
「公私を弁えろ。織斑先生と呼べ」
「お、織斑先生⋯⋯」
もはや不憫にすら思える三連続の出席簿アタックに一夏が沈む。
「すまないな山田先生、会議が長引いた」
「織斑先生っ!」
黒髪の凛々しい顔立ちをした女性教員。
その姿を見た教室内の女子生徒の多数が目を見開く。
「聞け諸君。ここはお前たちひよっこを最低限現場で使えるようにするように育てる施設だ。私の言うことは聞け。分かったら返事をしろ分からんでも返事をしろ」
横暴にも程があるとも思える台詞を吐きながら教壇に立ち、目の前の女子生徒+男子一名に向かってそのセリフを言い終わった束の間、教室内から歓声が上がった。
「き、きゃぁぁぁぁあああああああああああ!!!!」
「千冬様ぁぁ!!!」
「貴女に憧れてこの学園へ来たんですぅ!」
「調子づかない様に躾けてくださいっ! でもたまにでいいから誉めて!」
劈くような声が痛む頭に響く。
後半妙な言葉が聞こえた気がするが、気にしないでおこう。彼女たちの為にも。
耳を塞いでも聞こえてくるような嬌声にうんざりする姉こと織斑先生は頭を抑えながらうんざりしていた。
「よくもまぁ毎年毎年これだけの馬鹿が集まるものだ⋯⋯私のクラスに集めているのか?」
「あ、あはは⋯⋯慕われているだけでもありがたいですよ」
「それにしても限度があるだろう」
彼女の愚痴にどこか投げやりなフォローをかける山田先生。
「君たち、入学して舞い上がるのもいいが、まだ連絡事項は終わっていないぞ。静かにしなさい」
「「「はい!」」」
なんだこの団結力は。
全員知り合いか何かか。
一つ小さくため息をついた千冬は教室の扉に向いて呼びかける。
「もういいぞ、入ってきなさい」
「はい」
扉の向こうから返事がした。
全員が其方に向いて誰が居るのかと思考を巡らせる。
入学日から早々に転校生だろうか。
いくら自由校風が売りのIS学園だろうとそれはアリなのだろうか。
クラス中の視線が集まる中、教室の扉を物々しく開けて登場し人物に、全員の視線が釘付けになって離れなくなった。
その人物と言うのは途轍もなく幼い少年だった。
見た目からの年齢で言えば小学生上がるかというぐらいで、決して高校に用があるとは思えない。
見てくれが幼いだけで、実年齢はもしかしたら同じなのでは、と憶測も立ててみる者もいたが、そんなものは彼の自己紹介によって悉く崩れ去った。
「えっと、あの」
「大丈夫ですよ。練習した通りでいいんですよ」
「うん⋯⋯、えー、ぼくの名前は
そう言ってぺこりと頭を下げると、制服の下に着ていたパーカーのフードが彼の頭に被さる。
わたわたと頭を上げながらフードを直す姿はあざといながらも可愛らしい。
しかしそんなことよりも。
「せ、先生! なんでこんな男の子がここにいるんですか!?」
「この子もISを動かしたの?」
「でも見た目的に小学生ぐらいなんじゃ」
「お兄さん×ショタ⋯⋯ほほう」
最後の一言が不穏過ぎる。
姦しい教室の空気に少年は山田先生の後ろに隠れてしまい、山田先生が困ったように少年の背中をさすって宥めている。その様子すら愛らしく、ウサギのような行動に女子生徒の何人かが射止められた。
「「はぐぅっ!」」
言葉の絶えない教室の空気に再び頭を痛める織斑先生が手を叩いて注意する。
それに教室がパタリと静まり、教壇に視線が集まる。
「君たち、人の話を聞きなさい。まずこの子についてだが、詳しいことは追々話していく。授業は本人が言った通りウチのクラスのIS実習授業と、一応座学にも出てもらう予定だ。いじめるなよ?」
「「「はい!」」」
元気のよい返事が聞けて満足した織斑先生は首を縦に振り、チャイム鳴ったので一度右傾に利、教師陣は退室していった。
結と名乗った少年もそれに付いて行き、二人と一人が出ていったと同時に教室はわっ、と騒ぎだした。
「ねぇねぇあの子のこと知ってた?」
「知るわけないでしょ!」
「可愛かったなぁ!」
「尊い⋯⋯」
一夏はまたも騒がしくなった教室に耐え切れそうになくなり、幼馴染こと篠ノ之箒のところまで行き、彼女を連れて一度教室を出ることを決めた。
「箒、ちょっといいか?」
「お、おい、待て」
そのまま教室の外に連れられ、少し荒れた廊下に二人並んで話をしていた。
「よく私だと分かったな、一夏」
「髪、昔のまんまだからな。すぐに分かった」
「っ」
そう言うと彼女はそっぽを向いてしまったが、すぐに顔を向けて最近はどうだったか、とかおばさんは元気か、とか昔話に花を咲かせていた。
少し話に熱を入れていたら、視界の端で何かがちらつくのに気が付いたので振り返ると、先ほどの少年が曲がり角から首を覗かせているのが見えた。
「あっ⋯⋯」
彼はこちらと目が合うと、すぐに首を引っ込めてしまった。
「あの子は」
「すまない、私も詳しく分からない」
「そりゃいきなり顔合わせだもんな」
暫くするとまたこちらを覗き、小さな瞳を目一杯広げながら遠慮がちに見ている。
その状態で動こうともしないので、一夏は極力驚かさないよう気を配りながら少年に声をかけた。
「おーい。そんなところ居ないでこっち来いよー」
「っ!」
声のかかった少年はぴくりと肩を跳ねさせ、おどおどとしながら角から身を出してきて、ゆっくりと近づいてきた。
「よう、えーと、上代君だっけ?」
「う、ん」
屈んで目の高さを合わせた一夏の問いに小さく頷き、少し吃りながら「お兄ちゃんたちは?」と訊ねる結に二人とも改めて自己紹介をした。
「俺は一夏、織斑一夏だ。よろしくな」
「私は篠ノ之箒だ」
「うん、はい。よろしく、お願い、します」
結は噛み砕くように口の中で二人の名前を反覆させ、また目線だけ此方に向けて「よろしくおねがいします」とオーバーなお辞儀をする。
それでまたパーカーのフードが被さるのを見て、一夏は苦笑しながらフードを直してやろうとしたら、結はその手をすかさず払い退けた。
「⋯⋯え?」
「や、止めて。これは、触らないで⋯⋯!」
何が起きたのか分からない。目の前の少年は焦点をぶれさせながら荒い呼吸になっていき、顔に汗が垂れていた。
後になって平常心が帰ってきたのか、ハッとした顔をして狼狽えている。
「あ⋯⋯ごめんなさい⋯⋯!」
「え、ま、待って!」
明らかに普通ではない。そう思って落ち着かせようと手を伸ばしたところ、手を見た少年が何かに怯えるように逃げていってしまった。
「なんだったのだ、今のは」
「わかんねぇ、けどどこかおかしかった⋯⋯」
怪訝そうに尋ねる箒に、叩かれた手と結が逃げて行った方を交互に見ながら、一夏は静かに答えた。
そうしているとチャイムが鳴り出し、急いで教室に戻る二人だった。
「遅い」
「すみません⋯⋯」
「ごめんなさい⋯⋯」
教室に戻ったと同時に開けた扉の先に居た織斑先生の出席簿アタックにより、仲良くたんこぶを腫らしてそれぞれの席で小さく丸まる二人を労わるような若しくは憐れむような目で流すクラスメイト達。
そんな二人の姿には副担任の真耶ですら若干焦っているほどだった。
見渡しても結の姿が無く、山田先生はおろおろと織斑先生と相談していて、織斑先生は小さくため息を着いて大丈夫だ、とか言っていた。
注意も終わり授業に入る。
IS座学。女子生徒にとっては中学の履修科目でもあるため、今日の内容は半分以上復習なのだが。
「お、織斑君? 何処か分からないところはありますか?」
「全部分かりません」
「へ?」
教室の後ろで授業風景を眺めていた織斑先生がため息をついていた。
「織斑、入学前に渡した参考書はどうした⋯⋯」
「古い電話帳と間違えて捨てました!」
パァァァンッ!
本日五度目の出席簿アタックにより顔面から机に落下する。
「必読と書いてあっただろう⋯⋯再発行してやるから一週間で暗記しろ」
「いや、あの量を一週間でと言うのは無理が」
「やれ」
「はい」
拒否権など端から無かった。
一夏の知識以外は滞りなく授業が進み、授業終了の鐘が鳴る。
教材を纏めた山田先生が早足で退出し、それに続いて織斑先生も追うように教室をでた。
教師が居なくなったことによって教室内の緊張感が崩れ、皆々それぞれの行動に移る。
一夏は疲労感により机に突っ伏していると、一人の女子生徒が一夏の机の前にやってきた。
「少しよろしくて?」
「ん?」
見上げるとブロンドを伸ばし、揉み上げを縦ロールに巻いたこれ見よがしにお嬢様然とした生徒が立っていた。フリルのあしらわれた制服を着こなしている様は顔立ちからしても英国貴族と言わんばかりだった。
「まぁ! なんですのその口の聞き方は!」
「いやだって、俺君のこと知らないし」
それを聞いた目の前の金髪少女は金魚のように口をパクパク開いて仰天していた。
「この、このわたくしを、セシリア・オルコットを知らないと……!?」
「どちら様で」
「イギリス代表候補生のセシリア・オルコットですわ!」
胸をそらし、手を腰にあてがいもう片方の手を胸元に添えて高らかに名乗った少女をあまり興味のない目で見る一夏。
「なぁ、一ついいか?」
「あら、何でしょう? いくら私とも言えども凡人の質問には答えますわよ」
ふふんと得意気に戻るセシリアと名乗る少女に一夏は素朴に質問を繰り出す。
「代表候補生ってなんだ?」
その質問にクラスの大半がずっこけた。
勿論目の前の金髪少女もこけた。
「一夏、代表候補生と言うのは各国代表のISパイロットの候補になっている者の呼び名だ。文字からしてわかるだろう」
「あぁ、そうか」
これには流石の箒も会話に入らざるを得ないと思い、解説をしてやる。
「あ、あなた、馬鹿にしてますの?」
「いやぁ、予備知識無いもんだから」
ため息を吐く金髪少女は崩れそうになる表情筋を絞めて、また毅然とした態度を示しながら一夏に対して得意気に語る。
「まぁ私もそこまで鬼ではありませんし? 貴方がどうしてもと仰るならこの、私が教授してあげてもよろしくてよ?」
「いや、断る」
その言葉に訳が分からないと言葉を失うセシリア。対して一夏はそれまでの緩んだ顔から一転して、真っ直ぐな瞳をセシリアに向けていた。
「何故ですの!?」
「俺はあんたみたいな奴が好かなくてね。悪いが断らせていただく」
「っ⋯⋯あとで泣いて謝っても知りませんわよ!」
続けて何か言おうとしたらしいが、生憎チャイムが鳴り会話は中断。セシリアは「覚えてらっしゃい!」と捨て台詞を吐いて退散していった。
数分と経たず教室のドアが開けられ、織斑先生と山田先生に手を握って連れられた結が申し訳なさそうに入ってきた。
「よし、全員いるな。早速だがこれよりこのクラスの代表を決める。自薦他薦は問わない。やりたいものは申し出ろ。因みに拒否権はない」
大雑把な提案と説明に暫し押し黙る生徒たち。
学級委員など普通の学校では面倒事を押し付けられるような立場に普通は成りたいとは思わないが、このISではそうとは限らない。らしい。
「はい! 織斑君を推薦します!」
「えっ!?」
「私も~」
「じゃあ私も推薦しまーす」
一人の推薦を皮切りに何人もが一夏を推してきた。
それが気に食わなかったのか、セシリアが机を叩きながら声を荒げて立ち上がる。
それに結は肩を跳ねさせて縮こまっていた。
「ちょっと待ちなさい! 何故この私ではなくIS操縦の経験のない男が推薦されますの!?」
その言葉に皆が黙り、彼女の鬱憤は続けられる。
「私はISのパイロットとしてわざわざこんな極東まで足を運んだと言うのに、それなのにこんな極東の島国の猿と一緒にされては困りますわ!」
そこまで言われて頭にきた一夏。思わず立ち上がって同じように言葉を返す。
「イギリスだって島国だろ。馬鹿舌提げていいご身分だな」
「なっ⋯⋯あなた、私の祖国を侮辱しますの!?」
「先に言ったのはそっちだろ!」
一夏のその言葉に一瞬押し黙ったセシリアは、一夏を指差し高らかに戦布告を言い渡す。
「決闘ですわ!」
「あぁいいぜ、その方が分かりやすい」
続いてセシリアは結のを指差し半ばやけくそに言い放った。
「アナタもですわ! アナタも私と戦いなさい!」
「えっ」
教室の一番後ろ。子供が座るには些か大きすぎる椅子の上で着かない足をぷらぷらと泳がしていた結が、突然言われて何のことかと頭をあげ、きょろきょろ見回して立っていた二人に視線を向ける。
「な、何?」
「アナタ何も聞いてませんでしたの!?」
「だって、ぼく関係ないと思って⋯⋯」
その言葉に呆れかえってぶつぶつと「男って⋯⋯男って⋯⋯」と何かを愚痴っていたセシリアは端的に結に説明してやり、若干怯えつつもこくりと首を縦に振った結を見て、ようやく満足したのか疲れたため息を吐き出すセシリアだった。
その様子を見守っていた織斑先生は手を叩いて立ち上がり、意見をまとめる。
「よし、学級委員決定ISの模擬戦闘で決定することで決まりだ。異論はないな」
その言葉でその場は収束し、剣呑な空気を醸し出す二人は静かに座り、結は未だ状況が飲み込み切れずおろおろしていた。
「なんなんだろう?」
「気にしなくても⋯⋯いや、少し気に留めておきましょうね~」
どんな言葉を掛けるべきか迷う真耶だった。