IS【小さな少年は盾を構える】   作:屍モドキ

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 ちょっと迷走からの脱却をしてました。
 あとシャルちゃんのブチギレがそこそこ好評のようで安心しました。


三十三話 亡霊と少女の決断

 

「『喚くんじゃねぇ、猿ども』」

 

 その声に一夏とシャルは立ち止まり、固唾を飲んでその場に座る。

 

「『話がしたいんだろ? それで呼んだんだろう? じゃあ話をしようぜ?』」

「う、うん」

「あぁ……」

 

 呑気に欠伸をして二人を見下ろす結は、シャルが女だったと言う事実に目もくれず、遠慮のない目で部屋中を見回している。

 

「『おい、何か甘いものとか無いのか?』」

「買い置きしてあるのが、あるけど」

「『じゃあくれ』」

 

 図々しい物言いだが、今話をしている相手が本当に結なのか。

 

 否、きっと結ではない。

 あの日、あの時、突如として現れた無人機を無惨なまでに嬲り殺しにし、鈴のISを奪い、嬉々として自分に襲い掛かってきた相手だ。

 結の身体をボロボロになるまで酷使して、死ぬ寸前まで追い詰めた存在。

 

「いいけど、その前に……お前は、誰だ?」

「『なんだよ、忘れたのか? 薄情だなぁ』」

 

 如何にも悲しんでますという風な演技をしながら、それは一夏とシャルにねば着くような視線を向け、胸に手を添えて自己紹介を述べる。

 

「『オレはファントム。上代 結の本当の専用機ってやつで、()()()()()()ってところか』」

 

 もう一人の結? 何を言っているのかわからない。

 頭が理解を拒んでいるのか、言われていることをそのままうんと頷いてのみ飲むことが出来なかった。

 今目の前で佇んでいるそれを、結とは思いたくもなかった。

 

「『それと、オレは味がわかるから』」

「なんだと……?」

 

 それは一夏が持ってきた焼き菓子の詰まった缶を引ったくり、無造作に封を開いて中のクッキーを一枚つまみ上げ、大口を開けて垂らした舌の上に乗せ、品の無い食べ方で貪る。

 

「『ん、ん、んンン~~~~~…………いいな、なかなか。甘い』」

 

 たっぷり十数回の咀嚼をしたのちに飲み込み、にまぁ、と恍惚な表情で笑う様は実に不快感を煽るものだった。

 

「なんで、お前に味覚があるんだ」

「『あぁ、()()()()()。オレが生命維持装置の代わりになる対価としてな』」

 

 何から話すか、と膝の上で頬杖を着きながらファントムと名乗ったそれは耽るのを止めて一夏に視線を向ける。

 

「『こいつの五感の殆どはオレが持っていて、結のやつはISを介した情報しか得ていない』」

 

 そういいながらもう一枚クッキーを頬張り、鮮明に感じる甘味ににやける

 

「『視界はかすんで音は濁り、匂いは消え失せ味覚は薄れ、触感は鈍って怪我したことさえわからない』」

 

 何が面白いのかにたにたしているファントムに一夏は掴みかかる。 

 

「てめぇ……!」

「『おっ』」

 

 溢れる激情に振り回された一夏は結の胸ぐらを掴みはしたが、へらへら笑う少年を殴ることは出来なかった。

 

「『なんだよ、殴るのか? 恨めしいか? きしし』」

「笑うな⋯⋯その顔で、その声で⋯⋯お前なんかがッ!!」

「一夏、止めてよ!」

 

 余裕綽々といった様子で一夏を笑うそれは、結という盾の後ろでからかっているようで、更に火に油を注いでいる。

 見かねたシャルが一夏の腕を掴んでその場を収め、全員腰を据えて顔を見合わせる。

 

「『何もずっとそうってわけじゃねぇよ。ISを展開している時だけは感覚が戻ってお前らと同じものを感じてるさ。まぁこれがあるお陰でほぼ無意味だがな』」

 

 ファントムは首から下がる盾のペンダントをつまみ上げ、恨めしそうに睨んでいる。

 

「『別に前みたいに暴れたりなんてしねぇよ。これもあるしな』」

 

 そう言いながらそれは首に填められている物々しいチョーカーを指先で叩きながら悔しそうに眉を顰めて笑う。

 

「それがなんだって言うんだ」

「『なんだ、聞いてないのか? 爆弾だよ爆弾』」

 

 爆弾という単語に、あの事件以来先生方が危惧して取り付けたのだろうと察する。

 同時にそんなものに頼らなくてはならないほど目の前のISを無力化させる手段がなく、隣り合わせで結を見捨てることになる事実に一夏は唇を噛み締める。

 

「『これがあったらまともに身動きも取れねぇけど、そんなことは今はいい』」

 

 一夏をからかうのも飽きたのか、今度はシャルに目を向けてそれは口を開く。

 

「『お前、名前は?』」

「シャルロット、シャルロット・デュノア」

 

 名乗ったのは今まで使ってきた偽名ではなく、本当の名前だった。

 無造作に転がるコルセットを横目に眺めつつ、ファントムはシャルロットに再び質問を投げ掛ける。

 

「『どうして男装してきた?』」

「会社の、あの人の命令だったから……」

 

 それからシャルロットは生まれた経緯、所属している会社の経営危機のせいで父親に呼び出され、男として学園に送り込まれ、男性操縦者である二人の情報を得る任務を任されていた事を明かした。

 あくまで悲壮感はなく、何処か苛立っていたのは気のせいかもしれない。

 

「ゴムしてなかったせいなのに、なんで僕がぶたれなきゃいけないのさ」

「シャルル……じゃなかったな。シャルロット、生々しいからよせ……」

 

 怒れる乙女は時に恐ろしい何かに豹変することを学び、ファントムとは違う畏怖を一夏は感じた。

 

「『きしし、それでさっきのバカ騒ぎか。最高だなお前』」

 

 口では笑っているが、目だけはずっとシャルロットを見据えていたファントムはすぅ、と笑みを消し、一つ質問をする。

 

「『それで、オレ達にお前の正体がバレて、極秘任務も暴露したわけだが、これからどうする気だ?』」

 

 それは話の本題であり、一つ選択を誤ればシャルロットの命など簡単に消えてしまう問題だった。

 

「会社のこともあの人のことも好きじゃない。けど本妻の人に言われたんだ。『今は耐えて』って。だから僕は諦めない」

 

 生まれて一度も会ったことのなかった父親に呼び出され、初めて顔を合わせた時、本妻の女性にいきなり張り倒された。胸ぐらを掴まれて耳元で言われたのは忌み事ではなく謝罪と励ましだった。

 

『こんなことに貴女を巻き込んでしまって申し訳無い』

 

『今の状況を打開出きればすぐにでも貴女を解放して元の生活に返します。それまでは耐えて』

 

 あの時、体裁を保つために打たれこそしたものの、シャルロットは半信半疑の心境のなかでこの女性の言うことを信じてみようと思った。

 あくまで気丈なシャルロットの姿は勇ましかった。

 

「俺に考えがある」

 

 立ち上がったのは一夏だった。

 一夏は机から手帳を手繰りよせ、特記事項の記された頁を捲って二人に見せる。

 

「学園の土地はあらゆる国家機関に属さず、いかなる国家や組織であろうと学園の関係者に対して一切の干渉が許されない。この学園にいれば、少なくとも三年は猶予がある。その間に何か策を模索すればいい」

 

 ISと言うものが特殊な存在であり、他国から半ば強制で設立されたIS学園だが、その実様々な国家から有望な人材が送られているせいで下手に干渉出来ない制約が生まれた。

 それは自国の人間に対しても適用され、この学園に在籍する生徒は名目上それぞれの国家所属だが、実のところ学園所属の扱いになっている。

 

「『なるほどいい考えだ』」

「だから―」

「『だがなぁ』」

 

 一夏の話を遮ってファントムが手を上げる。

 

「『お前の話通りなら守って逃げてばっかりだ。それじゃあどうしようもねぇ』」

「じゃあどうするんだ?」

「『その会社ってのはオレか一夏の情報が欲しいんだろ? それなら話は単純だ』」

 

 そういってファントムはシャルロットにメモリーカードか何か記憶装置を持ってこいと言い渡し、手渡された掌に乗るくらいのソレを首筋に目掛けて勢い良く突き刺す。

 

 ビクン、と大きく跳ねたあと、結の目の前に現れたホログラムウインドウの選択画面を操作し、データのインストールが開始される。

 その間結の体が小刻みに震え、焦点の合っていない目がずっと下を向いているので恐ろしい。

 

 やがて作業が終了したのか、ファントムはメモリーデバイスを引き抜き、首筋を擦りながらシャルロットにメモリデバイスを放り投げる。

 

「わっ!?」

「『くれてやる』」

「いいの……?」

「『ただし』」

 

 両手でメモリースティックを掴んだシャルロットは結を見上げて驚く。

 

「『お前はオレに何をくれる?』」

 

 その言葉にシャルロットは蛇に睨まれた蛙のように、身動ぎすら出来なくなった。

 

「『お前の命の危機に、一発逆転の切り札を渡してやったんだ。何か見返りがあっていいだろう?』」

 

 下卑た笑みを浮かべるファントムは貪欲な瞳で舐めるようにシャルロットを見ている。

 

「『だから……うぐっ!?』」

 

 一夏が止めに入ろうかと踏み出した瞬間、突然ファントムこと結の体は自分の首を掴んで力強く絞め始めた。

 

「『結!? 止め……~~~~~ッ!!!』」

 

 ベッドの上でのたうち回り、遂には床に転げ落ちながらファントムは意識を手放したのか、ぐるんと白目を向いて力なく倒れた。

 

「ゆ、結……?」

「ふひゅぅっ」

「「おわぁっ!?」」

 

 勢い良く飛び起きた結は数回えずいたあと咳払いをして頭を支え、ふらつきながらも一夏の手を借りて起き上がり、膝立ちのまま二人を見上げる。

 

「はぁ、はぁ……ごめん、お兄ちゃん、お姉ちゃん」

「いいんだ結。それより大丈夫なのか?」

「うん、へいき」

 

 荒い呼吸を整えて頭を振り、補助なしで立ち上がった結は改めてシャルロットに向き直る。

 

「そのデータは、あげる」

「ほ、本当!?」

「だけど」

 

 また要求か、今度はなんだと腹の中で探るシャルロットだったが、結の要求は至極簡単で、逆にそれだけなのかと疑うものだった。

 

「ぼくにもこのISのこと、ぼくのこと、教えて」

「それだけ? なんで?」

 

 明らかに優位な立場にいるのに、結は物も金も求めず、欲しがったのは差し出した情報の詳細だった。

 

「ぼく何も知らないんだ、これのこと。先生もあの人も、この学園に来てからだって誰も教えてくれなかった」

 

 物心ついた時から既に取り憑いていたISを、結自身何も知らずそこにあって当然だと思ってはいたが、知らない故に扱いきれず、今まで何人もの人々を傷付け、時には手にかけていた。

 

 無知は罪とは誰が言ったか、まさしくそれだと自らの行いをもって味わった結は自身のISについてもっと知っておきたいと願うようになっていた。

 

「だから、お願い、シャルロットお姉ちゃん。ぼくが何なのか、お姉ちゃんが教えて?」

 

 その時の結の笑顔は、さっきまでファントムのしたいたそれとはうってかわって嫌味のない、清らかなものだった。

 

「……わかったよ、結。ちゃんと調べてもらう」

 

 シャルロットは結の頭を撫でながら、少年の願いに答えて上げようと誓った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「さて、色々脱線したんだが本題に……」

 

 漸く対策会議を始められると安堵して切り出した一夏だったが、そこに扉を叩くものが現れた。

 

「一夏さんいらっしゃいますか? よろしかった皆さんと一緒に夕食をいただきませんか?」

 

 扉の向こうからセシリアの声が聞こえた。

 一夏は返事を返して迎え入れようとしたが、ふとシャルロットが変装していないことに気がつき、慌ててシャルロットに身を隠すように言う。

 

「隠れろシャルロット!」

「う、うん! ここでいいかな」

「なんでクローゼットなんだよ! ベッドでいいから、早く!」

 

 バタバタしながらシャルロットがベッドに潜り込んだのと、扉の向こうから聞こえる騒音を訝しく思ったセシリアが扉を開くのはほぼ同時だった。

 

「こんばんは、セシリアお姉ちゃん」

「あら結さん、こちらにいらしてたのですか。それで一夏さんは……何をしていらっしゃいますの?」

 

 そこには頭の先までシーツを被ったシャルロットの上に覆い被さる一夏の姿があった。

 シャルロットのことを男だと思っているセシリアにとってみれば、男同士で一線を越えそうな情景に些か引っ掛かるものを感じて首を傾げる。

 

「や、いやぁ、シャルルのやつが風邪っぽいて言うから、布団をかけてやろうと、な?」

「そう、そうだよ~。ごほんごほん……」

 

 当の本人達はまだ正体がバレるわけにもいかないので、必死に誤魔化そうと陳腐ないいわけを並べていた。

 

「この国には病人に被さる治療法でもあるのかしら……」

 

「でしたら、一夏さんだけでも一緒に行きませんか?」

「あ、あぁ。いいぜ! じゃあ行ってくるシャルル!」

「ごゆっくり~」

 

 下手に感付かれる前にこの場を離れようと一夏は早足に結を連れて部屋を出る。

 廊下には箒や鈴も待っていたようで、確かにいつもの面子が揃っていた。

 

「結も来るか?」

「ごめん一夏お兄ちゃん、もう他の人と約束してるの。ごめんね」

「それなら仕方ないな。じゃあ今日はここでお別れか」

「うん、それじゃぁ、バイバイ」

 

 一夏達に背を向けて結は生徒寮の廊下を小走りで駆けて行った。

 一度立ち止まって振り返り、背伸びをしながら手を振ってきたので、みな惜しみながらも振り返して送り出す。

 

「男三人集って何をしていたのだ?」

「あー、秘密の会議?」

 

 ふと聞かれた質問になんと返せばいいのか分からず、つい疑問系になってしまって箒に「なんだそれは」と突っ込まれたが、本当の事はまだ言えない。

 

 小さくなる背中を見つめながら、一夏は苦悩する。

 

 俺は、本当に結が助けられるのか……?

 

 

 

 ◆

 

 

 

 少年がある部屋の前で扉を叩く。

 扉越しに床を乱雑に踏む音が響き、勢い良く扉が開いて中から汗を流す簪の顔が飛び出した。

 

「来たよ、簪お姉ちゃん」

「い、いらっしゃい、結……」

 

 手招きされて部屋の中に入る。

 中はこの間までの汚部屋の面影はなくなり、ある程度整頓され、床や家具がちゃんと見えるようにされた空間にまで整えられていた。

 

 タンスや設置場所された書類棚からは隠しきれなかった何かがはみ出してはいるものの、まだ尊厳を守れている。

 

「何観る? アニメ? 特撮? 洋画?」

「簪お姉ちゃんの見たいやつがいい」

 

 忙しかったとはいえ、結が来ること自体は嬉しく思っていた簪は乏しい表情筋をフル活用してうきうきしていた。

 因みに本音は既に一日の活動限界を突破し、残った体力で食堂に駆け込んだ。

 

 再生機にディスクを差し、小さな駆動音と電子音が部屋中に木霊する。

 

 危惧するべき本音も居ないのに、結は前と同じように簪の股の間に体を滑り込ませて腰掛けにする。

 以前と同じような構図になっている事に若干の羞恥心を抱きつつも、懐かれている事に嬉しさを感じていた簪は今日作っておいたカップケーキの存在を思い出す。

 

 結を一旦クッションに乗せて立ち上がり、冷蔵庫から持ってきた手のひら大の小さなカップケーキ。

 味はプレーンと抹茶、チョコチップのことを三種類を作っていた。

 

「結、食べる?」

「……いただきます」

 

 小さな手で仰々しくケーキを受け取った結は、上から下からカップケーキをぐるりと眺めたあと、小さな口を限界まで開いてかぶりつく。

 

 口元にスポンジのかすを付けながらゆっくりと咀嚼し、丹念に味わった後にごくんと一息に飲み込んだ。

 

「美味しい?」

「うん、美味しいよ」

 

 美味しいのだろう。

 きっと。




 ファンタムを略してフー。
 イニシャルはPなのでプーでもいいかもしれない。

 糞野郎って意味で。

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