「お前は手を出さなくていい。私一人で十分だ」
「わかった」
それが命令なら。
のどまで出てきた言葉を舌の上で転がしてから飲み込む。
そんなことは言わなくてもいい。勝手にこの人がどうにかするだろう。それが分かっていれば自分が何かする必要はない。
「聞き訳がいいことは評価しよう」
プライベートチャットを閉じ、カタパルトの台座に足を掛ける。
「結はジリ貧も狙えるけど、ラウラは二人がかりでも難しいよ」
「やるしかないさ」
事前に決めておいた作戦を頭のなかでシュミレーションしながら、一夏はラウラに向けて敵対心を、結に対抗心を燃やす。
必ずラウラを倒し、自分が弱くない事を証明しなければならない。
気を引き締め、発出の衝撃に備える。
アリーナ各カタパルト内部。
四機のISが、それぞれ四つのカタパルトから出撃する。
「織斑一夏、白式。行きます!」
「シャルル・デュノア、ラファール・リヴァイヴⅡカスタム。出撃するよ!」
「ラウラ・ボーディヴィッヒ、レーゲン。出る!」
「上代結、ガーディアン。発進」
同時にアリーナへと飛び立った四機は、中央の境界線から離れて二対が向かい合うように降り立つ。
「一夏はラウラと、僕は結とやるよ。加勢出来そうなら助っ人に入るからね」
「分かった」
ラウラは無表情を守ったまま一夏とシャルルに向き直る。
結は少し離れた位置に後退し、盾を出して呆然と立っていた。
一夏とシャルルはそれぞれ雪片とライフルを展開して構え、試合開始の合図を待つ。
待ち焦がれるその一瞬を、結を除いた全員が待望し、近づくほど減速してく時間は、待ち望んだ試合開始のブザー音を皮切りに加速していった。
「オォォッ!!」
雪片を振り絞った一夏は一直線にラウラへ向かって斬りかかる。
ラウラは身体をずらしてそれを避け、プラズマ手刀で反撃をしようと振り被るがこれをシャルがライフルによる狙撃で阻止。牽制としてレールカノンを数発放ってシャルを引き離し、一夏に向かってブレードワイヤーを飛ばす。
「喰らえッ!」
「ッ!」
ワイヤーに引っ掛かった一夏を放物線を描いて引き寄せ、地に足が着かないところで串刺しにせんと手刀を振りかざす。
一夏は手刀を身体を捻って雪片で弾き、合間を縫うようにシャルがライフルからガルムに持ち替えて引き金を引き、二人の間を引き離す。
「一夏平気!?」
「おう、なんとかな。ただ⋯⋯」
一夏はシャルの言葉に答えながら、アリーナの隅でぼうっと立っている結を見る。
以前よりも分厚い
「どうやら戦う気はなさそうだ」
「嘗められてる、ね」
警告音とともに、ワイヤーブレードが飛んできたので瞬時に二人は躱し、目の前の黒い機体と向き合う。
「よそ見とは余裕だな」
「そっちこそ、タッグマッチだっていうのにソロとは恐れ入るよ」
プラズマ手刀を展開したラウラは一直線に一夏に襲い掛かる。同時にシャルに向かってワイヤーブレードで牽制し、自分と一夏への介入をさせない。
両手の手刀から繰り出される連撃に加え、ブレードワイヤーの猛攻をギリギリのところで捌くがそれでもすべてを処理しきれているわけでなく、やむなくシールドエネルギーを削りながら対処する。
「そんなものか、織斑一夏ァッ!」
「んなわけあるかよ!!」
後退すれば追い詰められるのなら、前進あるのみ。
前方から迫るブレードワイヤーの猛攻を捨て身の特攻で潜り抜け、一夏は深く振り絞った一撃をラウラへ向けて放つ。
「えいっ」
「ぬあっ!?」
仰け反って避けようとしたラウラの目の前に、結のガーディアンの盾がタイミングよく投擲されて一夏の渾身の一撃を防いでしまう。
「結!」
「貴様、邪魔をするな!」
一夏の斬撃によって軌道を変えて地に落ちた盾はそのまま消滅し、再度結の手元に展開される。
結はそれをまたさっきまでと同じように弄り、知らん顔で二人の輪から外れる。
「忘れてもらっちゃあ困るなぁ!」
「ん」
死角からの狙撃を試みたシャルだったが、結は左後方から放たれたライフルの弾丸をあろうことか振り向きもせずに後ろ手で盾を構え、肘と空いていた片手を支えに防ぐ。
狙撃を防がれたシャルは直ぐ様ライフルからナイフに持ち替え、一直線に飛び上がって結に近接戦に持ち込む。
「やぁあッ!」
「んしょ」
片手にはナイフ、シールドを携える片手はガルムを握り、中、近距離を交互に往復しながら絶えず攻撃を繰り出す。
しかし結はナイフを避け、弾丸を防ぎ、時折挟まれる格闘すら受け止めて無力化していく。
硬い、どの攻撃もまるで効いてない!
あくまでその場からほとんど動こうとしない結に対し、旋回しながらヒット&アウェイを繰り返すシャルロットは攻撃の全てが決定打どころかダメージすら通っていない事に苦汁を飲まされる。
例えば背後から攻撃しようと防がれてしまう結の鉄壁になす術がなく、あの手この手を全て潰されてしまう。
「あっちに行きなよ。もう何もしないから」
「え?……うわぁぁああ!?」
当然結が自発的に動いたかと思えば、シャルロットのナイフの刺突を避けて腕を掴み、そのままハンマー投げのように横にスイングして交戦中の一夏とラウラのところへ投擲した。
「どいてぇぇぇ~~~~~!!」
「シャルル!?」
「なんだと!?」
滅茶苦茶な回転を付けられて自分では空中制御が出来なくなったシャルロットは、慣性に従って鍔迫り合いをしていた二人と激突した。
「ふざけているのか貴様ぁぁ!!」
「何もするなって言ったのはお姉ちゃんでしょ」
「大丈夫か、シャルル」
「う、ん……」
タッグマッチだというのに子供の喧嘩のような有り様の状況に生徒たちは笑い、教員たちは胃を痛めたり頭を抱え、各国から出向いてきた役人などは苦笑していた。
「まぁいい、端から二対一の予定だったのだ、かかってこい!」
「言われなくても行ってやらぁ!」
「遠慮なく!」
飛び込む一夏。
後方から支援射撃をするシャルロット。
全てを迎え撃つラウラ。
まだ十余年の子供と言えども専用機を持たされた代表候補生同士の戦いは、それなりに目を見張るものだった。
ブレード一本しか武器を持たない一夏は突っ込んで近接戦を持ち掛けるしかないが、全範囲をカバー出来るラウラは素直にそれを許す筈もなく、ブレードワイヤーで一夏の接近を防いでくる。
だがラウラのワイヤーをシャルロットが撃ち落とし、一夏の手助けをすることによってラウラの懐に潜り込んだ一夏は本日二度めのチャンスに武器を握り直し、低い姿勢からの逆袈裟斬りを放つ。
「ぐぅぅ!!」
一夏だけでは実力不足であっという間に終わる戦いが、シャルロットの手助けでラウラを妨害しながら一夏の土俵にラウラを上手く引きずり落とす。
そうして何とか一夏が戦える状況まで持ってこれたが、仮にも軍人であるラウラも近接は苦手ではない。
プラズマ手刀で一夏の攻撃を弾き、時に反撃をして優勢を保ちながら一夏のシールドエネルギーを削っていく。
二人の隙を縫ってシャルロットが跳び、ライフルの援護射撃を試みる。
「チィッ!」
ラウラは咄嗟にAICを発動して弾丸を眼前で停止させてみせるが、一夏へのリソースが途切れて攻撃を食らってしまう。
しかしただでは済まさず置き土産とばかりにレールカノンを一夏へ見舞ってやる。
そしてブレードワイヤーをシャルロットへ目掛けて放ち、一撃でライフルを掠め取り、二撃で反撃に成功させる。
「まだだ!」
しかしラウラの目の前で一夏は振りかぶった姿勢のまま停止し、その場に固定される。
ラウラは一夏の足にワイヤーを絡ませ、横からガルムを持って出てきたシャルロットの弾除け代わりに使ってから蹴り飛ばす。
シャルロットには牽制射撃をして足止めをし、ラウラは一夏を先に討つべくプラズマ手刀とワイヤーブレードの二種を使い分け、一度に二発以上の攻撃を繰り返す。
「はや……!」
人間の視野角全方向から向けられる攻撃の嵐を捌ききれず逃げ出そうにも、前から迫るラウラの手刀と左右上下から射たれるワイヤーブレードに阻まれて動けないまま嬲り殺しにされる。
捕まれば終わり、視界端に見える警告表示に苛立ちつつ、全身削がれながら一夏は耐える。
「一夏はやらせない!」
「邪魔だ!」
ガルムのオート射撃をAICで防いだラウラ。その隙をみて一夏がラウラの猛攻から逃げ出しそれを追おうとするが、グレネードランチャーの一撃にさらに足止めを貰ってラウラの意識は一度シャルロットに傾いた。
「そんなに構って欲しいのなら、先に貴様から墜としてやる……!」
シャルロットを追い掛けて飛ぶラウラ。
だが後ろから射撃を受け、立ち止まった。
「な……!?」
虚を突かれて喰らった攻撃に戸惑い追跡を止めて振り向くと、シャルロットの落としたライフルを装備している一夏の姿がそこにあった。
「そんな……!?」
「引っ掛かってくれて、ありがとな」
一夏たちは一対一ではなく、シャルロットとの二体一を想定して立ち回る作戦だった。
ラウラのパートナーが結だったことでその作戦はあえなく中断したかに思われたが、実質結の戦闘不参加でおおよそ想定どおりの立ち回りができたことにより、二人はラウラを出し抜く事が出来た。
「もらったっ!」
「しま……ッ」
立ち止まってしまい大きな隙を晒したラウラは、シールドの裏に隠されたパイルバンカー『シールド・ピアース』を展開していたシャルロットの一撃をまともに受けてしまう。
地上に叩き落とされ、アリーナの端まで転がったラウラのシールドエネルギーはほぼ残されていなかった。
赤い点滅が視界を覆い、警告のアラームが延々と鳴り響く。
負けるのか、アイツらに?
織斑 一夏に?
あれほど憎み蔑んできた相手に?
悔しさと憎悪が混ざり、どす黒い感情がふつふつと込み上げてくる。
負けられない。
負けてなるものか。
あんなやつに……!
震える腕で地面を打ち、衝撃で多少歪んだ駆動部を軋ませながらラウラは今までそうしてきたように、無様を晒しながら起き上がる。
「もう出てきてもいいかな」
「上代、結……?」
何故出てきた。
あれだけ強がっておいてこんな様の私を笑いにきたのか。
やめろ、来るな。
助けるな。
あっちへ行け。
私は弱くない、助けなど必要ない。
一人で戦える。
勝てる。
今までそうしてきたのだから!
だから、やめろ。
私を、馬鹿にするな……。
「私を侮辱するなぁぁあああ!!!」
咆哮するラウラ。
結の背後に見えた獣を見て、一夏は叫んだ。
「ッ、逃げろ結!」
「ぐっ……!」
一夏が叫んだのと同時に、ラウラの異変に気付いた結は手甲部分で背後から飛び出してきたプラズマ手刀の一撃を防ぐ。
無理な態勢でしかも不意打ちが重なり、受け止めきれなかった結はラウラに腕をはじかれ、たたらを踏んだところを回し蹴りを喰らって蹴り飛ばされる。
「お前、仮にもパートナーだろ! 何してんだよ!」
「私は、強くなくてはいけない……誰の手助けもいらない強さを……力を……」
飛ばされた結を庇うように前に出た一夏は虫の息になっていたはずのラウラに問い掛けるが、ラウラは俯いたまま答えにならない独り言を呟くのみで会話にもなっていなかった。
力が要るのだ。
強くなくては生きる意味はない。
誰にも負けない圧倒的な力が。
全てを捩じ伏せれるだけの力が!
『汝、力ヲ欲スルカ?』
欲しい。奴らを倒せるのなら、どんな手でも使ってやる!
『ナラバ授ケヨウ。貴様ノ命ト引キ換エニ』
何を……?
ラウラは魂のそこから囁かれるような声に頷いた途端、纏うISが融解して全身をくまなく覆い出した。
「きゃぁぁぁあああああああ!!?」
「な、なんだ!?」
ずぶずぶと音を立ててヘドロのようになったISの沼に沈むラウラを、助けようにもすでに指先すら余さず呑み込まれてしまい遅かったかと舌を打つ一夏。
騒然とする観客席は、融解したISが別の姿に変わった事に一度静かになり、さらに慌ただしく騒ぎ立てる。
「なんだよ、ありゃあ……」
それはかつて世界最強の称号を手にした時の、『暮桜』を纏った織斑 千冬に似た泥のような人形が佇んでいた。
オリジナル要素が増した回でした。