IS【小さな少年は盾を構える】   作:屍モドキ

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三十九話 少年と化物

 警告ブザーがアリーナの観客席に響き、各国の技術者や責任者、重役が我先に逃げ惑う。生徒達も慌てて席を立ち、教員達の指示のもと迅速な避難をしている。

 

 閑散とし、やがて人の悲鳴や怒号が聞こえなくなっていく中でオープンチャットの向こう側から真耶の声が聞こえてくる。

 

『織斑君!? 何をしてるんですか! 戻ってください!』

 

 一度だけ顔を一夏の方に向けた結は、仮面の下にどんな表情を作っていたのかは分からないが、どこか寂しそうに俯いてまた泥人形へ向き直る。

 

「すみません、山田先生。少しだけ持ちこたえておきますから、そっちは頼みました」

『待ちなさい織斑君! 危険です! 結ちゃん、止めてくださ……ッ』

 

 言い終わるよりも前に通話を切り、申し訳無い気持ちになりながら一夏は雪片弐式を構える。

 

「チャンスは一回きり。頼んだぜ、結」

「うん、任せて」

 

 大盾を展開した結は盾を片手に担ぎ、左手で地面を押さえる。

 獣のような低姿勢の状態で背面にある全てのスラスターを稼働させ、スタートダッシュを行うべくエネルギーを溜める。

 

「ッ!」

 

 暴発寸前まで溜めた推進力を一度に放出し、土煙を巻き上げて爆音が鳴る。ガーディアンは地面を抉って弾道ミサイルの如く一直線に泥人形へ向かって跳躍し、振り絞った大盾を突き出して渾身の一撃を打ち込んだ。

 

『……』

「やぁッ!」

 

 しかし加速をつけた一撃は逆袈裟斬りによって簡単に弾かれ、半歩前に出た泥人形は振り上げた雪片を真っ直ぐ振り下ろす。

 

 その一太刀は一つとして無駄はなく、極限まで磨き上げられた一撃に結は寸のところで後ろに躱すが、逃げ遅れた脚を打たれ、そのまま剣先で脚払いを食らって転げる。

 

「ぎぃッ……!」

 

 だが打たれた勢いを殺しはせず、そのまま側転して距離を置くが、泥人形は更に追撃をするべく踏み込んでくる。

 

 逃がしてはくれない。

 逃げても一夏お兄ちゃんが攻められない。

 

 なら突っ込もう。

 

「ぇやぁあ!!」

 

 結は人形が二歩目を踏み込むより半歩早く接近し、上段からの幹竹割りを加速が、入る前に受け止めた。

 雪片の鍔に掌をぶつけてみるが、やはりというかその馬鹿力に根負けしそうになって押し込まれる。

 

 しかし、やっと泥人形の攻撃を止められた。

 かと思えば泥人形は身体を後退させてガーディアンの重心をずらし、そのまま上体を捻って結を引っ張り、結の側頭部目掛けて回し蹴りを放ってきた。

 

「結!」

「ま、だ、だあああっ!!」

 

 上下逆さになった結は地面に手を這わせて押し付け、天に向けた両足で泥人形の顔面を蹴り上げる。

 

『……ッ』

 

 流石に防ぎきれなかったらしい泥人形は守るために出した両腕も捩じ込まれて宙に浮くほどの蹴りをもらって仰け反る。

 

「はあぁッ!!」

 

 その隙を逃す結ではなく、脚部と肩部のスラスターを使って姿勢を戻し、更に斜めの回転を加えて踵落としを喰らわせた。

 

 加速の付けられた一撃は泥人形の胸部にクリティカルヒットし、浮いていた泥人形はまた地面に背を打ち付ける。

 

「やったか!?」

「いや、まだだ!」

 

 一瞬沈黙した泥人形だったが、まるでアメーバか何かが起き上がるように、ぶるぶると震えながら歪んだ身体を元に戻し、二本足だけで立ち上がる。

 

「いやな感じ……」

「マジかよ……」

 

  表情の変わらない泥人形。

 余裕があるわけでもないが、追い詰め切れていない気がして結は焦る。

 

 倒さなきゃいけないわけじゃない。

 止めはお兄ちゃんがやってくれる。

 だから焦るな、怖くない、問題ない。

 

 でも、もし失敗したら?

 

 その時は……。

 

 

 

「結っ!」

 

 

 

 一夏の呼び声にふと顔を上げると、眼前まで接近していた泥人形が踏み込みながらの胴切りを繰り出そうとしているところだった。

 

「えいっ!」

 

 泥人形の雪片を落とした肘鉄と打ち上げる膝蹴りで挟み、威力を落としながら攻撃を阻止し、尖らせた手刀を横たわる刀身へ目掛けておもむろに振り下ろす。

 

 半分より柄寄りの位置から雪片は甲高い金属音を鳴らして真っ二つに折れ、得物を失った泥人形は一瞬取り乱す。

 

 結はそこの隙に折った刀身を逆手に持ち、一息で泥人形の眉間に折れた刀を突き刺した。

 

「今だよ!」

「あぁ!」

 

 眉間に深く刀身が刺さり、頭を抱えて耳障りな雄叫びを上げる泥人形。

 

 一夏は瞬時に『零落白夜』を発動し、結と前後交替して実の姉の姿を真似る泥人形の前に躍り出る。

 

 

「ぜああああああッッ!!!」

 

 

 頭を抱えながら一夏の攻撃を阻もうと伸ばす腕を切り落とし、振り上げた雪片弐式を泥人形の胸から下腹部にかけて真っ直ぐに振り落とし、エネルギーの刃は泥人形に大きな亀裂を作った。

 

 

「いた……!」

「ラウラお姉ちゃん!」

 

 

 一夏が零落白夜によって切り裂いた亀裂から、ラウラの顔が覗く。

 

 しかし、泥人形は頭に刺さった刀をそのまま飲み込み、再生させた両手で開いた切り口を押さえ、無理矢理閉じてしまう。

 

「ふざけんな!?」

「止めるっ!」

 

 すかさず結が飛び付き亀裂をこじ開けようとするが、それよりも強い力でVTシステムの泥の塊は亀裂を塞ぎ、ガーディアンの腕を掴み、ラウラを取られまいと拒む。

 

 負けずと結は自らの腕に絡み付いてくるヘドロに気もくれず、無理矢理ラウラに纏わりついている泥を落とそうと奮闘するが、流動体のそれは中々にしつこい。

 

 気を抜けばラウラは元通りに呑み込まれ、最悪自分自身すら取り込まれそうなほど腕は泥のなかに沈んでいく。

 

「ぐぅぅ……ラウラお姉ちゃんを、返せ……!」

 

 このままでは埒が開かない。

 いくら泥をはね除けようとも上から黒々とした泥が流れ、削れる部分を補充する。

 

 そんないたちごっこを続けて足踏みをしていることに苛つきが募る。

 

 かと思っていると、泥の女戦士は瞳に暗い光を取り戻し、流体を垂れ流す片手を伸ばして結の首に掛けてくる。

 

「ぐぅっ!?」

 

 もう片方の腕を亀裂に捩じ込む結の腕を掴み、おどろおどろしい嗚咽を漏らして絞め殺そうとばかりに首を絞める手に力をかけてくる。

 

「あ、ぐ……負けるかぁぁああ……!!」

 

 負けじと結も引き戻そうと腕を振るうが、掴んでくる泥の腕は見た目以上の怪力で、じわじわと亀裂から結の腕を引き剥がしてしまう。

 

 そして、抜いた腕を更に強く握り締め、装甲を砕いて何かが割れるような鈍い音が腕の奥から聞こえた。

 

 

 

 

 

「がぁぁぁあああああ!!!!」

 

 

 

 

 

 結の悲鳴を聞いて泥人形は下卑た笑みを浮かべている。

 

 折角一夏が作ってくれた道が塞がれてしまう。

 まだ彼女を救いだしていないのに。

 こんな泥人形なんかに。

 

 まだ負けていられない……!

 

「うぅ……ッ!」

 

 結は泥人形が抑えるISの腕部から自分自身の素手を引き抜き、塞ぎかけていた亀裂へ目掛けておもむろにに突っ込んだ。

 

 瞬間、結の腕に猛烈な熱と不快な電気の濁流、傷口をなで回すような気味の悪いどす黒い泥が絡み付いてくる。

 

 ぼくだけの力じゃ押し負けてしまう。

 ファントムに頼るのは少し気に入らない。

 

 でも、そうしなければ勝てない。

 

 だからお願い。

 

 心のうちで願ってみると、頭の奥から聞きたくもない嫌な声が嬉しそうに返事をし、うなじを伝って全身が焼けるように熱くなる。

 

『オモシレェ……手伝ッテヤルヨ』

 

 食い縛り、それは躍起になって咆哮を上げる。

 

「『オオオォォォォォォッッ!!!』」

 

 十字の中央に入っているバイザー下の左目から、紅の光が漏れる。

 

 鈍く軋む音を出したあと、マスクのクラッシャーが砕けて口当てがアギトのように垂れ下がり、腹の底から響く大声を張り上げる。

 

 それが結のものか、それとも以前の化物のものか、それを見定められるものはいなかった。

 

「ダメだ結、それは……!」

「だい、じょうぶ……!」

 

 危惧した一夏は叫ぶが、すかさず結の言葉に脚を止め、信じることだけしかできなくなった。

 

 

 

 そして以前鈴のISを奪った時と同じ茨がガーディアンの腕と連結し、装甲をパージする。

 泥人形の亀裂を開く結の腕とは別に、首を閉める人形の腕を茨の腕が掴み、ゆっくりと引き剥がした。

 

 腕二対の操作と焼ききれそうな痛みに頭が割れそうになるのを気力だけで繋ぎ止め、亀裂を掻き分け中から銀髪の少女を見つけ出す。

 

 

「お姉ちゃんッ!」

 

 

 反応はない。仕方ない、引きずり出すしかない。

 だが彼女に触れた瞬間、泥人形は途端に力を増し、結のISの腕をへし折る程の力で潰しにかかった。

 

 ただでさえ結のガーディアンよりも膨れ上がった泥人形が更に出力を上げ、上からのし掛かる勢いでラウラを渡さないと結をISごと潰しにきていた。

 

 

 結も負けじとマニピュレータの出力を上げて泥の腕に対抗し、焼ける素手にはもう感覚が失くなってきた。

 

「ううぅぅ……!」

『ハ、ナ、セェェェ……!!』

 

 いよいよもって後が無くなった泥人形は、ここではじめて怒りの形相を浮かべて全力で結を潰しに往く。

 

 結も対抗してラウラを引き寄せ、もはや支えにしかなっていないガーディアンの腕に意識を割くのがやっとの状況。モーターが熱を帯びはじめ、間接が悲鳴を上げている。

 

 しかし、ガーディアンは雄叫びのような呻き声を上げて首を掴む泥人形の腕を押し上げ、人形の手首を掴んで力任せにねじ曲げる。

 

 

『ギィィアァァァアアアッッ!!!』

 

 

 泥人形は金切り声の悲鳴を上げて逃れようともがくが、ガーディアンはねじ曲げた腕から手を離し、空いた片腕を瞬時に伸ばして泥人形の頭を捕らえた。

 

『廉価物風情ガ! 俺カラ奪オウナンザ! 烏滸ガマシインダヨォッ!』

 

 ガーディアンのもう片方の腕は泥人形の腕を引きちぎって後方へ放り投げ、ラウラが挟まる亀裂の間に指を滑り込ませて力任せに広げる。

 

「お姉ちゃんを、返せ!」

 

 スーツを溶かし、皮膚を焦がす泥に涙を浮かべながらも、結は目の前で埋もれる銀髪の少女を助けたい一心で彼女の腕を掴む。

 

「とっ、た……!」

 

 掴んだその感触を頼りにがむしゃらに手繰り寄せ、泥人形からやっとの思いでラウラを引き摺り出す。

 

 結は生臭い鉄と肉の焦げた臭いのする腕で必死に抱き寄せた。

 

『ゴ、ゴガ……ガエ、返、ゼ……返ゼ……!』

 

 搭乗者を失った泥人形は、ラウラを取り戻そうと捕まれたままの状態から節榑た瞳を此方に向けて怨念のようにのたまう。

 それを朧気な双眸で捉えた結とファントムは、遂に怒髪天を衝く。

 

 

 

 

「かえす、もんかぁぁぁーーーーーッッ!!!」

『木偶ガ、潰レロォォォーーーーーッッ!!!』

 

 

 

 

 

 結は片腕でラウラを抱きかかえ、もう片方をガーディアンの腕に突っ込む。半ば溶けかけている目の前の泥人形を空いたままのISの腕で地面に振り下ろし、真上からの拳を叩き込んだ。

 

 泥を飛散させながら地に伏した泥人形は崩れ落ち、泥は元の黒々としたシュヴァルツェア・レーゲンに収束し、そこには無惨に砕けた残骸だけが転がる。

 

 

 ガーディアンもマスクの赤い発光が消え、腕は茨の制御を失って地面に転がる。

 

 結は膝から崩れ落ちながらISを解除し、自らも倒れてしまう。

 

「はぁー、はぁー……たす、けれ、た……」

 

 火傷と規格外の操縦により頭がショート寸前だった結は、倒れる間際に優しく寝かせたラウラを一度見つめる。

 

 息をしている。死んではいない。怪我はないようだ。良かった。でも、手当てをしてあげないと……。

 

「お姉、ちゃ、ん……」

 

 そこで結の体は限界を迎え、指一本すら動かせなくなった。

 

 あぁ、まだ引っ張り出しただけなのに、ここで止まってはいけない。動け、動け、動いてくれ。

 

 

 いくら願ってもひりつく腕は持ち上がらず、叫ぼうとしても喉は潰れて声がでない。

 

 

 誰かが駆け寄ってくるのが視界の端で見えた。

 一夏お兄ちゃんかな。早くラウラお姉ちゃんを助けてあげて。早く、早く。

 

 

 あぁ、あの人がいたら、何て言ってくれただろう。

 

 

 

 落ちていく意識の片隅で、結は先生と慕う彼のことを考えていた。

 

 

 




 原作主人公の活躍が少ないけど許して……。

 それと、洒落にならないくらい時間が取れないので更新が滞ります。
 ご容赦ください。
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