IS【小さな少年は盾を構える】   作:屍モドキ

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 ちょっとだけお待たせしました。

 後日談みたいなところです。






四十話 失ったもの、得たもの

 声が聞こえた。

 小さな少年の声だ。

 

「ラウラお姉ちゃん」

 

 私の手を掴み、強く握って離さない。

 振りほどくことなど造作もないはずが、腕は持ち上げることすらままならず、そもそも離す気もわかなかった。

 

「何故私に執着する。どうして助けようとしたんだ。こんな事をしなくても、お前に関係ないだろう」

 

 夢でも見ているような、ゆらゆらとした居心地の中で目の前の少年にそんなことを聞いてみる。

 すると彼はぐっと眉を潜め、泣きそうなのを我慢しながら否定してくる。

 

「そんなこと、ない」

「何が気に食わない? 私はお前の家族でもなければ親しい仲でも無いのだ。見放してもいいだろうに」

 

 自分でも驚くぐらい饒舌なものだ。

 どうにもこの少年の前では口が回るようで、思っている事が止めどなく溢れてくるようだ。

 

「認めてほしかったんだ」

 

 認める? 何を?

 

 お前の強さを?

 

 それとも私の弱さを?

 

「違うの。お兄ちゃんが弱くないって、強くなってるって、知ってほしかった」

「お前という奴は……」

 

 この期に及んで自分ではなく人のために行動していたとは、ほとほと呆れたものだ。

 

 が、しかし。

 認めねばなるまい。

 

 手に入れた力に傲り、回りを弱者と決めつけ嬲り、あろうことか目の敵にしていた相手に負けたとなれば最早かける言葉も見当たらない。

 

 結局、暴走してこいつに救われ、無様な姿を晒した。

 

「そうか、ならば認めよう。お前の事も、奴の事も」

 

 夢から醒める瞬間、少年がほんの少し笑った気がした。

 

 

 

 目覚めると真っ白な天井が私を見下ろしていた。

 

 横を向くと教官が鋭い眼差しでこちらを見ている。

 

「起きたか。気分はどうだ、ボーデヴィッヒ」

「うぅ……教、官。私は……」

 

 大した外傷は無いものの、節々が痛む身体を起こして教官に上体を向ける。

 

「VTシステム。それがお前の機体に組み込まれていた。勿論無断でな」

「ヴァルキリートレースシステム、噂には聞いていましたが、まさか……」

 

 第一回モンドグロッソ優勝者の動きを解析し、それをプログラム化して組み込んだシステム。

 

 コード一つでかつての世界最強と同じ力を得られる反面、パイロットすらパーツの一つとして作動するため、非人道的だと批判を受け、使用禁止とされた禁忌のシステム。

 

「ドイツにはそれ相応のペナルティが下るだろう。お前も知らなかったとはいえ事情聴取があるはずだ、覚悟しておけ」

「はい……」

 

 転校してきた当初の威厳は打ち砕かれ、小さく縮こまるラウラを見て溜め息をついた千冬は立ち上がって声を張る。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ!」

「は、はい!」

「貴様は何者だ!」

「私は、私は……」

 

 その問いかけに答えようとして、ラウラは息が詰まった。

 崇拝していた人物の影に囚われ、ついぞ何も成し得ることなく、結局自分は誰でもなかった。

 

「誰でもないなら丁度いい。今後はラウラ・ボーデヴィッヒを名乗れ」

「は、はい」

 

 一瞬何を言われたのか分からなかった。

 しかし、生まれてずっと背負ったいた肩の荷が、ようやく降りた気がした。

 

「せいぜい足掻けよ、小娘。人生はまだまだ果てしないぞ」

「……はい!」

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 まず騒音で目が覚めた。

 風で揺れるカーテンの音、擦れるシーツ、心拍計やら点滴やらが奏でる機械的な反復する音。人の話し声、足音……。

 

 それら全てが今までの何倍にも大きくなったような騒音に叩き起こされ、目眩がした。

 

 加えてよく洗濯された繊維と消毒用アルコールの独特の匂い、濃淡な膿んだ外傷部位の臭みがごちゃ混ぜになって鼻をつく。

 

 

 くさい……。

 

 

 耐えきれない情報量に鼻と耳を塞ごうとして、腕が持ち上がらないことに気が付いた。

 

 見れば両腕とも肘から指先まで固定されており、右腕は吊るされ、左腕も包帯でガチガチに固められている。左足にも同じような固定器具が設けられておりピクリとも動かせない。

 

 喉を刺す痺れた鈍痛に、首にも似たような器具が巻かれており、全身が動かせなくなっていた。

 

 何一つとして行動の余地を許されない状態に諦めてぐったりとしていたら隣のカーテンが開かれ、向い側のベッドにいたラウラがこちらを見つけた。

 

「居たのか」

「ぁ、ぅあ……」

 

 喋れない。

 もどかしい。

 体力が残っていないのか、治りが遅い。

 

「無理に喋るな、口だけ動かせるならこっちが読み取る」

「ぅ、ん……」

 

 四苦八苦してもぞもぞしていた結は途端に大人しくなり、深呼吸してたどたどしい笑みを浮かべる。

 

「『よかった』だと? この期に及んで人の心配か」

 

 呆れたようにラウラは頭を抑えて頭を振った。

 明らかに重症なはずの少年は、まるで自分のことのようにラウラの身体を労り、代わりに自身の命にはとことん無頓着だった。

 

「お前も、よく今まで生きてきたものだ」

「ふ、へへ、は」

 

 皮肉で言ったのに照れくさそうに笑う結を見てもう何も言うまいと誓う。

 

「『お兄ちゃんのこと』か。あぁ、認めてやるさ。そう約束したのだからな」

 

 少しだけ悔しいのかふくれながらもそう言ってくれたラウラに結は笑い、安心して目を瞑る。

 

「そっちへ行ってもいいか?」

「ぃ、よ」

 

 結の枕元の辺りに腰掛けたラウラは、後ろ手で結の頭を撫でながら、ぽつりぽつりと語りかける。

 

「お前は、どうしてそんなにも他人に拘るのだ」

 

『人とは仲良くしなさい。て、先生に教えてもらったから』

 

 恩師の教えを堅実に守り、自身を蔑ろにしてまでその教示を貫く姿勢はもはや狂気に近かった。

 

「どうしてそこまでして、その人物の言うことに従う」

 

『先生を、信じてるから』

 

 それは純粋であると同時に狭い価値観でしか世界を見れていない証拠であり、善悪以前の問題だ。

 過去の自分を見せられているような気分になり、思わず目を背けたくなったラウラだったが、拳を握って堪えまた質問する。

 

「もし、その先生とやらに裏切られたら、どうする?」

 

 意地の悪い問いだったか、と後ろめたく思いもしたが、それでも聞いておきたかった。

 

 存在しているかも怪しいような心の支えが無くなったとして、この少年は何を信じるのか。それとも何からも離れるのか。

 

『……わからない。けど、それでも、先生に教えてもらったことは守る。守りたい』

 

「そうか……」

 

 健気な姿勢にもう何も言うこともできず、ただ肯定してやる。

 

 もしもこの子が以前の私のように道を踏み外しそうになったら、力ずくでも正してやろう。

 それが私を引き留めてくれたこの子への恩返しであり、年上としての在り方なはずだから。

 

 

 ぐぅぅぅぎゅるるるるるる。

 

 

 ラウラが一先ずの自分の在り方を決めたと同時に、結の小さなお腹からあまりにも可愛げの無い音が鳴り響いた。

 

「えへ、へへ」

「……一気に冷めたぞ」

 

 なんとも締まらない、と嘆くラウラだった。

 

 

 

 




 これにてタッグトーナメント編終了です。
 原作から少し離れながら進めたのでちょっと長引いてしまいました。


 ではでは。
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