IS【小さな少年は盾を構える】   作:屍モドキ

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 お待たせしました。



四十二話 少年の変化

 VTシステム事件以降、結に嗅覚と聴覚が戻ったらしい。

 

 元々IS展開時は問題なく機能していたらしいが、格納状態でも使える事に本人も驚いていた。

 

 どういう理由で器官が回復したのかは不明だが、それでも何も感じられなかった彼に五感の内の二つが戻ったことが何より喜ばしいことだった。

 

 が、しかし。

 

「ゆ、結。もういいか?」

「もうちょっと、もうちょっと⋯⋯」

 

 膝の上に座る少年に二の腕を掴まれ、肩回りの匂いを遠慮なく嗅がれる一夏はくすぐったさと恥ずかしさで逃げ出したい衝動に駆られていた。

 

 周囲の女子生徒は羨ましいのかそれともよからぬ妄想を企てているのか一定の距離を保って近付かない。

 

 そこ、メモを取るな。

 

 スケッチをするな。

 

 写真を取るな。

 

「いいなぁ、変わってほしいなぁ」

「むしろお構い無く?」

「はかどるぅ~」

 

 垂れる鼻血に気も留めず、血眼をギラギラさせながら笑顔で一心不乱に筆を走らせる様は狂気の沙汰だった。 

 

「なんだろう、嗅いだことある匂い」

「俺がか?」

 

 郷愁の念か、いつか聞いた『先生』という人物と似ていたのか、記憶の片隅に眠っていた思い出に浸りながら結は突然一夏の胸に顔を埋め、掴んでいる袖を固く握って動かなくなった。

 

 淀んだ歓声が聞こえてくるが、今はそんなものも気にせず胸のうちで震える小さな少年を優しくあやす。

 

「大丈夫か」

「⋯⋯うん、平気」

 

 俯いていて見えないが、消え入りそうな涙声で答える少年はあからさまに大丈夫ではなかった。

 

 どうやって泣き止まそうか、そんなことを考えていたら鐘が鳴り、織斑先生がヒールを鳴らしながら入ってきた。

 

「席に着け、ホームルームを始める」

 

 蜘蛛の子を散らすように慌てて自分達の椅子に飛び付く女子生徒。涙を拭って一夏の膝から飛び降り自分の椅子に乗り上げる結。

 

  心配そうな視線を送る一夏へいつも通りの無表情をみせ、何もないように少しだけ笑ってみせる。

 

 それだけで一夏は何も言わないことにして、口を閉ざした。

 

 

 今日の午前はIS実習。

 

 アリーナに集まり、一般生徒は訓練機での飛行練習が主な内容で、代表候補生及び専用機持ちはそれの補助と指導に当たる。

 

 ISで飛ぶにはPIC、パッシブ・イナーシャル・キャンセラーと言うものを理解しておく事が重要であり、この装置で浮遊や加減速を行う。

 

「飛べてる!? あたし飛べてる!?」

「ちゃんと飛べてますわよ」

 

 一人で騒ぐ女子生徒の手を引きながら空中で遊泳するように先導するセシリア。

 飛行角度やイメージ等を事細かく詳細に説明しながら教鞭を振るっていたら誰も彼も知識量に追い付けなくなってパンクしてしまったので、今回はあまり喋らず行動を身に付けさせることに徹していた。

 

「飛行ていうのも違和感あるよね」

「そうそう、飛ぶっていうか、浮いてる感じなんだよな」

 

 技能と知識に未だ差がある一夏は教えるにも手一杯で、模範的な説明になりながら教え教わり理解を深めていた。

 

「身体の芯はずらさないで、滑るように進むんだよ」

「わかった!」

 

「矯正は後だ、まずやってみろ」

「はい!」

 

 女子であることを明かしたシャルロットや最近クラスメイトと打ち解けてきたラウラなど、実力をもって代表候補生となった者は教えるのも達者で各々のやり方で他の生徒の補助をしていた。

 

「上代くん、こう?」

「うん、そんな感じ」

 

 ふらふらしながらガーディアンの腕にしがみつき、頭に入っている知識を必死に思い出しながら亀の歩みより遅い空中遊泳に勤しむ女子生徒を、結は暇そうに支えていた。

 

「なんか、今日のラファール動きにくい、んだけど⋯⋯!!」

「そうなの?」

 

 彼女のモニターに表示されている出力と体感的な操作感覚が一致しておらず、飛んでいる機体は次第に降下していくのに焦りを覚えた彼女は無理やり踏ん張ろうとしてスラスターを噴かしてみたが何も起きず、そのまま動かなくなってしまった。

 

「あぶないっ」

「あふんっ!?」

 

 急降下する寸前だった彼女の腕を掴んで引き上げ、そのままゆっくりと地面に下ろしてやった結は直ぐ様ラファール・リヴァイヴから女子生徒を降ろす。

 

 突然の事故に教師や他の生徒が集まってガヤガヤと騒ぎ立てているなかで、結は降りた女子生徒に目もくれず、彼女が乗っていたISの脚部をまじまじと眺め、何か小声で話していたかと思うと脹脛のスラスターを指差した。

 

「ここ、ここがよくない」

「なんだと?」

 

 訝しげな顔を浮かべる織斑先生は故障したISを整備室に運ばせ、授業を再開した。

 

 

 ◇

 

 

「上代、あの時何故ISの故障場所がわかったのだ?」

「えっとね、ここが痛いって聞こえたの」

 

 あのあと整備班が件のISを点検したところ、結が指摘したところに異常が見つかったらしい。

 しかも実際に開いてみなければ分からない箇所だったようで、それを触れることすらなく見つけた結は何をしたのかと、今度は別の話題で騒がれていた。

 

「声? ISのか?」

「うん。ちょっとだけだったけど」

 

 首を傾げる皆に当然のように頷く結。

 以前から自身のISの声は常日頃聞こえていたが、今回は何故かラファールの声が一瞬だけ聞こえたらしい。

 何故他のISの声が聞こえたのかは本人も分からないらしいが、これも身体にISを宿しているからなのかは不明だ。

 

 結の発言に様々な考察や妄言が飛び交いながら姦しくしていると、織斑先生が徐に扉を開いて教室に入り、室内を見回して結を見つけたあと用件を端的に伝える。

 

「上代、お前は今から身体検査があるそうだから保健室に行きなさい」

「わかりました」

 

 今更なんの検査だろう。ギプスが外れたときに殆んどの検診は済んだと思うけど。

 そんなことを考えつつ、やるのだから行かねばならないと言い聞かせ席を立って保健室に向かう。

 

 

 

 そうこうしていたら保健室に着き、中に入るとジャージを着た真耶と白衣を羽織る保健医、それと自称生徒会長の楯無がいた。

 

 楯無と視線がかち合った瞬間、条件反射で防犯ブザーを引き抜こうとした結をすぐさま楯無本人が飛び付いて止める。 

 

「躊躇いって知ってる!?」

「知らない」

「そっか! 迷うって意味よ! 覚えておいてね!」

「はい」 

 

 相変わらずの低い信用度に肝を冷やされる迫真がかった勢いの楯無をみて、一体何をしでかしたのかと頭を抱える教員二名は楯無を放ったらかしにしたまま本題を結に持ち掛ける。

 

「さてさて、アホの子はほっといて本題に入るのだけど」

「酷くないですか先生!?」

 

 取り上げた防犯ブザーを懐に仕舞いながら立ち上がる楯無を無視し、保健医は目隠しを結に手渡した。

 

「これは?」

「前回怪我の治療で出来なかった触覚検査をするから、目隠しして触るの。真耶が同伴者として来てるから下手なことはしないしさせないわ。いい?」

「わかりました」

 

 目隠しで視界を塞ぎ、服を捲られ、上裸に近い状態になる。

 

「全身の触覚検査をするわね。まずは筆で撫でていくから何か感じたら答えてね」

「はい」

 

 言いながら保健医は毛筆で二の腕をくすぐるように撫でる。フェザータッチともいえる撫で方で、端から見ている人間もくすぐられているところを擦りたくなるようなゾワリとする感触。反対の同じ個所も楯無がイタズラ心に満ち溢れている顔をしながらさわさわと撫でているが、しかし結は微動だにせず、触られているのか定かではないようでもやがかった顔をしていた。

 

 腕、顔、首や肋など各部をゆっくりとした動きで撫でているものの、結は一度も反応せずに隈無く撫でられる。

 

「何かしてますか?」

「めちゃくちゃ撫でてる」

「わかりません⋯⋯」

 

 そうか、と答えた保健医は筆で撫でるのを止め、今度は針を取り出した。

 一本を楯無に手渡し、毛筆の時と同じように左右対称の箇所を針で刺激するものらしい。

 

「さて、次は痛覚よ」

「はい」

 

 慎重な手付きで針を摘まみ、触れるか触れないかの位置から針の先端を腕の皮膚にあてがう。

 そこから少しだけ押し込み、細い腕に小さなくぼみが出来るまで押したところで結は少しだけ肩を揺らして声を漏らす。

 

「何か触った」

「うん、ちょっとだけ感じたか」

 

 結が答えた時には針を当ててたところから紅の玉が静かに膨らみ、皮膚を伝って跡を残しながら落ちる。

 

「真耶、消毒液と絆創膏」

「っ、はい⋯⋯」

 

 何事もないように淡々と患部を消毒し、絆創膏を張って処置を済ませた保健医は針を拭ってしまい、今度は二本の試験管を用意する。

 傍のポットからお湯を注ぎ、真水を足して温度調整したものを、先ほどと同じように体にあてがった。

 

 

「今暖かい試験管を当ててるの、わかる?」

「んー⋯⋯あったかい、かな」

「ふむ、温度感知は有りか」

 

 保健医は試験管の中身を冷水に入れ替えて同じように身体の表面に押し当てたところ、結は少しだけ肩を揺らして試験管の当たっている所へ目隠し越しに首を向けた。

 

「今度は、つめたい」

「冷温両方とも感じてるね、問題はなさそうだ」

 

 試験管の中身を流しに捨てて道具を片付けた保健医はさてと腰を持ち上げ別の医療器具を持って並べ始めた。

 

 

 

 ⋯⋯⋯

 ⋯⋯

 ⋯

 

 

「さて、一通り終わったしもう戻っても大丈夫だよ、お疲れ様」

 

 採血と心音を聞いて診断が終了し、軽い貧血気味の結は青い顔でふらふらと保健室から出ようとしたところを真耶に支えられ、昼休憩を知らすチャイムが鳴ったのでそのまま二人は昼食を摂るため今度こそ保健室を後にした。

 

「生徒会長さん。あの子、上代 結君のことをどう思う?」

「そうですねぇ、大人しくって可愛いと思いますよ」

「そうじゃないでしょ」

 

 扇子を開き、鋭い視線を結たちが出て行った扉へ向けて送る。

 そこには『怪訝』と書かれていた。

 

「以前に増して上がった適正率。鬼が出るか蛇が出るか、楽観視も許されないですね」

「念には念を入れる必要、あるかしら」

「むしろ足りないのでは?」

 

 不敵に笑うが腹の底では冷たい汗が滲む。

 この学園にきた当初から結のIS適正率は常人を逸脱した数値を示していた。ISを直接神経と接続し無理矢理シンクロしていると言っても過言ではない状態なのだからある意味当然ではあった。

 

 それが以前の無人機襲撃事件や此度のVTシステム騒動など、幾度となく命を賭した戦いに身を投じる度上昇し、交わる彼のISとのシンクロ状態に何か関係があるとすれば、これ以上のISの使用は結自身の命に係わるかもしれない。

 

 最悪、ISに彼の人格が飲み込まれ、人を超え、ISを超えた存在に成りかねない。

 付け加える様に彼の本来のISの能力を考えると、最早手の付けられない獣が出来上がる。

 

「彼を作り出した輩は、何をやろうとしているの?」

 

 扇子から下がる飾りが瑠璃色に煌めく。

 

 

 

 

 

 





 お待たせしてしまい申し訳ありません。
 別で投稿している三次創作の執筆とリアル事情に忙殺されてこちらが疎かになってしまいました。

 ではまた次回に。
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