昼休憩になっても結が戻ることはなく、どことなく静かな教室では浮き足だったような落ち着いたような、妙な雰囲気のままみなそれぞれの過ごし方で時間を過ごしていた。
一夏と箒、そして他の一組に属する代表候補生と鈴が何も言わず集い、食堂にて昼食を摂っているが、みな何食わぬ顔でパスタを巻いているラウラに神妙な面持ちで視線を送っていた。
「(なんでアイツがいんのよ)」
「(知らねぇよ、ついてきたんだよ)」
「(敵意は無いようですし、よいのではありませんか?)」
以前ラウラと一悶着あった鈴は当たり前だがあまり仲が良くない、というよりか苦手意識から遠ざけていた。
教室が同じなのと復帰したときの謝罪で過去の事に踏ん切りを着けているセシリアは紅茶を飲みながら流していた。
「なんだ、私の顔に何かついているか?」
「ソース着いてるよ」
怪訝そうな顔で睨む鈴に目線を送るラウラだが、口元にミートソースが着いていた。見かねたシャルロットに拭ってもらう様は何処か幼子のようなあどけなさがあった。
「もう無闇に戦う気はない。あの時の私は自惚れていた、許せとは言わんが謝らせてくれ。すまなかった」
「あ、あぁ、そう……」
タッグトーナメントより前の彼女とはうってかわってまるで別人のようなトゲの無い態度になっていたので、嫌みのひとつでも言おうとした鈴は度肝を抜かれて何も言えなくなった。
「それで、お前たちに聞きたいことがあるのだが」
フォークでパスタの大玉を作ったラウラはそれを頬張り、また口の回りを汚しながら一夏たちに訊ねる。
「お前たちは結をどう思っている?」
聞かれて、改めて結との関係がどんなものか考える面々。
「なんだろうな。弟みたいな、友達かな」
なんだかんだと浅からぬ関わりのある一夏は寂しそうな少年を思い浮かべた。何とかしたいと思いつつ、何も出来ないと苦悩する。
「ただのクラスメイトよりは睦まじいと信じたい」
人とコミュニケーションを取るのが苦手な箒はあまり結とは話したことは無いが、それでも嫌われてはいなかった。
「良き学友ですわ」
自分の過ちに気付かせてくれた人物の一人であり、成り行きだが助けてもくれた人。件のサンドイッチ事件も怒らず水に流されてしまったときは流石に申し訳無かった。
「目つけてないと危なっかしい弟分よね」
人を想う優しさもあるが、危なっかしいところは年相応と言うべきか。時折目につく危険行動にハラハラして落ち着かない。
「僕は……人生にきっかけをくれた恩人、かな」
パンツの事は忘れない。
それぞれの言葉で結への思いを語り、改めて少年との距離感を自覚する。長かったり短かったり、はたまた妙な関わりがあったり。
複雑な気持ちこそあれど嫌う理由にはならなかった。
「そうか。それでもう一つききたいのだが、ある日の結が生徒寮の一室に入っていくのをお前たちは知っているか?」
「は?」
「あぁ」
ラウラの口から飛び出た爆弾発言に同席していた面々が硬直して場の空気が固まった。
以前結が病室を抜け出した事を思い出した一夏と箒は当時の騒動を思い出して苦い顔を浮かべる。
「ついでに言うとあの生徒だ」
「は?」
「えっ」
ラウラが指差した先には和風定食を片付けていた簪が思わぬところから視線が集まって固まっていた。
学園内でも孤立しており、言ってしまうと同級の一夏達ですら授業以外で結と会うことはISの特訓の他には皆無に等しかった。
それなのに何をしたのか結が自ら誰かの部屋に行くなど聞いたことが無い。
本人もなんの変わりようもなく平然としているのに、もうそこまで仲良くなったとなれば今まで躊躇ってきた自分達はなんなのか。
「少し話を伺ってもよろしくて!?」
「えっ」
「ちょっと座んなさいよ!」
「あのっ」
「手荒なことはしないからさ!」
「待っ」
早々に席に招かれ、左右を挟んで簪が逃げないようにガッチリとガードする箒やセシリア達はゴンとテーブルにコップを叩き付けて威圧的に詰めよった。
「結さんと随分仲がよろしいようで」
「なに、誑かしたの?」
「大人しい顔して結構大胆なんだねぇ」
「よさないかお前たち。怖がらせてどうする」
突然囲まれて借りてきた猫以上にびくびく震えている簪に同情する箒。
下手なことを言うと殺されかねない。そんな気がする。
「えっと、結とは色々経緯があって……」
「いろいろねぇ」
「経緯かぁ」
あやふやな情報しか出せないが、言ってもいいものか悩む。
実の姉に襲われているところに介入して引っ張ってきた結果、たまに少年を部屋に招いてはだらだらとアニメ鑑賞に耽るだけ。
本当にそれだけなのだが、話したところで信じてもらえるかどうか分からない。
「あ、君は」
「織斑一夏……!」
強い眼力を放ってくる彼女たちの威圧に気づかなかったが、助けを呼ぼうと見回したところにいた一夏ところを目線があって思わず睨む。
セシリアのサンドイッチで倒れた結を保健室に運び、渋々二人で介抱していた時の記憶が呼び戻される。
「簪さん、だっけ」
「この際なんでもいいから助けて」
もはや藁にもすがる思いで一夏に手助けを求む簪は、内心説明していなかったのかと毒づいてもみるが今は身の安全が最優先事項だった。
「この人は悪い人じゃねえよ。倒れた結を抱えて保健室まで連れてってくれたんだ」
「自分の部屋じゃなくて?」
「う、うん……」
回りの怪訝そうな顔に萎縮する簪は申し訳なさそうにジュースのストローに口を付ける。
一度は本当に連れ込んだことは黙っておこう。
だって不可抗力なんだもの。
あの愚姉は何をしようとしていたのか、何れにせよなんの良いことも無さそうなので、簪は考えるのを止めた。
「そういや病室抜け出した時は結のやつ何処に行ってたかわかるか簪さん?」
バカ野郎、今掘り返すな。
何をそんな純朴そうな目で見てきているのだ止めろ。そんなことを今私に聞くんじゃない。連れ込んだのは確かに私にだけどあれは意図してやったわけではなくてたまたまあんな形になってしまったただけであって決して幼子に破廉恥な行いをしようなどと考えていたわけではない。
冷や汗を流しながら簪はストレスによって閉め上がった胃に冷たいジュースを流し込み、息を吐いて眼鏡をかけ直す。
「私の部屋に、いました」
凛々しい姿勢で簪は席を立ち、早足に食堂を後にした。
「やっぱり連れ込んでんじゃない!」
我に返った皆が早々に簪を追いかけ、不毛の逃走劇は昼休憩の終わりまで続いたとか。
◇
「ひっくしゅっ」
「風邪ですか結ちゃん?」
可愛らしいくしゃみをした結が真耶に鼻を拭かれて恥ずかしそうに眉をしかませる。
幸い真耶が持参してきた二人ぶんの弁当の包みには影響はなく、鼻をかんだ結と真耶は合掌して弁当の蓋を開く。
「いただきます」
「ます」
未だに冴え渡る聴覚に慣れきっていない結の申し出により人気の少ない屋外のベンチに二人で腰掛けている二人は、静かだが仲睦まじく昼食を摂っていた。
「これ、いい匂い」
「それは最後のお楽しみですよ」
端っこに添えてあったゼリーの包みを嗅ぎながら結は透明感のある甘い香りに夢中になっていた。
まだ味はわからないが、匂いだけでも楽しめるよう弁当の中身に工夫を凝らすようになった真耶は、うまく匂いに気付いてくれた事に思わず笑みを溢していた。
気になるゼリーは最後と言われてちょっとだけ落ち込んだ結だが、いつもより早いペースで弁当を食べていた。
「ゆっくりでいいんですよ、ゆっくりで」
「ん、ん、ふぁい」
真耶は咀嚼して揺れる結の頭を撫でながら、自分も弁当に箸を着ける。
今度は何を作ってあげよう。
楽しみが増え、小さな手間が愛おしい。
そんな幸せを噛み締められる事が、何より嬉しかった。
ほのぼの。
ではでは。