IS【小さな少年は盾を構える】   作:屍モドキ

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 前回の続き。





五十話 二人の記憶

 バスに揺らされながら一夏は昨日の事を思い浮かべる。

 

 

 

 ふと思い立った一夏は姉であり担任の千冬が居る寮監室の戸を叩いていた。

 

 ぶっきらぼうに入れと言われて扉を開くと中は酒の空き缶とつまみの袋、脱ぎ捨てられたスーツが散乱しており絶対に他人には見せられない光景が広がっていた。

 

 一夏はため息をつきながらジャージ姿で椅子に腰掛けている千冬と面と向かうようにベッドに腰を下ろし、ここに来た理由を話す。

 

「なぁ千冬姉。結を家に連れていってもいいか?」

「……構わんが、何故だ?」

 

 話と言うのは結の外出許可、というより少年を連れていく場所についてだった。

 

 何故また実家に、買い物なりすればよいのでは、色々といいかけたが千冬は一先ず一夏の言い分を聞くべく口を閉ざす。

 

「なんか、結に知ってほしいんだ。所謂普通の家族って訳でもないけどさ、俺たちだって……」

 

 一夏の言わんとすることを察して千冬は押し黙る。

 確かに自分達には親がいない。一夏の言う普通とは異なりそれなりに苦労もしてきたし、かけてきたがそれでも帰る家がある。

 

「でも、帰る場所があって、待っててくれる家族がいて、そんなところがあるって、結には知ってほしいんだ」

「あぁ……そうだな。好きにしていい」

 

 千冬の答えに一夏は呆けていた口を閉じてくしゃ、と笑う。

 

「ありがとう、千冬姉!」

 

 結に出掛けることを伝えようと立ち上がったところで千冬に呼び止められ、手招きされるのでなんだろうと近付いたら徐に手刀を頭頂部に叩き込まれてしまいその場に頭を抱えながら踞る。

 

「一応学校だからな。織斑先生と呼べ」

「さっきまで何もしなかったじゃねぇか……」

 

 手刀を食らった箇所を押さえながらも一夏はめげずに立ち上げり部屋を後にする。

 

 

 ◆

 

 

 気付けば車窓から見える景色は人の喧騒に包まれた都会から見覚えのある懐かしい街並みに変わっており、見覚えのある建物や風景が目に止まる。

 

「お兄ちゃんの家って、どんなところ?」

「別に言うこともないような普通の家だぞ」

 

 近場のバス停で降車し、もう少しの距離を二人で手を繋ぎらながら歩いた。

 

 七月になったばかりの太陽というのは鬱陶しいほどに暑苦しく、道中の日陰を選びながらしばしば立ち止まって申し訳程度の涼を取ったり水分補給をしたり、時間を掛けてようやく一夏の実家まで辿り着いた。

 

 ポケットから取り出した鍵で玄関を開け、うっすらと埃が積った廊下に面倒臭さと郷愁の想いを募らせる。

 

「よし、中で休もうぜ」

「うん」

 

 一夏に招かれ家に上がる結。

 しかし休むとは言ったものの、手付かずで汚れた家でのんびりするほどズボラではない一夏は申し訳ないと思いつつも結と協力して簡単にではあったが、最低限の掃除を済ませてようやくソファーに腰を下ろした。

 

「はぁー……やっぱり家には人が居なきゃダメだ」

「きれいになった?」

「おう、ありがとな結。手伝ってくれて」

 

 隣に座る少年の頭をぐしぐし撫でてやると、少年はくすぐったそうに目を細める。

 

 

 ◆

 

 

 初めてお邪魔する人の家。もっと言えばごく一般的な民家を見て、上がってみて体感する事が初めての結は落ち着かなくてそわそわしていた。

 

「色々見てみるか?」

「っ……うん」

 

 一夏の許しを得て、一階から順に部屋のあちこちを見て回る二人。

 少し古さを残す家屋だがボロいわけではなく、人がきちんと手入れをしてやれば家というものは長持ちする。

 

 最新の住宅ではないが、必要なものは揃っており姉弟二人が住むには広すぎるほどだった。

 

「ここが俺の部屋」

 

 狭い階段を上がって戸を開くと、受験に行ってからあまり変わっていない学生らしい部屋があった。

 壁にかかった学ラン、勉強机の上に並ぶ教本やノートの類い。本棚には漫画や参考書が並び、それとは別の段にゲームソフトが幾つか立っていた。

 

 少し殺風景だが友人宅によく遊びに行っていたので、遊び道具などはあまり持ち合わせていなかった。

 

「これなぁに?」

「それは、アルバムだよ」

 

 結が指したのは一冊の分厚い冊子。

 開くと一夏が物心付いてからの写真が冊子の途中まで埋め尽くされていた。

 どの写真にも喜怒哀楽が溢れ、家族や友人、恩師や大切な人との写真が多かった。

 

「この人は?」

「その人は近くの道場で師範をしてる人で、そこで箒と知り合ったんだ」

「じゃあこの人」

「中学が一緒だった友達だ。こっちが弾でこっちが数馬。よく三人でつるんでたな」

 

 写真の中には箒や鈴など、知ってる顔ぶれがあり彼ら彼女らの在りし日の姿は結の目には淡く輝いて見えた。

 そんな一夏の思い出が詰まったアルバムだが、少し気になるものがあった。

 

「これより前の写真はないの?」

 

 誰が、いつ始めたのかはわからないが、中に写っている千冬の姿は既にセーラー服のものまでしかなく、それより前の姿はなかった。

 伴って一夏が小学生からの写真しか無く、それより前の写真は一枚とて存在しなかった。

 

「あぁ、写真を撮るようになったのは小学校上がってからで、物心付いたときからこの家に居たけどそれより前の記憶は無いな……」

「ふぅん」

 

 被験体として出生より定期的にカメラのフラッシュを浴びてきた結だが、だからこそ自分でも覚えていないような時の写真が無いことに多少違和感を覚えたのだ。

 

「その時お世話になった人との思い出がちゃんと残るならそれでいいさ。大事なのは今だからな」

 

 思い浮かべるのは顔も知らない両親の事。

 生まれてこの方一度も顔を会わせたことのない蒸発した両親は、千冬に訪ねても「もう関係無い。忘れろ」の一点張りで何も覚えていない。

 

 自分達を見捨てて出ていった二人に何の情も湧かないが、それでも何も知らないままというのはあまりいい気はせず、思い出す度に忘れようとしていた。

 

 いつか会えたら、もし出会ってしまったら、俺はその時どうするんだろう。

 

 どうして見捨てていったと怒るだろうか?

 それともやっと会えたと泣くだろうか?

 

 時々親子というものが恋しくなるときもあるが、無いものねだりをしても仕方無いので忘れようと必死に生きてきた。

 

 それでも頭の片隅には父母の影がちらつく。

 

「……ん……ちゃん……お兄ちゃん」

「へ? あ、どうした結?」

 

 会ったこともない二人を思い浮かべていたら不安がったのか結に体を揺すられて呼び戻された。

 

 何事かと思ったら結がしゃべる前に結の小さな腹がぐぅ、と可愛らしく鳴いて、恥ずかしそうに赤くなる少年の頭をガシガシ撫でる。

 

「飯にするか!」

「うん」

 

 

 

 せっかく故郷に帰ってきているのでどうせなら知り合いのところにも顔出ししておこうと思い、食堂を開いている五反田家にお邪魔することにした。

 

「いらっしゃ……なんだ一夏か!」

「一夏さん!? なんで!?」

「どうも、ご無沙汰してます。蘭も久しぶりだな」

「コンニチハ……」

 

 厨房で豪快に中華鍋を振るっている筋骨隆々なガタイの老人の方は友人である五反田 弾の祖父、五反田 厳さん。

 今だ現役で食堂を開いているのは流石としか言いようがない。

 

 客席を行ったり来たりしているのはこの五反田食堂の看板娘、五反田 蘭。

 燃えるような赤みがかった長髪をクリップで纏め、夏とはいえラフな格好の上からエプロンを着けるのはどうなのだろう。

 ハツラツとした笑顔に妙されたファンは数多く、この子目当てでこの食堂に通う客層がいるのだとか。

 

「今日は弾のやついないのか?」

「お兄なら部屋に居ますよ。丁度お昼だし呼んできますね!」

「いや、俺が行ってくる。その間結を任せていいか?」

「わかりました!」

 

 一先ずの結を蘭に預け、裏口から二階の住居にお邪魔する。

 襖の向こうから聞こえるテレビゲームの音声に呆れながら勢いよく襖を開くと、見慣れた腐れ縁が暇そうに一人遊びに励んでいた。

 

「おい、厳さんが飯だから降りてこいって言ってたぞ」

「もう野菜炒めは飽きたって……一夏じゃねぇか!!」

 

 久しぶりも無しに入ってきた友人に驚きながら、弾は転げてコントローラーから手を離してしまい、ゲーム画面では自機が袋叩きにあって負けていた。

 

「何すんだお前!」

「それより飯食うぞ」

 

 さながらアザラシのように部屋から引き摺り出された弾は渋々階段を降りる。

 食堂の戸を開くと見知らぬ少年と仲良くしている自分の妹の姿が見え、相変わらず猫被ってやがる……などと無粋な事を思いながら一夏に少年の詳細を訪ねる。

 

「なぁ一夏、アイツ誰だ?」

「俺と同じ男性操縦者の上代 結っていうんだ」

「ほーん……なんだとぉ!?」

 

 その情報を聞くや否や弾は結に駆け寄って肩を掴み、無粋極まりない質問責めをしながら前後に揺らす。

 

「お前が二人目の男性操縦者なのか!? 一夏と同じで学園の美少女達とよろしくやってるんだな!? くぅぅ~~……羨ましい!! 心底羨ましい!!! その年で禁断の花園の中に入れるお前がメチャクチャ羨ましい!!!! どうしたらお前のようになれるんだ!! 教えてくれ!!」

 

「うるせぇぞ弾!!」

「ふぐぅ!?」

 

 厨房から飛んできたおたまが弾の側頭部に直撃し、そのまま弾は倒れ揺らされて千鳥足になっている結は蘭によって支えられる。

 

 欲望に溺れた人間というのはここまで醜くなれるのか、そんなことを思いながら一夏は友人の亡骸を回収する。

 

「大丈夫だった、結くん?」

「せかいがまわる」

 

 結は蘭に介抱されながら席に着き、厳さん特製の炒め物定食を目の当たりにして豪快な料理に見入る。

 結の食欲なら一人前くらいは食べきれるだろうと思って二人前注文したが、いざ目の前に出されるとやはりというか、大皿一杯に載った肉と野菜の山に一夏は生唾を呑む。

 

「厳さん、多くないですか?」

「二人とも若ぇんだ、食えるうちに食っとけ」

 

 気を利かしてくれたのか多めによそわれた定食に二人揃って手を合わせてから手を着け、酷暑で消耗仕切った体に食というエネルギーの塊を流し込んでいく。

 

「結、食べきれ無いなら少し食うぞ?」

「大丈夫」

 

 火入れも完璧、量も申し分無く味は言わずもがな安定した旨さ。山盛りの白米に一汁三菜の揃った定食は筆舌し難い幸福感に見舞われ主菜、飯、汁物と箸が進む。

 

 一夏の食べっぷりを横で見ていた結も同じように野菜炒めを多めに摘まんで口に運び、白米を同じだけ口一杯に頬張ってもぎゅもぎゅ言わせながらしっかり咀嚼していた。

 

「すごい、かわいい」

「よく食うよな……」

 

 昼休憩にしていた弾と蘭が一夏と同じ量を食べ進む結を見てほうと感心していた。

 

 それを頬杖をついて眺めていた弾の頭に厳さんからのしゃもじが飛び、見事に当たった。

 

「イッテェ何すんだジジイ!」

「行儀よく食えばか野郎!」

 

 ぎゃあぎゃあ騒いでいる祖父と孫の言い合いにふと目をやる結があれ、と二人を指差しながら蘭に無言の訴えをするが、日常茶飯事なのでもう気にしていない蘭は結の口許についていた米粒を摘まんで口に運ぶ。

 

「うちのおじいちゃん礼儀作法には厳しいから、お兄はいつも怒られてるんだよ」

「へぇ」

 

 その光景を見ていた、他の席に居た蘭ファンクラブの皆様がこぞって顔に米粒をつけて蘭にとって欲しいなどと宣っていたら、そちらにももれなく厳さんからの菜箸が飛んで頭に刺さっていた。

 

「いつもいつも賑やかな店だ……」

「すごい」

 

 主菜も副菜も汁物の具すら残さず平らげた二人。

 

「「ごちそうさまでした」!」

 

 揃って手を合わせ、食べ終わりの挨拶を述べてから会計を済ませる。一夏のポケットマネーから払われ、結いは一夏と店に深々と頭を下げていた。

 

「ちゃんとお礼が言えて偉いわ~うちの子なんて誰に似たのか無愛想になっちゃって」

「先生に、教えてもらったから」

 

 自称定食屋の看板娘で弾達の母親である蓮さんに頭を撫でられながら結は一夏に手を引かれ、弾達に見送られて店を後にした。

 

 

 

 ◇

 

 

 帰りのバスで、結は今日あった出来事を反芻させていた。

 水着を買った。

 変な女の人に出会ったので爪を剥がしたら、気持ち悪いものを見る目で逃げていった。何がしたかったのかわからないが、もう爪も生えきっているし問題はなくなった。

 

 一夏の家に行った。

 アルバムを見させてもらった。

 人とは存外笑うものらしく、写真の中の人々は皆目映い笑顔を浮かべていた。気になることは幾つかあったが、聞いてもわからないのだから考えないようにした。

 

 五反田家に行った。

 美味しそうな料理をご馳走になった。

 和気あいあいとした空気は懐かしいような慣れないような、居心地のよさに長居しては行けないと思い、手早く食事を済ませて出てきた。

 

 

 窓のそとはまだ明るい。

 日が傾いてきだした頃なのに、灼熱の日光は衰える事を知らず地上を焼いている。

 

「結、どうだった? 外に出てみて」

 

 隣で茹だるそうに汗をかいている一夏に訊ねられ、結は口に手を当てて少し考える。

 

「なんだか、よくわからなかった」

 

 人の醜さに触れたことがある。

 エゴにまみれた人間はいつの間にか全員居なくなり、元居た場所には自分含めて誰も居なくなった。

 みんな消えていった。

 

 人の優しさに触れたことがある。

 先生の。真耶の。一夏達の。時に優しく、時に厳しく、人と言葉を交わし、喜び、愛し、怒り、泣き……。

 

 そのどれもが今まで経験してきた同じ事象と似ているようで何処か違っており、そのちょっとしたギャップをどんな分類にいれるべきか心が静かに揺れ動いていた。

 

「でも、すっごく暖かい気持ちが流れてきた」

「そうか、そっか……なら良かった」

 

 結の言葉を聞き、一夏は今日無理にでも結を連れ出した事を悔やむまいと胸の中で彼に誓い、照れ臭くなって少年の頭を撫でる。

 

 結との距離がまた少しだけ近付いたようで、嬉しかった。

 

 誰もいないバスの中、二人の少年のかすかな笑い声が木霊していた。

 

 





 作者です。
 だらだら書いてきてついに五十話きてしまいました。

 話の展開としてはまだまだ道半ばも良いところでアニメなら一期の途中ですね。全然進んでねぇ。

 これからも続きますのでよろしくお願いします。

 番外書こうかな……。
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