IS【小さな少年は盾を構える】   作:屍モドキ

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 長々書いてたら延びてしまった……。


五十一話 少年と臨海学校

 海岸沿いを走る大型バス。

 車道側の席は車窓に張り付いてよく晴れた海を一目みようと多数の生徒が目を奪われている。

 

 ちなみに席割りで誰が男子生徒と隣になるかで一悶着あったが、先生が隣になるか男同士で座らせるかで多数決を採られ、僅差で男同士の相席になった。

 

 自分の意見すら言わせてもらえずちょっとだけしょんぼりしていた一夏だが、無言で窓の向こうを眺めている結の後ろ姿をみてそんな気持ちも忘れてしまった。

 

「楽しみか?」

「ちょっとだけ、えへへ」

 

 外へ出る事への抵抗感が多少は薄れたのか、控えめにはにかむ様子は見ている側も嬉しいものだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 数台のバスが止まったのは海沿いに面した旅館の駐車場。

 炎天下の中広場でクラスごと整列し、織斑先生が手短に指示を飛ばす。

 

「今日より三日間お世話になる旅館の女将さんだ、貴様ら挨拶をしろ!」

 

「「「よろしくお願いします!!」」」

 

 元気の良い挨拶に女将さんはにこにこしながら綺麗なお辞儀を返す。

 

「まぁ、今年も元気な生徒さん達ですねぇ」

「馬鹿なだけですよ」

 

 簡単な注意事項を済ませ、荷解きをするため列を成して旅館に入っていく生徒達を背景に一夏と結が織斑先生に引き留められ、改めて女将さんと対面させられる。

 

「お前達も挨拶しておけ」

「宜しくお願いします!」

「よろしくお願いします」

 

 勢いよく頭を垂れる一夏の横で同じようにぺこりとお辞儀をする結に女将さんが思わず微笑む。 

 

「ふふ、逞しい弟さんだこと」

「ただの愚弟です」

 

 顔合わせを済ませ、一夏達も荷物を下ろすため部屋に向かう。その途中、数日分の重荷が手から空いた女子生徒達に訊ねらた。

 

「織斑君の部屋ってどこなの?」

「そういえばしおりにも書いてなかったね~」

「教えてよー遊びに行くからさ!」

 

 押し掛ける気マンマンの彼女達になんと答えようか迷っている一夏の代わりに後からやってきた織斑先生が答える。

 

「あー、それなんだが……」

「私と相部屋だ。特別授業が受けたくば来るがいい」

 

 それを聞いた女子生徒達から笑顔が消え、蜘蛛の子を散らすようにそそくさと散らばっていった。

 

「あ、あはー、私は止めとこうかなー……」

「私もー……」

 

 IS学園に入った者の大半は確かに千冬に憧れてこの学園の門をくぐったが、臨海学校に来てまで煮詰めるような座学に専念する気など毛頭無かった。

 

「ゆいゆいはどこー?」

「真耶先生と一緒」

 

 本音が聞き出したその言葉に第二陣を組んだ者共が死霊の如く這い上がって徒党を組んだ。

 

「因みに上代の部屋は私の部屋の隣だからな」

 

「さーて海行こっか!!」

「泳ご泳ご!!!」

 

 しかし希望は呆気なく潰えてしまい、躍起になって海へと飛び出ていった。

 

 

 ◇

 

 

 一夏と二人で更衣室に向かう途中、道端に妙なものが生えていた。

 

「変なのがある」

「気にするな、気にしちゃダメだ……」

 

 心当たりしかない。

 そして十中八九ろくでもない事に捲き込まれる気がするので極力関わりたくない。

 

 地面から生えている機械仕掛けのウサミミなど意味不明過ぎて逆に触りたくなる。しかも隣に立看板が刺さっており「引っ張ってください」とご丁寧に書かれていた。

 

「抜く?」

「まぁそうするよな」

 

 ウサミミのしたからあの人が飛び出てきたらどうしよう、なんてことを考えながらむんずとウサミミを掴み、根菜を引き抜く要領で腰をいれ、地を踏ん張ってウサミミを引っこ抜く。

 

 存外簡単にウサミミは引っこ抜け、思わず尻餅をついた一夏の真上に影が出来たので上を仰ぐと巨大な人参が落ちてきた。

 

「うおぉああっ!?」

 

 結を抱えて慌てて飛び退き落下してきた人参に注意を払いながら結を庇うように構える。

 

 何が起こるかとヒヤヒヤしていると、巨大人参はパクリと縦に四等分されて中からかの有名人であり全世界から指名手配を受けている天災科学者、篠ノ之 束その人が出てきた。

 

 

 さっき引っこ抜いたものと同じ機械仕掛けのウサミミを頭から生やし、青いドレスの上からフリルのついたエプロン。そのポケットからは懐中時計の鎖が伸び、腰の結び紐に繋がっている。

 

 評して『不思議の国のアリス』を一人で演じているような奇妙な格好だが、彼女自身常識が通用しない相手でありそれも乗じて似合っているのがすごい。

 

「やぁやぁ久しぶり~いっくん!」

「た、束さん……お久し振りです」

 

 天才を超えた天災は実にフランクな挨拶をかましてきて、幼い頃から姉の友人であった顔馴染みの知り合いにどう対処すれば良いのか毎度毎度言葉に悩む一夏。

 

 今こそこうして取っ付きやすいような喋り方をしているが、それは彼女が興味を示した人間だけであり、その他の他人に対しては徹底的な無視か石ころ以下の扱いが主である。

 

 なので結を前にこの人はどんな態度をとるのか、それが不安で一夏はどうやってこの場を切り抜けようかと悩んでいたら結は一夏の腕をするりと抜けて束のところにかけていた。

 

「あ、結……!」

「ゆっくん、久しぶりだねぇ」

「久しぶり束さん」

 

 存外呆気なく、束は結を受け入れてよしよしと頭を優しく撫でていた。というよりもあの二人に面識があったこと自体初耳でありそこに驚く。

 

「結、束さんのこと知ってるのか?」

「うん。施設を出てからちょっとだけ一緒にいた」

 

 そう言われて束に説明を求める目線を送るが、彼女はそれを知った上でニコニコ笑って有耶無耶にしてしまう。

 

「それじゃあ私は箒ちゃんを探しに行ってくるね!」

「あ、ちょっと! まったく、相変わらずだな……」

 

 茂みへ向かって一目散に駆けていった束を見送りながら、一夏はため息をつき結は走り去っていく彼女の背に手を振っていた。

 

 

 ともかくして一夏に連れられ更衣室で水着に着替えた結は、夏服よりも心許ない面積のパーカーを羽織って首もとまでジッパーを閉める。

 

「よし、行こうぜ結」

「うん」

 

 結はサンダルに履き替え、一夏は素足のまま夏のビーチに赴く。

 

 快晴の青天井に見舞われ熱された砂浜は焼けるように熱く、素足でそのまま出てしまった一夏は堪らずその場でたたらを踏んでしまう。

 

 

 奇妙な小躍りをする一夏を奇異の目で眺めながら結は小さな足跡をとぼとぼと砂浜に列ねながら、波打ち際まで歩いていく。

 

「わぁ……」

 

 思わずため息が出るほど広大で、果てしなく、横一文字に伸びる水平線の先には入道雲が起き上がっている。

 

 

 陽射しで目が眩むのも気にせず、さざなみに足を濡らされながら結は穴が空くほど海の向こうを覗いていた。

 

 その眼差しは幼い探求心と、何処か寂しそうな哀愁が入り雑じったような憂いた感情が垣間見えて、一夏は声をかけるのに少しばかり躊躇った。

 

「結、みんなのとこに行こうぜ」

「うん、わかった」

 

 なんだか結が消えてしまいそうで怖くなり、堪らず声をかけたら結はなんでもないように振る舞って戻ってきた。

 

 

 

 夏の海辺というのはどうにも興奮冷めやらぬもので、うら若き十代の玉のような柔肌を心許ない面積の水着で包み、活気溢れんばかりに騒ぎ遊び飛沫乱れる姿は思春期真っ盛りの男子高校生にとっては天国でもあり地獄でもあった。

 

 それでも平静を装えるのは幼少から姉との同居生活に慣れているからだろう。それがなければ即死だった。

 

「織斑くん遊んでる?」

「一緒に泳ご!」

 

 既に濡れている同じクラスの女子達に囲まれながらてんやわんやになっていればいつの間にか手を繋いでいたはずの結がするりと人混みを潜り抜け、そそくさと退避していた。

 

 

 

 逃げたさきには簪と本音が居り、逃げる口実を見つけて二人のもとに近付く。

 

 臨海学校目前で無事ISが完成し、準備やら手伝ってもらった方々の挨拶回り等で東奔西走していた簪に休む間など欠片もなく、瑞々しい格好こそしているが随分やつれていた。

 ふらついている簪を引っ張っている本音はというと、いつもの普段着と同じような耳と尻尾の這えた着ぐるみのようなものを着ていた。暑くないのか。

 

「あ、ゆいゆい~」

「へ? あ、結!?」

 

 結に気が付いた二人は少年の元に駆け寄り結の目線に合わせ並んで屈んだ。

 

「ゆいゆい~かんちゃんのIS完成したんだよ~よしよしして~」

「わかった」

 

 二つ返事でズイと差し出された本音の頭を両手で抱えるようになで回し、蕩けるような笑みをこぼす幼馴染みを隣で羨ましそうに眺めていた簪。

 

「簪お姉ちゃんも」

「へっ」

 

 突然そんなことを言われたかと思ったときには既に結の小さな掌は簪の頭に置かれており、髪止めを避けながら、本音のときと同じように結の胸の中で優しく抱擁されながらよしよしされる。

 

「あ、あっ、あぁっ……!」

「かんちゃんうれしそ~」

 

 異常なまでの優しさに包まれ簪の情報処理能力はオーバーヒートを起こしてしまいガクガクと震えていた。

 

 ついにその場で膝を付き、処理落ちした簪を抱えながらその場を去る本音を心配しながら見送って、手持無沙汰になった結が次に向かったのはセシリアと鈴のところだった。

 

「二人ともきれいだね」

「そうですか? ふふ、吟味した甲斐がありますわ」

「そりゃそうでしょ、なんたってアタシが着てるんだもの!」

 

 蒼いビキニにパレオを纏うセシリアと、オレンジのチューブトップのようなボディラインがよく見える物を着ている鈴。

 二人ともよく似合っていて結もほうほうと感心している。

 

「結さんは皆さんと遊ばないのですか?」

「ぼくはいいよ」

 

 シートを引きながら結はセシリアの言葉に返す。

 下手に無理強いするのも嫌なので早々に割り切って一夏に猫のような身のこなしで飛び乗っている鈴を二人で眺めながら、セシリアはバスケットの中からサンオイルを取り出して肌に塗りはじめる。

 

「お手数ですが背中に塗っていただけませんか?」

「いいよ」

 

 セシリアからオイルを受け取り、うつ伏せでビキニのトップをはだけさせたセシリアの背にそのままオイルを垂らす。

 

「ひゃん!? 直はダメですわ!」

「そうなの?」

 

 人肌まで暖めていないオイルをつけられ、素頓狂な声をあげながら飛び起きたセシリア。

 思わぬ出来事に慌てていたためか、前を隠すものを忘れていたため少年の目の前にありありと見せつけられる形のいい二つの房がふるんと揺れる。

 

「見ないでくださいまし!!」

「見てない」

 

「結さんにも、塗ってさしあげましょう」

「おねがいします」

 

 

 サンオイルを手のひらでのばし、柔らかい頬を撫で回し薄い胸板や華奢な二の腕、指先等を丹念に、全身へ塗り込む。

 あまり外で肌を出したくない結を考慮してパーカーの前だけはだけさせ、結を膝に乗せて抱き合うようにして背中までオイルを塗ってやる。

 

 端からみれば男児の上半身に腕をいれてまさぐっているようにしか見えない構図にいかがわしい行為に取られるかもしれないと思い返して危惧しつつ、これは仕方がなかったと自分に言い聞かせて黙々と塗る。

 

 

 塗っている最中、セシリアの膝から落ちないように彼女の肩に腕を置いてくすぐったそうにしている結をゼロ距離で強制的に堪能させられ、別の意味で頭がお熱くなっていたセシリア。

 

「……ごくり」

「セシリアお姉ちゃん?」

「な、なんでもありまひぇんわ!?」

 

 込み上げてきた情熱を生唾と一緒に飲み下し、何とかして平静を取り持つ。

 

 終わった頃には肩で息をするセシリアを他所に肌に油が纏う独特な被膜感に顔をしかめる結の姿があり、結との過度なふれあいを羨む目やそこにあった極限の葛藤をみた者からの敬意の目がセシリアに向けられていた。

 

 そこへ鈴が不敵な笑みを浮かべながらセシリアの死角に潜り込み、項垂れている彼女の美尻にサンオイルで濡れた両手を突っ込んだ。

 

「んひぃっ!? なんですの鈴さん!!」

「よく耐えたわね。ご褒美よ」

「そんなの嬉しくもな……ひぁあんっ!」

 

 細い指を引き締まった尻肉に食い込ませながら豪快にセシリアの下半身を揉みしだく鈴。

 二人はそのままキャットファイトに発展し、野次馬の声援に囲まれながらオイルレスリングで揉みくちゃになっていった。

 

 

 

 

 またも蚊帳の外に放り出された結は、今度は海の家で休むことに。

 

 木目のベンチに腰掛けぷらぷら足を揺らしながら息を着いていたらタオルで全身を巻いてミイラのようになっているラウラを連れたシャルロットが旅館のほうから出てきて結と目があった。

 

 イエローのビキニトップに黒いボーダーラインが入ったスカートを履いているシャルロットは華の十代の綺麗と可愛い両方を取り込んだ可憐さを魅せていた。

 

「あ、結いたよラウラ」

「いやしかし、まだ心の準備が……」

 

 なにやら要領の得ない返答を垂れ流しているラウラのタオルの端を引きながらシャルロットはもどかしさに頬を膨らませる。

 

「それじゃあ結は僕が借りてくよ?」

「それはだめだっ」

 

 有耶無耶な事しか言わないラウラに痺れを切らしたシャルロットはラウラを巻いているタオルの一端をぐわしと掴み、おもむろに引っ張った。

 

「何をするぅうう~~~~!?」

「ラウラが決心しないのがいけないんだよ!」

 

 目を回しながら出てきたラウラはふんだんにフリルがあしらわれた黒いビキニを纏っており、いつもは降ろしている長い銀髪をサイドアップテールでまとめていて、もじもじと恥じらう姿も相まって年相応の可愛らしさを存分に発揮していた。

 

「どうだ、結?」

 

 いじいじと手遊びに耽るラウラを頭の先から爪先までじっくりと眺め、隅々まで見詰められるラウラは羞恥心と不安感から逃げ出したいのに逃げられない心境に足止めを喰らって動けずにいた。

 

 そこには軍人としての凛としたラウラではなく、一人の幼気な少女が恥じらいを持って立ち尽くしているだけだった。

 

「二人とも可愛い」

「えへへ、ありがとう結!」

「そうかそうか、可愛いか、えふ……ぐふぅっ!!」

 

 結に誉められだらしなく破顔しているラウラの後頭部に、何処からともなく飛んできたビーチボールが見事にヒットした。

 

 結の賛美に有頂天になっていたラウラは飛んできたボールの存在に気づかず直撃をもらい、そのまま勢いよく顔から砂浜に落ちて目も当てられない有り様に結は絶句、シャルロットは頭を押さえてラウラを抱き起こしてきた。

 

「大丈夫、ラウラ?」

「ふ、ふふ……面白い、宣戦布告と受け取った……!」

 

 ビーチボールを掴み、シャルロットと一緒にビーチバレーへと赴くラウラを送り出し、結はまた一夏のところへ行こうと思いぽたぽた歩きだした。

 

 

 

 

 

 一夏のところに付くと、一夏の他に箒の姿もあった。

 

「あ、結」

「上代か」

 

 赤いラインの入った純白のビキニで齢十五歳とは思えないような恵体を包む箒が落ち着かない様子で一夏に水着の感想を求めていた。

 

 箒がもつ一夏への恋慕は結も以前本人から聞いたことがあり、あまり邪魔をするのも良くないなと判断して離脱しようと体を反転させたら眼前に黒い逆三角形が映り、間髪いれずに衝突してしまった。

 

「おっと、すまんな上代」

「千冬先生」

 

 腰にぶつかった結の頭を撫でながら織斑先生は燦々と輝く陽光の下、黒の水着を着けた世界最強の肢体を惜し気もなくさらけ出す。

 

「織斑先生の水着姿よッ!」

「千冬様、なんて神々しい!!」

「神は二物も三物も与えてしまったが、許そうでないか!」

 

 騒がしい人間は何処へ行っても騒がしい。

 いくら見慣れた実姉とは言えこれほどまでに様になっていれば弟である一夏もさすがに見惚れてしまい、言葉を失い焼き付けるように魅入ってしまっていた。

 

「……一夏、おい一夏?」

「あ、あぁ、すまん箒」

 

 軽蔑するような眼差しで隣の幼馴染みを睨む箒だったが、年上とは言えこれほどまでの格差社会を見せつけられて己の非力さを垣間見た。

 

 あの身体、練り上げられている……。

 

 なんて大きさだ……大きいだけじゃない、ちゃんと張りがあり、美しい形を保っている。胸だけでなく、絞まるところは絞まっていて出るところは出ており、その下にすらりと伸びる美脚、非の打ち所がない完璧な身体だ……。

 

 そんな人を相手に私は胸がでかいだけで調子に乗るなど笑止千万、勝てようはずもない……。

 

 一人で打ち拉がれている箒だったが、そんなことで挫けるような乙女心など持ち合わせていない。

 一夏に腕組みをして半ば強引にその場を立ち去り、強敵からの逃亡と意中の相手の一人占めを同時にこなしてみせた。

 

 だがそこまでで、二人きりになった途端吃りだして何も出来なくなるヘタレ具合は未だ健在だった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 夕飯時、大広間をいくつも列ね、クラスごとに食卓を囲み始まったばかりの臨海学校に心弾ませる少女たち。

 

 そのなかで一人席のど真ん中に座らされた一夏は肩身の狭い状況ながら、旬の海鮮や山菜が色とりどりに並ぶ御膳に手を合わせ、和食ならではの食材の味に舌鼓を打っていた。

 

 大和撫子を地で往く箒や軍の訓練に慣れているラウラは黙々と食卓の料理を食べ進め、生食に慣れていないセシリアなど異国出身の者の半数は刺身に苦い顔をしていた。

 

 時として本わさびを丸々食べてしまい鼻を摘まんで震えるシャルロットの介抱をしつつ、織斑先生に怒られながらその日の夕飯は終わった。

 

 

 

 

 この旅館は個室の浴室がなく、風呂は露天風呂が男女一ヶ所ずつしかないので、貸し切りとはいえ人目を気にする結には些か抵抗があった。

 

 ……ように思われたが、実際はそこまで抵抗されるわけでもなくすんなりと入浴してもらえることになり、拍子抜けした一夏は半ば呆けたまま湯船に浸かっていた。

 

「背中、大丈夫なのか?」

「うん。今はお兄ちゃんしかいないから」

 

 大丈夫、と頷きつつもひしと一夏の隣で顎が浸るくらいに湯船に沈んでおり、それでも思うところはあるのかと妙に納得してみる。

 

「飯のとき居なかったけど、先生たちのとこにいたのか?」

「真耶先生たちと一緒に食べてた」

 

 結は先生たちと一緒に夕飯を取っていたため一緒の席にはいなかったが、それでもちゃんと完食はしたようだ。

 だが味覚障害の都合でいつも飲み込むような食べ方をしているので、やはりもう少し咀嚼をするよう正せねばなるまい。

 

「それにしても、いい湯だ……」

「そう?」

 

 隣から聞こえてくる女子たちの姦しい声に遠い存在のものだと思っていたら、話の内容がやれ胸の大きさだ尻の触り心地だの、親父臭い内容だったので早々に結を連れ退場した。

 

「もうちょっと入らなくて良かったの?」

「名残惜しいがあれじゃ休まるものも休まらねぇよ……!」

 

 こんなところで元気になられては困るものがある。

 ゆったり長湯が出来ることを切に願いながら一夏は浴衣に袖を通し部屋に戻った。

 

 同じように特別サイズの浴衣を着てタオルを首に巻いた結も一夏のあとをぽたぽた着いていく。

 

 戻る途中、結の足取りが覚束無いものになってきたので振り向いたら結の瞼が半分程閉じかけて、一夏に引かれるまま歩いている状態だった。

 

 

「なんだ、もう眠いのか?」

「ん……うん……」

「もうちょっとで部屋に付くから我慢しような」

「んぅ……」

 

 初めての泊まり掛けの外出で気分も昂っていたのか、すっかり疲れてしまったようだ。

 

 部屋に付く頃には殆ど瞼も閉じていて、迎えてくれた山田先生の胸にぽすんと倒れ伏し、そのまま寝入ってしまった。

 

「ありゃ、じゃあ私と結ちゃんは先に寝させてもらいますね」

「わかりました山田先生、おやすみなさい」

 

 申し訳なさそうに結を抱っこし襖を閉める山田先生を見送ったあと、久し振りに兄妹二人きりになって妙な空気に包まれた。

 

「なぁ千冬姉」

「学校では……」

「今はいいだろ、二人きりなんだし」

 

 ここ最近、姉も仕事詰めで苦労ばかりをかけているし、結の事や事件の始末、調査に駆り出されていくら世界最強と持て囃されても疲れは溜まるものだ。

 

「なぁ、久しぶりにしておこうか?」

「そうだな、折角だし頼もうか」

 

 敷いた布団に寝そべり早くしろと急かす姉を見ながら、何処まで行っても変わらないものだ、なんて失笑した一夏はその背中に腕を這わし、指圧のマッサージを施していく。

 

「結の事、ありがとな、千冬姉」

「私が、あっ……したのは、んっ……提案だけさ」

 

 微かな嬌声を漏らしながらなんでもないと言い張る姉に少しばかり悪戯心が芽生えた一夏は背中を押している指に強めに力をかける。

 

「はぅっ!? こら、一夏!」

「もうちょっと素直に喜べないかよ」

 

 姉弟水入らずで年甲斐もなくはしゃいでいたら、突然廊下に繋がる襖をじっと見た千冬になんだと思った一夏。

 千冬は立ち上がって襖に手を掛け勢いよく開くと、外からセシリアや鈴達がどたどたと雪崩れ込んで人の山を成した。

 

「何してんだお前ら」

「あ、や、いえ、いくら兄妹と言えどあんなはしたないこと……!」

「そうよ! ずるいですよ!」

「破廉恥だぞ一夏!」

 

 ぎゃあぎゃあと騒いぐ彼女達を隣で結が寝てるからと静め、事の顛末と内容を聞いてもらったところ入ってきた五人は自分の勘違いに顔を赤くしていた。

 

「どうだ、お前たちも受けてみるか? こいつのマッサージはなかなかだぞ」

 

 

 

 その日の晩、隣から聞こえてくる多人数の嬌声に苛まれながら、尚もぐっすり寝ている結を羨みながら寝不足に陥る真耶だった。

 

 




 次回、箒の専用機登場。
 ついでに結の追加武装も登場。

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