IS【小さな少年は盾を構える】   作:屍モドキ

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 ワクワクしてきました。







五十二話 紅と盾

 まだ早朝と呼ぶには日が昇りきっていない、陽光の縁が水平線から空を橙色に染め始める頃、真耶は不意に頬を撫でた窓から漂う潮風に目を覚ます。

 

「やぁ、牛女」

「へ、うし……? あなたは、篠ノ之博士……?」

 

 ベランダの手すりに腰を下ろし、窓の外からこちらを見下ろしている彼女に驚きながら、手探りで眼鏡をかけ奇天烈な格好をしている女性を見上げる。

 

「一つ忠告しておいてやろう」

 

 こちらの言葉、意見は何一つとして聞く耳を持ってくれない。以前織斑先生に訊ねたときに聞いた人物像と同じだ。

 

「あまりその子に肩入れしない方がいいよ」

「それは、どういう……?」

 

 その子というのは今自分の胸のなかで寝ている結の事だろう。

 静かに寝息を立てている少年の寝顔を一度見てもう一度束を見上げる。

 

「辛い思いをしたくないなら関わらないでいることだね」

 

 それだけ言い残すと束は手すりから後ろに倒れながら姿を消し、慌ててベランダに出て下を覗いても彼女の姿は見当たらなかった。

 

「結ちゃんは、何者なんですか……」

 

 真耶のぼやきは漣の音にかき消され、涙で日の出に目が眩んだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 本日の予定は昨日とはうってかわってIS実習。

 専用機持ちはそれぞれの機体の機能チェックや属国から送られてきた追加武装の確認が主で、それらのテスト運用が行われる。

 

 一般生徒は訓練機での飛行訓練や野外での操縦訓練が主になっている。

 

「それぞれ班に別れて訓練を行う、準備に取り掛かれ!」

「「「はい!!」」」

 

 織斑先生の号令で機材を取りにあっちこっち走り回る彼女達を横目に一夏たちは自分達も作業に移ろうと振り向いた瞬間、海岸に面した崖から聞こえてきた地鳴りのような音に気づいて振り向くと、昨日見たばかりの人影が崖の側面を走り降りてきた。

 

「なんだぁっ!?」

 

 考えうる限り人のやる行動ではない目の前の現象に驚いて中止する、突拍子もなく急斜面を走り落ちてきたのは彼の天才発明家であり全世界から指名手配を受けている最重要人物、篠ノ之 束だった。

 

「ちーちゃぁぁあああぁぁぁいたたたたたたたたた!!!??」

「やかましい」

 

 斜面降下中に飛び上がり、かつての幼馴染みであり唯一の親友へ向かってルパンダイブをかます束だが、千冬はこれを即座に片手で受け止め簡単に吊り上げる。

 こめかみに指が食い込みそうな程のアイアンクローをくらいながらもけらけらと笑っている。

 

「久し振りだねぇ箒ちゃん」

「お久しぶりです」

 

 無造作に砂浜に捨てられるが何事もなかったように立ち上がり、今度は箒の側に寄るが箒は実の姉を相手にほとんど目も会わせず冷たい態度で対面している。

 

「見ないうちに随分大きくなっちゃって……ふへ」

「それ以上近付くなら殴る」

 

 コンプレックスである胸に視線を向けられ鬼のような目付きで姉を睨む箒。

 あまりの嫌われようだというのになんの悪びれもせずへらへら笑う彼女を一夏は目が合わせづらくなるのに、結は事情を知らないためか平然と近付いていく。

 

「ゆっくんもいっくんも、昨日ぶりだねえ」

「おはよう」

 

 初対面ではないからか、なんの抵抗もせずひょいと抱えられる結を見て二人の関係性が気になったが追求はしない。

 

 

 奇妙なワンピースを着て出てきた天災と称される彼女を目の当たりにした一夏と千冬、結以外の生徒達はISを作った張本人であり世界中から逃げ回る束を見て硬直し、どよどよと混乱に陥る。

 

 頭を抱える千冬はそのまま結を抱えてぐるぐる回っている束を小突き、生徒の前に突き出して自己紹介をするよう迫る。

 

「皆が混乱しているだろう。自己紹介くらいしろ」

「え~⋯⋯私が天才の束さんだよ! はい終わり」

 

 あまりにもおちゃらけた台詞にもう一度拳を束の頭上に振り下ろす千冬だが、それをすんなり避けられて青筋を立てる。

 

「ちーちゃんに愛してもらえるのは嬉しいけどスキンシップが過ぎるよ!」

「誰がお前など愛するものか気持ち悪い」

 

 片や世界最強、片や天災発明家。

 この世で知らないものなどいないと吟われる世界中から注目される二人が揃い、しかも互いに旧知の知り合いであるためかじゃれる姿に夢でも見ているのかと錯覚するほどだった

 

「あ、あの! 篠ノ之博士の御高名はかねがね承っておりますっ。もしよろしければ私のISを見ていただけないでしょうか!?」

 

 その中でセシリアは興味と好奇心で束に声を掛けにいく。束の事を知っているものはそれを止めようとしたが、既に遅く束はさっきまでの明るい雰囲気はなくなり冷めた眼差しでセシリアを睨む。

 

「誰だよオメーはよ金髪女。束さんはいっくんたちと話してるのになに邪魔してくれてんだよねぇ」

「え、あの……」

 

 元来、篠ノ之 束は他人を人として見ておらず、道端の石ころと同じ扱いをしていた。自身の両親ですらそのような態度をとっており、千冬に出会うまでその癖は治らず、千冬に矯正されてやっと言葉を返すくらいにはなったらしい。

 

 それでも自分が興味を示さない人間には最低限以下の話しかせず、迷惑そうに相手の話を遮って止めるのが主だった。

 

「私の時間を邪魔するなんて……ん?」

 

 言い責めようとしていた束は目と鼻の先まで近付いたセシリアの顔を至近距離でまじまじと睨み、見詰めながら訝しげな表情を浮かべる。

 

「君、ハイド君の娘かい?」

「は……ハイド?」

 

 誰の名前か、聞いたこともない誰かと関連付けられてセシリアは困惑しているが束はそんなこと気にする素振りも見せず一人でけらけら笑っている。

 

「やっぱりそうだ! ははっ。こんなところで会うなんて面白いなぁ!」

「あ、あの、何を言って?」

 

 他人を道端の石ころ以下のように扱う束が見ず知らずのセシリアにこれほど友好的な態度をとるのは珍しい、どころか初めて目にした束の知人達は目を剥いていた。

 

 認知される前と後の温度差にまだおろおろしているセシリアを抱き上げて軽々と舞っている束。

 そんな束はセシリアの耳元に口を近付けぼそりと呟く。

 

「君のお父さんの部屋を覗いてみな」

 

 その声音は問い詰められた時のものよりも暗く、ねばつくような嫌悪感がした。

 

「父の……?」

 

 そこでようやく砂浜に降ろされ、束の間で起こりすぎた出来事に頭がこんがらがっているセシリアは、最後に言われた一言が頭の奥にへばりついて取れなくなった。

 

「さぁさぁ皆様お待ちかね! 篠ノ之束の最新作にて最高傑作、箒ちゃんの専用機であり世界でたった一つの第四世代のご登場、その名も『紅椿』!」

 

 そう言いながら束が空を仰いで手を振り上げると、上空から大きな八面体の結晶のようなものが砂浜に着地し、がパリと開いて中から華々しい紅色のISが一機、乗機姿勢で格納されていた。

 

「これが、私の専用機⋯⋯」

 

 目を見開いて対面する自身のISに奮え、見入っている箒の横顔を眺めてにこにこしている束はあえて何も言わず、もう一度点を仰いで高らかに宣う。

 

「まだまだいくよ! お次はゆっくんの追加武装!」

 

 展開された八面体だったものが姿を変えて八枚の小型盾となり、四枚ずつ連なって二対の束になる。

 

「ビットとして無線操作可能な小型シールドが八枚、追加ブースターとしても活用できる優れもの! 機能はまだまだ残ってるけど、それは使ってからのお楽しみ♪」

「すごそう」

 

 案の定と言うか、嬉しそうでも嫌そうでもない結は無表情でぺこりと束に頭をさげ、束もふやけた笑顔を引っ提げて結を抱き上げながら少年の頭を撫でまわしている。

 

「さーてフィッティングとパーソナライズを始めようか! 私が補助に入るからすぐに終わらせるよ!」

 

 機体に乗り込んだ箒の性能に合わせて出力調整や機体の微調整のため特異な形をしたホログラムキーボードを叩く束。

 

 その後ろであまりよく思っていないらしい一般生徒がこそこそと小声で話し声を立てている。

 

「アイツの姉妹だからって代表候補でもないのに専用機なんて⋯⋯」

「不公平だよね~⋯⋯」

 

 言ったところでどうしようもない。しかし誰もが欲しがる自分だけの専用機を家族だったからなんて理由で与えてもらえるならよく思わないのも当然である。これには千冬も閉口し、箒は少しだけバツが悪そうに視線を逸らす中、束はそんな生徒の言葉を聞いてキーボードを叩きながらおどけたように言葉を返す。

 

「おやおや歴史の勉強をしたことがないのかな? 有史以来世界が平等だったことなんて一度たりともないんだぜ?」

 

 束の言葉に小言を立てた生徒は何も言い返せず、居心地が悪くなって蜘蛛の子を散らすようにその場を去った。

 

「さていっくんゆーくん。二人のISも見せてくれるかな?」

「あ、はい!」

「わかった」

 

 束に促されてISを展開し並び立つ二機の騎士。

 表示されるウィンドウの機体データや稼働記録を眺めながら束は興味深そうなため息を吐いている。

 

「ふーむ、ゆーくんを拾った時も思ったけどよくわからない不思議なフラグメントマップを構築してるよね。いっくんのはまだ既存のものに近いけどゆーくんは完全に別物だよー」

「やっぱり俺達が男だからですか?」

「それはナノ単位まで分解してみたらわかるかもねー。していい?」

「ダメに決まってるでしょ」

 

 この人が言ったらどんなことでも冗談にならないのが怖いところだ。

 

「そういや後付武装が出来ないのはどうしてなんですか?」

「それは私がそういう設定にしたからだよ-」

「えっ」

 

 まさかの事実に驚きもするが、結のガーディアンも半分程束が作ったらしい。

 

「ちなみに結のISがどんなのかも知ってるんですか?」

「それは私にも分からないよ~。いっくんも知ってると思うけどかなり特殊だからね、ゆーくんのISって」

 

 言われて結の方を見ると、結は仮面で何を考えているのか分からないが、俯いていたと思ったら海の向こうに視線を向けて動かなくなっていた。

 

「結?」

「ん、なんでもない」

 

 一夏の方に向き直ってそうは言ったものの、また結は水平線の向こうを眺めていた。

 

「歌声、うれしそう」

 

 海の彼方から聞こえてくる人ならざる者の歌声は実に楽しそうで、思わず自分も微笑んでしまいそうになる結は箒に視線をやって気を引き締める。

 

 箒の方では丁度機体調整が完了したようで、試運転も兼ねた飛行で青空を自在に駆け回る紅の影が映る。

 

「気分はどうだい箒ちゃん?」

「凄い、思う以上に動いてくれる!」

 

 紅い翼竜のようなISは旋回を続けて飛び回り、初めて乗るはずの機体は既に箒の身体機能に順応し、箒の予想以上の性能を引き出していた。

 

「それじゃあこれ全部撃ち落としてみよっか!」

「実弾ミサイル!?」

 

 束が腕を振ったとたんに現れた十六連装実弾ミサイルが一斉に箒の紅椿へ目掛けて飛来するが、箒は背部ユニットに提げられている二振りの刀を引き抜き、左手の刀を横に振るうと斬撃が飛んでいき、ミサイルを全て撃ち落とした。

 

「まだまだいくよ!」

「ッ!」

 

 撃ち落とされたミサイルの煙幕から現れた無人の移動固定砲台の群れの攻撃を旋回して躱し、右手の刀を突きの構えに運び一息に放つと刀の先端からビームが伸び、一撃で移動固定砲台を貫いた。

 

「すげぇ……」

「……」

 

 流石篠ノ之 束直々に製造されたIS、と感心している一夏をよそに千冬は厳しい眼差しで紅椿を睨んでいた。

 

 視線の先には念願の専用機を手に入れいつも以上に高陽している箒の姿が映り、少しだけ心配になる一夏は千冬が紅椿を睨む理由がそれだけでは無いことに気付くが、それ以上の感情は読めなかった。

 

 その横で貰った小型盾を弄っていた結は箒の危うい、受かれた感情に気が付いてはいた。

 

 施設にいた大人にもあんな目をする人がいた。

 力を求め、欲望に濡れたギラギラした目でこっちを見てくるときのいやな感じは今でも覚えている。

 

 

 あまり思い出したくない記憶と重なる箒のギラギラした瞳から視線を反らした途端、結の耳につんざくような金切り声のような悲鳴が甲高く鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ッ             !!!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人の声ではない、IS自身の悲鳴が脳内を直接引っ掻き回すような鋭い痛みに耐えきれなかった結はヘルメットの上から頭を抱えてその場に踞り、もがき苦しんで暴れだす。

 

「うぐっ!? がぁっ、あぁぁぁああぁあああ!!?」

「結!?」

「どうしたんだ上代!!」

 

 不慮の事態に駆け寄るものや暴走を危惧して臨戦態勢を取るものも現れるが、それよりも大慌てでタブレットを持って走ってきた真耶に千冬は意識を傾ける。

 

「お、おおお、織斑先生大変です!!」

「どうしたんだこんな時に……なんだと……!」

 

 渡されたタブレットを見て千冬は毛色を変え、どよどよと取り乱している生徒達に号令を飛ばす。

 

「全員、訓練は中断、直ちに片付けて各部屋に戻れ!」 

 

 号令の後、何処かへ電話をかける千冬は電話越しの相手へこれ以上にない程怒鳴り散らしていた。

 

「ふざけるなッ!! 我々に貴様らの尻拭いをしろと言うのか! ISを持っていようと軍人ではないのだぞ!!」

 

 生徒の目も気にせず怒る様にラウラすら物怖じするくらいだというのに束は相も変わらず張り付けたような笑みを浮かべている事に一夏はどうしようもない恐怖感を抱いた。

 

 やがて電話を握り潰さん程の握力で端末を軋ませながら通話を切った千冬はふつふつとしながらも静かに指示を飛ばす。

 

「代表候補生、及び専用機持ちは私と一緒に来い」

 

 




 次回。紅椿、出陣。

 感想評価、誤字脱字等あればご報告願います。

 ではまた。
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