IS【小さな少年は盾を構える】   作:屍モドキ

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 すみません諸事情で再掲させていただきました。
 一部名称を変更しました。


五十六話 助けたいものと守りたいもの

 追い詰めたはずなのに。

 福音は二次移行で復活し、味方を次々に屠り今や戦えるのは三人だけ。

 しかもエネルギーは殆ど底を尽きかけているこの状況はあまりにも絶望的過ぎた。

 

 戦えるわけがない。

 

 勝てるはずがない。

 

 それでもあの子もを止め、あの人を助けなければいけない。

 

 

 突然聞こえた知らないISの声。

 砂嵐のようなノイズの中、彼女は金切り声の断末魔は恐怖に濡れ、ありもしない敵を恐れて逃げ惑うように乱れ狂い、鋭い悲鳴を脳に刻み込まれた。

 

『敵、敵……こわい、みんな敵、みんな敵ぃぃぃぃいいいい!!!!!』

 

 あれだけ離れていたのに聞こえてくるほど叫ばれた悲鳴は悲痛で、聞くに堪えない絶叫だった。

 

 時間にしてほんの数秒だったが、終わり際に聞こえた「私が、この人を守らなきゃ……!」という言葉がずっと引っ掛かっている。今まで会ってきたISはどれも突然自分から動くなんて事は殆どなかった。

 

 自分自身が特殊なだけで、他のISは自我こそ持っていれどひとりでに動く事は無く、どれも出来て絶対防御を発動するぐらいだった。

 

 例外を上げればラウラのVTシステムがあるが、あれはファントムの廉価品でしかも過去のデータのトレースとなればどれだけお粗末なものかが伺える。

 

 それがあのISはどうだ。

 

 自我を確立し、搭乗者を守らんと無理矢理二次移行まで行ってしまった。

 搭乗者とのリンクが深いからなのか、それともあのISが特別AIの思考回路が良いのかわからないが、もし搭乗者も正常に動けていたなら途轍もない相手だったかもしれない。

 

 ガーディアンを提げるため触れた瞬間、あのISから声がした。

 『この人を守らなきゃ』

 そんな独り言をずっと呟いている。

 

 教えてあげなければ。

 敵なんてどこにもいないよ。

 

 何も怖くないよ。

 

 君もその人も死なないから。

 

 

 でも、今はそれどころではない。

 ISのコアネットワークが遮断され、こちらからの声が届かずあのISはひとりぼっちのまま恐怖の渦で怯えている。搭乗者を抱えて、必死に守ろうともがき苦しんでいる。

 

 止まることを忘れたあのISをなんとしてでも止める。

 たとえこの身が滅んでもしまっても構わない。

 

 どうせ死なないのだから。

 

『「行くぞ」』

 

 

 

 ◆

 

 

 

 何処までも続く水平線に果てしない青空に浮かぶ雲の虚像が映っている。

 さざなみの押し寄せる音が定間隔で空に響き、涼しい潮風が頬を優しく撫でて何処かへ吹き去っていく。

 

 何処だ、ここは。

 

 何か途轍もない騒動があったはずなのに、心は驚くほど静かに落ち着いていて安らいでいる。

 

 ふと、誰かの歌声が聞こえた。 

 懐かしさを感じる音色だが、声の主は聞き慣れない。それでも何か親しみを感じざるを得ない歌声に釣られて海面に足を濡らしながら進むと、一本の若い樹木の下で一人の少女がこちらを背に、懐かしい歌を歌っていた。

 

 一夏はしばらく眺めているだけだったが、声をかけようと一歩踏み込んだところで歌は止み、少女がこちらに向き直った。

 大きな帽子のせいで顔は見えなかったが、少し幼さを感じる背丈の少女は樹木に手を掛けながら幼そうな体躯からは少し離れた大人びた声音で一夏に問い掛けてくる。

 

『あなたは、力を欲しますか』

 

 随分漠然とした質問に一夏は答えを考えた。

 そうだな、と思考しながらやがて一つの答えに辿り着く。

 

「力か、確かに欲しいよ。ただし戦って勝つためじゃなくて何かを守るためのな」

『…………』

 

 少女は何も言わない。

 

「世の中理不尽な事が多いだろ? 自分の意見も通せずに誰かに無理強いさせられることがさ。それが世間だったり、家族だったり」

 

 家族を離された人がいた。

 家のため孤独に戦う人がいた。

 世間に流されてしまった人がいた。

 成すすべなく親に利用された人がいた。

 誰かの目的のために生み出された人がいた。 

 重圧に耐えかね家から逃げた人がいた。

 

 人の業を背負わされた人がいた。

 

「俺は、そんな理不尽な暴力から守れるだけの力か欲しい」

 

 この世の全員が幸せになれるなんて思ってない。

 けれど、自分が関わった人達だけでも幸せであってほしい。

 

 やるせない勇気を握り締め、空虚な心に火を灯した一夏の目は光を取り戻していた。

 少女はそんな一夏の闘志を目の当たりにしてほんの少しだけ微笑む。

 

『そう、だったら行かなきゃね』

 

 言われた瞬間体が浮いていく感覚がして、朧気な空間から意識が遠のいていった。 

 だが一夏は慌てることもなく、わかっているふうに笑って少女の送る言葉に背を押され、灯した火を胸に夢の世界を後にした。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 目が覚めると酸素マスクの息苦しさで起き上がり、夢の出来事と現実で意識を手放すまでの出来事が頭の中で交差し少しばかり混乱した。

 

「……行かないとな」

 

 酸素マスクを外し、全身に貼り付けてある観測用のシールを引き剥がして全身至る所に巻かれている包帯を解く。

 ふと右腕に見えたガントレットを眺め、優しく撫でる。

 

「ありがとうな、白式」

 

 医療器具からの脱出を果たし、ほぼ裸だった全身に最近になって着慣れてきたISスーツをパチンと身につける。

 

 一夏がいざ征こうと襖に手を掛けて開いたら、目の前には丁度バイタルの通信が途切れて異常を察知した千冬と真耶が大慌てで部屋に駆けつけてきたところだった。

 

「どこへ行く気だ」

「みんなが戦ってるんだ、行かせてくれ」

「だめですッ! あれだけ重症だったのに出撃なん、て……」

 

 既に完治している一夏の全身をみて真耶は信じられないといった驚愕の表情に変わる。千冬はわかっていたふうに渋く頷き、襖にもたれ掛かって道を開ける。

 

「生きて帰れ」

「……あぁ!!」

 

 旅館を飛び出し、福音の反応がする方向へ向かって跳躍し、ISを纏って飛んでいく一夏の姿を眺めながら千冬は達観した顔を浮かべた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 箒が追い、結が捕まえようとしても福音は留まることなく幾何学的な軌道を描いて二人の攻撃を難なく躱し、お返しとばかりに光弾を置き去りにすり抜けていく。

 

『「捕まらない!!」』

「叩き落とす!」

 

 背部ユニットとの連携で繰り出す箒の連撃をいとも簡単に躱す福音は急接近と緊急回避を繰り返して二人を翻弄する。

 時折飛来される視界を覆い尽くすほどの光弾をエネルギー刃で切り裂きながら肉薄するものの、寸のところでいつも攻撃を躱されてまた振り出しに戻ることを繰り返していた。

 

『「食らえっ!」』

 

 結がシールドビットを福音に当てようと飛ばすが、福音は避けずに盾を鷲掴みにして箒の斬撃を盾で受け止め、盾をひっくり返してブレードと盾の上下を返しそのまま箒を殴りつける。

 

 そのままレーザーを撃とうとチャージを始めるがその間に迫っていた結に気が付き照準を結へ向け、巨大なレーザーを放つ。

 

 すかさず大盾で防ぐ結。

 復帰した箒が食い下がって諸手を振り上げ背後から二振りの上段斬りを振りかぶるが、咄嗟に反転した福音が掌を大きく開き、二本のブレードを掴みとった。

 

「なっ!?」

 

 得物を捕まれ動揺している箒を待つことなく福音が光弾を放つ。

 回避でまたも距離を開けられるが、そこへ更に光弾が飛びかかってきたので展開装甲で防ぐ。

 

 兆しの良くない戦況に焦りが募る。

 焦りが判断を早め、悪手を掴んでしまい、ぬかるみに嵌る。

 

 どれだけ追い詰めたと思ってもまたすぐに間を空けられ、途轍もない攻撃の量に押し負けてしまう。

 

 クソ、勝てない……。

 

 こんなとき、一夏がいてくれたら……。

 

 一夏なら勝てたかもしれないのに……。

 

『「箒お姉ちゃん!!」』

「っ!!」

 

 負の感情に呑まれていた相手を待つほど福音は悠長な相手ではない。

 結が叫んだときには眼前でレーザーを放つ福音から見え、一瞬にして光の陰に隠れる。

 目の前にはどんどんと大きくなる光の弾が迫ってきていた。

 

 しまった、避けるには遅すぎる。

 展開装甲でも防ぐには心許ないが、今はそれに頼るしか……!

 

「させるかぁぁぁあああ!!!」

 

 箒の隙を突くように撃たれたレーザービームが直撃するよりも早く、誰かがその間に入りレーザーを防いだ。

 

 

 

 

「待たせたな、みんな!」

 

 

 

 

 

 そこには二次移行を済ませた『白式』改め『雪羅』に乗る、一夏の姿があった。

 

「……一夏!!」

「一夏お兄ちゃん!」

 

 純白に近い真っ白な装甲。

 大型化した背部スラスターや各部に増設されたサブスラスターから機動性の向上が図られている。雪片弐型は変わらないが、左腕に装備された多機能武装腕『雪羅』が何よりも特徴的で、箒への攻撃もこれで防いでいた事から防御にも使えることがわかる。

 

 真っ白な機体を駆る一夏が左腕に装備された新規武装の大型マニピュレータの小手から展開したエネルギーシールドでレーザーを防いでいたのだ。

 思わず気が抜けて落ちそうになる箒を掴み、慌てて引き起こす一夏は格納スペースから一本のリボンを取り出した。

 

「ほら、やるよ」

「これは……」

「箒の誕生日だろ、今日は。おめでとう」

「一夏……」

 

 言いたいことが山ほどあった。感謝も謝罪もたくさん申し出たかった。

 しかし箒はそれらを一緒くたに飲み込み、下ろしていた長い黒髪を束ね、貰ったリボンでギュッと、一つに結ぶ。

 

「行くぞ箒、結!!」

「あぁ!」

『「うん!!」』

 

 雪片弐型を構える一夏は振り払われた光弾を左腕の小手から発射したエネルギー弾で相殺しながら福音に迫る。

 

「ぜらぁァァ!!!」

 

 左腕のシールドで防ぎながら接近し、右手の雪片弐型で攻撃。距離を開かれればエネルギー弾で牽制しながら接近を繰り返している。

 

 攻撃一辺倒だった白式の頃に比べ左腕のクローが加わったことにより行動に選択肢が増えた一夏の機体だが、どれも『零落百夜』の派生であるがために燃費の悪化が伺える。

 

 それでも一撃一撃が致命的なダメージになり得る攻撃は着実に福音を追い詰めていた。

 

 それに続いて箒や結も福音を討つべく攻め立てるが、決定打となるものは今ひとつ決まらず好戦ではあるものの攻めあぐねいていた。

 

 く、私も一夏もエネルギーの消耗が激しい……!

 早く決めなければみなやられてしまう……。

 

 いやだ、そんなのはいやだ!

 

 もう誰も傷つけさせやしない、一夏のときのような失態など二度とみせてなるものか!!

 

 一夏は私が守るんだ!!

 

 

 箒の決意に応えるように、紅椿は黄金色の粒子を展開装甲の隙間から溢れさせる。

 

 

単一仕様『絢爛舞踏』発動。

 

 

 黄金色の粒子は瞬く間に紅椿を覆い尽くし、残り三十%を切りかけていたシールドエネルギーを急速回復させ最大値まで回復させてしまった。

 

「これは……!? これなら!!」

 

 咄嗟に一夏の所へ駆けつけた箒は説明もなく白式とガーディアンの手を握る。

 すると、途端に消耗しきっていたエネルギーが回復していく様に一夏と結は驚きつつもそれどころではない状況に説明を受けたい一心をかなぐり捨て剣を構える。

 

「助かったぜ、箒」

『「ありがとう」』

「礼はあとだ、行くぞ!」

 

 制限をかけていたスラスターをエネルギーの消耗の心配なく吹かして飛び出した一夏は福音の光弾を左手のエネルギーシールドで防ぎながら特攻し、逃げる隙を無くした福音の片翼を削ぐ。

 

「箒!」

「任せろ!」

 

 そこへ畳み掛けるように紅椿が二刀を握って迫り、腕で防ごうとする福音のガードを一振りで跳ね除けもう一太刀を振り払い、少し離れていたところからの飛び出した斬撃で残っていた片翼を斬り落とした。

 

「後は頼んだ!」

 

『「ぁぁアアア!!!!」』

 

 

 咆哮したガーディアンの半壊したバイザーに覗き穴が開いた仮面が補われ、マスクは砕けて顎が開放される。

 

 

 ボロボロになり亀裂が入った大盾を茨が這いずり、盾を砕いて変形しながら右腕と融合を果たし、半壊状態だがまだ動かせる小型シールドを肩、背中、腰、脚に一対ずつ装備させて出力を上げる。

 

 

 

 

 共鳴現象。

 

 

 

 

 半壊の鎧を着た亡霊はまさしくガーディアンとファントムが融合したような、禍々しくも雄々しい風貌のISは片目に紅い光を怪しく灯し、片目にはガーディアンの青いバイザーの透過した陰を帯びながら肥大化した右腕を振るう。

 

 それと同時に特殊状況に応じたISが新たな力を発現した。

 

 擬似形態移行、『MORGAN・LE・FAY』セットアップ完了。

 単一仕様、『SHEATH』発動可能。

 

 

 これは……?

 新シイチカラダ、詰ラネェ能力ダナ。

 

 なんだかよくわかんないけど、あの子を助けられるなら何でも使ってやる!

 

 

『「最後の一発だ、堪えろガーディアンッ!!!」』

 

 

 意図せず二人で飛び出した一夏と結は目配せをして攻撃準備を済ませ、福音目掛けて一直線に突貫する。

 

「往くぞ結!」

『「うん!」』

 

 

 単一仕様、『零落百夜』

 単一仕様、『SHEATH』

 

 

「ぜらぁぁぁああああああ!!!!」

『「うらぁぁぁぁああああ!!!」』

 

 2つの推進力が同じ方向を向いて一直線に海上を横断し、押し出された空気が海を割いてᏙ字に波を立てていく。

 『零落百夜』を発動した一夏の左手と、ガーディアンとファントムの効果を並行して発動させた結の右手がそれぞれ福音の頭と胸を掴み、反抗させる暇も与えずに有り余る推力の限り飛ぶ。

 

 方や新造された機体の全ブースターを、方や追加スラスター全てをを最大火力まで引き上げ、反撃の余地もくれてやらない意思で福音の力を削いでいく。

 

 だがそれでも福音は震える両手を持ち上げ、一夏と結の首を掴んで鉤爪のようなマニピュレータの指をぐり、と食い込ませ、握り潰さんばかりにぎりぎりと絞めてきた。

 

「おおぉぉぉぉおおおおお!!!!!」

『「がぁぁぁぁああああ!!!!!」』

 

 ぷつりと皮の破ける感触とともに間もなく、小島の沖に激突し、同時に福音のエネルギーが底をついてISが消滅した。

 浜には福音の搭乗者が力なく横たわり、昇る朝日に照らされてヘルメットが眩く反射している。ハイパーセンサーで生存確認こそ取れたものの、そこには生者のような暖かみは感じられなかった。

 

「……う、うぐっ……ひぐっ……」

「はぁっ……はぁっ……結……」

 

 ISを解除し、傷だらけの身体を縮こまらせて蹲る結は浜の上で声を押し殺すように泣いていた。

 

「ごめん、ごめんなさい……ごめんなさいぃ……」

「………」

 

 小さな少年の悲痛な謝罪は波の音にかき消され、誰も声をかけれるものはいなかった。

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