反省はしてません。
八月のはじめ。
IS学園は遅めの夏休みに入っていた。
寮制でしかも生徒の半分以上が海外からの留学生なのでこの長期休暇で祖国に帰省する者も多数おり、学園内は普段に比べてがらんとした静けさに落ち着いていた。
そんな中、部屋でだらしない格好をしてアイスをかじるツインテールの少女、鈴は日本特有の湿度の高い暑さに嫌気が差しながら女性向け雑誌を読んでいた。
「……あっっっついわねぇ!!」
「鈴うるさい……」
もとより暑さが苦手な鈴はまとわりつくような湿気に追討ちをかけられて我慢の限界に達していた。
棒アイスを根本からかじりとって雑誌を無造作にベッドに放り、まだ人に見られてもマシな格好に着替え、といっても下着が肌着になった程度の布面積だが。同室のティナ・ハルミトンに声を掛けてから部屋を出る。
「ちょっと出かけてくる!」
「静かにしなさい」
勢い良く扉を閉め、ずんずんと勇み足で向かうのは一夏の部屋。
特に用事はないがこのままでは暇と熱波で茹で上がりそうなので丁度いいサンドバッグ兼幼馴染をいびりに行ってやろうというか魂胆である。
「ほんと、バカ」
部屋に向かう途中、足を重く絡めとるのは後ろめたい暗い感情。
約束を忘れられていた事が許し難く、強迫観念のようなものに迫られて編入したIS学園で唯一心の拠り所だと思っていた相手に裏切られたようで、身を引き裂かれる思いを味わった。
そんな時に出会った結とも色々あって、一周回って吹っ切れた気がする。
何を信じればいいのかわからない。
疑心暗鬼になる暇もなく駆け抜けるような毎日だった一学期が終わり夏休みになった今だからこそ自分と向き直る時間が生まれ、思い詰めた結果に生まれた疑問がこれだった。
幼馴染にも、慰めてくれた少年にも、自分の専用機にも……家族にも。
たくさん裏切られた気がする。
無力でちっぽけな自分には何も残らないのだろうか。
頭の片隅に蔓延るドロドロとした影に怯える。
遠くから聞こえるセミの声がやたらうるさく反響する。
このまま突っ立っていれば夏の陽炎と一緒に揺らいで消えてしまいそうと呆けていたら、誰かから声をかけられた。
「よぉ、鈴……て、どうした?」
「へ、一夏……?」
何処か心配している素振りを見せる一夏と目があったとき、私は泣いていた気がする。
「取り敢えず部屋に来るか? お茶でも飲んでいけよ」
「うん……」
今だけは、甘えてもいいよね。
時は少し遡って、場所はイギリス。
セシリアは祖国での仕事や軍への情報提供、両親の墓参りを済ませて屋敷のある部屋を訪れていた。
両親が亡くなってから一度も入ったことのない父の部屋。
最低限の遺品整理だけ済ませてあとは一切手付かずになっている部屋は掃除こそされているものの本棚などにはうっすらホコリが積もり、ハンカチで口元を覆いながらホコリをはたいて一冊の本、否日記を取り出した。
お父様の日記。
ベルトで鍵を掛けられていたそれは両親が事故で亡くなる前日まで記されていたもので、机の引き出しにしまわれていた鍵で錠を開け、中を覗いてみるとそれまでの父の出来事や心象がこと細やかに綴られていた。
だが何処を取って見てもそこにはなんの変哲もない、いつもの日常が綴られているだけで特別変わったものは無かった。
二人が亡くなる前日までの出来事が綴られて途中から白紙の頁が続いたが、終わり際に走り書きを記したようなものが垣間見えたのでそのページを捲り、震えていて読みづらい文から何が書かれているのが読み取ってみる。
÷月∃日
次の研究の題材がまだ決まらない。
培養技術は確かに進歩したが人の身体機能をそのままに再生させられるほどの医療は未だ確立されておらず、運任せにドナーに頼るしかないのがこの世の現状だ。
もっと良い方法が編み出せないものか。
‖月∇日
クローン技術の応用で臓器を生成する方法が生まれたもののまだ実用段階には至っていない。
そういえばテレビで世界中の軍事機関が何者かにハッキングされ日本国へ一斉にミサイルが発射されたと言う。
そこへある一人の騎士が全てのミサイルを迎撃し、日本国へ一切の被害を出さなかったらしい。眉唾な話だが世界中でその映像が流されたので信憑性はあるだろう。
¬月∈日
遺伝子の添付で人の細胞を他の生物に持たせられる事が出来るが、どれほどの機能を有した細胞が作れるのか、ここは倫理も関わってくるので未だ研究の域を出ていないものも多い。
世界ではインフィニット・ストラトスと呼ばれるものがこの世に普及してはや数カ月。女性にしか扱えないらしいその機械はまたたく間に世界中に配備され、各国は急いでこれの実用化に躍起になっている。
人とはどうにも武器を持たなくては不安らしい。
∂月∩日
街に出ると周囲の目線がやたら鋭かった。
ISと呼称される機械が各国でその姿を見せるようになり、女性の軍への入隊率が大幅に増えた。
それに伴い街に留まらず世界中で女性の男性への横暴や冤罪が増えたらしい。
これをエゴと呼ばずになんと言うべきか。
嫌な時代になったものだ。私も肩身が狭い。
⊥月⊿日
家で妻の機嫌が悪い時が増えた。
冷たい眼差しを向けられる事には慣れたつもりだが、こうも頻繁に晒されては落ち着けるものも落ち着けない。外でも、家でも、人の視線を気にするのはつらい。
そういえば、聞くところによるとあのISというものは装備を量子変換を起こして機体内の領域内に格納できるらしい。
もしもこれを応用すれば破損した臓器や人体を再生出来るかもしれない。
治癒能力はあれど再生能力を有さない人間にとってはかなってもみないものになるかもしれない。
どうにかして研究に使えないか……。
⊆月⨹日
早速イギリス軍にかけ合わせてみたが結果は予想通りの門前払い。
いくら自分が末端の研究者と言えども、電話越しに男とわかった瞬間に嫌そうな声音でまくしたてながら電話を切られた。
医療よりも軍事のほうが供給が先なのはわかるが、独占しては意味がないじゃないか。
≡月⇔日
ある日、資産家を名乗る女性が私の研究室を訪ねてきた。
彼女曰く「先生の論文を目にして感銘をうけました! どうか研究の支援をさせてください!」だそう。胡散臭いったらありゃしない。
だったらここにISのコアを用意してもらおうと吐き捨てておいた。
私の研究はまずそこから出ないと何も始まらない。
その女は少し考えたあと、後日伺いますと言い残して去っていった。
もし冷やかしだったら……どうもしないがね。
≡月⁒日
数日後、あのときの女がまた現れた。
ついてきてほしいと言うので渋々ついていくことにした。時間だけはあるので構わなかったし。
やたら長い道のりを回りくどい遠回りしながらたどり着いたよくわからない施設の中に通されると、そこにはなんと一機のISコアが鎮座していた。
不敵に笑う女の顔がやたらと印象的で忘れられなかったのを覚えている。
≡月◢日
一晩考えて女の協力を仰ぐことにした。
女尊男卑の風潮が高まった現在、私一人の欲でISを手に入れるのは難しいと考えた。本物のISを使える環境が整うのならば非合法だったとしても研究のために使わせてもらうとしよう。
法に背いてでも、善になるのならば。
∅月≦日
実験は順調とは言えない。
物体を領域内に格納し再度取り出すことは出来るが、破損した箇所もそのままで展開されてしまうのでこれをどうにかするのが当面の課題となる。
切り傷の一つも違わず同じ状態で展開されたところを見て流石に関心を覚えた。
人、哺乳類には再生能力が備わっていない。消化器官を潰せば食事は管での栄養摂取になり、肺を痛めれば酸素ボンベと永遠に添い遂げる。
もしもこの研究が実ればどんな重症だったとしても完全回復出来る。
必ずものにしてやる。
⊇月≦日
ISには自己修復機能が備わっているが、それは元々の装備をある程度格納領域内で修繕出来るものらしい。
つまり臓器を直したいのであれば健全な器官を事前に持っていなければならず、破損してから格納領域で治療させる必要があるのかもしれない。
そうなると、人とISが一緒に……。
∈月∇日
あの施設は実に奇妙だ。
ISのコアがあることもそうだが、ヒトの臓物や貴重な資材などが殆ど揃っている。
必要なものを伝えておけば翌日にはだいたい用意されており、研究対象のナマモノが要ると言えばすぐに出てくる。
明らかにおかしい。
だが調べる手段がないわけではなかった。
久しぶりに顔を見たあの女が妙な笑顔で真相を見せてあげましょうだなんて勿体ぶりながら提唱してきたので、半信半疑ながら提供先を見ることにした。
いったい、何処のやぶ医者と繋がっているのか。
≠月⊿日
私はとんでもない事に加担していた。
こんなもの誰にも見せられない。
私はなんてことをしていたのだ。
もう引き返せない。
研究を止めればあいつらに殺される、家族も殺すと脅された。
私は、どうすればいい……。
≠月‖日
研究は終わった。
どれだけ関与してしまったかわからないが、沢山の子供達が死んでしまったのだろう。
そしてあの子が生み出された。
たくさんの犠牲の上に成り立ってしまったあの子を、いったい奴らはどうする気なのだろうか。
∃月∂日
誰にも話す事が出来ないまま時間だけが流れ、あの子の事を秘匿にし、自分が重ねた罪も隠蔽し、家族に後ろめたい気持ちを引っ提げて避けていれば見透かされたのか妻に問い詰められ、これまでの事を全て、包み隠さずに話した。
彼女は何も言わず、ただ「わかった」とだけ言い、私を責めたりはしなかった。
いっそ殺してほしかった。
私を罰してくれたならどれだけ楽だったろうか。
だが妻はそうしなかった。
私は、私は……。
日記はここで途切れていた。
日付を見れば二人が亡くなる前日で止まっており、それがこの日記の終わりだと知らされているようで胸の奥に黒い蟠りを覚える。
何もないと思いつつも、まだ何か無いかと食い下がるよう白紙ばかりのページを捲っていたら書きなぐったような震えた筆跡で一つの単語が綴られていた。
『insider』
「これは……?」
内通者?
もしかすれば二人はこの内通者によって日記に書かれていた組織に知られ、抹殺されてしまったのだろうか?
そうだとすれば二人が突然揃って死んでしまった訳も理解できるが、これは流石に早とちりが過ぎるかもしれない。
だが……この事を知っているものなどもう屋敷にはいないし、仕えているメイド達も私が家を復権させてから雇い直した者達ばかり。
ならば、もしも、知ってるとしたら……。
「お嬢様」
「ッ……!?」
セシリアが振り向くといつの間にか背後に立っていた付き人のチェルシーと目があって押し殺すような悲鳴を短くならして思わず日記を背に隠す。
「何度もお呼びしたのですが返事が無かったもので、お部屋に入らせていただきました」
「あ、あぁ、ごめんなさい……」
背後から心臓を掴まれたような気がしてバクバクと脈を荒立てる鼓動を落ち着かせるため大きく息を吐く。
チェルシー。
チェルシー・ブランケット。
幼い頃よりオルコット家にメイドとして仕え、家に居た頃はずっとずっと一緒にいたセシリアの付き人だが、セシリア本人にとっては幼い頃より共に過ごしてきた姉のような存在だった。
歳は一つ上しか違わないのに大人びた彼女はセシリアにとって目標になり得る人物でもあり、彼女をスパイとして疑う事はなんとも心苦しく後になって後悔が募る。
◆
時間は戻って、場所は日本国。
事前に手配しておいた車で学園の前まで向かう途中、 セシリアは隣で姿勢正しく座る幼馴染のメイドの事が気掛かりで仕方が無かった。
父の部屋で見つけた日記の内容を思い返す。
どうにも父は研究者だったようで生体医療について学問を修め、臓器の回復や破損した部位の復元技術を確立させようとしていたらしい。
そこに登場したのがIS。
ISは物体を量子分解させて格納領域に武装や装備そのものをモノの大きさや質量、密度に関係無く収納でき、更に寸分違わず同じように展開出来る。
それに目をつけた父はISを使った臓器復元の研究をしようとしたらしいが、一端の研究者が私用で扱えるほどISは手軽な代物でもなく、父は手を焼いていた。
そんなある日、父の元に現れたというか謎の女性。
その女性は父に何処から得たのかISのコアを父に渡し、研究の援助をしていたという。
時には研究対象である臓器、しかも破損した臓器を提供し、父の研究は滞ることなく着々と進んでいたそうな。
代わりとして父はそれまでの研究室からその女性が指定した別の場所での研究を要求されたが、それ以外は何も言われず不気味なほどに都合のいい条件に首を傾げもしたが、それでもやりたいことが出来るならとあまりに疑うことは無かったようだ。
しかしそれでも気になる事は多かったらしい。
それもそうだ、幾度も渡される臓器の数は当時の地域の死亡件数よりも多く、どの臓物も若く健康的なものが多かったそう。
更には半ば無償で渡されたISのコア。
世界に五百とない貴重なコアをたかが一人の男のために用意するなどありえないのがこの世界の現状。
なのにそれほどまでにたった一人の男の研究のためにそこまでの資本を注ぎ込むその連中は何がしたかったのだろう。
「如何なさいましたか、お嬢様?」
「い、いえ! 何でもないの」
顔色の優れないセシリアをチェルシーは憂いた眼差しで心配する。
断定したくない、否定したい。
答えの出ない葛藤の末、拭いきれない疑問を腹に抱えたまま学園まで来たが、今になっておどろおどろしくてたまらない。
やがて車は止まり、窓からは学園の門が見えた。
先に降りたチェルシーが扉を開け、手を差し出してくれたのでその細くも心強い手を取り車内から降りる。
だが考え事に没頭していたせいか日差しに目が眩んでよろけたセシリアをチェルシーはすぐさま身を寄せて受け止めに入った。
「ごめんなさい、チェルシー……」
「大丈夫ですかお嬢様、やはりお部屋までお付きした方がよろしいのでは」
「心配いらないわ。ちょっと日に当てられただけだから」
どうにも食い下がるチェルシーに面食らってお願いしようとも思ったが、セシリアは笑って流し、すぐに一人で立ち上がり荷物を持つが、チェルシーはそれでも言う事を聞かずセシリアからキャリーバッグを半ば無理矢理ひったくる。
「やはり心配です。お部屋までおともいたします」
「もう、チェルシーったら心配性なんだから」
そんな問答をしていたら校門近くの花壇をまじまじと眺めていたらしい結がこちらに気が付き、駆け足に近づいてきた。
「あら結さんお久しぶりですわ」
「おかえりセシリアお姉ちゃん。と、その人、は……」
「はじめまして、チェルシー・ブランケットと申します。以後お見知りおきを」
「上代 結です」
スカートの裾を摘みあげ、仰々しく頭を垂れるチェルシーの仕草は一挙手一投足完璧なもので、派手に飾ることはなく、しかし乏しさもなく素晴らしいの一言に尽きる。
そんな彼女のことを見上げながら、結は何かを考えるように口元に手を当てて俯き、再度目線をチェルシーに向けてから訊ねる。
「もしかして、お姉さん?」
「……なんのことでしょう」
ほんの一瞬、チェルシーから冷たい印象を受けた結は申し訳なさそうに下唇を噛みながら首を引っ込める。
「似てる女の子がいたから……」
「私に妹はいませんよ」
ぴしゃりと言い切るチェルシーに圧されて結は何も言えなくなる。
いくら食い下がっても何も得られるものはないだろうと見定め、少年は質問を止めにした。
「さ、さぁ、こんな日に外にいたのでは暑さにあてられてしまいますわ! 早く荷物を運びましょう!」
「承りましたお嬢様」
「ぼくも手伝うよ」
きれいに三等分された鞄をそれぞれが持ち、蝉の声を煩わしく感じながら炎天下の正門をくぐる。
喧騒は遠くないはずなのに、三人の間に会話はなく不思議と静かだった。
荷運びも早々に終わり、帰国するためチェルシーは行き着く間もなくとんぼ返りだと言うのでセシリアはチップを握らせて名残惜しさを噛み締めながらも見送っていた。
去り際、結にも目礼をして去っていくメイドには、既に黒い気配は感じられず、妙な肩透かしを食らったようで釈然としない少年はずっと疑念を抱えたままだったが、気にしても仕方がないのでひとまず忘れるように努めた。
◆
暗い部屋の中、電子画面のブルーライトに晒され一人の影がノイズのように揺れる。
モニターには以前の福音事件が起きた一部始終の映像が繰り返し流されており、映像を眺める主は一人の男の子が映る瞬間を何度も再生していた。
「ミツケタ……」
潤んだ声は妖艶な雰囲気をまとい、それは恋に溺れる乙女のような嬌声だった。
暗闇で、誰かは妖しく笑う。
画面に映る仮面の騎士を指先で撫でながら。
次回、セッシーと鈴について行ってウォーターパークを満喫するショタ!
水着回は終わらない!
何かあればご報告ねがいます!
ではでは!