IS【小さな少年は盾を構える】   作:屍モドキ

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七十話 先輩と生活

「そっかぁ。箒ちゃんは文武両道、料理もうまいのね」

「い、いえ、それほどでは」

「謙遜することはないわよ。あ、このいなり寿司美味しい!」

 

 あの後何とか箒を落ち着かせ、説得&納得させた楯無先輩は制服に着替えて一緒に箒が持ってきたいなり寿司をつまんでいた。

 箒は面と向かって褒められることに慣れていないのか若干口数が減りながら縮こまっていたが、ふと目があえばものすごい形相で睨んでくるのでもう少し大人しくしていただきたい。

 

「しかしいなりか。懐かしいな」

「ふ、ふん」

「うん、うまい。お母さんの味に似てるな」

「! そうだろう、そうだろう!」

 

 一つ頂いてみると、昔まだ箒のご家族が離れる前、道場に通っていた頃、箒のお母さんがよく作ってくれたいなり寿司とよく似た濃口醤油と酢飯の風味がよく利いた旨味が口いっぱいに広がり、鼻から抜けていく。

 

 だが折角のおいしいいなり寿司も、そう睨まれては食べづらい。

 

「あら、二人とも食べないの? じゃあ私がいただきまーす」

 

 蛇に睨まれて固まっている一夏をしり目に楯無は残りの寿司を全て平らげてしまった。

 

「ところで箒ちゃん。専用機の単一仕様(ワンオフ・アビリティー)が発動しないんだって?」

「それは⋯⋯!」

 

 無言で睨んでくる箒の首を横に振って講義をする。

 そう、あの福音事件以来、紅椿は単一仕様である『絢爛舞踏』が発動できずにいた。

 

 何度試そうとも発動までには至らず、データベース上に表示こそされてはいるので何かしらの不調、というわけではないようだ。

 

「簡単に言うと単一仕様は操縦者とISの精神状態が完全同調時にしか発動しないのよ。前に発動させたときの事覚えてる?」

「え、えぇ、まぁ」

「その時の気持ちを再現できれば、ISは応えてくれるわ」

「そ、そうですか⋯⋯」

 

 歯切れの悪い返事でそう言うと今度は照れくさそうに此方を俯きなが覗き見してくる箒になんだかむずがゆい感情を覚えてしまう。

 

「ついでに説明するとね。白式は一対零消滅能力なのに対して紅椿は一対百の増幅能力。更には他機へのエネルギーバイパス増築能力ってとこかしら。流石は束博士自作の機体と言うところね。素晴らしいわ」

 

 いわば最前線の兵稜と言ったところか。

 

「そういえば一夏君はシャルロットちゃんともバイパスあるのよね。ログ見たけど凄いわ。IS同士のエネルギーバイパスって本来IS同士の同調とかがとても難しいのに、それを実戦でやってのけるなんて」

「シャルロットは優秀ですから」

「⋯⋯⋯⋯」

 

 ここにいない女(シャルロット)の事を褒めたせいで顔を顰める箒が、無言のまま一夏の脛を蹴り上げる。

 そのままじゃれ合う二人を見てからからと笑う楯無を恨めしそうに横目で訴えつつ、一夏は食後のお茶を汲みに部屋の奥へと消えていった。

 その一夏の姿を見送った後、箒と対面した楯無は声を少し小さくして箒に語り掛ける。

 

「けれど……言い方はあれなのだけど、一個人にここまでの戦力を託すのもちょっと不自然なのよね」

 

 それもそのはず。

 いくら箒が肉親だとしても、個人に与える専用機と言うなら現行の新型である第三世代機で良かったのだ。

 

 それを何故か、単機で全面制圧可能で無限稼働機、しかも他機へのエネルギーパスも可能となれば、もはや世界大戦に一人で勝てる機体となるわけだ。

 

 もちろんこれは理論上の話であって、『紅椿』を完全に使いこなしていることを前提とした運用なのだが。

 

「使いこなせない以上は特訓あるのみよね。よし、それなら箒ちゃんも私が面倒をみてあげましょう!」

「えっ」

「ただし別々でね。思ったより二人がお熱いみたいだから」

「うっ」

 

 顔を赤らめる様を見てこれは予想以上にデキてるな⋯⋯などと目を光らせる楯無。

 

「いい箒ちゃん。今の時代女が攻めるのは当たり前だけど、相手と対等の立場にいることが何より大切なのよ」

「急に何の話ですか!?」

「私も仕事で世界中駆け回ったけど、男って見栄っ張りなものよ」

「何となくわかります」

「これはある資産家の話なんだけど⋯⋯」

 

 ⋯⋯⋯

 ⋯⋯

 ⋯

 

 お茶を淹れて帰ってきた一夏は目の前の光景を疑った。

 ポン刀握ってカチコミにきた幼馴染がさっきまで半裸だった先輩と談笑している事実に。

 

 自分の時もつくづく思っていたのだが、この人は人と仲良くなるのが上手というか、人の懐に入るのが巧い。だからこそちょっと秘密にしてるようなことだっていつの間にか話してしまってるし、いつの間にか知られていたりする。そのくせ楯無先輩のことは殆どわかっていないのだ。

 

 女性に使うのはあまり薦められないとわかっているが、それでも『人たらし』という言葉を言いたくなる。

 

「しかし、なんだかこの部屋、先輩の私物がそこかしこにあるような⋯⋯」

「えぇ。私今日からここに住むからね」

 

 え、それ今言うんですか。

 案の定驚いた箒は赤くなったり修羅になったりと顔色を変えながら「ならば私も!」と突っかかって言ったが、二人部屋という制約と生徒会長権限という職権乱用を振りかざされて敢え無く意気消沈していた。

 

「さあ、忙しくなるわよ!」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 楯無先輩との日常は、とても大変なものだった。

 

 寝る前の歯磨きを済ませて洗面所から戻ったら、下着姿にワイシャツを羽織っただけの先輩がベッドの上でくつろいでいた。

 箒やシャルロットも、同室だったときは極力肌も下着も見せないようにお互いそのあたりを意識して生活していたのだがこの人は違う。もろに見せている、というより自分の生活スタイルを一切崩すつもりが無いようで、自分が過ごしやすい環境のまま過ごしているのだ。

 

「どうしたの一夏くん?」

「ちゃ、ちゃんと服着てくださいよ!」

「着てるわよ?」

「下着だけじゃなくてズボンとか履いてくださいって!」

 

 年頃の女子のあられもない姿など思春期真っ盛りの男子高校生にとって目の毒でしかなく、一夏はすぐさま洗面所に退散するが、何を思ったか楯無は閉まった扉のドアノブに手をかけてきた。

 

「ドアが開かない」

「そりゃあ抑えてますから」

「開かぬなら 分解(バラ)してしまえ 蝶番」

 

 がきょん、と子気味イイ音を立てながらドアの蝶番が外れ、止めが無くなった扉を押し倒して入ってきた楯無先輩がドア越しに馬乗りになってきた。

 

「さあ、キモチいいと評判のマッサージを私にもしなさい」

「ふく、服きたらやってあげますから! あと重⋯⋯」

「生徒会長ぱーんち」

「オごッ!?」

 

 ドア越しから短く重たい衝撃が鎖骨辺りに鋭く響いてきた。

 

 観念して施術することにした一夏だったが、前提条件として一夏自身が納得する恰好で、ということで不貞腐れながら楯無は短パンを履き、一夏の手腕が唸るマッサージを堪能することが出来たのだが。

 

「一夏くん」

「はい」

「鼻血出てる」

「⋯⋯はい」

 

 

 

 

 また別の日。

 

 四限目が終りを知らせる鐘を合図に授業を切り上げた先生が教室から立ち去り、号令終わりからうら若き十代の姦しさを取り戻した彼女らは爛々とした様子で弁当を取り出したり、学食に駆け込んだりする中で一人息を吐いていた一夏。

 

 クラスメイト達に食事に誘われ付いて行こうとした矢先、教室のドアが開かれ曹操こと楯無先輩が仰々しい重箱を抱えて教室に入ってきた。

 

「お邪魔するわよ~」

 

 悪寒に苛まれながら一夏は極力目を合わせないようにしていたが、やはりというか見つかってしまって楯無先輩は躊躇なくこちらにやってきた事により、噂大好き女子高生たちは一気にざわっと騒ぎ出し、本音か茶番か「私たちの織斑君が⋯⋯!」とか「くそ、コレが生徒会長の特権か!」とか「私たちにもお慈悲を!」なんてあることないこと騒ぎ立てるものなので余計に胃が痛む一夏。

 

「お弁当作ってきたの」

「どうやって作ったんですか⋯⋯」

「普通に早起きしてよ」

「それで五段もあるような重箱が作れてたまりますか」

 

 世の主婦主夫が聞こうものなら憤慨しかねない。

 

 最近の付き合いで分かったと言えば、楯無先輩は『頑張ればだれでもできる』と当たり前のように口にしてしまう人だと言う事。努力も才能の一つだと思うが、この人は努力も才能もセンスも持ち合わせている完璧超人の変態だった。

 もし鵜呑みにして真似すれば痛い目を見るやつ。

 

「一夏くん、あーん」

「もが」

 

 呆けていたら口にピーマンの肉詰めを突っ込まれ、周囲の視線の痛みに晒されつつもその肉汁溢れる肉詰めの美味さに感銘を抱いてしまう。

 

「な、何をしているんですか!」

「お昼ご飯よ、箒ちゃんもこっちいらっしゃい」

 

 狐のように手招きする楯無先輩に促されるまま丁度一夏と楯無の間にずいと収まる箒。

 駄々っ子をあやすように重箱の中身を見せておかずの交換をしている様子はどうにも「人の扱いに慣れている」という感想しか出てこなかった一夏は食欲が失せてきていることを自覚しつつ、箒から渡された弁当と重箱を掻き込んだ。

 

 

 

 また別の日。

 

 

 今日一日の疲労と汚れを落とすため、部屋のシャワーを浴びていた一夏だが、壁に掛けたシャワーデッキから放出される温水の雨に打たれるばかりで身体も洗えずに呆けていた。

 

 疲れた。

 単純に疲れた。

 

 波乱というか台風のような勢いのまま滞在している楯無先輩の猛攻を日々なんとか受け流しながら過ごしているが、最近体力が追い付かなくなってきていた。

 

 とっとと体洗って今日は寝よう……。

 

 ボディーソープのボトルに手をあてがい、洗剤が出てくるのを信じて押してみたが、空気の掠れる音がしてすかぶった。

 そういえば残り少なくなっていたな、しかも同居人が急に入ってきたので消費量を見誤ったか。

 

 一夏は詰替え用のものを取りに出ようとして浴室のドアを開けようとしたら、反対側からスクール水着の楯無先輩が一夏が開けるよりも早く扉を開け、彼のあられもない姿をガン見してから入ってきた。

 

「キャァアアアア!!!!」

「なによ女々しいわね。背中ながしてあげるからお尻見せなさい」

「言い方ァ! もっとあるでしょうよ!!」

 

 隠すものなんてないので必然的に背中を晒す事になってしまった一夏をニヤニヤ眺めながら、楯無は持ってきた替えのボディーソープを自分の胸に付け、逞しい背中に密着してゴシゴシと身体を上下して洗ってやる。

 

「なんで密着するんですか!?」

「狭いからじゃない?」

「質問を質問で返さないでッ! ください!!」

 

 精神一到、心頭滅却、葉岩礁、風神脚、鉄拳制裁、砲撃連脚違うこれ連鎖コンボだ。

 

「かゆいところはありませんかー?」

「理性が針のむしろです!」

 

 抵抗してもいいし、なんならしたほうがいいのだが、腕っ節で自分が勝てるはずもなく、されとて好き勝手にされるままというわけにもいかない一夏はひたすら反抗声明を上げるばかりだった。

 

 

 ◆

 

 

「もっと頑張りなさい!」

「もう無理? まだまだよ!」

「大丈夫? おっぱい揉む?」

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 

「もうまぢむり……」

「一夏、大丈夫? 言動がおかしなことになってるよ?」

 

 昼時の食堂でうなだれる一夏。同席しているのはシャルロットとラウラ。

 シャルロットは明太子パスタを食べる合間に一夏を見かねて少しぬるくしたお茶を持ってきた。

 

「はい、せめてこれでも飲んでよ」

「あぁ……ありがとう」

 

 近頃の楯無先輩からのしごきで心身ともに衰弱仕切った一夏は、体力には気を付けろの意味を嫌でも理解し、重い体を持ち上げて湯呑みをすする。

 

「あの女は、態度こそ軽いが、実力は、むぐ、確かにある」

「喋るか食べるかどっちかにしなよ」

「むがぐぐ」

「そこで食べるんだ」

 

 ジャーマンポテトとソーセージを頬張りながらラウラは楯無の分析を語る。

 だが何処か不機嫌な様子のラウラはやけ食いのように口いっぱいにじゃがいもを押し込んで無理やり飲み込んでしまった。

 

「ラウラ、お腹壊すよ」

「結吸いが出来ていなくてな。ストレスが酷い」

「結吸いってなに」

 

 猫か。日陰干しした布団の香りがしそうだ。

 そう考えるとありなのかもしれない、と一夏は頭が回っていない事に気付かないままお茶を啜る。

 

「でね〜かんちゃんがね〜」

「へぇ」

 

 そこに現れたのは本音と手を繋いで食堂にやってきた結。

 一人で歩かせたらたまに転ける事が多々あるので、クラスメイトにより時折こうして彼の手を引く事が暗黙のルールとなっていた。因みに当番制はなくその場に居合わせた生徒に限るらしい。

 

「じゃあね、本音お姉ちゃん」

「えへ〜」

 

 普段の1.5倍補正がかかった笑顔で食券を買いにいく本音と別れ、ちょうど一夏たちと目があった結はそのまま弁当片手に小さい歩幅でてちてちやってきた。

 

「結、吸わせろ」

「なんて?」

 

 ラウラは有無を言わさず結を膝の上に乗せ、フードと後頭部の隙間に顔を埋めて周りが引くほどの深呼吸を繰り返す。当の吸われている本人はあまり気持ちのいいものではないのか、眉をひそめて弁当の封を開けていた。

 

「大丈夫なのか、結……?」

「一夏お兄ちゃんこそ、元気ないよ」

 

 恍惚な表情を浮かべているラウラには後で注意しておくとして。

 こらそこ、羨ましそうに見ない。

 シャルロット、挙手をしない。

 ラウラお前いい加減にしろ。 

 

「はい、あげる」

「おお、ありがとな」

 

 結から弁当に入っていた主菜のハンバーグを差し出され、お言葉に甘えて食す。

 労いと優しさに当てられて目頭が熱くなる一夏の側にやってきたのは昼食をプレートにのせてやってきた本音。

 

「お茶漬けのお茶は緑茶派? 麦茶派? それとも意外に紅茶派? 私はウーロン茶派〜♪」

 

 茶碗に盛られたご飯に温められたウーロン茶をひっかけ、そこによく練った納豆、焼きじゃけの切り身をまるまる一本載せていた。

 

「更にここに〜」

「ここに?」

 

 滋養強壮は付きそうだが、如何せん食欲が唆られない、と言うよりズボラ飯より杜撰な有様のモノを見てさらに食欲が失せる一夏。

 そこへいったい何を足すつもりなのか?

 

「生たまごを落とします」

 

 うお、本当に入れたっ!?

 そう言いながら本音はかぱり、と小気味良く殻を割って生卵を器の中に入れた。

 

「まぜまぜ〜」

 

 箸を突き立てておもむろにかき混ぜる。

 混沌とした器の中身は筆舌に尽くし難く、名状し難い何かになっていた。

 

 やっと出来上がったそれを本音は待ってましたと言わんばかりに口の中へ掻き込んでズルズルと啜っていた。

 

「うわぁ!? すするな!」

「音を立てて食べるのが通なんだよ〜?」

「蕎麦か!」

 

 本音はふてくされながらも静かにお茶漬けのような何かをちゅるちゅると啜るように食べる。

 食欲などすっかり失せてしまった一夏は、もう部屋で休むことにして食堂をあとにした。

 

「おかえりなさい! ご飯にする? お風呂にする? それともわ・た・し?」

 

 一夏は膝から崩れ落ちた

 




 次回から学園祭開始です

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