IS【小さな少年は盾を構える】   作:屍モドキ

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七十六話 刺客と勇気

 

 ついにやってきたキャノンボール・ファスト開催日。

 

 場所はIS学園でなく、市の運営するレース用ステージが用意され、そこには学園生徒だけでなく、一般参加の企業や各国の軍人などもちらほらと見受けられる。

 

 部門としては専用機限定のレースと、量産機のみのレースがあり、何でもありの専用機部門は結構な人気を博し、今年はIS学園の専用気持ちの生徒が多い年でもあり、例年以上の盛り上がりをみせていた。

 

 プレハブを敷いただけの更衣室で、ISスーツに着替えながら一夏と結は改めて学園外の情景というものを鑑みていた。

 

「人、多いね」

「学園外の人間も結構いるからな」

 

 国内外問わず、軍や企業の人間があちこちに散見できる今の状況、もしかすれば戦争でもしているんじゃないかと思えるほどに軍事火力が集中しているので、見方を変えれば割と物騒な景色でもある。

 

 しかし今日行われるのはあくまでもレースであり、専用機はさておき一般機の機体はストレージ容量の問題から、殆どの火器を外して推進剤などに入れ替えている。そうでもしないと終盤で亀の歩みの如く疲弊しきった進み具合になってしまう。

 

「専用機レースももうすぐだ。早く行こうぜ」

「うん」

 

 仮設更衣室からレース会場に向かう二人。

 瞬間、結はチクリとした視線を感じて振り返る。

 

「どうした?」

「いや、なんでもないよ。行こ」

 

 一夏の手を繋ぎ、視線から逃げるように結は会場へ駆ける。

 

 ◇

 

 レース場観客席。

 人混みでごった返す観客席をなんとか這い上がる少女が一人。

 

 彼女の名前は五反田 蘭。

 私立聖マリアンヌ女学園中等部の生徒会長。

 小柄ながら発育良好であり、長い赤髪にヘアバンドをした元気女子。一夏に想いを寄せており、『年下』属性をフルに活用しながら攻略中。

 

 諸々の理由でIS学園へ入学を目指しており、簡易適性検査で「A」判定を受けている。

 

 今日はそのIS学園が主催する催しでもあり、想い人の一夏が出場するらしい大会というのでこうして足繁く赴いてみたのだが、やはりというか、老若男女関係なく人気の高いISの大会だけあり、恐ろしい人口密度になっていた。

 

 そんなこともあり、蘭は不意に長身の女性とぶつかってしまう。

 

「きゃっ、ごめんなさい!」

「こちらこそごめんなさい。お怪我はないかしら、お嬢さん?」

 

 感じたのは無慈悲な硬い衝撃ではなく、はちきれんばかりの柔らかな感触だった。

 見上げると、タイトスカートコーデのスーツをさも当たり前のように着こなすブロンドの女性。ひと目でわかる白人の面持ちながら、流暢な日本語を話すので、蘭は一瞬面食らってしまう。

 

「人が多いから気をつけてね。それじゃ」

「は、はいぃ」

 

 流し目でウインクを飛ばしながら、女性はサングラスをかけて去っていく。

 あまりに様になっている立ち振る舞いや、グラマラスな女性体型についつい自分の貧相な体と比べてしまい、蘭は悲しい気持ちになる。

 

「一般参加のお客様ですか?」

「あ、はい!」

 

 声をかけられ、蘭は背筋を伸ばして振り返る。

 そこには受験に向けて何度もホームページで見ていたIS学園の制服を着た女性が立っていた。

 見ると、左腕には生徒会長と書かれた腕章がはめられており、自分の受験生活に関わってくると肌で感じた蘭は条件反射で自己紹介に走る。

 

「は、はじめまして! 聖マリアンヌ女学園中等部の五反田蘭です!」

「はじめまして、IS学園生徒会長の更識 楯無です」

 

 細い手でぎゅっと手を握られ、呆気に取られる楯無だったが、すぐに持ち直して簡潔に自分からも言葉を返す。

 

「実は、IS学園を受けようと思ってまして」

「あら、それは嬉しいけど……うちは倍率高いから頑張ってね」

 

 応援してるわね。と楯無は観客席の見回りに行ってしまった。

 

 うわ〜〜〜……キレイな人だなあ〜〜……。

 

 威風堂々たる立ち振舞の楯無に圧倒されてしまう蘭。学年は違えど同じ生徒会長という立場だというのに、その凛とした面持ちについつい面食らってしまい、勝手に意気消沈してしまう。

 

 うぅ、私ももっと頼れるお姉さんになりたいよぉ〜〜!!

 

 

 ◆

 

 

 控室を通り、広大なレース場までやってきた一行。

 今から行われるのは代表候補性で括られた専用機部門である。

 第三世代の実用化という世間の流れからか、今年は代表候補生の数が多く、それは学園内だけに留まらず、学外の軍や部隊でも似たような話が多いらしい。

 

 が、ポストが空いているわけではなく、比例して採用倍率も跳ね上がっているとか。

 

 もともと数の限られている中で、今現在相当数の人間がコースに集い、各々がギラついた視線で既に鬩ぎ合っている。

 ISのあるないに関わらず、戦いの世界に再び身を投じるようになった一夏は、いつかの剣道の試合を思い出しながら、ひりついた感情を胸に宿す。

 

『皆様お待たせいたしました。キャノンボール・ファスト、専用機部門、間もなく始まります!!』

 

 元気なアナウンスに引かれて、観客席からは盛大な拍手と歓声が上がる。

 形は違えど勝負の舞台に上がった一夏は、勝利を目指す強者どもにあてられて身震いする。

 

『選手の皆様、位置についてください』

 

 コースのそばにいるスタッフに誘導されるまま、各々開始位置の白線の前に立ってそれぞれISを展開する。

 鋭角なデザインの機体が多く、どれもスラスターや制御翼のカスタムが施されていたりと、専用機らしい独特な機体が多い。色物部門なだけはある。

 

 全員の準備が整い、スタッフがコース上から退散し、つかの間の静寂が訪れる。

 

 スタート線上のシグナルに光が灯り、赤い点灯がブザーとともに横へ増えながら連なる。

 

 二つ、三つ、四つ……五列目が光り、一瞬の間を開けて赤いシグナルがバッと全て消え、開始の合図となる青いシグナルがただ一つ、火蓋を切る。

 

 一斉に飛び出すISの群れ。

 先行を突っ走るのは橙と黒の機体、シャルロットとラウラだ。

 

「悪いけど、今日は僕が勝つからね!」

「フッ、負けるわけにはいかないな」

 

 二つとも追加スラスターを三基も背負っているだけあり、馬鹿にならない初速で飛び出した。後続の自分たちも食らいつこうともがくが、その背中に手が届く気がしない。

 

「クッソ、速いな……!」

「おさき」

 

 後続の機体群から飛び出したのは結のガーディアン。

 全身にシールドスラスターを接続し、大盾をソリのようにして腹這い姿勢で低空飛行のまま群を突き抜け、トップを走る二人に並ぶ。

 

「結!」

「空気抵抗係数」

「いまなんて!?」

 

 謎の一言を残して更に加速する結のガーディアン。

 その姿はもはやドラッグレースカーの如く、病的なまでの直進飛行に誰しもが不安と興奮を覚えただろう。

 

 第一コーナーに差し掛かる。このまま曲がれるか、それとも日和るか、緊張の一瞬がやってくる。

 と思われた。 

 

 見えたのは一瞬のフラッシュ。

 続いてとてつもない爆音。

 

 コース上の仕掛けかと思ったが、あまりに大き過ぎる破壊痕を見るにそうでもないらしい。

 そして爆心地はシャルロットとラウラが並んで走っていた場所の丁度そのあたり。

 一夏はレースそっちのけで二人にチャンネルを繋ぐと、案外あっさりと返事が帰ってきた。

 

「二人とも、無事か!?」

『なんとかね』

『だが装備が全滅だ』

 

 全損した装備類を切り離した二人はすぐさまその場から離れる。

 次の攻撃を予測してのことだったが、攻撃の手は止まらず、後続にいた他の選手まで次々と撃たれていった。

 

 射角は乱立しているが、どれも上からの攻撃。

 見上げると、そこには学園祭の日に対面した、『サイレント・ゼフィルス』がライフルビットを携えて見下ろしていた。

 

「あいつ!!」

 

 BT二号機のパイロットは一夏を見つけてニヤリと笑い、その場から再度レーザーライフルを構え、ライフルビットとの同時攻撃を仕掛けてくる。

 

 一夏は複合兵装『雪羅』をシールドモードで稼働させ、降り注ぐ光線の雨を一身に受け止める。攻めいる隙を窺ってみるが、高威力のレーザーライフルだけで厄介なのに四方八方から湾曲して飛来するライフルビットからの攻撃も相まって、攻撃はおろか近づくことすらままならない。

 

「クソ、動けねぇ!!」

 

 四基と一丁によるアウトレンジ攻撃にされるがままの一夏。消耗の激しい展開装甲がついぞ底尽きかけたその時、自分の前に何かが遮ってくる。

 

 見ると鉄壁のシールドビットが三枚、列なって一夏を光線の雨から防いていた。

 

「お兄ちゃん、大丈夫!?」

「あぁ助かった……!」

 

 先頭から戻ってきたらしい結が大盾を構えて『サイレント・ゼフィルス』に目を向ける。それに倣うように向こうも攻撃を止め、じっと結を見下ろしていたが、一つの影が敵に向かって飛び出した。

 

「あれは、セシリア!」

「ぼくもいく!」

「結!」

 

 一夏を置いて飛び出した結。少年の声には得体のしれない焦燥感に迫られているような、逼迫した感情が見え隠れしていた。

 

「君は、誰なんだ……!」

 

 

 ◆

 

 

「あ、わ、わ、わわわ……!」

 

 悲鳴と怒号が混じり、ごった返した人混みが出口へ向かって我先にと雪崩のごとく流れていく。

 だが、パニックに陥った烏合の衆ではろくな避難もできやしない。

 その中で未だ放心状態のままになっている蘭は、腰が抜けたままへたり込んでいた。

 

「貴女、大丈夫かしら!?」

「あ、ああ、生徒会長さんんん〜〜〜!!!」

 

 どこからともなく現れた楯無が、欄の腕を掴んで立たせてやる。

 生まれたての子鹿のように震えながら立ち上がる蘭を甲斐甲斐しく介抱してやりながら、楯無は彼女に扇子を渡して関係者出入り口を指す。

 

「それ持ってたらあそこ通してもらえるから、歩ける?」

「は、は、はい!!」

 

 ヘコヘコと走り去っていく赤髪の少女をみおくり、楯無は目の前に立ちはだかる金髪の女と面向かう。

 

「さて、大人しく連行されてはくれないかしら?」

「言われて従うほど初じゃないの」

 

 女はサングラスを外し、切れ長目で楯無を舐めるように見つめる。

 先手必勝、楯無は右手にISを展開し、蛇腹剣をストレージから引きずり出してうねる刀身を女へ目掛けて振り投げる。

 

 が、しなる一撃は女には当たらず、彼女の周囲で半透明な半球を形成するバリアに防がれた。

 

「それがあなたのISね」

「せっかちな女はモテないわよ」

 

 そう言って、女は部分展開していた腕を揺らし、半球のバリアを止める。

 

 黄金の装甲に包まれた、厳ついマニピュレータの手の甲に、爬虫類の尾のように節を連ねて反り上がる鞭のようなものが生えていた。

 そしてそれは高速回転しながら、不規則に揺れ動き、挙動が掴みづらい攻撃を楯無はそれでも蛇腹剣で捌きながら迫るが、女から余裕な表情が消えない。それがただのハッタリか、それとも本当に優位なのかはわからない。

 

「悪いけど、あまり長居はしていられないの」

「逃がすわけないでしょう!!」

 

 楯無の一撃を防いだ女は、マニピュレータの掌からバスケットボールほどの火球を作り出して、一瞬で弾けさせる。辺り一帯が真っ白な光に包まれ、視界に色が戻った頃には女は居なくなっていた。喧騒に紛れて逃げられてしまった。

 

「くっ……虚ちゃん。こちら更識楯無、不審者に逃げられちゃった。周囲の警戒をお願い」

『御意。お嬢様も一度戻られてください』

「避難者の確認してから行くわ」

『わかりました。お気をつけて』

 

 ISのオープンチャットで虚に支持を飛ばした楯無は、苦い思いであたりの捜索に出向く。

 

「そっちはまかせたわよ、みんな」

 

 

 

 ◇ 

 

 

 

 光の槍が降り注ぐ。

 その度に結が前に出て全ての盾を操り防ごうとしているのだが、光線は折れ曲がるように軌道を変えて盾をすり抜ける。

 一撃たりとも盾に当たらない、いや、避けられている。

 煽られているのか、それとも見向きもされていないのか、結の防御をすり抜けて、『サイレント・ゼフィルス』のライフルたちから繰り出される光線は、その殆どをセシリアに向けて発射されていた。

 

 避けられている。見向きもされていない、わけではないようだ。

 

 サイレント・ゼフィルスのパイロットは時折結をのほうを見ながら、射線上に結が被らないよう、常にライフルビットを調整しながら戦っていた。

 

 まるで庇われているような戦い方に、結はとてつもない違和感と、そこまでして戦闘に混じらせないようにする理由に、結はある一つの仮説を立てる。

 とてもではないが、考えたくない。だがそう思えて仕方ない。

 

 口元に浮かぶ、慈愛に満ちた微笑みが、あの日見た女の子の笑顔と重なって、濁る。

 

 そんな思いに蓋をする。

 結はシールドビットを連ねて、次の攻撃に備える。

 

「絶対に、話してもらうから……!」

 

 





 次回、セシリア覚醒。

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