IS【小さな少年は盾を構える】   作:屍モドキ

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七十七話 邪道と覇道

 市街地の上空で、四方八方から光線が右へ左へ線を描く。

 一方は直線、もう片方は曲線を描きながら、青空へいたずらに光の筋を幾重にも散りばめていた。

 

「くぅッ!」

『墜ちろッ!!』

 

 セシリアの『ブルー・ティアーズ』から放たれた一撃を小型のシールドビットで凌いだ『サイレント・ゼフィルス』は、背面に並ぶライフルビット四基による一斉射撃を放射状に発射させ、それをセシリアへ目掛けて収束させる。

 

 光の投網のように、放射状に広がった光線目の前に、セシリアは突貫する。

 

『血迷ったか』

「この程度……!」

 

 一際大きく開いた隙間、その一瞬を見極めてセシリアは網の隙間を潜り抜け、すり抜けざまに高機動パッケージのために集束されていた自前のライフルビットから一斉射撃をする。

 

 まさか突っ込んでくるとは思っていなかった『サイレント・ゼフィルス』のパイロットは、セシリアのカウンター攻撃をまともに喰らってしまう。

 

『ぐぁッ!? ふふ……楽しませてくれる!』

「こんなものではなくてよ!!」

 

 『サイレント・ゼフィルス』はライフルビットとシールドビットの両方を全基稼働させ、上下左右問わないオールレンジ攻撃を仕掛ける。

 打撃、射撃の両攻撃が四方から飛びかかり、光線に至っては不意に湾曲しながら後ろからも飛んでくる。

 

「ッ……!」

『しぶといな』

 

 無意識のうちに手持ちのライフルで『サイレント・ゼフィルス』のライフルビットを撃ち落とそうとしてしまうセシリア。以前の先輩達から学んだ面制圧を主とした戦闘法をなんとか真似ながら、ようやく対峙出来る状況に思わず歯を食いしばる。

 

「これでッ!!」

『ほう……!』

 

 二連射撃による揺動を狙い、シールドビットの有効範囲を手薄にさせたうえで本体を集束されたライフルビットで撃ち落とそうと、狙い撃つ。

 

 だが『サイレント・ゼフィルス』は、あろうことか自分のライフルビットでセシリアの攻撃を受け止めてしまった。

 

「うそッ!?」

『やはりこの程度か。ならば死ね』

 

 セシリアが晒した一瞬の隙、『サイレント・ゼフィルス』は無下に吐き捨ててライフルを構える。感嘆が見える失笑で彼女は無造作に引き金を引き、一筋の光弾が一直線にセシリアへ向かって伸びる。

 

 虚をついたカウンター、セシリアはコンマ数秒で避ける選択を誤り、どうあがいても直撃する他無かった。

 せめて己が死なないように腕を交差させ、衝撃に備えた瞬間、恐ろしく眩しく思えた光が遮られ、セシリアは何かの影に収まっていた。

 そして鉄壁に衝撃が走るような音が響き、『サイレント・ゼフィルス』の攻撃はセシリアには届かなかった。

 

「これは」

『シールド……結っ!?』

 

 セシリアが目を開くと、目の前には結の『ガーディアン』が携えている小型のシールドビットが三基、三角型に身を寄せ合って漂っていた。

 

「セシリアお姉ちゃんはやらせない!」

「結さん……!」

 

 『サイレント・ゼフィルス』の前に立ち塞がる鉄壁の騎士。

 周囲に漂う盾の群が等間隔に結とセシリアの周りを囲い、全方位への警戒を行っていた。

 窮地にいることには変わりないが、ジリ貧まで先延ばしになった事でセシリアの中に多少の余裕が生まれる。

 

『おッ……お姉ちゃんだとォ……?』

 

 わなわなと嘶く『サイレント・ゼフィルス』のパイロット。

 バイザー越しに伝わってくる並々ならぬ殺気に二人は背筋を凍らせた。

 

『絶対に殺すッ!!!』

 

 大気を叩いて飛び出した『サイレント・ゼフィルス』はセシリアへ向けてレーザーライフルを乱射しながら突っ込んてくる。

 すかさず前に出る結だが、一緒に特攻してきた敵ビットの群の処理に追われてセシリアの防御が間に合わなくなる。

 

 怒髪天を衝いたからか、敵の攻撃に繊細さが欠けるようになっているとはいえ、それでも軌道を変えるレーザーの嵐に小型シールドビットの連続打撃に二人して手を焼く。

 

「防ぎきれない……!」

「攻めるのみですわ!」

 

 結は降り注ぐレーザーの雨あられをシールドビットで弾き凌ぐが、遠距離戦では殆ど攻撃に移れない機体相性の悪さと、相手している敵の技量差に歯を食いしばる。

 

『殺す、殺してやる!!!』

 

 髪の毛を逆立てて飛びついてくる『サイレント・ゼフィルス』を目の当たりにして悪寒が走るセシリア。

 結という防衛線を一枚隔ててなんとか接近を阻止されているのが救いだが、そんなオブラートのような状態がいつまで続くのかわからない。 

 だからこそおぞましい殺意に銃口を向けて、縮み上がる肝に鞭打ってセシリアは戦う意志を真正面から曝け出す。

 

 幾何学的な軌道を描きながら自分と結の回りを不規則に飛び回る『サイレント・ゼフィルス』。同じく乱雑な軌道で射撃と移動を繰り返す奴のライフルビットを結が全て弾いてくれているが、そのうちの何発かは曲がる射撃に対応しきれず自分のところへ向かって飛んでくる。

 

 それを避けるのに精一杯で、思うように攻撃に移れない。

 

「隙が……!」

 

 結の防御結界の隙間を窺ってみるが、ハイパーセンサーに映る敵影を目で追うばかりで照準が定まらない。

 

 わかってる、そもそも勝てない相手だったんだって。

 けれど祖国の雪辱を、自分のプライドを、踏み躙られた仇を討たなければならないのだ。

 

 無謀だとは百も承知、だからこそ結に、先輩方に、特訓を願い出たのだ。

 

 その結果がこれか?

 

 

 ライフルを構える手が次第に震えてくる。

 焦る気持ちがどんどん大きくなり、嫌な汗が背筋を冷やす。

 

 音が遠のく、視界から色が消えていく、得体のしれない恐怖で喉の奥がカラカラに渇く。

 

 呼吸は次第に浅く、身体は酸欠に陥ってISの展開はおろか身体の活動すら危うくなりかけてきた。

 

 

「やっぱり……」

 

 やっぱり、そんな事、できないんだ。

 私みたいな凡人には、使いこなせない。

 

 どうせ、私には……。

 

 張り詰めていたはずの緊張が抜けていく。

 肺が鉛を飲んだように重く、平常も保てないほどに疲弊してきていた。

 絶望が思考を塗り固め、突破口を一つ、また一つと潰してまわる。

 

 このまま諦めてしまったら、きっと楽になれるんだろう。きっとあっけなく終われる、そんな気がする。

 

 ゆっくりと、着実に呼吸が止まっていくセシリア。

 光を失い掛けた矢先、突然、激昂が飛んできた。 

  

「大丈夫!」

 

 張り倒すような大きな声にセシリアは肩を跳ねさせて手放しかけた意識を取り戻す。

 手からこぼれ落ちそうになっていたライフルを慌てて抱え直し、目の前で今もビームの嵐から自分を守っていた少年に視線を向けた。

 

「セシリアお姉ちゃんなら、できる!」

 

 背中越しに語られる言葉に、言いようのない不安が霧散していく。

 あまりに無責任、けれど一緒に特訓を積んできた間柄だからこそ、結はこうして檄を飛ばすのだ。

 

 言葉の裏に込められた期待と信頼に体が熱を取り戻す。

 血液のビートが鼓動を打ち鳴らし、骨を、心臓を、体中を駆け回って、彼女とそのISに轟く熱い曲を奏でる。

 

『……あら』

 

 ISの少女は迸る音に耳を傾け、心地よさそうにリズムに乗る。

 静寂の中に佇んでいたはずが椅子を蹴飛ばし、どこからか取り出したエレキギターをアンプを繋ぎ、最大音量で内側から掻き鳴らした。

 

「お願いッ……! ブルー・ティアーズッ!!!」

『良くてよ、セシリア!!』

 

 セシリアが指を鳴らす。

 弾けるような甲高い音が大空に響き、それと同時に『ブルー・ティアーズ』の高機動パッケージのために繋がれていた四基のライフルビットが一斉に飛び出した。

 

 ライフルビットは各々が意思を持っているかのように飛翔し、またたく間に『サイレント・ゼフィルス』の残っていたビット群を半数、撃ち落とした。

 

『……ほう』

「ここからは私達のステージでしてよ!!」

 

 瞳に蒼い光を灯す。『ブルー・ティアーズ』の名を冠するかのように、群青色の閃光を引きながらセシリアはスラスターを大きく吹かし、『サイレント・ゼフィルス』の下方へ向かって飛び出す。

 

 心に流れるのはバイオリンの音色、そしてギターのけたたましい不協和音。

 だが二つの楽器がそれぞれの主張をぶつけ合い、頭ごなしの理解ではなく魂からの唄を響かせる。

 

「セシリアお姉ちゃん、これも!!」

Cheers(ありがとう)!!」

 

 結はセシリアへ三枚の盾を渡す。

 セシリアは短く感謝の意を叫び、受け取った三つ小型盾を腰と背中に沿わし、スラスターユニットと併用して華々しく翻す様は、さながら鋼鉄のドレスのようでもあった。

 

 シールドが二人の共鳴を助長させ、『ブルー・ティアーズ』の動きは『サイレント・ゼフィルス』のそれと同等か、それ以上の機動性と射撃精度を魅せ、曲がったビームが当たるよりも速く、光の網を掻い潜り、高速で飛行する敵のビットを次々と撃ち落とし、『サイレント・ゼフィルス』自体にも攻撃を当てていく。

 

『小癪な……!』

 

 だがそれでは終わらない『サイレント・ゼフィルス』。

 己も覚醒したセシリアと同じだけの性能を発揮させ、体にかかる負荷も無視して無理やりセシリアの動きを追いかける。 

 

 ライフルビットで牽制し、回避運動をしたところに狙いを定めて狙撃する。

 

「あうっ!」

 

 セシリアの方が機動力が高いぶん、動きに単純さが出てしまった証拠だ。

 たった一度の被弾だが、高速戦闘においてはこれが致命的。

 まだ機体特性を掴みきれていないセシリアは格好の的になってしまう。

 

『終わらせてやる!』

「なんの!」

 

 あっという間にライフルビットに囲まれ、一斉放射に見舞われるセシリアだが、その全てを結から受け取ったシールドで凌いだ。

 焼けるような音を立ててシールドの表面が軽く焦げる。

 そこで初めて敵の動きに動揺が見えた。なにやら衝撃を受けたように半開きで口が空いている様子が伺えた。

 

『私に、撃たせたな……よくも、私に、結の物を撃たせたなァああああ!!!!!』

 

 それが敵の逆鱗に触れたか、さっきまでの悠長な気配とは打って変わって『サイレント・ゼフィルス』は全スラスターユニットを勢い良く噴射し、さながら蝶の羽根のようなものを展開する。

 

 巨大な半透明のベールをなびかせ、蝶は爆発的な速度で急速飛行を繰り出した。

 同時に飛行を始める彼奴のライフルビットは蜂のように旋回しながら連続でビームを吐き出してくる。

 上に、下に、横からも撃たれる光線はそれぞれが何度も軌道をひん曲げて、直接セシリアの四肢を狙って飛んできた。 

 不思議なことにセシリアを直接撃つのではなく、ISを狙って抉るような撃ち方に、その精密射撃と同時操作をこなせるだけの技量、狂気的なまでの圧力にセシリアと『ブルーティアーズ』は防戦を余儀なくされた。

 

 もう少し、もう少しで……!

 

 そんな状態でも負け時と回避とカウンターを見舞うセシリアだが、ついにライフルを持つ右手を撃たれて隙を晒してしまう。

 

 眼前にはさながら軍隊長の如く冷徹な態度を向ける蝶の主。

 自分の周囲には今にも撃てるように銃口を向けてくるライフルビット達の群が牙を剝いていた。

 

『もういい、死ね』

 

 敵の搭乗者は右手を振り下ろし、残るライフルビットの全てに発射指示を飛ばす。

 あらん限りのエネルギーを充填したライフルの銃口が眩く光をもらし、発射音を置き去りにして一瞬の閃光を放った。

 

 もうだめだ、誰もがそう思えた束の間、セシリアだけは不敵な笑みを崩さないまま、指遊びで作る拳銃を『サイレント・ゼフィルス』に向けて、撃つ真似をする。

 

「ふふ、ばーん……!」

 

 最期の負け惜しみだと、『サイレント・ゼフィルス』は嘲る。

 だが、思わぬ事が目の前で起こった。

 

 自分が行ったはずのレーザー攻撃が、あろうことか自分の方向へ湾曲して飛んできたのだ。

 あまりの出来事に対処が間に合わず、『サイレント・ゼフィルス』は自分の砲撃をまともに喰らってしまう。

 

『がふッ!?』

 

 何故攻撃が私に向かって……まさか、私の、ビットを使って……!?

 だが発射指示は私が自分で出した、それは確かなはず……。

 

 『サイレント・ゼフィルス』の搭乗者はハイパーセンサーから武装欄を確認し、ライフルビットのアクティブ状況を確認する。

 そこには自分名義での登録に加えて、セシリアへの権限借用のタグがぶら下がっていた。

 

「お生憎様、機体情報がデフォルトのままでしたので使わせていただきましたわ!!」

 

 まさか、武器の使用権限を()()()というのか……!!

 

 本来IS同士の武器の貸し借りには複雑な手順と互いの承認などが必要だが、それをセシリアは結から受け取ったシールドビットを介し、『サイレント・ゼフィルス』の機体にアクセスして内側から操作権限を掠めとったのだ。

 

 だが使用権限の全てを掌握できたわけでなく、あくまで制御の末端を使えるようになった程度なのだが、不意打ちでBT兵器の曲射をするには十分だった。

 

「これでエンドマークです!!」

『こんなヤツにィイ!!!』

 

 ビットが使えないと判断した『サイレント・ゼフィルス』は、銃剣を握り締めてセシリアへ向かって一直線に特攻を仕掛ける。更に、ただ突っ込むのではなく上に飛び上がり、太陽を背にしてセシリアの目くらましを図り、動きがぐらついた一瞬を目掛けて一息に銃剣を腕が伸びる限りに突き出した。

 

「っ!!」

 

 肉薄する剣先が、もう目と鼻の先まで迫っていた。

 瞬きの間もなく過ぎる時間がやけに遅く感じるセシリアは、逃げる暇もないと理解し、それでも最小限のダメージで済ませようと腕を前に出し、防御姿勢を取る。

 

 そして、鋭利に鈍色の光沢を放つ銃剣が、ゆっくりと、セシリアの機体を、深々と……。

 

 最悪のイメージに思考が塗り潰されるセシリアは体が強ばり、ハラワタを鷲掴みにされたような感覚が下腹部に広がる。

 

 ブラックアウトしていく視界には、陽光に晒されて煌めく短刀の切っ先が他人事のように映っていた。

 

 

 ここで終わり……悔しい……。

 

 

 

 

 耳をつんざく甲高い金属音。

 何事かと思って目を開いたセシリアがあたりを見回すと、はるか後方へ円弧を描いて飛んでいく金属片が一つ。よく見れば銃剣の刃であり、前に向き直ると小さく厳つい鎧が背を向けて立ち塞がっていた。

 

 それはガーディアンだった。

 剣先がセシリアの身体を貫く瞬間、目にも止まらぬ速さで横入りした結が大盾で『サイレント・ゼフィルス』の特攻を防いだのだった。

 

「セシリアお姉ちゃんは、ぼくが守る……!」

「結、さん……」

『何故、何故だぁアアア………!!!』

 

 醜悪に口元を歪めながら金切り声で叫ぶ敵の銃剣を、結は大盾で弾き落とし、すかさずシールドビットでボディーブローを喰らわせる。

 

 上空に浮かんだ『サイレント・ゼフィルス』、その絶好のチャンスにセシリアは結の前に躍り出て、ライフルビットと手持ちの狙撃銃を一斉に敵へ向けて構え、あらん限りのエネルギーを充填する。

 

「これで、チェックメイトですの!!」

 

 おもむろにトリガーを引く。

 一斉にとびでたビームの束が大きな光の柱となって一直線に『サイレント・ゼフィルス』へ向かって伸びていく。

 避ける術を失った敵がなんとかシールドビットで凌ごうと悪足掻きを見せるが、超小型の盾ではその殆どを防ぐことができず、『サイレント・ゼフィルス』はビットごと撃ち落とされた。 

 

 煙幕が晴れ、残ったのは半壊状態の機体に跨る敵が一人。

 流石に痛手を負いすぎたと判断したのか、彼女は唇を噛み締めて背中を向け、一目散に逃げていった。

 

 追おうとする二人だが、今いる場所が市街地の近くだと思いだしてやむなく諦める。

 

 だがそんな時、結のプライベートチャンネルに一本の通知が届き、結はすぐに開くと通話越しの向こうから聞こえてきたのはあの『サイレント・ゼフィルス』のパイロットからだった。

 

『結、待っていろ! 私がお前を助け出す!! 必ず!! 絶対に!!』

「は、え、え……?」

 

 それだけ言い残して通話は途切れ、見上げると空にはもうゴマ粒ほどまで小さくなった敵の影が写った。

 

「君は……誰なんだよッ!!」

 

 記憶の彼方にこびりついた声。

 思い出と重なる声の主、重なってしまうのが嫌で、それでも彼女しかいないと思えてしまって、結はただ一人、あてのない憤りを握り締め、彼女が飛んでいった空へ向かって吠えた。

 

 

 

 

 





 どうも屍モドキです。
 無事、キャノンボール・ファストが頓挫しましてセッシーがお強くなりました。
 次回で一夏君のところで打ち上げ及びお誕生日会になるんですかね?

 ほのぼのした話が書きたい……。

 ではでは。
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