前回がそこそこ好評なようで安心しました。
逆に言えばあのくらいまでやらないとこっちの意図って伝わってない⋯⋯?
じゃあ今度から強めに書きましょうかね〜。
遠くに救急隊のサイレンが鳴り響いている。
ところどころから煙が上がり、人々の怒号のような声が四方から飛び交っている。
緊急事態である事には変わりないが、今さっき襲撃者を追いやった二人は他の者達よりも多少なりとも気の焦りは抜けていた。
「やりました、わ……」
「セシリアお姉ちゃんっ」
血走った眼で虚空を眺めていたセシリアは、ついぞ見えなくなった敵を見送った後に、ついに虚勢が潰えて糸が切れたように気を失う。
まだ戦闘空域にいる事には変わりないので、そのままなら地上へ真っ逆さまに墜落するところだったが、すぐさま結が飛びついてセシリアを蒼い機体ごと抱きかかえる。
シールドビットの接続先を切り替え、自分の機体に移した結はそのままセシリアを抱えたまま、今もなお救護活動に奔走しているレース場までゆっくりと降下していく。
白目を剥いて鼻血を垂らす彼女にみてくれや格好の良さなど毛ほども感じられないが、先の戦闘でどれだけの技量と胆力を見せつけたのか、それはすぐそばにいた結こそ一番わかっていた。
ぼくのシールドビットも使いこなして、まさかあの子のビットも奪って使うなんて、やっぱり凄い……。
動かないセシリアの『ブルー・ティアーズ』が自動的に解除され、力なく結に抱えられる彼女はそのまま救護班に手厚く運ばれていった。
◇
こ、ここは……。
微睡みの中、痛む頭を抑えつつ、セシリアは微かに聞こえてくるクラシックギターの音色に耳を傾けていた。
『ふ、ふふん……るらら……〜♪』
「この曲は……」
人生を唄い、愛した人への讃歌の曲。
人生を信じ、いつまでも恋人を想う曲。
幼い頃、父が時々歌ってくれた曲だった。
そのギターの優しい音に、父の泣きそうなほど優しい歌声に、何度もせがんで聴いていた曲だった。
「どうしてこの曲を……貴女が知っているのです」
『貴女の心の中にあったの。歌ったらだめだった?』
屋敷の大広間。
たった二つしかない椅子の片方に腰掛け、慈しむリズムで弦を弾いていた彼女、『ブルー・ティアーズ』は演奏を止めて此方へ目を向ける。
その目はさっきまで感じていたギラつくような血眼ではなく、誰かを想って労るような、慈しみに満ちた慈愛の眼差しだった。
その目つきがかつての父に似ていて、セシリアは思わず視線を逸らしてしまう。
『あら、恥ずかしいの?』
「そういうわけでは。ただ、父を思いだして……」
厳しかった母と、優しかった父。
そうだ、優しかったのだ。
怪我をしたらかけつけて来てくれたお父様。
いろんな事を教えてくれたお父様。
頬に優しくキスをしてくれたお父様。
ある日を境に家族を避けるようになったお父様。
互いに目も合わせなくなり、溝は深まり、私は堕ちていく。
それから、わたくし達家族は壊れていった。
不審な事故で二人は死に、使用人の殆どが去っていき、遺産も権力も狙われる日々にいつしか私は憔悴していった。
二人が残したものを守るため、あの日々の記憶にすがって、誰も信用できなくなるまで奔走していた。
負ければ終わり、勝たなければならない。
そう自分に言い聞かせて、勉強も、仕事も、人付き合いも、選ばず何でもこなして、失敗しないように沢山学んで積み重ねて。
他人事のように自分の過去を振り返っていると、屋敷に流れていたギターの音がすん、と止まる。
『ま、今回のライブはそこそこね。及第点かしら?』
「なぁっ……! もう少し褒めてもよろしくてよ!?」
やれやれと言わんばかりに手を上げて首を振る彼女に食い下がるセシリア。
それが面白くて、『ブルー・ティアーズ』は鼻で笑いながらズバズバとダメ出しを繰り出していく。
『そもそも貴女、やる気出すのが遅いのよ。頭でっかちなんだから』
「理論を知ってこそ上達ですわ! その場の勢いだけでは鍛錬にはなりませんことよ!」
『でも先の戦いじゃあ勢い任せで勝てたじゃない』
「それは、そうですが……」
あくまで冷静さを持って戦うことを優先するセシリアと、情熱と勢いを抱いて臨む『ブルー・ティアーズ』。
全くといっていいほど正反対の意見を掲げてぶつかり合う二人の言い合いはしばらく続いたが、やがてぴたりと膠着状態になる。
肩で息をするセシリアだが、『ブルー・ティアーズ』はふと脱力してその大きな帽子をとった。
吸い込まれるような大きな瞳にじっと見つめられ、セシリアは固唾を呑んで固まってしまう。
対面して座る二人、二人とも流麗な姿勢で背筋を正し、片やセシリアは少しバツの悪そうな顔持ちで人の姿を模す愛機の目を、それでも見つめる。
『良くやったわ、セシリア』
「わたくしは……」
短い賞賛の言葉。
その言葉が聞きたくて、でも言って欲しい人はもう何処にもいなくて。
突然そんな事を言われて、セシリアは返す言葉に悩んで黙り込んでしまう。
『ほんの少しだけだったけど、確かに貴女は私と共鳴できた』
「それは、結さんの盾のおかげで……」
『あの時、貴女は盾に縋ってなかった。貴女の力だけだったわ』
がむしゃらに、無我夢中に。
セシリア自身、必死に戦っていた記憶しか無いのだが、その実戦況を逐一把握しながら己のビットも結から借りた盾も敵の機体も何もかも網羅しながら戦っていた。
常人ではものの数分で思考回路が焼ききれてしまいそうな情報量だが、セシリアは全てを処理して全てを操った。
知こそが彼女にとっての強みであり、理解していたからこその勝利だったのだ。
『貴女が信じてくれたから、私も応えられた』
「……っ、はい……!」
喉の奥から嗚咽が漏れる。熱くなる目頭を抑えながらセシリアは気丈に振る舞おうとするが、嬉しさは涙となって、あとからあとから湧いてきてしまう。
そんな彼女を『ブルー・ティアーズ』は仕方ないなと言わんばかりに息をついて、何も言わずに優しくセシリアを抱擁してやる。
もう少し、そうしていたいと思う気持ちも汲んでくれず、別れの時は突然にやってくる。
『あら、もうお開きかしらね。それじゃあ、またね』
「ブルー・ティアーズ……!」
持ち上げられるような浮遊感。セシリアの体は『ブルー・ティアーズ』の腕からすり抜けて空間の外へと放り出される。
セシリアの意思に関係なく連れていかれる間際、達観した様子で手を振り見送ってくる愛機へ名残惜しそうに手を伸ばすセシリアだが、それもすぐに光に呑まれ、非情にも現実へと帰還するのだった。
………
……
…
「……〜♪」
「ん、んん……」
壮大な夢を見たあとのような、さっぱりと閑散した感情に満たされてセシリアは目を覚ます。
枕元で小さく鼻歌を歌っていた結と目が合い、その歌が夢の中で愛機が弾いていた曲と同じだったことに多少なり驚いてしまう。
「あ、セシリアお姉ちゃん。起きた?」
「えぇ、はい、起きました……」
鼻に詰まっていた栓を引っこ抜き、気道が確保されて息の通りがよくなるのを感じる。喉の奥に感じる血の匂いはどうしょうもないが、軽度の貧血でふらつく頭を抑えてセシリアは今の状況を確認しようと首をまわしてみる。
真っ白な屋内にレースのカーテンから光が差し込んでいる。
消毒薬の臭いがする寝床は少し固くて、首が凝ってしまった。
氷枕の固い感触がまだ後頭部で残っていて、冷える髪の毛が首に貼り付いて気持ち悪い。
ベッドの上に上体だけ起こし、まだ回りきらない頭を揺らす。ようやく傾いてきた日差しに目をしばしばさせながら、セシリアはおそらくずっとそばにいたらしい少年の髪を撫でてみる。見た目の艶のなさからは考えられないほど柔らかい感触に少し驚く。
結もセシリアの手を拒む様子はなく、されるがまま撫でられて気持ちよさそうに目を細めている。
だが結はセシリアの手をむんずと掴み、そっと彼女の膝の上に戻して立ち上がる。
「セシリアお姉ちゃん起きたし、千冬先生たち呼んでくるね」
「あ、はい。お気をつけて」
セシリアは掴まれた腕と立ち去った少年が出ていった扉を交互に見やり、窓からふきこむ秋のそよ風に流されて肩を振るわせる。
手、小さかった……。
掴まれた腕をみながら、手首に残る結の小さな手の熱を反芻させるが、窓から吹き込む秋の風がその熱を持ち去っていった。
◇
その後、戦闘に加わっていたセシリアと結がおもに事情聴取を受けることになり、IS学園の全員が解放されたのは午後四時を回った頃だった。
襲撃があったさっきの今なので、集団で学園に戻る運びとなり、一般生徒はみな早々に帰宅。
残る専用機メンバーが集ったところで織斑先生が引率を務め、今は疲弊しきった面持ちで代表候補生その他がモノレールに揺らされ、朱く染まっていく夕陽に照り付けられていた。
「織斑、そういえば今日はお前の誕生日だったな」
「そうだけど、それがどうしたんだよ」
腕組をしたまま突然そんなことを言い放った千冬が、一夏に何か確認をするような素振りでそんなことを言い放つ。
一夏は疑問に思いつつも一夏は項垂れたまま見上げた姿勢で頷き、何を言い出すのか見守る。
「ケーキ屋にケーキを注文している。みんなで食べるといい」
「せめて一言言っておいてほしいなぁ!!」
要は受け取りが面倒だから代わりに行ってこいとの指示であった。
思わず身を反り上げてせめてもの意思表示を示してみるが、千冬はそんな一夏に鐘の音が鳴るデコピン一発を喰らわせて鎮圧し。
額を抑えて悶える一夏の首根っこをひっつかんだ千冬は自分の口元に一夏を引き寄せ、誰にも聞かれないように耳打ちする。
「上代に付いていろ。近いうちにまた奴が来る」
「わ、わかった……」
教壇に立つときでも、剣術の指南をするときでもない、その一生で殆ど聞いたことのないような冷たい声に一夏は背筋が凍えるような感覚を覚えて了承するしかなかった。
すとんと座席に戻された一夏は疲れも忘れてお行儀よく座りなおす。
そんな様子を怪訝に思う他の面々だが、それも千冬が声をかけて少しピリついた空気を和ませる。
「お前たちも参加するといい。大人数の方が楽しいだろう」
「まぁ、本人が良いなら⋯⋯」
「そういうことでしたら」
「仕方ないわね」
「ただ飯だ、行くぞシャルロット」
「ラウラ言い方」
「アニメ⋯⋯でも結と一緒⋯⋯」
乗り気でもなかったような雰囲気ではあったが、何故か行く気満々のラウラに釣られ、他のメンバーもそれじゃあと付いて行く流れになり、一夏の家に集うことになる。
「結、一緒にご飯たべようぜ」
「うん、わかったよ。お兄ちゃん」
一夏の隣に座る少年は朗らかな笑みを浮かべながら、頭を撫でる一夏の手を受け入れて、むしろ頭を押しつけるぐいぐいと距離を詰めてくるので、一夏は根負けし、懐に少年を引き寄せてしっかりと抱き締める。
「わぶ」
「つかまえた」
結はもぞもぞとうごめきながら定位置を探し、やがて一夏を椅子代わりにするような姿勢で膝の上に腰を沈ませ、その小さな背中を一夏の引き締まった胸に預ける。
腹に回された両手を掴み、モノレールの揺れに振り落とされないようにしっかりと一夏の両手をその小さな手で握る。
周囲の目は微笑ましくもあり、嫉妬の炎がチラついたり。とんだ飛び火を喰らうが、一夏は何も言うことが出来ずに観念し、疲れから諦めてただ結のするままに身体を任せることにした。
◆
場所は織斑宅。
リビングには即席の飾りつけがされた宴会会場が設営され、一軒家には些か密度の高い人口が集っていた。
まずは中学時代からの友人である五反田 弾と御手洗一馬、弾の妹の蘭。
続いて学園メンバーの箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、簪。
何故か参加している生徒会から、楯無、虚、本音。
そして結。
豪華メンバー勢揃いで若干気負いしている男子高校生二名は、一夏の親友枠に居ることに感謝しつつ、今の状況になぜ自分たちが場違い感を感じているのか分からないというふうだった。
一夏は一夏で、何故読んでもいないはずの生徒会がこの場にいるのか分からなかった。
「せっかくのお誕生日なんだしお姉さんも呼びなさいよ~水臭いじゃない」
「呼んでないのに何でいるんですか!?」
同じ生徒会メンバー同士で乳繰り合っている一夏と楯無。関わりない内輪ネタほどつまらないものは無いが、それが片方が知り合いでもう片方が知らない美女ともなればもっとつまらない。
「どういう関係だ一夏ぁ!!」
「なんだこの面子」
半分以上知らない美少女に囲まれて嬉しい反面、何故知り合いがこんな花園にいるのだと憤慨する悲しき男二人。
だがそんな野郎どもも、隣に座る少女たちに声を掛けられたらうれしそうに鼻を下を伸ばしているので、昔から二人を知る一夏や鈴などは軽蔑の眼差しで見下していた。
「あなた、学園祭に来ていた人よね?」
「ア、ハイ! 五反田 弾といいます! 付き合ったら一途で、彼女はいません!」
「あら、うふふ」
何故か虚と仲睦まじそうにしている弾、我関せずとばかりに存在感を消していく数馬、騒ぐ他国籍の面々にそばに寄ってくる蘭。
一夏は姦しい喧騒に頭痛を覚えながらも、久方ぶりに賑わう我が家をみてなんだか優しい感情に満たされた。ただ平和だと。
いつの間にか取り出してきた炭酸飲料を飲もうとしてシャルロットに取り上げられる結。
「乾杯してからだよ結」
「んむー」
「じゃあ早速」
「祝いましょう!!」
おもむろに立ち上がり、ぱちんと扇子を広げる楯無。
扇子には朱く『祝』と書かれており、なんともめでたい。
「大会お疲れ様! &一夏くんお誕生日おめでとうを称えて、か〜んぱぁ〜い!!」
「「「「「乾杯!!」」」」」
楯無がグラスを掲げると、他の全員も一緒になってグラスを天井に突き上げ、各々隣同士などとカップを突き合わせる。
口の渇きを潤したり、一気に呷り飲んだり、一度始まった宴は行う意味を求めず、ただ楽しさを、ご馳走を求めて並ぶ料理に手が伸び笑いあい、和気藹々とした空気に満たされた。
シャルロットによって炭酸から果汁ジュースに取り替えられた結はどことなく不服そうだ。
だが、簪や本音などにより餌付けのごとく渡される菓子や肉に舌づつみをうち、次々と渡されるものを目一杯頬張ってげっ歯類のように膨れていた。
「一夏さん! ケーキ焼いてきたので食べてください!」
「はい、ラーメン作ったから食べなさいよ」
「おぉ、二人ともありがとう」
ガチガチに緊張しながら手作りケーキを渡してくる蘭と、さも当然のように盆に乗ったラーメン鉢を突き出してくる鈴。あまりの温度差に戸惑ってしまう一夏だが、ケーキはみんなに切り分けラーメンは伸びないうちに啜る。
その後もラウラからコンバットナイフ、セシリアからはティーセット、シャルロットからは試供品の腕時計と、多様性に振れまくるプレゼントの高価さに受け取る手が震えてくる。これも代表候補性という国の広告塔だからなりえるブランド力の高さか、一夏は改めて人脈の凄さを思い知った。
「一夏、ちょっとこい……」
「どうした箒」
包を持ってウロウロしていた箒に呼び止められた一夏は、二人してリビングから離れ、何故か廊下でプレゼントを渡された。
ずいと渡され開けろと急かされるので、一夏は何度目ともわからない強いられに苦笑いしつつも包の中から出てきたものに目を剥く。
「これは、着物か?」
「家から上等な布が出てきたのでな、仕立ててもらった」
「いいな……ありがとう!」
質感は相当にいいもので、柄はきれいな市松模様、肌触りもよく滑らかだ。市に並べば相当な値段がつきそうな代物に尻込みしてしまいそうになるが、愛する人がくれたものを謙遜して受け取るのもそれは無礼。
一夏は溢れる気持ちを感謝の言葉とともに箒を抱きしめ、明かりのついていない廊下で二人静かに抱擁しあう。
「箒も、その髪留め付けてくれて嬉しいよ」
「その、毎日、つけているわけじゃない……!」
そうは言いつつ、今もあげたリボンを結んでくれている事に一夏は形容しがたい嬉しさに胸が熱くなる。
しばらくそうして二人は温度を確かめるように抱きあう。
熱に囃されて何でもしてしまいそうになる思いを踏み止まらせ、これ以上の行いには進まない。
それには覚悟も準備も、資格も足らないのだから。
「袖を通したら一番に見せるよ」
「あぁ、真っ先に私にみせるんだぞ!」
進めない想いを誤魔化すようにはにかみながら、一夏はそんな事を言ってみる。今は慰めにしかならなくても。
「おーい織斑一夏! ジュースが切れたぞ!」
「自分で買いにいけよ!」
そんな空気の読めないラウラの声に声を荒げて有耶無耶にする一夏。
もしかすれば何か起こってしまいそうだった空気感に期待しなかったと言えば嘘になる。だがそれは許せない。そう二人で誓ったのだから。
「じゃあ、行ってくる。箒」
「あぁ、気をつけて行け、一夏」
リビングに戻ると人混みでわやくちゃになっていた結を見つけ、気分転換がてら一緒に連れて行く事にした。
一夏は結に上着を羽織らせ、袋と財布を持って二人で外に繰り出す。
「よし、行くぞ結」
「うん」
外に出るととっぷりと陽は暮れており、あたりは街頭がなければ迷ってしまいそうなほど暗い。
空を見ても曇っている様子はない。今夜は新月の真っ暗闇。
一寸先は闇の夜。こごえる秋風に晒されて身震いしていると、服の裾にきゅっとしがみついてくる結。
見えない暗闇に怯え、できるだけ密着するようにくっついてくる少年の頭を撫でながらあやし、一夏は屈んで目線を合わせながら小さな手を握ってやる。
「怖くない、俺が付いてる」
「うん……」
言い聞かせるように、暗闇に怯える結を慰める。
結はおずおずと了承して、普段よりも強く一夏の手を握りながら新月の闇を一緒に歩く。
目の前も見えない夜道、目を開けているのか閉じているのかわからない、ともすれば自分とまわりの境界線すら怪しくなる。
そのぶん結と手を繋いでいる温もりだけが明確に分かり、彼が『お兄ちゃん』と呼んでくれるからこそ自分という存在が今ここに居るのだと知覚できた。
「寒いな」
「ね」
夏はとうに過ぎてしまい、夜になれば肌寒い。
月明かりもない暗闇の中では不安がどんどんと肥大化してしまう。
結が居るから、年上としての見栄で歩ける。
今はそれだけが頼りだった。
行き先はコンビニではなく、近くにある公園の自販機。
そちらのほうが距離的に近いこともあり、なるべく人との接触も避けられると思ったからだ。
今日の戦闘で、こちらも向こうも多少なり疲弊していると思うが、それでも再戦にならないとは言い切れない。
なのでできる限り被害が少ない場所を選び、こうして人通りの少ないところへやってきた。
公園までやってくると、少なかった街灯がそれなりに増えて、灯りの直下だけは道がわかるようになっていた。丸く点在する道のくぼみを辿るように、先に見える赤い自販機のところまで足元を確かめながら歩いていく。
「よし着いた。早く買って帰ろうぜ」
「うん」
青白い灯りが二人を照らす。
上下に三列並ぶプラパッケージの飲み物を吟味しながら、注文されている飲み物を選んでいると、突然草かげから物音がした。
それは遠くから聞こえてきたのだが、音はだんだんと近づいてきた。
道路の真横の茂みががさがさと揺れ動く。何かが這うように、茂みを揺らす何かは次第に灯りのある場所へ這いずってくる。
ばさり、と。
生垣を超えて何かが街灯の隙間に落ちた。
灯りの影になってシルエットしか確認できない。
一夏は自分の背後に結を隠しながら、のらりくらりと立ち上がる人影を注視する。いつでも戦闘態勢に移れるよう腕のガントレットに意識を割きながら、じっと身構える。
小柄な体型、ミニスカートから伸びる細い足、女のうめき声を上げながら、片手で頭を抑え、やたら長い髪の毛が歩くたびに不規則に揺れている。
それは、暗闇に溶けていた影が街灯の下に晒され、その姿を現した。
「お前は……」
「……織斑、一夏……」
艷やかな黒い長髪、ミニワンピースに大きなジャンパーを羽織っていてやたら小柄に感じるが、見た目からの年齢は十四、五歳ぐらい。世間一般の人間とは思えないほどボロボロで、しかし肌には清潔さを感じさせる色艶がある。
そして緋色の瞳が見つめてくるその顔つきは、一夏にとって唯一の家族、千冬によく似ていた。
その女は一夏を見るなりギラギラとした敵意の視線を向けていたが、隣にいた結を見て、不気味なほどににんまりと恍惚な笑みを浮かべる。
「会いたかった……結」
可憐な乙女のような声音。
相手と自分たちとの間にあるギャップから、あまりにおぞましい感情に首筋を撫でられたような気がした。
「マドカ、ちゃん……」
こいつが?
一夏は結に確認しようと一瞬女から視線を外してしまった。
それが仇となったらしい。
次に目を向けた時には、マドカと呼ばれた女は上着のポケットから黒光りする拳銃を取り出し、躊躇うことなく一夏の方へ向けて銃口を構えていた。
結を庇おうと背を向けたが先か、静かな公園に一つの銃声が響き、消えた。
どうも作者です。
やっとマドカ出せました。
ほのぼのも書けたしまたぼちぼち続けます。
ではでは。、