IS【小さな少年は盾を構える】   作:屍モドキ

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 誰にとっての?








七十九話 兄と弟

 乾いた銃声の破裂音。

 

 一夏の背中越しから閃光が見えた。

 目に焼き付くフラッシュが暗闇に消え失る。

 結が撃たれたことに気がついたのは飛び出た排莢が地面に当たる音がした時だった。

 

「一夏お兄ちゃん!」

「大丈夫だ、当たってない!」

「そっちじゃなくて!」

 

 何かあったのだと一夏が振り向くと、弾丸が目の前で浮いていた。

 いや、空中に押しピンで留められたように静止していたのだ。

 

 こんな超能力じみた芸当をこなせるのは知っている人物の中でもただ一人。

 

「ラウラ!」

「結と下がっていろ、織斑一夏」

 

 どこからともなく現れたのはラウラだった。

 茶化して一夏を繰り出させたのは囮として活用する為であり、結果予想通り目の前の女が釣れた。

 

 ラウラは忠告も無しに腰からナイフを抜き、そのまま振り上げてマドカへと投擲する。

 

 ラウラは相手の回避予想を立ててすぐに横へ飛び出せるよう身構えていた。だがマドカは避けることもせず、ISも展開せず、生身の片手で投擲されたナイフを受け止めたのだ。

 先端を向けて真っ直ぐに飛んだ刃は当然彼女の掌を貫通し、血飛沫を飛び散らせながら刀身を汚す。

 

「なッ……正気か!?」

「ふふッ、この程度、愛の前にはかすり傷にもならん!」

 

 掌に突き刺さった短剣を徐に引き抜いたマドカ。

 栓を抜いたように溢れる出血も気にせずに、ラウラへ向けて短剣を上に投げた。

 街灯よりも高く投擲されたナイフは暗闇に姿を消し、AICでの防御機能が低下する。手の内を知られているが故の嫌がらせじみたやり方にラウラは舌打ちする。

 

 凶器が落ちてくる頭上と、拳銃を装備した敵が一人。碌に戦えるのは自分だけの状態で、ラウラは一瞬だけ迷ってしまった。安全の為の後退と、戦闘のための前進に。

 

 その隙を逃すことなく、マドカは前傾姿勢で走り出し、ラウラの選択権を潰しにいく。多勢に無勢。最初から満身創痍だったマドカは捨て身で攻撃することを選んだ。

 

 ラウラは落ちてきたナイフを掴み取り、やむなく防戦態勢に移る。

 せめて二人が逃げる時間を作らねば、そう思って準手に握った得物をいつでも繰り出せるように引き絞る。

 

「ッ!」

「終わりだ」

 

 血気迫る勢いで向かってくるマドカ。

 せめて気圧されないよう、必ず殺すつもりで臨むラウラだったが、それより先に飛び出した人影が。

 

「結!?」

「…………結」

 

 身を挺してラウラを守るように、小さな体をあらん限りにひろげて大の字に手足を広げる少年。

 束の間の膠着状態に陥った状況で、少年を挟み、時間が停止したような静寂がしんと広がった。

 

 それをみて、マドカは泣くわけでもなく、されども怒り狂う事もなく、構えていた武器を下ろして結にずかずかと歩み寄る。

 そして目の前で立ち止まり、結より少し高い目線からじっと見下ろしていた。 

 

 ただ立ち尽くして見上げる結。

 マドカは長い髪を垂らし、暗がりから覗く双眸がギラギラと粘ついた光をみせていた。

 さながら蛇に睨まれた蛙のように、結は目を見開き、瞬きも忘れてマドカの目を見上げる。瞳孔の開ききった瞳に吸い込まれそうになり、地に付けている足から感覚が抜けていく。平衡感覚が徐々に薄れていき、立つのが危うくなる。過呼吸気味に呼吸が荒く、浅くなっていく結がついに倒れそうになった。

 

 その瞬間マドカは諸手を広げ、覆い被さるように結に抱き着いた。

 

「……へ?」

「結ぃぃ……やっと会えたなあ……!」

 

 身を屈め、体面ができるだけ密着するようにが擦り合わせながらぎゅうぎゅうと力強く抱擁するマドカ。

 対して、結は何がなんだかわからないといった様子で硬直し、されるままに抱き上げられる。

 

 血の気が引いた結の青白い全身に血流が戻り、皮膚の毛細血管がざわざわと血気を取り戻して触覚を再起動させる。

 汗や血や汚れでべた付くマドカの肌が、ぎとぎとに纏わりついてくる彼女の長い黒髪が、顔に、喉に、腕に、絡みついて気色悪い。そんな不快感も忘れて、結は彼女の強引な抱擁から抜け出せない。子供の人形遊びのようにがしりと掴まれて、成すすべなく結は脱力したまま動けなかった。

 

「自分から私の胸へ飛び込んでくるなんてぇ、本当にお前は愛いやつだなぁ〜♡」

「な、ちょ……ま」

 

 結にそんなつもりは毛頭無い。

 だが彼女にとってはそう思えたのだろうか。だとしても曲解が過ぎる……。思い込みの激しい行動に戸惑いつつ、いつでも助けを出せるよう身構える一夏とラウラ。だがそんな二人を意にも介さずマドカは結との接触に舞い上がっていた。

 嬉々として一人結に語り掛けながら上機嫌に話すマドカと、顔面蒼白で呆けたまま蝋人形のように動けないままでいる結。

 

 あまりに温度差の違う二人を目の当たりにして、一夏は妙な不快感すら覚えてしまう。

 

「今まで長かった、地獄のような日々だった。お前に会うために色んな所を巡り、色んな事をやってきたんだぞ? やっと会えた、報われたのだ……」

「ま、マ、マドカ、ちゃん……?」

 

 困惑しながら抱き締められる結は、離れたい意思を示すように押し退けているが、マドカの体はびくともせずに回された腕は離れない。

 そんなままでも結はなんとか首だけでも動かし、マドカの腕の中から彼女の顔を見上げる。

 

「君は、本当に⋯⋯マドカちゃん、なの⋯⋯?」 

「マドカお姉ちゃんと呼びなさい」 

 

 冷たい声で言われた。

 さっきまで花のように咲いていた笑顔がぴしゃりと凍り付き、鉛のように重い声音でつらつらと言葉が紡がれる。

 

「今日、あの女に『セシリアお姉ちゃん』などと呼んでいただろう。お前の本当の姉は私だ。私だけなんだ。他の奴らなど血も縁も繋がりもない、戯言だ、まやかしだ」

 

 その目はずっと結を見ているが、焦点が合っていないのか開かれた灼眼の両目はぎらぎらと結の目の奥を見つめている。

 何が嬉しいのかにたりと吊り上がった口端に口元は引っ張られ、白い歯が暗がりからチラついている。

 聞いているだけでやっとの結は半ばマドカの言葉を聞き流していたが、頭の中で反響する彼女の主張がずっと繰り返されている。

 

「お前の姉は、この織斑 マドカだけだ」

 

 やっと聞けた彼女の名前。

 一夏とラウラは言葉を失い、思いもよらなかった事実に思考が停止しかける。

 一夏にとって、自分を家族とは千冬だけだった。織斑の性を名乗る、千冬によく似た女が、結の姉を自称する。その事柄の結び付きが見いだせず、ただただ困惑するしかなかったのだ。

 

 だが結だけはそんなことお構いなしに、相変わらず蒼い顔でマドカに問いかける。

 

「ねぇ、マドカちゃ⋯⋯お姉ちゃん。あの施設のみんなは⋯⋯? 先生は、どうなったの⋯⋯?」

「そのことか、心配するな」

 

 それだけが気がかりだった。

 気が付けば束の研究所に連れられ、その後はIS学園にたらい回し。何年ものあいだ詳細を知れないまま、あの研究所での出来事を抱えて生きていた結にとって、それだけが気になっていたのだ。

 

 

 

「研究員は殆どが束の襲撃で死亡。生き残りは私が始末した! 無論アーネストもだ!!」

 

 

 

 爛々とした笑顔で、嬉々として話すマドカ。

 意味が分からないと、結はうんともすんとも言えないまま立ち尽くしていた。

 

 だが、何を思ったのか、それとも何も想っていないのか、次の瞬間、結はシールドビットをマドカ目掛けて真横から横薙ぎに射出していた。

 

 だがマドカもシールドビットを展開して結の一撃を受け止める。

 楽しそうに笑いながら、娯楽のひと時を噛みしめるように。 

 

「がああああぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!」

「どうした、お姉ちゃんと遊びたいのか?」

 

 血相を変えてマドカの腕から飛び出した結は走りながらガーディアンを纏い、目の前で薄ら笑いを浮かべているマドカへ目掛けて大盾を喰らわそうと振り被る。

 

 スラスターを全開まで吹かした渾身の一撃を放つが瞬時にサイレント・ゼフィルスを展開したマドカは飛んできた大盾を旋回して躱し、大盾を抑えながら結に迫りガーディアンのマスク越しから結の頬を優しい手つきでうっとりと撫でる。

 

「⋯⋯ッ!」

「いい一撃だ。速い、だがお姉ちゃんには届かなかったな」

 

 マドカはあくまでも嬉しそうに笑っているが、結はマスクの下で今にも殺してしまいそうな煮えくり返た憎悪を滾らせて抑えられた盾を捨て、シールドビットを展開してマドカに向けて飛ばす。

 

「よくも、先生をォ⋯⋯!」

「あんな人間死んで当然だ。何故慕う? 何故敬う? 何故庇う?」

 

 不可解、分からないと言わんばかりに首を傾げるマドカは飛び交うシールドビットの大群を躱し、防ぎ、弾きながら結に近づき、腰に腕を回して胸ぐらのチンガードに手を掛ける。

 

 そして強引に引き寄せて、片手で全身装甲に包まれた結を抱き上げたまま鎧に手をかけた。

 

「その鎧がそうさせるのか? ならばそんなもの剥ぎ取ってしまおう」

 

 そういったマドカはガーディアンの胸当てを剥ぎ、左腕部をへし折る。

 抵抗すらさせないまま、ビット同士で押し合いさせ、自分は思う存分結の相手に勤しんでいる。

 

「離、せ……!」

「どうしてそこまで執着するのだ」

 

 スカートアーマーを剥ぎ取り、レギンスを砕く。

 全身の鎧を末端から丁寧に、零れなく丹念に打ち砕き、剥がし、中身を抜き出しにしていく。

 

「何がお前を掻き立てるのだ」

 

 せめての抵抗の手めに振り上げられた結の拳を片手で受け止め、その手を上から握り潰す。

 四肢の全てを使い物にならなくされた結は、芋虫のようにもがきながらマドカの腕から這い出ようとしているが、そんな抵抗も虚しい。

 

「何故?」

 

 マドカは最後に残ったガーディアンの仮面に爪を食い込ませる。

 ぎりぎりと、金属が歪む音を立てながら仮面はゆっくりと剥離され、一際大きくぶちん、と勢いよく剥がされた。

 剥がれた勢いで仮面はあらぬ方向に飛んでいき、暗闇の草むらに掻き消された。

 

 

「お前のISはどこまでも醜いなぁ」

 

 仮面の下に隠されていた髑髏。それを指先で撫でながら、マドカは色っぽくそんなことを呟いた。

 鎧の封印が無理矢理剥がされ、半ば放心状態と化している結をどうしようかと悩んでいるマドカだが、突如として向けられた殺気に振り向くと、目の前には今にも叩き斬らんとばかりに迫っていた一夏が、『雪羅』を纏って飛び掛かっていた。

 

「テメェ、結を離せェェッッッ!!!」

「ちょうどいい、貴様を殺したかったのだ!!!」

 

 上段の構えで突っ込んでくる一夏を『サイレント・ゼフィルス』のシールドビットと銃剣の短刀でいなすマドカは、その場に結を残して公園の草むらを旋回するように後退する。

 何度か斬り交えながら、フェイントで一夏に空振りさせ、ありありと晒してしまった首筋目掛けて短刀を突き刺そうとした瞬間、ナイフが狙撃された。

 

「忘れてもらっては困るな」

「廉価物風情が、出しゃばるなぁ⋯⋯!!」

 

 そこには黒い機体を駆るラウラが、背中のカノンを傾けて立っていた。

 口元を歪ませながらマドカはライフルビットで狙撃しようと試みるが、昼の敗北もあって殆ど底をついてたエネルギー残量に内心舌打ちしつつ、まだ尚追撃の意思を示して飛び掛かってくる一夏とラウラを蹴飛ばして暗闇の夜空へと一気に飛翔した。

 

「また会おう、結」

 

 猫なで声でそんなことをぼやきながら、マドカは闇に消えていく。

 放置された結はなんとか起き上がってマドカを追おうとするが、無理矢理剥がされた鎧の均整が無くなり、半ば暴走状態に陥った精神は発狂乱の有様だった。

 鉄色の骸が地面をのた打ち回り、喉の奥から吐き出される雄叫びをあげながら、結はマドカが消えていった空へ咆哮する。

 

「あの子、あいつ、マドカちゃんは、先生を! ぼくがマドカちゃんを……がぁぁあああッッ!!!」

「結、落ち着け!」

 

 立つことも出来ないのに這いまわり、暴れる骸のISを羽交い絞めの要領で押さえ込む一夏だが、体躯のでかいISではあまりに騒がしく、目立ってしまう。『零落白夜』で無理矢理に機能停止させようにもこうも動かれては加減もなにもできやしない。

 

 そんなことで何も出来ないままでいると、ラウラが数本のブレードワイヤーで骸を拘束し、動きを封じた。

 

 

「一夏! 今のうちに結を止めろ!」

「あぁぁもう、畜生が!!」 

 

 無抵抗の相手に、そんなことを思いつつも一夏は出来るだけ最小出力に抑えた『零落白夜』を発動し、骸の左胸から右胴にかけて、一太刀、袈裟斬りを討つ。まるで処刑のようだと罪悪感で胸が潰されそうになりながら、エネルギーを削ぎ落されてISが格納された結に目を落とす。

 

 ISとのリンクが一時的に絶たれ、意識の糸が途切れた結はそのまま気絶してしまい、さっきまでの騒動が嘘のように、辺りには静寂が訪れた。

 

 だが、耳にこびりついた結の咆哮の残響が、ずっと離れないままでいた。

 

 

 ◆ 

 

 

 

 結はまだ起きない。

 飛び散った鎧は光りとなって収束し、もとのペンダントに戻ったのだが、全体に亀裂が入ってぼろぼろになっていた。

 それを少年の首元にかけ戻してやり、背に背負って一先ずは自宅に帰ることにした。

 

「これからどうするつもりだ、織斑一夏」

「さあな。取り合えず千冬姉から話を聞くしかない」

 

 何でもないふうに一夏は話しているが、その目は冷たい怒りに満ち満ちていた。

 

「納得いくまで話してもらわなきゃ、俺もどうにかしちまいそうだ」

 

 

 

 






 やっとここまで来ました。
 屍モドキです。

 ここから先をやりたくて今まで書いてきたと言っても過言ではありません。これ以上先を書くのが楽しみ過ぎる。でも書きたくない。そんな思いでいっぱいであります。

 これからも楽しく書いていきますので、どうぞよろしくお願いします。

 感想、評価、誤字脱字などありましたらご報告願います。


 ではでは。
 
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