IS【小さな少年は盾を構える】   作:屍モドキ

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八十二話 鬼と骸

 照明を消したままの洋室で、マドカはデスクライトの灯りだけを頼りに右手の包帯を巻き取る。

 深々とナイフの刺さっていた箇所はすっかり塞がり、皮膚下に若干の神経痛に似た痺れを感じる程度だった。

 

「入るわよ」

 

 ノックの音と共に扉越しから聞こえてくるのは若い女の声。

 その声にマドカが応える気はなく、扉の向こうの女もそれを知ってか有無を言わさず部屋に入ってきた。

 豪奢な金髪を腰まで垂らすその女は、医療用ナノマシンの投薬注射器が散乱する部屋を見回したあとにマドカを一瞥する。

 

「先日の無断接触の件、どういう事?」

「ただの偶然だ」

 

 マドカは金髪の女に目もくれず、外傷を負った場所の確認をしながら剥いだ包帯を巻き取り、ゴミ箱に投げ捨てる。

 

「姉弟の再会ができて嬉しかったのはわかるけど、あまりそういう事をされたら困るのよね」

「以後気をつけるようにするさ」

 

 全く悪びれもしないマドカの態度が癇に障った女は、注射器の海を蹴り飛ばしながらマドカへ近づき、少女の細い首を掴みあげて壁に叩きつける。

 

「貴女の仕事はISの奪取、それをわかってる?」

 

 棘のある言い方にどれだけ女が内心荒んでいるのかが伺える。それもそのはず、先の襲撃では、あれだけのISがほぼ無防備の状態で並んでいたにも関わらずにたったの一機も手に入れるに至らず、その上マドカが返り討ちにあって逃げ帰ってくる始末。

 

 更にその状況で帰還までに織斑一夏含む数名と交戦、こちらは軽傷に済んだと言えどもダメージは少なくはなかった。

 

「私の引鉄は軽いんだ。それはお前も理解していると思うのだが」

 

 首を絞められても冷たい表情を崩さないマドカ。

 女が振り返ると背後には四基のライフルビットが今にも撃たんとばかりに銃口をこちらに向けて待機していた。

 

 やがて無駄と悟ったのか、女はマドカを解放して部屋を出ていく。

 

「次の指示を出すまで大人しくしてなさい、強化人種さん」

 

 女の敵意が薄らいだのを感じ取ったマドカはビット達を格納し、服の汚れを払ってベッドに身を投げる。

 

「あぁ、結……待ち遠しいなぁ……」

 

 火照る身体を捩って、嬌声を噛み殺しながら、マドカは昂ぶりを抑えるために慰めに耽るのだった。

 

 ◇

 

 

 

 夜の闘技場。

 ドームの真ん中で剣を交えるのは一組の姉弟。

 だが一方的な斬撃が続く中、一夏は死にものぐるいで千冬の太刀筋を一つの取りこぼしも無く目で追っていた。

 

「どうした一夏、仕掛けてこないのか!」

「できたらやってらァ!!」

 

 半ば叫ぶように吐き捨てながら、一夏は袈裟斬りを真正面から受け止め弾く。

 千冬の攻撃は全てが殺しに来るような威力を持ち合わせ、一つでもまともに喰らえばたちまちに撃墜されてしまう。

 だが攻撃の手は止まることを知らず、一撃踏み込むごとに拍車を掛けて繰り出される。

 

 右袈裟、唐竹割り……横、右上段、左逆袈裟、打突。

 

 一撃一撃をなんとか目で追いながら、一夏は千冬の繰り出す怒涛の連撃を捌いていた。

 昨日の試合で一方的な嬲り殺しにされてなすすべ無く打ちのめされた一夏。だが、そのたった一夜にして、一夏は千冬の攻撃を視認出来るようになっていた。

 

「ッラぁ!!」

「ほう」

 

 あまりに速く、とてつもなく重い攻撃の中に、それでも致命傷に至らない程度に弱いブラフ混じっている。焦りきっていたら絶対に間違って受けてしまうような攻撃は出来るだけ体面を逸して躱し、確実に仕留めにくるような攻撃だけを選別して弾いていた。

 

 成長している。

 微々たるものだが、昨日ならばもうくたばっていたものを、今はまだ正気を保って立ち、剣を振っている。拙さが目立つものの、それでも殺陣に抗えているのなら及第点だ。

 

 だが。

 

 千冬は左上段に構えた【雪片】を真っ直ぐに振り下ろす。

 その一撃がデコイだと悟った一夏は身を反らして斬撃を躱し、次に繰り出されるであろう二撃目に備えて左手を【雪片弐型】から離し、【雪羅】をシールドモードに切り替えてすぐさま展開した。

 

 バチン、と強烈なラップ音を闘技場内に響かせながら、【雪羅】のエネルギー膜に千冬の【雪片】が突き刺さる。

 一度目の斬撃は完全に思わせぶりの一太刀で、この返しこそが本命の攻撃。瞬時に二発の斬撃を繰り出す技、燕返しだった。

 

 以前にも見たことのある技に対応出来た事を内心喜ぶ一夏だが、そんな歓喜も束の間、千冬の回し蹴りが見事なまでにクリティカルヒット。右横腹に走る衝撃にそのまま吹き飛ばされ、広大なグラウンドを盛大に転がる。

 

 反転した視界で何が起こったのか一瞬理解が追いつかず、転がり終わって地面に大の字で倒れ伏す一夏が目にしたのは片手に刀を握り、悠然と練り歩いてくる藍色の鬼だった。

 

「良い反応だ。だがまだまだだな」

 

 逃げ出そうと回避するより早く、千冬の逆風が立ち上がった一夏の顎を打ち抜き、また突き飛ばされる。

 

「立て。今日はまだ終わらんぞ」

 

 

 

 ◆

 

 

 

「一夏くん平気?」

「大、大丈夫です……」

 

 昨日も死にかけるまでしごかれた一夏。楯無との特訓期間も相当に疲弊していたが、今の一夏はそれ以上に憔悴仕切っている。

 流石の楯無もこれには同情の意を示すが、当の本人はむしろそれを望んでいるようにも見えた。

 

 まるで野良犬のような眼をしている一夏だが、千冬の鍛え方のおかげかそれとも体質か、たったの数日で筋肉量が変わっていた。

 

 幼少から剣道をていたのもあり、ブランクはあれど元からそれなりに鍛えられていたのだが、最近は楯無自身が面倒をみていたり、それより前は自主的にトレーニングにも励んでいたので仕上がり自体は悪くなかった。

 

 が、それらを踏み越えて更に高みへと昇華している気がする。

 

「もっと、強くならなきゃいけないんです」

「そっか。なら頑張らなきゃね」

 

 心配なさそうだと笑顔を取り戻した楯無は、部屋に備わっている冷蔵庫から何やら濃いめの琥珀色をしたドリンクを一杯。一夏の前に持ち出してきた。

 

「なんですかこれ」

「ロシアのお茶、チャーガよ。さっ、グイッと一気にパラダイス♪」

 

 普段の彼女の行いから警戒していた一夏だが、お茶は思いの外美味しかったとか。

 

 

 ◆

 

 

 

 アリーナ地下にある結の部屋。

 散乱していた瓦礫破片や塵芥はきれいサッパリ掃除され、破損した備品その他日用品は全て補充され、元通りになっていた。

 ついでに新調された制服に着替えながら、少年は鼻歌交じりに制服のボタンを閉める。

 

 パーカーを羽織り、フードを立たせて首元を隠す。

 捲し上げる裾が少なくなったスラックスを履き、ジャケットをパーカーの上から被せて前を閉める。

 

 ピッタリした着心地に少年は口元を歪ませ、不敵な笑みを浮かべる。

 

「さて、そろそろガッコウに行きますか」

 

 

 

 

 





 なんとか軌道に乗せられそうです。
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