IS【小さな少年は盾を構える】   作:屍モドキ

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八十三話 キュビズムな器

「おはよーございまーす」

 

 教室の扉が勢いよく開かれ、入ってきたのは小さな子供。

 クラスの中にいた者はそれが誰だか一瞬わからず、教室の入り口に集まった視線はじっと少年の事を観察していた。

 

「上代くんだ」

「もう学校来れるんだ?」

「ていうか何があったのかな?」

 

 事情を知らない一般生徒達はやんややんやと姦しく騒ぎながらも久々に見る少年の姿に安堵する。

 だがそうでない、あの時、あの場に居合わせた一夏とラウラはこれ以上ない程に緊張していた。

 

「ゆ、結? もう平気なのか?」

「おはよ、お兄ちゃん。もう大丈夫だよ。心配かかてごめんね?」

 

 おずおずと声をかける一夏。だが結は「何もありませんでした」と言わんばかりに平然と、はにかむように笑ってみせる。

 あの時、あれだけ取り乱していた少年が、腸が煮えくり返るほどの慟哭を上げていた彼が、そんなこと忘れてしまったかのようにニコニコと、眼前で通学鞄を片付けていた。

 

 当たり前のように環境に順応している姿は、傍から見ればいつも通りの様子だろう。だが同じクラスで過ごし、一学期を共に過ごした一組の生徒達は目の前の少年が無表情を貫かず、愛想笑いと言えど笑った事に違和感を覚えたのだ。

 

 肩透かしをくらったみたいで釈然としない。

 他人事みたいに話す少年が、当事者では無いように思えて仕方なかった。

 

 他人のような仕草、話し方。癖。

 

 ゆるい目元。

 小さな口。

 少しはねた癖毛や薄い耳の形。

 まだ声変わりのしていない高めの声音。

 陶器のように細く白い指。

 いつも着ている服。

 少年を構成する何もかも一つとして違わないはずなのに、今目の前に居るのは全くの別人のような気がしてならなかった。

 

「結、ISは無事なのか?」

「全然。全壊でしばらく使えないよ」

 

 一夏の後ろから首を突っ込むラウラの質問に、結は首から下げていたロケット型の盾を見せながら答える。

 結のIS、ガーディアンの待機形態である盾の形をしたロケットペンダント。それが今は全体にヒビが入り、今にも砕け散りそうな様子で紐に吊るされていた。

 

 あれほど大事にしていた盾。それを指先で振り回しながら、少年はヘラヘラ笑っている。

 あまりに淡々としている。

 歳不相応にさらりと受け流す様は、とても齢十に満たない子供とは思えないほどに達観していた。

 

 そして、あまりにも彼らしくない態度に、嫌な汗が背中を伝う。

 

「お前、本当に結なのか?」

「なんの話?」

 

 一夏の問いかけに、少年はとぼけるように舌を出して答える。

 程なくして予鈴が鳴り、教室に織斑先生が入ってきた。

 

「おはよう諸君。何をしている織斑、席に付け」

 

 千冬の言葉に渋々席に戻る生徒たち。

 織斑先生は出席簿を教卓に置き、点呼を取る。

 後から入室してきた山田先生は結の姿を見た途端に今にも泣き出しそうになるが、きゅっと身を引き締めて溢れる涙を抑えていた。

 そんな真耶の姿に少年は小さく手を振って答える。

 

「上代。体調は大丈夫なのか」

「もう平気ですよ、センセ」

 

 聞き分けのいい子供に訝しむも、千冬はその場は収めて業務に戻る。

 SHRが終わり、授業は始まる。

 

 流し目で振り向くと、目があった結が愛嬌のある笑顔で手を振ってきた。

 

 その仕草で一夏は胸の中の蟠りが確信に変わる。

 

 アレは結じゃない。

 

 いつか、シャルロットが自分の素性を明かしたときに見た彼の姿が重なる。

 コロコロと表情を変え、面白可笑しく人を嘲笑う、人じゃないモノ。

 

 ファントム。

 

 奴は自分の事を上代 結だと名乗り、同時にISでもあると認めた。

 そして今、奴は結の体で結の生活に踏み込んでいる。

 

 動かない彼に業を煮やしたのか、それとも結が自ら主導権を明け渡したのか定かではないが、どちらにしても気が気でない。

 

 そうやって一人悩む一夏の脳天に、出席簿が勢いよく落下した。

 

「あぃってぇぇっ!!?」

「授業を聞かずに何を妄想している織斑。この問題解いてみろ」

 

 黒板まで引っ張り出される一夏が振り返りざまに見たのは、口元を隠してクスクス笑う結の姿だった。

 それがなんとも歳相応の笑い方をするので、なんだか怖くなってしまう。

 

 一夏は逃げるように問題の書かれた黒板と向き合い、やはり問題は解けなくてもう一発出席簿アタックを喰らってしまった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「はい、結ちゃん。今日のお弁当です」

「ありがと真耶先生!」

 

 休み時間、職員室にて真耶から今日の分の弁当を受け取った結。いつ結が復帰してもいいように毎日二人分の弁当を持ってきては晩食に回していた真耶は、作った弁当を渡せた喜びに胸を打つ。

 

 小走りに職員室を出ていく少年を見送り、真耶は保っていた笑顔を崩す。

 

「山田君。あの子は今……」

「普段通りじゃないんですよね。わかってますよ」

 

 千冬が言うに迷って言い淀んでいると、それより早く真耶は千冬の意に肯定する。

 つまりはわかっていてそうしたのだと、そう言ったのだ。

 

 

「でも、それでも、生きててほしいんです」

「…………」

 

 

 

 ◆

 

 

 

「なぁに、お兄ちゃん」

「……」

 

 職員室から教室に戻る途中、後をつけてきた一夏の気配に気づいていた亡霊は、知っていて尚人気のない場所まで誘導し、彼に向き直る。

 鋭い眼差しで少年を見下す一夏は一切の油断も晒さず警戒する。

 対して亡霊は今朝のような人懐っこい笑みではなく、にたにたと下卑た笑顔で一夏の睨みを見上げていた。

 

「結は、どうなってるんだ。生きてるのか」

「心配すんなよ。アイツは今、心の奥に引き篭もってる。おかげでISも使えやしねェ」

 

 亡霊は自分の胸に指を立て、忌まわしそうに見つめながら胸をなぞる。

 

「ISが? 人が動けばISも動くんじゃないのか?」

「バカが、オレ達はそんな単純なキカイじゃねェんだよ」

 

 ISってのはただのキカイじゃねェ。

 内に宿るコアとニンゲンが共鳴して、初めて動かせるんだ。

 その共鳴深度が適合率であり、そいつがオレ達を上手く使えるかどうかの指数になる。

 

「最も、その基準は初っ端から最強のバケモノが創っちまったモンだから、誰しもが扱えるモノじゃ無くなったんだがな」

 

 心底楽しそうにシシシ、と笑う姿がとても結とは思えなくて、一夏は無意識に拳に力が溜まるのを感じる。

 

「今の結は自分の殻に閉じ篭って世界の全てを拒絶している。目を瞑り、耳を塞ぎ、口を閉ざし、踞ったまま蛹みたいに動かねェ」

 

 これじゃァ共鳴もあったモンじゃねェ。

 嫌味ったらしく悪態をつく亡霊は首からぶら下がる盾を握り締めて破壊しようとしてみるが、ボロボロにひび割れているソレは見た目よりも頑丈なのかびくともしない。

 やがて諦めた亡霊は盾を胸元にしまい、何でもないように口元に笑顔を浮かべる。

 

「ま、そういう事だ。しばらくヨロシクな」

 

 踵を消えして教室に戻る亡霊。振り向きざま、背中越しに手を振って去るのを見送り、授業の時間に遅れないよう自分も教室に戻る一夏。

 燻る怒りは募るばかりで、行き場を探して渦巻いていく。

 

 突き動かされる衝動のままに、一夏は少年に詰め寄り、彼の胸ぐらを掴み上げる。体格差に少年の体は宙に浮き、手から滑り落ちた弁当箱が音を立てて床にぶつかる。

 

 凄味を効かせて睨む一夏にあくまで飄々とした態度を崩さない亡霊。

 

「結に何かあったらただじゃ置かねぇからな」

「わかってるよォ。オレの体でもあるんだから丁重に使うさ」

 

 一発でもくれてやらないと気がすまかい。だが相手は結の体でものを喋る。どうしようもなくやるせない気持ちに一夏はぶっきらぼうに亡霊を解放し、その場を逃げるように去っていった。

 

 亡霊は落とした弁当箱を拾い、乱れたであろう中身の事を案じながら、媚びる笑顔を作って教室に戻る。

 

 窓の外には生い茂る木々と何処までも広がる青空。波風に乗って漂う潮風の生臭さを微かに感じながら、少年は自分が生きていると実感する。

 

 誰に否定されようと、オレだって上代 結なんだよ。





 どうも。
 しばらく戦闘シーンは控えめで、キャラの掘り下げが増えるかと思います。
 結のことをもっと語れたらうれしいです。
 簪ちゃんも書かなきゃ……!

 ではでは。
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