頑張ります。
翌日、あくまで平静を保って登校した一夏。
感情と事実の整理がついたわけではないが、それでも今こなすべき学業や大会への準備などがあるため、立ち止まってはいられない。
悩むのは後にして、今はタッグトーナメントに向けて精進しなければ。そんな思いを今一度持ち直し、気持ちを切り替えたところで誰かに名前を呼ばれる。
「お、織斑 一夏……ちょっと……」
「あれ、簪さん? なんだよ急に」
横を向くと、四組生徒の更識 簪がとても居心地悪そうにもじもじと袖を引っ張ってきた。
同じ日本代表候補の二人ではあるが、意外と言えば意外な組み合わせの二人に集まる奇異の視線に耐えかねた簪がその視線の針から逃げるように一夏を連れて人気の少ない廊下へ連れて行く。
「その、タッグトーナメント、もうすぐ開催されるのに……なんで一緒に練習とか、しない、の……!?」
「あ、あぁ〜〜〜………スマン、忘れてた」
簪は開口一番に不満を爆発させる。
自分から挑発的にペアの申請をしておいて今の今まで合同練習の一つもしていない事実に簪は憤りを募らせていた。
一夏自身、身の上の都合で時間を潰していたとはいえ、外せない用事だったので今までを無為にしていた訳ではないのだが、そんなことを目の前の少女が知る由もないのないのでここは伏せて愛想笑いでやり過ごしてみる。
「べ、別にあなたと一緒に練習とか好きでやるわけじゃなくて、その、せっかく出場するんだから、せめてまともな試合はしたいなって……それだけで……」
いつになく饒舌な簪に新鮮味を感じる一夏。
見当違いなことを言って余計に怒らせたらいけないと口数は少なく口にするのは謝罪だけだが。
「本当にごめん、それじゃあ今日にでもやろうぜ」
「…………第六でやるから」
「おう、また放課後にな」
なんだか普段にも増して幸の薄い顔を引っ提げている一夏に調子が狂いながら、簪はブツブツ小言を挟みながら自分のクラスへと帰っていった。
逃げるように去っていく簪を見送り、彼自身も自分の教室に帰る。
「高校生、頑張らなくちゃな」
◆
「おい、ガキ」
「んぁ?」
メモと建物を見比べながら構造を確認していた少年のもとに、一人の女が現れた。
淡い金髪を細長くホーステールに纏め、大きく開いた胸元は大胆の一言では済まないほどに迫力がある。一般的な女性に比べて高い身長から見下されたらばその威圧感は凄まじく、それが年端も行かない子供相手ともなれば相当なもの。
だが少年は張り付けたような笑顔のまま厳つい雰囲気の女子高生を見上げている。
少年の身長の倍はありそうな女性に見下され、人気のない通路ともあってすっぽりと彼女の影に収まっている。
その体格差から逃げられないぞ、と言われているようで、少年は逃避の意思を捨てて両手を頭の後ろで組み、金髪の女を見やる。
「お姉チャン、だーれ?」
「誰でもいい。そんなことより組織に戻る気はないか? 織斑 結」
「『………へェ』」
その瞬間に結の顔は作ったような笑顔から一瞬で下卑た笑みに切り替わる。正体を隠す相手ではないと知ったからだ。
己が何者かも分かってないような一夏などにはまだ猫を被って接するが、この女は自分の正体どころか出生まで把握している。となるとその場ではぐらかすより身分を晒して情報を聞き出しておいた方が得策。
「『オレを知ってるお前は誰だ?』」
「奴らの部下、てところだ」
立場としては下っ端。
セキュリティやらがあるとはいえスパイ活動の為に動くとなれば重鎮が行くわけでもなく、多少能のあるヒラが動くのが妥当だろう。
ならばあまり期待は出来そうに無いか。
今になって接触してきたのは、やはりあのマドカという娘が恐らく勝手に結へ近付いてきたからだろう。遅かれ早かれこうなるとは思っていたが、それでもこいつらにとっては計算外の出来事だったに違いない。
先のサイレント・ゼフィルス襲撃事件といい、近頃のこいつらはISの略奪が目的なのだろうか。だからこうしてお呼ばれしているのか。
「『まだ戻る気は無ェよ。オレは遊び足りない』」
「……ま、考えておいてくれ」
だが答えは拒否。
虚勢もあるが、また奴らの手駒になるのは癪に障る。
眉一つ動かさずにこちらの答えを受け入れたのは、こうなると予想しての事だろう。
滞り無く話が進むのは有り難い。だがこいつら相手にそんなスマートさを求めてるわけでもないので同時に気持ち悪い。
「それと、今のオレは上代 結だ。覚えとけ」
「そうかい」
女の威圧感が解れたのを察知した亡霊はするりと彼女のわきをすり抜けて駆け足に去っていく。
途中すれ違った黒い短髪の少女に見覚えを感じながら、誰だコイツともの思いに耽るより先にあざとくウインクを飛ばした少年は駆け足にアリーナへと向かっていった。
一人取り残された女は頭を掻きながら、上司への連絡文をなんとなく考える。そうしていると、後ろから様子を見ていたらしい少女が金髪の女に声をかけた。
「ダリル」
「よう、フォルテ」
「さっき、あの子と何を話してたんスか?」
「何でもねぇよ」
口寂しさに舌打ちをするダリル。
フォルテの肩を抱き、気を紛らわせる為に自分たちもアリーナへと向かった。
◇
第六アリーナ。
空中戦の訓練を想定して上空が開放された闘技場で、中央には天高くそびえる塔が歪に曲がって立っているのが特徴。
放課後、ここへ集合した一夏と簪。
まずは互いの機体性能を把握しておこうと言うわけで、空中に投影された的を狙撃していくことになった。
開始合図のブザーが鳴ると同時に空中に現れる無数の的。
すぐさま飛び掛ろうとする一夏を簪が一喝で抑止させ、彼女の機体『打鉄弐式』の爆撃兵装『山嵐』を二基展開。カバーが開き、無数の弾頭が姿を表すと一斉に発射され、一面に展開されていた的の壁を一掃する。
「織斑くん!」
「分かった!」
立ち込める煙幕が晴れるか簪の合図が先か、飛び出した一夏が簪の撃ちもらした的をカノンモードにした『雪羅』で寸分の狂いもなく全てを撃ち落とし、次に展開された標的に目線を合わせてブレードを構える。
「速い……」
あまりの速さにISのハイパーセンサーを持ってしても目で追いかけるのがやっとの速さ。
加えて殆どの的を正確に破壊していく。
基本は右手のブレードで捌き、変則的な動きをする的には左手のカノンで撃ち落とす。その射撃も正確なもので、ほとんど撃ち漏れもなく射止めている。
更に展開されたサークは、今度はこちらへ向かって突進してくるので、一夏はブレードを、簪は超振動薙刀を振りかざして急接近してくる標的の群れを次々に薙ぎ払う。
全ての的を破壊し終えた二人はぶわりと地面に着地し、一夏はブレードをしまいながら簪のもとまでやってくる。
「どうだったよ?」
「ふ、ふーん。まぁまぁね」
思わず感心していた事実を認めたくない簪は強がった台詞を吐きながら横を向く。
あまりに子供のような態度を示すので、これには一夏も失笑してしまう。それに怒る姿が更に拍車をかけるので、余計におかしくて更に笑う一夏。
最初こそ剣呑な出会いから始まった二人。
「私の『打鉄弐式』は爆撃型の面制圧が得意だから、貴方には射撃を強いる事もあるかもだけど」
「さっきのでも不甲斐ないか?」
「ち、調子に乗らないで……!」
冗談交じりにからかって、叱られて、笑いあう。
ただの高校生のような話し振りだと他人事のように思ってしまった一夏は、つい昨日聞かされた自分の過去をすっかり忘れていた。
あの鍔迫り合いの一瞬、明確に殺意をもって千冬に挑んだ。そうしなければ勝てないと思っていたし、実際辛勝で姉は今日も教室に出ていたほどだ。
千冬の怪我は治っていなかった。今朝も腕と首周りに包帯が巻かれていたのを察するに軽い怪我では無いはずなのだが、普段と何も変わらず凛とした出で立ちで教壇に立っていた。
対して自分は殆ど怪我も少なかったが筋肉疲労が凄まじく、昨日は立てるかやっとの状態だったのに、今こうしてISに乗っていても何処にも異常はみられない。それどころか昨日の戦闘よりも技の速さが増している気がする。
この平常な体が、昨晩に千冬から聞かされた己の正体を裏付けているようで気持ちが悪い。
だが、憎いと思う反面、今はこの力が絶対に必要なのだと感じる。
一夏は視線を上げると、観戦席の方から一対の目が自分たちを見ていることに気が付いた。
一番前の手摺に身を乗り出して、保護シールドに張り付きながら無遠慮に見つめてくる少年の姿。
「結⋯⋯」
一切隠す気のない好奇の目。
というよりも、欲しいオモチャを前にしている子供のようだった。
いつか結と戦う日が来るのだろうか。
起こってほしくない未来予想を振り払い、一夏は未来から逃げるように今の目標であるタッグトーナメントを見据える。
「よし、勝つぞぉー!!」
「なにやる気になってるの」
どうも。
次回ようやくタッグトーナメント開催できそうです。
簪ちゃんの見せ場作れたらいいな。
ではでは。