IS【小さな少年は盾を構える】   作:屍モドキ

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九十話 二人の騎士と骸の王

 

 

 

 

 半壊したアリーナに立ち込めるどんよりと重たい空気。

 一夏達十名の前にポツンと立ち尽くす重装の騎士は、自らの掌から伸びる茨で無人機を無造作に引き摺りながら、ゆったりとした足取りで近付いてくる。

 

 騎士が一歩、また一歩と近づいて来るたび、闘技場に漂う緊張は大きく、どんよりと張り詰めてくる。

 

 結が空いた片手を空に振ると、一夏達が持っていたシールドビット達が外れ、少年の元へ全ての盾が集結し、少年の背後から伸びる茨のコードが盾を掴み、彼の前に円陣を組ませる。

 

 それらは一夏達へ向かって放射状に広がり、少年が何かをするような素振りを見せる。

 危険を察知した一同は回避しようとその場を離れようとしたが、それよりも速く、簡単に少年の一手が入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「『悲鳴共鳴(ひめいきょうめい)』」

                   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『ギィ

    ィ

    イ

     ぁ      ァアァァ

       ァアア アアァ

     アァ あ    ァァア

    ァア ァア     あぁ

    ぁぁ     アァ   あア

            アあ  ァァアァアア

              あ   アアァ

            ァア    ァアァ!

                アアァァ!

                 アァ!!

                 アア!!

                  ア!!

                 !!

                !!

            !!!!

           !!!!

          !!!

        !!』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大地すら揺るがす大絶叫。

 ハイパーセンサー越しの聴覚機能すら貫いて鼓膜を突き破るような不協和音にその場にいた誰もが耳を塞ぎ、体内を轟き抜く鈍痛で立てなくなってへたり込む。

 

「がッ……!! なんだ、こりゃ……ッ!!」

 

 爆撃でもされたかのような轟音は少年のシールド達を通して拡声され、アリーナの壁全体を反響して回って一夏達を反響の中に閉じ込め、たっぷりと耳障りな雑音に浸す。

 

 絶叫が止んだかと思ったら、全身が痺れるような感覚に襲われ、殆どの機体が鈍く鈍重な動きになっていた。

 

「ナニコレっ! 動きが、鈍い……!?」

「シンクロ率が落ちている、だと……!」

 

 その場の誰もが固有の単一仕様が使えなくなるまで機体とのリンクを阻害され、超技術を誇るはずのISはただの機械の塊と呼べる代物にまで成り下がった。

 

 

 一夏や箒の展開装甲はピタリと塞がり、セシリアや楯無のビット兵装はその場に落ちる。ラウラや簪の空間能力はハイパーセンサーの画面にすら表示されなくなり、ダリル、フォルテの二人の炎と氷は出現すらしなくなった。

 

 対IS用デバフトラップをまんまと喰らい、バインドボイスからの硬直が解ける頃にはすでに量産機に乗った素人程度の性能しか出せなくなっていた。

 

 

 だがそんなものでは終わらない。

 少年の行動は続く。

 彼の大絶叫が及ぼしたのは何も一夏達に向けての妨害だけではない。

 自身の魂と機体のクォーツを無理矢理共鳴させる為のものでもあったのだ。

 

 

 

 

 

【共鳴現象】

 

 

 

 

形態移行(フォームシフト)

 

 

 

 

『ARTHUR』

 

 

 

 

 

 

 

 外殻の封印装甲でもあった鎧は振動によって剥が落ち、代わりに全身から伸びる茨が少年と骸の機体の骨格に合う鎧へ変貌を遂げる。鎧は血濡れのように赤黒く、誰もを拒絶するような棘の意匠があちこちに散見できる。

 頭部へ伸びた茨はぐるぐると頭を帯のように包み、頭蓋骨を縛る棘の冠を生み出して目元を隠すように、目深に被る。

 

 さながら亡霊のような立ち振る舞いで一夏達と対面する骸の王。

 骸の顎から覗く口元は醜く歪み、えくぼを作って餓鬼のように嗤う。

 

 

 そんな彼の顔面に一撃、不可視の砲弾が直撃する。

 

 攻撃したのはツインテールを揺らし、ぎらついた目で結を睨む鈴。

 いつか暴走した結にISを奪われた彼女は、今の少年があの時の暴走時と同じ状態にあるのだと悟っていた。

 

「二組の、何を……!」

「鈴、お前……!」

「解かってンでしょ一夏ぁ! あの子は、アイツは……!」

 

 だからこその先制攻撃。だがオートモードに切り替えての専用武装【龍砲】の一撃はさほどダメージには成り得ない一撃だった。

 

「『いッ……てェなァぁ……お姉ェちャン……』」

 

 しかしその一撃は、その場にいた一同へ嫌でも戦いの合図なのだと思い知らされた。

 

「総員、攻撃開始ッ!! 目標は……上代 結ッ!!」

 

 飛び道具を持つ者は誰もが銃口を骸の王に向け、最早躊躇いすら抱かずに引き金を引く。それ以外の者は剣を構え、一斉に左右から飛びついた。

 

「『キシシ』」

 

 骸の王は掌から伸ばした茨で側に転がっていた無人機と、目の前を漂っていた八枚の盾を掴み、それらを目の前へ移動させて一斉射撃された実弾、光弾、その他全てを防ぐための防壁にする。

 

 絶え間なく撃ち込まれる弾丸砲弾レーザーの横雨はその一切を盾と無人機を操る茨によって阻まれ、弾一つとしてファントムに触れることは無かった。

 

 やがて一斉掃射が止んで立ち込める煙幕が晴れる直前、その煙幕を突き抜けながら飛び込んで来た一夏や箒、鈴とダリルが各々の刀や剣を一度に振り抜く。

 

「ハァァッ!!」

「ゼァッ!!!」

 

 上下左右、それぞれ一撃で仕留めんと全てが急所を狙った斬撃。

 その全てを、ファントムはまたも茨で操る盾で受け止める。

 全員の違う構え、太刀筋や攻撃法に対する攻撃のいなし方を使い分けながら、盾は自在に振り回されて四人の斬撃を一切無力化して本体への攻撃を拒む。

 

 一夏には鍔迫り合いで抑え、箒の二刀流は全てを弾く。

 鈴の青龍刀は白刃取りで抑え、ダリルの双刃は両方の剣が振れないところで抑制していた。

 

「器用なコトしやがる……!」

「気を付けて先輩、コイツは他人のISを奪えるんで!!」

「知ってるよォ!!」

 

 双刃を塞がれたダリルは抑え込まれる力をずらしながら半身をねじ込み、でたらめに蹴り上げを喰らわせようとした。

 だが彼女の一撃は横から飛び出してきた無人機によって阻まれる。

 

 と言うより吊るされた無人機で防がれた。

 乗っているものが人でないだけあって、横腹に突き刺さった蹴りに対して身動ぎも悶絶も見せない人形というのは実に不気味に感じる。

 

「チィッ!」

 

 二の手も無効化されていて思わず舌打ちが溢れるダリル。

 そんな彼女の前に佇んでいた無人機のゴーレムⅢは己を繋いでいた茨から強制チューニングの施され、バイザーに光を取り戻して彼女を睨む。

 

『………ッ!』

 

 標的である彼女を察知した途端に左腕のナイフを持ち上げて突き刺そうとおもむろに腕を振るう。

 

「そんな事も出来るのかよ!」

 

 ダリルはナイフを避けて距離を離し、茨で繋がったゴーレムⅢともう一度相対する羽目になって苦虫を噛み潰したように顔を顰める。

 

 シンクロ率が落ちてる今の状態、単一仕様も使えねぇ。

 機体も重てぇ。武器を振るうのもやっとだ。

 

 クソにも程があんだろうよ……!

 

 ◆

 

 

 鍔迫り合いから抜け、せめて一太刀だけでもお見舞してやろうと奮闘する一夏。

 機体性能を無理矢理落とされて万全の出力が出せないという状況でもあるが、盾二枚だけを相手にこれ程まで苦戦させられとは思ってもいなかった。

 

 これはファントムの能力の高さか、それとも結も同じだけ凄いのか。

 はたまた二人の能力か。

 

 少し離れたところで箒も同じように苦戦を強いられていた。

 切り込もうにも茨で吊るされた盾が踏み込みを妨害し、嫌でも近付けまいと防壁を築いている。

 

 一人につき盾は二枚、それぞれは茨で繋がっている、ならば切り落としてみるか……!

 

「ダラァぁっ!!!」

 

 一夏は『雪片弐型』を片手で握り直し、久々のオートモードに切り替えた背部スラスターを爆発的な勢いで吹かして飛びかかる。

 

 盾は一直線に飛んでくる一夏へカウンターを食らわそうと待ち構えていたところ、それを狙っていたらしい一夏によってその身を彼の空いていた左手で掴まれてしまう。

 

 すぐさま応援に飛んできた二枚目の盾を片足で抑えながら、一夏は引き千切る思いで茨の繋がる盾を引き伸ばしながらグリップに繋がっている茨のコードを一息で切断する。

 

「これでどうだ!!」

「『ところがギッチョン!!』」

 

 茨を切り飛ばした盾はコードの制御から抜け出したと思っていたのが、一夏の左手をすり抜けて彼の鳩尾へアッパーカットのような一撃を見舞う。

 

「ガッ……!」

「『ギャハハハ!!! 引っ掛かった引っ掛かった!!!』」

 

 

 茨のコードはブラフ、吊るして操っていると思わせる為のカモフラージュ。初歩的だが、まんまと引っ掛かった一夏は諸に攻撃を食らってしまった。

 

「一夏!!」

 

 吹き飛ばされた一夏を目で追ってしまった箒の隙を逃さず、盾達は彼女の二刀を弾いて殴り飛ばす。

 

 吹き飛んだ二人を前に盾達がずらりと並び、ミンチにしようとと一斉に殴りかかってくる。

 

 だが横からのパレットライフルの射撃が盾達を牽制し、一夏達への攻撃を食い止めた。

 

「二人とも、大丈夫!?」

「た、助かったぜ、シャルロット」

 

 ろくに機能もしない防御機能のおかげで、まともな威力を保った一撃を喰らって嘔吐く一夏。

 

 心配そうに寄り添う箒の手を借りながら虚勢で立ち上がる一夏は、改めて今の状況の不利を実感していた。

 

 今も絶え間なく武器を取り替えながら射撃の手を止めないシャルロットだが、その全ての弾は嫌がらせのように盾で防がれ、落とされる弾丸は一線を作っており、そこに結界でも張ってあるかのような錯覚さえ起こしてくる。

 

 そう。結は、ファントムは変身したときから一歩も動いていない。

 

 防戦に徹しているようだが、ただの一度の攻撃も本体には届いておらず、まるで力量差をこれでもかと知ろしめしているようでもあった。

 

 なんて厭らしい……だが事実、苦戦を強いられているのは自分たちで、さっきまで無人機との戦闘を繰り広げていた蓄積のおかげて皆々随分と消耗している。

 

 そこへ機体性能低下のデバフと来れば、相当に堪える。

 

 単一仕様『零落白夜』は消耗が激し過ぎる。他の皆の能力も使えない、箒も同じく消耗の激しい展開装甲は封印せざるをえなくなり、全員頼れるのは個別の武器のみ。

 

 ファントムは機体を奪える能力に加え、今目の前で無人機を容易く操ってダリルと交戦させているところを見るに、個別に機体の操作も出来るようだ。

 

 アイツにはまだ隠し玉があるかもしれない。

 手探りのままの急襲戦闘に後手後手の状態で、よもや敵に遊ばれている。

 

「結局、戦うしかないのか……」

 

 決めきれない決断を待たずに答えを求められる。

 やりたくないと頭の中でごねたって、振りかざされる暴力を前に対抗しなければ、脅かされるのはまた自分達なのだから。

 

 何度目か、結に刃を向けるのは。

 

 いつまでも馴れない、人を斬る行為。

 思い起こす度に足が竦み、腕が重苦しい。

 

 後ろ髪を引かれる思いで刀を握り直し、一夏は少年を見定める。

 

「待ってよ……!」

 

 誰かに呼び止められた。

 振り向くと、薙刀の切っ先をこちらに向けて、肩で息をしながら震えている簪がいた。

 緊張と慣れない戦意で震えている腕で薙刀を握りしめ、脅すように一夏へその切っ先を向けている。

 開いた瞳孔は一夏を一点に見定めて、いつでも喉元を引っ掻こうとしているが、荒い呼吸で薙刀を握る手はおろか足元すら危うくなっている。

 

「なんで、なんでみんな、結と、戦うって言うのに……そんなに澄ましてるのよ……!!」

 

 簪の奇行に誰もが気を立てる。

 それも仕方の無い事だろう。

 というより、この場の一年生の中で彼女だけが結のもう一つの顔を深く知らない。

 更に入学時からの一夏との確執も重なり、以前から彼女は一夏の事を敵視する傾向にあった事もあり、そこへ結と一夏が戦った過去も相まって二人の溝は深く、大きく刻まれていた。

 

 突き付けられる薙刀を見て、一夏は簪との隔たりを酷く実感してしまった。

 

「どきなさい簪ちゃん!」

「どかない、結は誰にも殺させない!」

 

 楯無の言葉に応えない簪は、錯乱状態に近かった。

 

「なんで、結が……! なんで結と戦わないといけないの!?」

「簪ちゃん! 危ないっ!!」

 

 楯無が横から飛び出し、簪を押し退けた。

 姉の不意の行為に対応出来なかった簪はそのまま楯無と一緒に投げ出され、数メートル吹き飛ぶ。

 

 何事かと思ったのも束の間、自分と一夏がいた線上に緋色の機体が騒々しく吹き飛ばされてきた。

 

「グゥッ……!」

「ダリル!!」

 

 それは上級生のダリル・ケイシーであった。

 後に続いてファントムとゴーレムⅢが地面に転がるダリルの前に降り立ち、彼女が持っていた双刃を荒々しく地面に突き立てる。

 

 立ち上がろうとするダリルの肩をゴーレムⅢが踏みつけながら、無人機は右腕の砲門を彼女の眼前に構えて止まる。

 

「この───ッ!!」

 

 至近距離。恋人の命の危機を目の当たりにして頭に血が上るフォルテ・サファイアはスナイパーライフルを腰撃ちの姿勢で構えて、躊躇わずに無人機へ発砲。五発の弾丸はゴーレムⅢの右腕を跳ね上げるには十分の威力を出し、生まれた隙を狙ってフォルテは無人機の頭部を狙って更に発砲。

 無人機は羊の角のようなヘッドギアを破壊され、バイザーに隠れた頭部まで吹き飛ばされる。

 

 ゴーレムⅢが頭部センサーを失って千鳥足になっている間にダリルは下から抜け出し、地面に突き刺さっていた双刃を引ったくって片膝のまま武器を構える。

 

「ダイジョブっすか!」

「くッ……当たり前だァ!」

 

 専用機として製造された彼女含めこの場にいる殆どの者の機体は高いシンクロ率を前提としたピーキーな調整を施されている。

 それは各部のモーターやユニットの一つに至るまで、緻密な設定のもと稼働していた専用機が、今や一世代前の陳腐な量産機以下の性能まで落とされ、超人的なパワーは何処へやら。

 さっきまで余裕綽々に動き、羽根のように軽かった手足は鉛のように重たく、意識して動かさなければマニピュレータすらまともに動かせない。

 

 

 クソ、機体が重たい……。まるでコイツに怯えてるみたいだ……!

 

 

 あの大絶叫から皮切りに動きが鈍くなったIS。

 

 無人機の特性ではなく、恐らくは上代 結の機体の能力だろう。

 知っている事は他人のISを奪える事だと聞いていたが、まさか間接的にISを操作出来るなんて。そんな回りくどい能力まで有しているとは思いもしなかった。

 

 と言うより、この場にいる全員が奴にISの権限を掌握されたまま、敢えて泳がされている。

 

 

 ふざけた真似しやがって……。

 

 

 腹が煮えくり返るような憤りを感じつつ、少しずつ反撃の手段を丁寧に潰されているような、趣味の悪い詰められ方を受けて余計に苛立ちが募る。

 

 そんなダリルの前に、ずしりと足を運ぶゴーレムⅢ。

 首無しの機体は時折ガタガタと痙攣しているが、肩部のセンサーで彼女とフォルテを知覚するやいなや、巨大な右腕を振り上げて躊躇いなく叩き落とした。

 

「あぶッ──」

 

 満身創痍のダリルを抱え、ネズミのように逃げるフォルテ。

 だが動きの鈍い今の機体では、碌な回避行動も取れず、足はもつれ、追撃を許してしまう。

 固有能力である氷が発現しない事実に内心舌打ちしながら、射程距離にしては近すぎる距離でスナイパーライフルを抜こうとして、無人機の接近を容易く許してしまう。

 

「あ……」

 

 巨腕の右腕による横薙ぎ。

 フォルテはそれをまともに喰らい、抱えていた恋人とも殴り飛ばされる。

 叩きつける衝撃で硬直してしまい、本能から逃げるように言われて立ち上がった頃には既に、目の前にはゴーレムⅢが立っていた。

 

 ゴーレムⅢはボールを蹴飛ばすように、フォルテの小さな体躯を蹴飛ばし、彼女を更に遠くへ吹き飛ばす。

 

「テメェ……ッ!!」

 

 恋人を傷付けられ、ついに怒りを顕にするダリルだったが、一矢報いようと双刃を構えたところでゴーレムⅢが自分へ向けて巨腕に備わっているレーザーの砲門を向けている事に気がついた。

 あっと呟くのが先か、目の前は影すらかき消された光に呑み込まれ、スキンフィールド越しのレーザーを受けて倒れてしまう。

 

 身を焦がすほどの熱と人と機械を纏めて吹き飛ばしてしまうほどの衝撃。無論ただで済むような威力では無いが、ダリルが起き上がろうとする度にゴーレムⅢは何度も彼女へ向けてレーザーを発射する。

 

「い、や……ダリ、ル……!」

 

 それを低いところから見ていたフォルテは、助けにいけない怒りと助けられない絶望に心をすり潰されながら、芋虫のように藻掻く事しかできなかった。言う事を聞いてくれない機体はもはや彼女たちにとってただの重りでしかなく、まだ着ているだけ生命が保たれるかもしれないだけの拘束具に成り果ててしまっている。

 

 最愛の人へ向けて必死に手を伸ばし、痛む体を引きずりながら這い進むフォルテ。

 そんな彼女の後ろを躊躇いなくついてくるゴーレムⅢ。

 再度、巨大な右腕を持ち上げ、羽虫を叩き潰すように、無人機は小柄な少女を潰した。

 

 破裂音に近いような衝撃音がアリーナに響き、フォルテは泡を吹いて動かなくなった。

 

「『二匹』」

 

 手強い相手だと思い知らされるには十分だ。

 自分がもう戦えないと悟ったダリルはファントムを挟んで向かいにいたセシリアに目配せしながら、背後からの狙撃を誘う。

 それを受けたセシリアはシャルロットとの同時射撃でファントムを彼の後方から狙い撃つ。

 

 しかしファントムは振り向きすらせず、触手のように蠢く茨で盾を巧みに操り、背後からの射撃全てを防ぎきってしまった。

 

「なッ⋯⋯」

「『無駄だ。オレはお前ラの視界情報も視えてるンだからナ』」

 

 ファントムが指を立てて、シャルロットたちへ向けて下に降ろすように振る。すると彼女たちの攻撃を防いだ盾の二枚が茨のコードから千切れるように飛び立ち、トンボのような軌道を辿ってセシリアとシャルロットに体当たりをぶつける。

 

「きゃあっ!」

「うぐっ⋯⋯!」

 

 盾は体当たりがヒットした後、先ほど彼女たちを助けた時と同じ人型に変形し、今度は彼女達を蹂躙するべくその身を振るって嬲る。

 弾など躱され、小さくすばしっこい兵士はナイフの斬撃すらものともせず、彼女たちを真正面から叩き潰す。

 

「止めろ結!」

「『ギャハハハハ!!!』」

 

 一夏の言葉に聞く耳も持たず、一方的になっていく嬲り殺しは続けられる。

 耐えかねた一夏が止めるべく駆け出したところで鈴の雄叫びが轟く。

 

 

「止めろっつってんでしょぉぉがぁぁぁあああ!!!!」

 

 

 二つの青龍刀の柄頭を連結させた大薙刀『双天牙月』を大きく振り被ってファントムへ向けて投擲する。

 鈍く空を切る音を嘶かせながらISの身の丈も超える双刃がブーメランのように飛来する。

 そこで初めてファントムは自分への攻撃に視線を向け、両手を広げて飛んできた巨大な双刃を掴み取った。

 

「『お返しだ、鈴おねーちゃん』」

 

 そして、鈴がした時と同じように勢いをつけ、まったく同じ動きで双人を鈴へ向けて投擲する。

 

 投げ返された双刃を受け止める鈴は、更に寄越された人型の盾達を相手に苦戦を強いられる。

 大振りな武器と衝撃砲しか有さない鈴にとって、小さくすばしっこい相手というのはあまりにも苦手な敵だった。

 

 同時に二体も相手取ればたちまち防戦は崩され、背後から横から無遠慮な暴力に圧されながら、じわじわと余裕もエネルギーも削られてしまう。

 やがて数分と待たず、盾達によって地面の味を教えられる。

 

「『五匹』」

 

 続け様に今度は箒とラウラが、それぞれ二刀と両手のプラズマ手刀を展開して左右から挟み撃ちにファントムを狙う。

 

「いくぞ篠ノ之箒」

「あいわかった」

 

 二人の二撃、計四発の同時攻撃を四枚の盾で受け止めたファントムは、さらに一対の盾を操り、二人に反撃を与える。まともに喰らう前に避ける二人だが、一人で三枚の盾を相手にはどうにも手数が足りない。

 

「小賢しい⋯⋯ッ!」

 

 空間停止結界を張れないラウラは自部の周りでちょこまかと逃げ回る盾を撃ち落とそうと手刀を振り回し、ブレードワイヤーで誘おうとするが、盾たちはちょこまかとブレードワイヤーの隙間を掻い潜り、ラウラへ体当たりを続け様に繰り返す。

 

「チぃッ!」

 

 ついに業を煮やしたラウラは、飛ばしたワイヤーを掴み、自ら引っ張ることでブレードワイヤーの軌道を無理矢理変更させ、空中を飛び回る盾を捕らえた。

 すかさず肩のカノンをがちゃんと構え、大口径の砲弾で撃ち抜こうとした瞬間、別の盾が『シュバルツェア・レーゲン』のカノンの砲身を真上から叩き折り、発射された砲弾は砲身内部で爆発する。

 

「ッ―――!!」

 

 無論ラウラは爆風に押され、右後方から叩きつけられる衝撃に吹き飛ばされる。

 立ち込める煙幕を切り開き、後手に回るのはまずいと自分を狙う盾を探すが姿が見えない。

 

 視線を動かし土埃が舞い立つ空を見回していると、突然足元が何かに掬われる。

 見ればさっきまで自分が探していたはずの盾がレーゲンの右足に突き刺さっており、足首の関節が潰されていた。

 

 しまった。

 

 頭のなかで短い悪態を吐きながら、倒れる勢いを利用して、せめて一枚でも盾を潰そうとプラズマ手刀を地面へ向けて振り下ろしたが、盾は金属片を散らしながらレーゲンの脚から抜け出し、獲物を逃した手刀はアリーナの地面に突き刺さる。

 

 連続の失態に危機を察知していたが、予測から行動に移るより前に、予測していた敗北はやってきた。

 

 地に手をつけて一瞬動けなくなった彼女に、盾たちは真上からラウラを何度も嬲る。

 その身を挺して装備を砕き、三連続の衝撃を何度も繰り返す。

 

 やがてラウラが動かなくなったのを確認し、興味も失せたように飛び去った。

 

 

「『六匹』」

 

 同じくして箒も盾たちに両手の刀を振り回して応戦していた。

 全身の展開装甲を含め、ほぼ近接武器しか有さない彼女にとってビット兵装の相手とはかなり不利。

 ついさっき手に入れた遠距離武器も、高いシンクロ状態でなければ発現すらしてくれない。つまり今のままではとにかく不利。

 

「ならばもっと速く!!」

 

 展開装甲の使用をスラスター系のみに絞り、盾を追うことに専念する。

 自分の周りを幾何学的に飛び回る盾達を高い動体視力で捉えながら、三枚それぞれの軌道を観測、予測し、次に自分へ攻撃してくるタイミングを狙い当てる。

 

「そこだッ!!」

 

 短い動作での突き。だが寸のところで剣を躱され、背後に回っていたもう一つの盾が迫っていた。それを横目で察知していた箒は、宙空の水平姿勢のまま、背面蹴りによる回し蹴りを一瞬の蹴り上げで狙い当てる。

 

 ガツンと硬い金属音。

 バランスを失った盾は空中でぐるんと回転しながら吹き飛び、だが形は残っているところから破壊には至らなかった。

 

 そんな追いかけっこを繰り返していても埒が明かない。

 分かっているからこそ焦りが判断に、手元に現れ、小さなミスが繰り返される。

 当たっていたはずの攻撃は避けられ、捉えていたはずの敵影は見逃し、躱していたはずの攻撃を喰らっている。

 

「はぁッ、はぁッ⋯⋯!」

 

 そして、後になって気付く。

 手遅れになってしまっていることに。

 展開装甲での蹴りを入れようとして、装甲は割れずエネルギー刃も現れなかった。

 

 エネルギー切れ⋯⋯!?

 

 この土壇場で⋯⋯いつの間にかジリ貧に追いやられていた箒に残されたのは、二本の刀だけ。

 すでに重しにしかならないISではろくに振るうことも出来ず、箒は盾達の餌食にされてしまう。

 

 刀を振る、その外側から殴りつけられる。遅れて振り向けば、今度は背中に重たい一撃を貰い、鈍痛が背中から内臓を駆け巡り、腹から抜けていく。

 盾達に群がられ、足掻きながらそれを追い払おうとしても、執拗に啄ばまれて、限界まで貪られてしまう。

 

 やがて落下していることにも気が付かず、箒はあっけなく墜落してしまった。

 

 

「『七匹』」

 

 

 ほとんどの仲間が倒され、しかし殆ど攻撃を喰らわせることなく敗れる。

 まるでノルマ達成を確認するように、ファントムは倒した相手の数を数えながら一夏のもとまで歩いてくる。

 

 今度はお前達だ。

 

 骸のヘッドギアからは表情は読み取れない。

 だが、口端を釣り上げるように笑っている口元から、時々こぼれている奴の笑い声が、この場にいる全員を倒すため、自分が今の状況を楽しむため、悪びれもしない純粋な悪意のもと否応に楽しそうに嗤っていた。

 

「ま……待って、結……!!」

「よせ、簪さん!!」

 

 簪は薙刀を投げ捨て、もつれる足でたたらを踏みながらファントムの前に躍り出て、少年の胸元にすがりつく。

 

「結、結だよね? なんでこんな事、し、してるの? 止めようよ、ね……? お願いだから、いつもの、いつもの優しいアナタに戻って……」

 

 緊張で震えている簪。

 疑心暗鬼に陥る心は既に壊れかけ、残っていたプライドも無造作に踏み躙られ、藁にすがる思いで彼女は結に語りかけていた。

 

 

 簪の言葉に返すように、少年は簪の肩に手を置き、力を込めて引き離す。

 そして泣き出しそうだった彼女の頬を打った。

 

「『嫌だね。いつも思ってた……ウザいンだよお前』」

「……え」

 

 打たれた頬を抑え、何をされたのか理解が追い付かず、ただ戸惑う声を洩らす簪。

 そんな彼女を見下しながら、少年は語調を強めながらなおも言葉を紡ぐ。

 

「『可哀想なガキへの同情心をオカズにして擦った●●●●は気持ちよかったかァ!? ギャハハ!!』」

 

 彼のために、一夏から守るために、そんな一心で今まで強くあろうとしてきた簪にとって、結からの拒絶は身を引き裂かれるよりも激しい絶望だった。

 

 普段の少年なら絶対に発さないような下卑た言葉の羅列が、普段の少年の声から発せられる気持ち悪さに誰もが嫌悪感を覚える。

 そして、その罵倒の数々を真正面から向けられている簪は、その場にへたり込んだまま動けない。肌が粟立つような感触を感じながら頭の中で少年の言葉が反響する。

 

 

 

「『オレはずっとお前が大嫌いだったよ』」

 

 

 

 その一言が決め手となり、簪は俯いたまま動かなくなってしまった。

 

 

 ぎゃはははははははははは!!!!!!

 

  

 下品な笑いがアリーナに轟く。

 絶望に涙を流す簪は打ち砕かれた心では何もできなくなってしまった。

 

 そんな妹の前に立つ、姉と翡翠色の機体。

 

「あなた、覚悟はよろしいかしら?」

 

 普段の飄々とした楯無からは思いもしないような、冷たく鋭い声音。

 視線だけで肉が切れそうなほどの眼力で骸の仮面を見上げながら、楯無は槍を引き絞って構える。

 

「『衣をヒン剥かれちまって、まるで裸の王様だナァ!! もしくはゴディバ夫人かァ?』」

 

 単一仕様である水のヴェールが発生できない今、楯無のIS『ミステリアス・レイディ』は無力に等しい。

 だが、彼女は戦う。

 

 壊された学園のため。

 害された学園の生徒のため。

 

 そして何よりも、妹の尊厳のため。

 

 

 一夏は初めて目の当たりにする生徒会長、更識 楯無の激情を肌で感じ、自分の姉とはまた違った恐れを知る。

 

 

「『いいツラで見てくれちゃって、それじゃあとっておきだ』」

 

 ファントムはニタニタと笑いながら、放っていた盾達を回収し、再度自分の前に展開して妙な陣形を取らせた。

 

 

 そして、盾達はわらわらと群がってそれぞれが形を変え、一基の盾を基盤として各々が手足に変形しながら四肢を形成し、ガーディアンの鎧と仮面を被り、大盾をズシンと携える。

 

 『ゴーレムⅡ』起動。

 

 それはまるで結のガーディアンを模したような、もしくは少年がISを纏った姿を似せたような立ち振る舞いで、彼が愛用していた大盾を自分たちへ向けて構えてくる。

 

 二体の騎士が並び、一夏と楯無の前に立ち塞がって後ろで嗤う骸の王を守る。

 

 

「『さァ、まだまだ遊んでくれよ』」

 

 きしし。

 

 

 







 次回、次回で専用機トーナメント終わったらいいなぁ。

 ではでは。
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