IS【小さな少年は盾を構える】   作:屍モドキ

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九十二話 獄卒と亡者

 

 

 アイツを守るんだ。

 みんなを守るんだ。

 そのために強くなったんだ。

 だから力を手に入れたんだ。

 アイツを止められるだけの力を。

 誰も傷付けさせないだけの力を。

 

 

 

 もうどうでもいい。

 

 

 

 うちから湧き上がるドス黒い感情が、これまでの信念を、積み上げた過去を、結やみんなとの絆を。蓋をしていた気持ちが全てを真っ黒に塗り潰していく。斑模様の感情は後ろめたさも暗転し、明確な殺意のみを浮き彫りにしていった。

 

 腹の底の黒い激情は奴を殺せと命じてくる。

 もはや制御の効かない身体は仄暗い感情に促されるままに歩みを進め、敵と見做した結を、ファントムを、目の前の骸を倒せと命じてくる。

 

 

 一夏は雪片弐型を硬く握りしめ、見開いた双眸でファントムを見据えている。

 

 

「殺シテヤル」

 

 

 考えることをやめた頭の代わりに血液は他の体躯へ駆け巡り、ぐつぐつと煮え滾る怒りは熱となって居ても立ってもいられなくなるほど身体を熱く焼き焦がす。しかしそれとは対象的に頭は空っぽになったかのように冴え渡り、堂々巡りをしていた思考は完全に停止。研ぎ澄まされた感覚だけが機械的に身体を動かすのみだった。

 

 燻る心臓を掻き毟りたい。

 突き動かされる激動の赴くまま一夏はファントムへ向かって飛び出した。

 

 

 

 四基が並ぶ背部スラスター全てを使った瞬時加速。

 バンッ、と空気の壁をぶち破り、瞬きよりも速くファントムへ接近した一夏。

 あまりの速さにハイパーセンサーですら視認するのに遅れたファントム。

 視界を覆う一夏が目の前で刀を振り上げていた。

 シールドビットによる防御結界を張る隙間も与えられず一夏の接近を許してしまった事に気がついた。

 

 

 シマッタ、疾イ。

 

 

 知覚したときにはもう振り下ろされた雪片弐型がチラついていた。

 回避にはもう遅い。完全に一夏の間合い。無傷は無理。

 

 ならば受けるしかない。

 振り下ろされた真っ直ぐな唐竹割り。ファントムはそれを両手に装備したいたシールドビットで受け止めた。

 

 だが。

 

 

「『ングッ!?』」

 

 ファントムは刀を弾くかもしくは威力を相殺して押し止められると踏んでいた。しかし一夏の斬撃はそれ以上の威力。剛腕による力任せの出鱈目な一撃はファントムの防御を押し潰し、少年にその場で膝をつかせた。

 

 跪いたファントムに、一夏は再度刀を持ち上げ振り下ろす。その動作は最早『斬る』ではなく『叩く』に近かった。

 

 白式の十八番である『零落白夜』すら要さない超至近距離で、実体剣による我武者羅な殴打の連打。

 逃げることも許されない速さで、一撃一撃が骨すら砕こうかという威力で、確実に仕留めんと言わんばかりの殺気を込めて。何度も何度も何度も一夏は少年へ目掛けて刀剣を力一杯に握りしめ、技すら捨てた暴力を振り翳す。

 

「『ッ!⋯⋯嘗メンジャ ネェッ!!』」

 

 幾度となく叩きつけられる刀剣の殴打に耐えかねたファントムは、一夏が握るその刀を無理矢理掴み取り、振り下ろされる連打を中断させた。

 一方的に殴られる事に屈辱を覚えたファントムは全身に装備していたシールドビットを分離させ、今度は自分の番だと知らしめるように小型の盾を一夏へ向けて四方から飛ばした。

 

「───ッ」

 

 ファントムに掴まれた武器を取り戻そうと振り払うが、骸は刀身を掴んで離さない。四方から迫る無数の盾たちが一斉に迫る。

 

 このままでは逃げられない。

 

 諦めた一夏はすんなり『雪片弐型』から手を離し、真上に飛び上がることで八枚位の盾の直撃を回避した。

 当てを無くした盾達はファントムの前で甲高い音を立てながら積み重なり、不細工な金属塊を造り上げる。ファントムは盾を蹴飛ばして視界を保ち、左手に『雪片弐型』を握りなおして一夏を捉える。

 

 はるか上に跳びあがっていた一夏は、左手の武装腕である『雪羅』をカノンモードに切り替え上空からファントムへ向けて狙いを定め躊躇いなく撃鉄を下ろす。

 

「『クソッ!!』」

 

 ファントムは散開させていたシールドビットをかき集め、直上からの射撃を防ぎながら自分は刀剣を担ぐように握り直して上空にいる一夏へ向かって飛び出した。だが目の前にいたのはクロ―モードで展開していた一夏。落下と瞬時加速を乗せた急降下から繰り出す一撃がファントムの真上に落ちてきていた。

 

「『ッ!!』」

 

 触れるだけでシールドエネルギーを大幅に削ってしまう白式の単一仕様『零落白夜』。それはあの左腕の『雪羅』でも使用可能。対して一夏の手から離れた『雪片弐型』はその単一仕様を肖れない。つまりこのブレードはただの刀剣に過ぎない代物。

 

 そんなものでは奴の攻撃に対処しきれない。

 そう踏んだファントムは仕方なく防御に切り替え、展開した大盾を構えて一夏の近接攻撃を盾に任せる。

 

「ゼェェァッ!!!」

 

 一夏の鉤爪が大盾の表面を削る。

 しかし盾の裏にはもう少年は居らず、自由落下しながら消える大盾を他所にシールドスラスターを装備していたファントムが一夏の横から飛び蹴りを繰り出していた。

 

「『ラァァッ!!』」

 

 蹴りが触れる瞬間に伸び切った少年の脚を、一夏は体勢を戻すついでに掴み取り、そのまま地面へ向けて無造作に投げた。

 

 自分の飛び蹴りの速度を活かされ、果てに反撃を許してしまったことに若干の憤りと興奮を覚えるファントム。着地するより前に空中で体勢を立て直したファントムが一夏を見上げる。

 

 目に映ったのは既に眼前まで迫っていた一夏だった。

 

「『ウオッ!?』」

 

 すぐさま全身のスラスターをフル稼働させて旋回飛行に移り、一夏の攻撃を回避する。

 急落下でそのままアリーナのグラウンドに墜落した一夏。ファントムは内心このまま勝手に自滅してしまえばいいとほくそ笑んでいたが、立ち込める土煙を突き破って白い機体が飛び出した。

 

『「シツコイ ン ダヨッ!!」』

 

 まともに相手などしていられない。

 一撃が必殺ではあるが、その燃費は最悪。それが白式と言う機体である。セカンドシフトしようがその性能の特質は変わることなく引き継がれていた。それを理解しているからこそ、ファントムは逃げの一手に走るのだ。

 

 イクラ機体性能ガ良クテモ、当タラナキャ意味ガ無ェ!

 

 飛行速度は分が悪いが、稼働時間では此方のほうが有利、追いつけたところで防御面では勝るのだから負けるはずがない。

 そうやって打算を打っていたファントムだったが、突如して一夏の影が視界から掻き消える。

 

『「ッ!?」』

 

 瞬間的に瞬時加速を使ったのか、だとしてもハイパーセンサーの領域内なら知覚は出来るはず……。

 

 戸惑いの中アリーナ中を見渡していると、突如としてファントムの背中に穿つような衝撃が走る。

 

『「ガァッ!!?」』

 

 振り向きざまに見えたのはを()()()()()()()握る一夏の姿。

 姿勢を崩したファントムは追い打ちとばかりに一夏からの蹴りをくらい、また地面へ落ちていく。

 

 落ちた先で立ち上がるやいなや追ってきた一夏の飛び蹴りが降ってくる。それを転がるように避け、避けられた一夏は『雪羅』で叩き潰さんと振りかざした鉤爪を叩きつけ、それも避けたファントムに今度は身を倒すように踵落としを繰り出した。

 

 墜落からの三連撃をことごとく躱したファントムの前に、覆い被さるような影が少年の視界に映った瞬間、ファントムは掴んでいた『雪片弐型』で、一夏が振り下ろした攻撃を仰向けのまま受け止めた。

 

 眼前で攻撃が停滞した事により、ようやく一夏が今握っている得物が何なのか視認できた。

 

「『ナンダァ、ソノ武器ハ……!?』」

 

 刃渡りは雪片よりも長く、刀身は何かのフレームかと思えるほど分厚い。柄のまわり等に無骨なコードがそこかしこからはみ出て繋がれており、不細工な電工機械のようでもあった。

 そして何より歪だったのは、刀身に当たる部分に刃と呼べるものが無いこと。一見すればただの鈍器のようなそれ。しかし鍔も相まって剣のような形をしていた。

 

 だがおかしい。

 一夏の、白式の機体には拡張領域(パススロット)の殆どを『雪片弐型』と『雪羅』に割いているはず。ナイフの一本だって装備出来ないはずの機体から何故二本目の剣が出てくる?

 

 奥の手として隠していた?

 それとも今まで存在を知らなかった?

 

 頭の中で憶測が飛び交えど決して答えにはたどり着かない。

 そうこうしていたら緩んでしまった押し返しに付け込まれて一夏の握る大剣が目と鼻の先まで迫ってきた。

 

 そして切り結ぶ剣の向こうで、修羅の如き形相で睨む一夏の双眸が深淵を抱いて覗いてくる。

 

「『怖イ 顔シヤガッテ、泣イチャウゾォ……ッ!』」 

「…………」

 

 その一言を発するやいなや、一夏が押しつけている刃のない大剣が近づけられ、喉元にまで迫ってくる。

 一夏は怒りの度合いをさらに高め、それを全て力に変換してるようだ。

 やがてその力は大剣に現れる。

 一寸先まで近づいた大剣の刀身に、無いと思われた刃が姿を見せる。だがそれは実刃ではなく青白いスパークを散らすプラズマだった。

 

 雪片弐型の刀身と鍔迫り合いになって触れていた箇所がプラズマと競り合って凄まじい火花を散らしている。

 まずいと感じたファントムは一夏に脚を添えて蹴り上げ、巴投げの要領で引き剥がす。

 

 雪片弐型を見てみるが『零落白夜』の兼ね合いもあって耐熱処理でもしてあるのか大した外傷は無かった。

 

「『面白ェモノ持ッテル ナァ』」

 

 投げられた一夏はそのまま空中で姿勢を返し、こちらに正面を向けて何事も無かったように着地する。

 手にはついさっきようやく稼動を始めた大剣が尚もプラズマを光らせていた。

 

 あれは展開装甲じゃない。

 それどころか単一仕様の『零落白夜』ですらない。

 一夏から奪い取った『雪片弐型』の外傷が無い事を見るにそれは確かな事だろう。

 

 今の一夏にとって重要なのは武器の性能ではなく、()()()()()()()()()

 何よりも誰よりも得意な得物で戦うこと。

 それが一番のアドバンテージになり得る。

 

 狙っていた訳ではないが一夏に有利な条件が揃ってしまった。

 

 だがファントムは、それを望んでいた。

 

 より対等に戦える存在を。

 

 より長く遊べる相手を。

 

 より死線に近づける戦いを。

 

 

 ISと言う存在が世界に広まり、武力とはISを指す時代。

 そんな中、対IS戦を想定して生み出された自分が、織斑の身体に宿った自分が、過去の戦乙女を超える為に生み出された亡霊が。

 

 ようやく互角の戦いに身を投じられる喜びを目の当たりにし、内から溢れる幼心のように湧き踊る楽しさが抑えられない。

 

 ワクワク スル。

 

 モット遊ビタイ。

 

 モット楽シミ タイ。

 

「『モット ダ……モット オレ ヲ 楽シマセロ……織 斑 一 夏 ァァッ!!!!』」

 

 髑髏の下で釣り上げた口角を隠しもせず、ファントムは全身のスラスターを稼動させて爆発的な初速で飛び出す。

 対して一夏は無骨なプラズマブレードを両手で持ち上げ、上段の構えでそのまま向かい受ける。

 

 ファントムが一夏の間合いに入ると同時に一夏は踏み込み、持ち上げた大剣を袈裟に振るう。

 

 大盾を構えたファントムだが一夏は盾ごと骸をねじ伏せようとする勢いで潰しにかかる。

 単純なパワーでは一夏に分がある。二次移行を終えた機体性能と感情の暴走により覚醒した一夏の共鳴深度は、今のファントムと結の共鳴と同等かそれ以上。

 

 力負けを悟ったファントムは盾から手を離し、半歩下がって分厚い鉄板から抜け出す。大盾は轟音を響かせながら一瞬でアリーナのグラウンドに沈み、ファントムは向かって右側にサイドステップを踏みながら横に振り絞った『雪片弐型』を一夏の左側頭部目掛けて躊躇いなく振るう。

 

「───ッ」

 

 一夏は『雪羅』をシールドモードで展開し、ファントムの一撃を弾く。力量差で簡単に弾かれたファントムのがら空きになった胴体へ向けて、片手でなんとか切り替えした大剣を力任せに振り上げて片手での逆袈裟を繰り出す。

 

 大薙な一撃をファントムは脚に装着していたシールドビットで防ぐが、大剣の重撃には些か耐えきれなかったようで質量に負けて押し込まれる。

 

 そのまま担ぎ上げられたファントムは一夏の顎を狙ってサマーソルトキックを繰り出すが、一夏はヘッドバットでファントムの重装甲な蹴りを食い止めた。

 

「『バケモノ ガヨォッ!!』」

 

 いくらシールドスキンが万能だと言っても限度がある。確かにISに乗っている以上は肌の露出等は半ば意味をなさない防御性能だとしても、人間の本能的な忌避感で鋼鉄の手足からの攻撃は避けるはず。

 そんな危険意識を完全に捨て去っているからこそできる頭突きにファントムは毒吐きながら跳ね退く。

 

 ファントムの着地を狙って一夏は追撃を図る。

 と言っても振り切ったプラズマブレードを平らに構え、無造作な横薙ぎを払うだけ。しかしそれを四基のスラスターによる爆発的な加速を併せての攻撃である。

 

 後退しながら一夏の太刀筋を捉えたファントム。

 だが視えたからと言って躱せるわけではない。

 

 ファントムは両手で構えた『雪片弐型』で一夏の大剣を迎え撃ち、ふとすれば簡単に吹き飛ばされそうな一撃を何度も放ってかる一夏と何度も切り結ぶ。

 剣同士がぶつかるたびにファントムはよろけ、されど決定打が打ち込まれる前に立て直して一夏の決め手を欠く。

 

 

 加速力、馬力は当然ながら白式が勝る。

 一対一での戦闘では圧倒的に白式が有利。対してファントムは一対多における対IS戦に特化した機体。敵機の武器や機体そのものを奪取し、その場で兵装を換装、あるいは使用して戦う奇襲型である。

 

 つまりファントムそのものに()()()()()()()

 他にISや武装があって初めて機体として成立する、歪な機体である。

 

 だからこそファントムは結という器に至るまで、同族殺しの悪名を結達に課しながら戦闘経験を積み重ねた。

 

 近接、中距離、遠距離。直接的、間接的、誘発的……様々な方法で対人戦を戦い抜き、肉が千切れるまで戦い、その度に新しい肉体に移り変わって膨大な経験値を溜め込んだ。

 

 

 それなのに。

 

 

 織斑一夏に勝てない。

 いつもいつも。

 

 全ての戦況において従前に立ち回れるように満遍なく蓄えた経験を、織斑一夏は愚直に剣一本だけで制していく。

 

 初めて戦ったあの日も。

 奴の前で暴走したあの日も。

 結と共鳴したあの時も。

 

 そして今、互いに共鳴している今も。

 いつだってアイツは剣を構えて立ちはだかる。

 

 

 

「『……楽シイナァ』」

 

 

 

 ついぞ経験の無かった敗北。

 それをくれたのが一夏だった。

 

 初めて出会った、自分を倒してくれるかもしれない存在。

 その為の舞台、その為の人形、その為の盾。

 

 その為の怨み。

 

 これ以上に無い最高の戦いに、ファントムは口許を綻ばせて笑みをこぼす。

 

 その喜びが仇となり、隙を晒してしまう。

 

 ぐん、と踏み込んだ一夏の唐竹割りがファントムの正中線を捉え、弾こうとして構えた『雪片弐型』を叩き落としながら斬りこむ。

 剣に妨げられて浅く通った一夏の大剣の刀身がファントムの仮面を裂き、更に一本踏み込みながら一夏は切替して逆風を振り上げ、咄嗟に防ごうとしたファントムの両手のシールドビットを弾き飛ばし、躯のヘッドギアを割る。

 

「『グゥッ……!!』」

 

 アギトを残し、上顎から上の髑髏の面が剥がれて少年の素顔が曝け出される。

 だがその目つきは彼の少年の希薄な眼差しではなく、ファントムが宿る我欲が滲んだ釣り上がった目つきだった。

 

 奪っていた『雪片弐型』を落とし、使える物は自前のシールドビットだけになりながらファントムは尚も意地汚く武器を探すが、見つけたものに飛び付こうとするたび、立ち塞がる一夏によって妨げられ、全身の各所に装備している小型盾を一枚ずつ砕き剥がされる。

 

「……………」

 

 一夏が大剣を振るうたび、ファントムが鎧を剥がされるたび、ファントムの機体は少しずつその体躯を小さく削がれ、元の少年と大して変わらない体躯にまで装甲を剥かれる。

 

 

 じりじりと距離を詰める一夏。

 ファントムが立ち上がる度に大剣を振るい、鎧を、装甲を打ち砕き削ぎ落とす。逃げ道を一つずつ丁寧に磨り潰すように、ファントムが一歩下がれば一夏が一歩詰める。

 

 いよいよ力も底尽きてよろけたファントムを、一夏は無操作に蹴飛ばし、逃げる体力すら無くなって動かなくなったファントムを片手で持ち上げる。

 

「『ハァ……ハァ……焦ラシ、ヤガッテ……ッ!』」

「…………」

 

 少年の顔は苦渋に歪み、汗と泥と血で汚れて随分とみすぼらしい格好になっていた。

 それを淡々と見上げる一夏は片手で握る大剣を振りかざし、その首を刎ねようと刃を構える。

 

 これで終わり、これで終わらせる。

 

 単一仕様『零落白夜』起動。

 

 プラズマブレードの刀身はより一層深い光を放ちながら輝き、プラズマは白式の展開装甲に似た光を魅せる。

 

 

 一夏の機体は変わらず元の機体を保ったままなのも相まって、あまりにも一方的な戦いに管制室から見ていた千冬と真耶は惨たらしいとさえ感じる光景だった。

 

「織斑先生、これ以上は結ちゃんが死んでしまいます!」

「わかっている……! もう止せ織斑、返事をしろ!」 

 

 オープンチャットで繋がっているはずの白式にいくら言葉を投げかけても、一夏は攻撃の手を緩める事はなく、尚もファントムを大剣で嬲り殺しにしている。まるでボロ雑巾のような扱いに真耶は顔を隠し、千冬はもはやここまでか……と諦観の思いで懐からあるトリガースイッチを取り出す。

 

「織斑先生、それは……!」

「両方救うなら、もうこれしかない……」

 

 千冬の手に握られた簡素なグリップ。柄の上にはカバーで守られたスイッチがあり、千冬はその蓋を指先で弾き上げる。

 いつか結が暴走した折に装着を義務付けられた首輪の爆弾。爆ぜればたちまち血管を破り、数秒で再起不能に至るよう造られたそれを起動するためのスイッチ。

 

 常人ならば五分と待たずに失血死を起こせるそれは、特殊な自動治療装着を機体内に有する結にとっては緊急停止の為の装置でしかない。

 

 だが一度機体内の棺に押し込まれてしまえば、次に出てくるときは完全に治療が済んだその時。

 

 そもそも結が暴走した時も、IS委員会の熟れた上層部からは抹殺案まで出ていた始末。それを起爆首輪で手打ちにしたのは、あわよくばこれで死んでしまえばいいと言う下賎な考えの元だろう。

 あの婆共にとって男性操縦者とは目の上のたんこぶ。女だけの特権であるISを扱える男など目障りでしかないのだから。しかしその始末を自分達は負いたくない。なので現場責任者たる千冬にその責任と実行権が与えられた。

 

 全く損な役回り。そんな思いも他所に、実弟()()の安否もしてやれない己の不甲斐なさに臓物が煮えくり返りそうだった。

 

 それは真耶も同様だろう。

 もしかしたらそれ以上かもしれない。

 

 勝手に呼び出して上代結の世話を押し付けてしまった事を今更ながら後悔する千冬。

 しかしそれももう遅いのかもしれない。

 一度築いた親愛とは中々消せないものだ。

 そしてそれが憎しみに変わるのは簡単な事でもある。

 

 これが終わったら私は恨まれるだろうな。

 家族恋しさに生徒を手放したか、人殺し、そんな文句で済めば良いだろうか。

 

 責任者とはいつもそんな役ばかりだ。

 

 何処か諦めたような眼差しで、千冬はスイッチを入れた。

 

 

 

 

 

 

 あまりに無機的な破裂音がアリーナに響く。

 

 結の首に嵌められていた首輪が起爆し、辺りに血の花を散らした。

 

 真正面で結を持っていた一夏は当然その血飛沫を浴び、飛び散る少年の血液は白式の純白な装甲を紅く汚す。

 

 一瞬何が起きたかわからなかった一夏。

 手の中には何故か瀕死になっている結がぶら下がっている。

 あまりに突発的な状況に理解が追いつかず、ここに来てようやく思考が行動に追い付いて感情の昂りが冷めてきていた。

 

 なんだ?

 俺は何をしていた?

 結を止めようと、ファントムを殺そうとして、剣を振っていて……。

 

 理解するより前に言葉を並べ、何をしていたかを整理しようとするが、思考はたたらを踏んで次の理解に進まない。

 

 いや、それより、ファントムを、止めなければ……。

 

 急冷されて軋む頭でようやく思いついたのはトドメを刺すこと。

 さっきまで自分が取っていたらしい行動に乗っ取り、半ば機械的な動きで結に剣を振ろうとするが、体は思ったように動かない。

 

 最後の一手を誰かに奪われ、填るはずだった自分の一撃の行き先がわからなくて、頭が、身体が動かない。

 

 そうして動けないままでいる一夏の手の中で、首から夥しい量の出血をしている少年が震えながら両手を持ち上げる。

 

 まだ動けるのか?

 

 見れば傷口を塞ごうと小さな茨のコードが少年の首元をはい回り、それは『雪羅』の籠手も構わず縫い合わせようとしていた。

 

 しまった、まだ動けるならこのまま相討ちもあり得る。早いところ逃げるか討ち取るかしなければ。

 そんな思いで大再、大剣を構え直した一夏の腕を、少年が細い腕で掴む。

 そして喀血を繰り返す青ざめた顔で、少年はにへ、と笑っていた。

 

 

「あ……あり、がとう……お兄、ちゃん………」

 

 

 殺してくれて。

 

 

 最後は声にすらなっていなかった言葉を残し、少年は一夏の手の中からずり落ちる。

 

 血みどろになっているべちゃりと落ちた少年を、彼の小さな背からあふれ出した拘束具が小さな体躯を呑み込み、いつかみた仰々しい棺を形成して小さな少年を完全に取り込み、その場にガタンと蓋をして落ちた。

 

「は、は………結? 結、なのか……?」

 

 その場に散らされた血飛沫。頬に残る血糊のベタつく温もり。鼻を覆い尽くすような鉄の臭い。機体越しに、手のに残る少年の感触。

 覚めた意識に叩き付けられる人間を殺した、殺そうとした感触が意識の中に、瞼の裏に焼き付けられる。

 

 自分の行いが何を招いたのか。意識の外で何をしていたのか。

 その結果を、一夏は掌にベッタリとついた緋色によって見せつけらた。

 

「あ、あぁ……あぁぁああぁぁ………!!」

 

 稼働限界を迎えて消滅する機体に放り出され、アリーナの中央で蹲った一夏は激しい慟哭を轟かせ、後悔の中で泣くしかなかった。

 無理矢理動かしていたからだが砕けそうなほどの激痛に苛まれながら、呼吸すらまともに出来ない息遣いでのた打ち回りながら、一夏は芋虫のように這いながら棺の傍まで近づく。

 

「なん、で⋯⋯なんで⋯⋯お前は、さっきの、お前は⋯⋯どっち、だ⋯⋯⋯!」

 

 少年が造った血溜まりを突っ切り、棺にしがみつきながら一夏は金切り声で問いかける。

 

「お前は⋯⋯今、誰なんだぁぁァァ⋯⋯⋯!!!」

 

 死屍累々の闘技場で只一人、ただ一人の男の叫びが響き渡った。

 

 そしてその声も途切れ、いよいよその場に動くものはいなくなった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 そこはどこかの上空。空に漂うのは奇怪な船。

 その中では小さな食卓の前でご機嫌に鎮座する、奇抜な格好をした女がいた。

 

「おーなか空いた♪ おーなか空いた♪ おーなか空いたった~♪」

「もう少しで出来上がります。束様」

 

 両手に食器を握り、嬉しそうに歌を口ずさむ女は世界中から指名手配を受ける天災科学者『篠ノ之 束』その人だった。

 

 そして束の声に反応した少女が、少し離れたキッチンからフライパンを持って現れる。

 体躯は細く、齢十五前後と思しき少女。絹のような長い銀髪を越しまで下ろし、白と青を基調としたゴスロリドレスに身を包む少女。そんな彼女の目はピタリと閉じられているが、しかし彼女の足取りは淀みない歩みをしていた。

 

 彼女の名は『クロエ・クロニクル』。かつて束の手によってとある研究所から拾われ、そのまま彼女のお気に入りに加えられたクロエはこうして束の世話係として生活していた。

 

 そんなクロエが束の前に置かれていた皿にフライパンの中身をよそう。

 ゴロゴロと硬い音を鳴らしながら出てきた黒い炭の塊。

 苦い香りと明らかに硬い感触を残すそれを、束は何のためらいもなく器用にナイフとフォークで拾い上げ、一口で頬張りゴリゴリと咀嚼する。

 

「ん、んおぉ。うーまーいーぞォーー!!」

「嘘です。美味しいはずがありません」

 

 クロエが申し訳なさそうに言葉を漏らすが、そんなこと気にも留めずに束は炭の塊をペロリと平らげてしまった。

 

「⋯⋯申し訳ありません、束様。このような物しか作れず⋯⋯」

「だったら出来るようになるまで練習すればいいのさ。くーちゃん」

 

 心苦しそうにしゅんと縮こまるクロエ。対して束は一切怒る素振りも見せず、それどころかフォローをかけるほどだった。

 

「あと束様は堅苦しいからやめて~。気軽にお母さんって呼んでよ~!」

「束様」

「あぁ~ん」

 

 クロエは束によって連れてこられ、名前を授けられてからこうして献身的に束の世話をし、束の言いつけをしっかりと守る娘だが、明確な上下関係の一線を引いて近づかない。

 それが正しいのかは定かではないが、こうして束が母呼びを懇願するたびに拒否をするのがクロエの日常になりつつあった。

 

 そうしてクロエから振られた束があからさまに涙を流しながら身を翻し、壁に掛けられていたモニターを起動させる。

 

 そこにはつい先刻、IS学園に襲撃していた無人機の視界を映した映像が流れていた。

 

「う~ん。いっくんの白式の稼働率は前回のデータと比べて随分上がったねえ。それも終盤で一気に」

「箒ちゃんの紅椿も新武装を展開できるまでに至ったけど、単一仕様の常態化はまだまだだね」

「ゆーくんもようやく覚醒したのか、それともまた暴走しちゃったのかな? どちらにせよあのシールドビットを上げたのは正解だったね!」

 

 映像では打ち捨てられて傾いた無人機の視界の先で、暴走したファントムと同じく暴走していた一夏の戦闘が繰り広げらえていた。

 それをクロエは熱心に観察している。

 

「あの少年が例の上代 結、ですか」

「そう。君の前身に当たる同じ生体同期型の機体だ。リリース順ならあの子のほうがお兄さんだね」

「そうですか、お兄様⋯⋯」

 

 画面の向こうで、仮面の下で笑う少年をじっと見つめるクロエ。

 開かれた双眸は黒い眼球に金色の瞳孔をしていた。

 あまりに人とかけ離れた双眸は、そかし何処か魅入ってしまいそうなほどに美しい。

 

「クロエは結お兄様にお会いしてみたいです」

 

 淡々と無表情なままのクロエだが、ここで初めて、自発的な言葉を漏らした。

 それが溜まらなく嬉しかったらしい束はにんまりと笑いかけ、彼女の手を取って抱き寄せ、薄暗い研究室の中で立った二人、ワルツを踊る。

 

「それじゃあ会いに行ってみようか!」

 

 無邪気に笑う束をよそに、クロエは今もモニターに映る少年の横顔を目に焼き付けていた。

 

 今、会いに行きます。

 

 結お兄様。

 

 






 あけましておめでとうございます。
 今年もよろしくお願いします。

 長かった⋯⋯これにて専用機タッグトーナメント編終わりです。

 オリジナル要素も出せるようになってきて伏線も回収出来るよう頑張っていきます。

 ではでは。
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