暗く冷たい金属製の壁が四方を隔てる部屋で、真耶は一人棺に対面してノートパソコンの画面を睨んでいた。
外部パッケージの『ガーディアン』及び上代結の専用機である『ファントム』の情報を入手するため。もしも機体の製造場所などが判れば『亡国企業』や先の襲撃事件の手掛かりが掴めるかもしれないから。
しかし、数日を要しても出てくるのは機体スペックが記載された項目と蓄積経験値のデータが殆どで、核となる部分の情報には至れない。
出生から製造過程に至るまで、全てが特殊な環境に置かれて造られただけはあり、自己学習されたデータ一つ取っても厄介と思えるような設計が垣間見える。
そもそもIS自体がブラックボックス化されている部分が多く、コアを使い回すには一度初期化する必要もあるような代物であるため、情報解析をするとなればハッキングよりも長い作業が待っている。
一つ一つ項目を開いては目を通し、落胆しては次の項目を開く。
「み、見つからない……」
自己学習をするISコア。その為にいざ情報を整理して一つ一つ閲覧データに変換する作業を挟めば、出てくる情報は複雑であまりにも多い情報の山に押し流されそうになる。
そんな中、真耶は一つのフォルダを見つけた。
そのフォルダには鍵が掛けられており、パスワードを入力しなければ開かない仕様にされていた。
知りもしない謎の機体の謎の鍵フォルダの開け方なんて知る由もない。
ただ、パスワードのヒントに気になる何かを感じた。
「『私の日記、最後のページ』……?」
その言葉が気に掛かり、それが何なのかと真耶は凝り固まった思考をしばし巡らせる。
やがてピンときた彼女はバタバタと部屋を飛び出し、暫くして一冊の本を抱えてやってきた。
「オルコットさんのお父さんの日記……!」
以前より調べていた人物であるかの父君、アーネスト・オルコット。
イギリス当局の助けも借りながら身元を調べた所、とある研究室で生物学や医療技術の研究をされていた事が分かった。
日記の内容も翻訳しつつ読み進めると明らかに怪しい組織への出入りがあったようだが、詳細は殆ど見つけられず、また彼自身もご婦人共々謎の事故死を遂げている辺りに不穏な気配を感じなくもない。
しかしこの日記の最後、『insider』と書かれたそれは誰かへの警告だったのか、それともこの『ガーディアン』に繋がるヒントだったのかはわからない。
何もわからないが、手掛かりになるのはこの日記だけ。
真耶はくたびれかけていた心に火を入れ直し、試しにキーワードを『ガーディアン』に入力する。
「どうなるかな…………」
しばしのロード時間を固唾を飲んで待ちながら、画面はロック解除の文字列を並べた。
「開いたっ」
展開されたフォルダ。
その中身の一つを選択し、そこに書かれていた内容に目を通す。
だがその内容に真耶はまたもや驚愕するのだった。
「こ、これは……!?」
◆
織斑一夏は今、学園島から離れ、ある施設へ向けて歩みを進めていた。
『織斑、お前は明日から倉持技研に出向しろ。機体のオーバーホールをして来い』
先日教室に赴くなり担任の千冬から言われたのは急な校外出向。
しかし理由はわかっている。
先日の襲撃事件での戦闘で酷使した【白式】は相当な過負荷に晒され、現時点で機体の展開すらままならない状態になっていた。
それは自分だけでなく、あの場で戦った殆どの専用機が機体の損壊やハッキングの後遺症で修理を余儀なくされていた。機体の外傷も大概だが、深刻なのは内側、システム面における損傷が激しいらしい。
ISは自己進化を繰り返すAIを搭載しているが、それも悪い方向に進むと悪循環を繰り返す代物へと成り下がってしまう。その過程をなんとか修正したりするのだが、あのファントムが行った強制共鳴による影響がかなり深いところまで達しているらしく、その調整も兼ねて各機体は大規模な修理を要する運びに至った。
倉持技研。
自分に渡された【白式】や箒の【紅椿】簪の専用機である【打鉄弐式】やその源流の【打鉄】など、日本産ISを研究、開発している施設である。
しかし白式や紅椿はその開発途中で束博士に改修されたという経緯があるので、技研にてどれだけの修繕が出来るのか定かではない。
それも行ってみなければわからないだろう。
残暑厳しい日照りの日中、一夏は額から汗を流しながら険しい山道を登る。道中に生い茂る雑木林の影に隠れながらとはいえ制服姿で山道を登るのは些か厳しいものがある。
だがその暑さすら、今の一夏にとっては閉じた窓越しのような他人事に思えた。
都会のコンクリートジャングルを抜けてしばらく歩き、木漏れ日が差すような山路を登。
いたる所から虫の声や鳥の囀り等が木霊する山の中、険しい坂道を登る一夏の尻を濡れた何かがデロンと撫でた。
「んいィッ!?」
ぞわりと不快感が背筋を伝い、尻に濡れた感触が残って余計に気持ちが悪い。
素頓狂な声を上げて倒れた一夏を見下ろしながら、尻を撫でた張本人はニヤニヤ笑いながら見下ろしてくる。
「いや〜、青少年の尻は格別じゃないか。織斑一夏クン」
「え……だ、誰ですか……?」
ず体躯は細身の成人女性そのものといった具合。片手にはモリ、もう片方には川魚を指に挟んで数匹吊るし、今尚水が滴るずぶ濡れの体にはスクール水着が身に着けられていた。
セミロングの黒髪をツインテールに纏め、ゴーグルを額に持ち上げながら笑う女性を前に一夏は怯えながら戸惑う事しか出来ない。
「なんだいなんだい、せっかく迎えに来たと言うのにその縮こまりようはさぁ」
「え……だ、誰ですか……?」
オーバーリアクション気味にしかめっ面で不貞腐れる成人女性を前に一夏は萎縮するのみで現状把握もままならない。
逃げたほうがいいのか?
でもなんか相手はこっちの事知ってるみたいだが……?
「あ、いた! こんなところで何してるんですか所長!」
「おー。迎えに行ってたんだよ」
すると登坂のほうから別の男性が降りてきて、変質者を見るな彼女を「所長」と呼ぶ。
するとつまり?
「やあ、よく来てくれたね一夏君。この人は我が倉持技研の現所長の…」
「
呆気に取られる一夏へ媚び媚びの挨拶をかますヒカルノに、額を抑えてため息をつく隣の男性職員。
一夏は今更ながら不安が募ってきた。
◆
織斑一夏がいない授業と言うのは、学園としては当たり前だが同級の少女たちからすれば異質な光景だった。
「織斑君いないのか〜……」
「しょうがないよ。機体ボロボロなんだって言うし」
一般生徒には事件の詳細な話はされていない。
それもそのはず。
上代結の暴走など、厄介な話が多すぎるため、大きな混乱を避ける意味も込めて当事者達には箝口令が敷かれている。試作機とはいえ各国の最新鋭機がものの数分で大破させられたなどと言う話は下手に公言出来るものでもないだろう。
理由はそれだけではないのだが、ともかくとして事件の内容は漏れずにいた。
しかし事件が起ころうと学園は通常通りに運営され、今日も授業は行われる。
第二アリーナに集合した一年一組と二組は規則正しく整列し、織斑先生の指示に耳を傾ける。
「今日の授業だが、一般生徒はいつも通り訓練機で模擬戦。代表候補性には別の課題を用意してある」
織斑先生が山田先生に目配せすると、山田先生が奥からISハンガーに掛けられた機体を持ってきた。
箒達は訝しげにハンガーに掛けられた謎の機体を見上げる。
「これは?」
「IS……とはまた違うような」
通常のISよりも一回り大きく、胴体が収まるコックピットから四肢に広がる強化外骨格に配電ケーブルが繋がっており、外観からわかるISとの機体性能差を推し量る。
「これは国連が開発中の外骨格攻性機動装甲『EOS』だ」
「イオス……?」
「Extended Operation Seeker。略してEOSだ。その目的は災害時の救助活動から、平和維持活動など、様々な運用を想定している」
あくまで救護活動がメイン、と言う謳い文句だが、そんなものはただの方便だと誰もが思っただろう。実際に対IS戦を想定して造られた『ファントム』との戦いにおいて何が有効であるか、それを模索しているのは自分達だけではない。
その打開策の一つが今自分達の目の前にあるこれなのだ。
「各自フィッテング作業が済み次第模擬戦闘を行う!」
「「「はい!」」」
皆威勢のいい返事をしてからEOSに乗り込む。
そして操作感覚を覚えるために腕を足を動かしていたのだが。
「くッ……!」
「お、重い……!」
箒、セシリア、鈴、シャルロット。その全員が、EOSの扱いに困っていた。
なにせ重いのである。
もちろん総重量ならばISの方が上だが、あちらにはPICという反重力システムが搭載されている上に各部に搭載された補助駆動装置、それにパワーアシストなどの恩恵からほとんど重量を感じることなく扱える。
それに対して、EOSは一言でいえば金属の塊であり、補助駆動装置は積んでいるものの、そのレベルはISよりも遥かに低い。
しかもエネルギーの運用関係上、常にオンにしておけるものではない。 さらにはダイレクト・モーション・システムにより、操縦者の肉体動作の先回りをして動くISとは異なり、すべての動きは操縦者の後になる。
その上、問題は背中に搭載された巨大なボックスだ。次世代型PPBと呼ばれるそれは、単重量だけで三〇キロを超す。それほどの重量がありながら、EOSのフル稼働では十数分程度しか持たない。
いかに、ISが優れた装備であるかを、今更ながらに実感するハメになった。
しかしとて、いくら弱音を吐こうが頼れるのはこれしかないのだと、皆が奥底で思っていた。
ファントムのジャミング下の動きづらさとはまた違った、マニュアル操作で機械を操っているような地味で歯切れの悪い乗り心地にフラストレーションを覚えつつも、皆なんとかまともに稼働させられるようになってきた。
それらとは別に、ラウラだけは一通りEOSの動きを確かめた所で小さく頷いていた。
「よし、それでは準備出来次第模擬戦を始めろ」
織斑先生の合図と共に、ラウラは誰よりも速く駆け出した。
◇
「それじゃあ、はいこれ」
「えっ」
手渡されたのは釣り竿と餌箱。
研究所に来て機体を預けた後、ヒカルノさんから早々に退去指示が出された事に若干の戸惑いを覚える一夏。
「いやぁ、資材の出入りが激しくなりそうだからね。私含めて不要な人員は出払ったほうがいいのだよ」
「そういう事ですか」
確かに素人が立ち尽くしていた所で邪魔だろう。
一人納得した一夏はヒカルノにうながされるまま、他の研究員の方に笑顔で見送られながら、旅路に見つけた川へと向かった。
「……さて、本題はこれからだよみなの衆」
それまでヘラヘラとしていたヒカルノはさっきと打って変わって妖しい目つきを携え、場の空気が変わった事を察する研究員達に支持を飛ばしていく。
「情報収集班は機体データと戦闘稼働データ、他機とのコネクト情報を優先で集めて。整備班は外部装甲の交換と損耗箇所のチェック。内部交換も忘れずにね」
「「「はい!」」」
「悪いね一夏君。ちゃんと直して返すからね」
木陰に収まる岩肌に腰掛け、餌箱の中身を確認する。
「虫餌か、いいな」
中で木端に塗れて蠢くワームを摘み、釣針に括りつける。
竿をしならせながら風を切り、少し遠くの水面向かって針を投げ、河音を遮ってぽちゃんと小さな音が響いた。
そのまま一夏は竿を軽く握り、ぼうっと頭を空にする。
「ふぅー……」
思い出すのは事件が終息してすぐの時。
医務室のベッドで目覚めた三年生のダリルの言葉だった。
彼女は目覚めた直後、すぐに状況を察し、一人項垂れる一夏に労いの言葉を投げかけた。
『……よくやったよ。一夏』
『俺は、何も……何も守れなかったです……』
『いいや守ったよ。オレ達の命をさ』
包帯に巻かれ、点滴を吊るし、新しくあてがわれるガーゼに血をにじませながら、ダリルは無理矢理体を起こしながら一夏の目線に合わせて喋る。
そして俯いていた一夏の頭に震える腕を置き、乱雑にグリグリと撫でる。
『お前がやったのは褒められた行いじゃないかもしれない。だが確実に誰かの命を救った。それは覚えておけ』
『…………』
一夏は乱れた頭のまま、疲弊しきって開き切った目でダリルの顔を見つめる。
誰が見ても痩せ我慢をしているのだとわかる。けれど彼女は一夏に向かって不敵に笑ってみせ、誰よりも憔悴している男を安心させてやろうとしていた。
そのままダリルはまたベッドに倒れ、今度こそ静かになった病室には電子器具の無機質な音だけが響いていた。
ダリル先輩は俺を褒めてくれた。
だけど俺が守りたかったのは皆だけじゃない、結の事も助けたかった。
助けたかったんだ……。
自責の念だけが募る日々。
あの場の誰一人、一夏の事を責める人間はいなかった。
真耶でさえそんな事はおくびにも見せず、だがけして睦まじくとはいかず、もどかしい距離感を感じる。
それから一夏はISの起動が困難になった。
例えば機体に乗り込んでも四肢が重かったり、スラスターが稼働しなかったり。酷い時には機体の展開すらままならなくなり出し、いよいよもって危ぶまれた所で見かねた千冬がこの度倉持技研への出向を取り決めた。
今の一夏は刀を持つことすらできない。
刃物を握れば血にまみれた結を思い出し、結の返り血で濡れた刃を幻視してしまい忽ち足が震えその場に伏してしまう始末である。
命を賭す事も、選択を選ぶ事も出来なくなった今の一夏では戦う事はおろか最悪生きる気概すら残っていないだろう。
「…………」
視界がぼやける。
気が付けば、両目からとうとうと止めどなく涙が溢れ、頬を伝って零れていた。
そんな資格など無いのに。
自責思考に蝕まれ、ただ一人唇を噛み締めながら声を押し殺して泣く。
「やぁ一夏君」
「……ッ!?」
突然背後から声をかけられ、一夏は慌てて涙を拭う。
振り向くとそこにはスク水に白衣を羽織り、ビーチサンダルを履いて立っているヒカルノがいた。
「相席よろしいかな?」
一夏は、ヒカルノのサングラスの向こうに隠された瞳に獰猛な光をみた気がした。
◆
「は〜〜〜〜やられたわ」
授業後、シャワーを浴びた一組と二組の生徒達はそのまま昼休みに入っていた。
うら若き女生徒達はつい先日に学園が襲われたなどとは微塵も感じさせないようにキャイキャイしている。
「ラウラのやつ、強すぎるわよ!」
「仕方ないよ〜。正規の軍人なんだから」
EOSを使った模擬戦で、一対四の数差だったと言うのにラウラは鈴達を圧倒し、動きづらいはずの鉄塊をものの見事に操りながらすり抜けざまに全員へペイント弾を喰らわせていった。
「しっかし、当分ISが使えないっていうのはやばいわよね。一応、パーソナルロックモードにしてあるから、盗まれないし、盗まれても使えないけど」
そう言って鈴は自分の腕の『甲龍』を見る。本来ならリングブレス状のそれは、パーソナルロックモードとして薄さ一ミリ以下の皮膜状態で腕に張り付いている。パッと見では、なにかのファッションシールを貼っているように見える。
学園の危機的状況カラ緊急を要するとして学園の指示により各国から修復資材だけを搬入させ、機体の自動修復機能に一任する運びになった故に取られた措置だった。
「問題は、このモードの時は操縦者緊急保護がいつもより遅いことよね」
「それは仕方ないよ。銃を分解して保管しているようなものだし」
「まぁそれなりに訓練受けてるから、簡単には負けないけど。それに時間がかかるだけでいざというときは呼び出せるわけだし」
「だね。でも、そのことで、今は専用機持ちが全員二人以上で行動することを義務づけられてるけど」
その原因も襲撃事件だったり専用機がほぼ機能しない状態だったりと理由は諸々。
「学園に残ってるので一人なのって二年の楯無さんだっけ?」
「それと一夏かな。たぶん大丈夫だと思うけど」
「......ったく、はやく帰ってきなさいよ」
思わずそう呟いてから、ハッとして鈴は口を手でふさぐ。
しかし、ばっちりとシャルロットに聞かれたようで、にこにこと笑みが返ってきた。
「ち、違うのよ! アタシはただ、あいつ、軍事訓練とか受けてないから、だからっ……!」
「そうだね〜〜〜〜心配だね〜〜〜〜」
「違うったら!!」
さらに鈴が声を荒げようとしたところで、突然廊下の灯りが一斉に消えた。廊下だけではなく、教室も、電子掲示板も、すべてが一瞬でえたのだった。
もちろん、昼間なので日光があるため、真っ暗にはならない。と、思いきや。
「防御シャッター! なんで降りてんの!?」
ガラス窓を保護するように、斜めスライドの防壁が順番に閉じていく。
ざわざわとそこら中からどよめきが聞こえる中、すべての防壁が閉じて、校舎内は真っ暗になった。
「……一秒経ったわ。ねえ、シャルロット」
「うん、緊急用の電源にも切り換わらないし非常灯も点かない。おかしいよ」
二人はそれぞれにISをローエネルギーモードで起動し、視界にステイタスウインドウを呼び出す。同時に視界を暗視界モードに切り換え、ソナーに温度センサー、それから動体センサー、音響視覚化レーダーといった機能をセットした。
『ラウラだ。シャルロット、無事か?』
『鈴さん、今どこですの?』
ISによるプライベートチャネルでラウラとセシリアの声がそれぞれ届く。
それぞれに返事をしていると、それを割り込み回線の声が遮った。
『専用機持ちは全員地下のオペーレーションルームへ集合。今からマップを転送する。防壁に遮られた場合、破壊を許可する』
普段の千冬よりもより厳格な声が聞こえる。
それは、このIS学園でまたしても事件が発生したことを克明に告げていた。
どうも。
最近お仕事で東京に出向してきました屍モドキです。
人が多くて怖かったです。
構想は出来ているのに出力が面倒くさくて中々筆が進みません。
後回し癖が酷くて過去の自分を説教したくなる。
程々に頑張ります。