華扇と真言は2人で人里への道を歩いていく。
妖怪の山から人里への道は静かで、今幻想郷で起こっている人間と妖怪の争いがあることなど感じさせない程の静けさだった。
「まずは、人里に向かいましょうか。」
「そうですね。
人間達の現状を明確に把握する事が先決ですからね。
流石、師匠ですわね。」
完璧に女の子口調を使いこなす真言。
それを見て満足気な華扇。
真言はちゃんと女の子しないと彼女に怒られるので、一生懸命女の子女の子しているのだ。
一人称は『私』
語尾は『ですわ』
華扇は可愛いものに目が無いので、これを守り続ける限り、彼は怒られない。
「(男としてのプライド?
そんなもの捨て去りましたわ!
おほほほほほほほほ)」
〈相棒・・・・あわれなり〉
「(悲しくなんてないもん・・・・)」
「それにしても静かですね・・・・」
華扇は呟く。
確かにこの静けさは不自然なのだ。
時は未だ昼下がり。
ここは妖怪の山の一部ではあるものの比較的人里に近い場所。
普段、この時間は妖精か人間の子供のどちらかが遊んでいる筈なのだ。
しかし、そのどちらの声も気配もしない。
「師匠、私、嫌な予感がしますわ。」
「ええ、私もです。
・・・・っ!?言音さん、静かに」
華扇は何かの気配に気づいたのか口元に人差し指を当てて真言に静かにするよう指示する。
彼女は音を立てないように気配の元へゆっくりと接近していく。
それに真言もゆっくりとついていく。
「ー!ー!」
「ー!!」
「ー!」
「ーーーーー!!」
そして、微かにだが聞こえてくる声。
内容は上手く聞き取れないが、声質から大体5、6人くらいだと推測できる。
さらに、悲鳴のような声も聞こえてくる。
近づくにつれ、どんどん声は大きくなっていく。
遂に、華扇と真言は声が聞き取れる距離まで接近することに成功した。
二人は耳を澄まし、声を聞く事に集中する。
「やめてー!やめてー!」
「おい!抵抗するな!」
「放してえ!放してえ!!」
「腕と足を抑えて羽交い締めにしろ!」
「おっけー」
「わかった」
「いやあ!やめてー!」
「うるさい!騒ぐな!」
「口を塞ごう」
「むぐっ!っ!うー!」
「暴れるな!この野郎!」
「ぷはっ!誰か、誰か、助けてー!誰かー!」
「へっ!誰も助けになんか来ねえよ!」
さらに、声の主が視認できる距離まで近づく。
声の主は5人の子供達のグループと彼等に抑えつけられる緑の髪をサイドテールに纏め、青のワンピースを着た妖精にしては大きい、だが、背中に妖精の特徴的な羽を生やしているので妖精であることは確かだ。
その妖精は大粒の涙を流して必死に抵抗していた。
これが小町が言う、人間と妖怪の『小競り合い』だろう。
「これが、今の幻想郷ですよ、言音。
これはよくあることですから、見逃しましょう。
下手に介入すれば、人間達に妖怪の味方だと思われますよ。」
華扇がそっと真言に耳打ちする。
華扇の判断はつまり、妖精を見殺しにする事だった。
それはこの幻想郷での一般論で、正しい判断だろう。
ここで、妖精を助けて人間に対して悪い印象を持たれるのは望ましいことではない。
しかし、それは一般論でしかない。
バキリ
乾いた音が響く。
その現場に居た者達は一斉に音の発生源へ視線をやる。
そこには
ハイキックで木で根ごと蹴り飛ばした赤髪のロングヘアーの女性の姿があった。
「やめなさい」
真言の凛とした声が響く。
真言の迫力に気圧された子供達の数人は妖精から手を放したが、子供達の中で最も背の高くがたいのいい明らかにリーダー格の男の子は手を放すどころか真言に反論してくる。
「ねーちゃん、あんたはこの妖怪の肩を持つって言うのか?」
「ええ」
真言は怒っているからか、もう慣れたのかねーちゃんと呼ばれたことに関して何とも思っていない。
「それは人間に対する反逆行為だぞ。
分かってるのか。」
「それでも・・・・罪の無い妖怪を傷つける理由にはならない。」
「罪の無い?笑わせるなよ。
妖怪は、俺の父ちゃんを殺した!
罪の無い俺の父ちゃんを!
だから今度は俺が妖怪を殺してやるんだ!
何が悪い!」
そう吼えると男の子は腰に下げていた短剣を抜き、妖精の腹部目掛けて突き刺した。
飛び散る鮮血。
それは、男の子の頬を濡らし、妖精の服に赤い染みをつけた。
ただ、それは妖精のものではなく、真言の血だったが。
短剣が刺さったのは妖精の腹ではなく、真言の手の甲だった。
短剣が妖精に刺さる前に真言が手の甲でその短剣を止めたのだった。
「いてててて、なかなか力あるじゃないか、少年。
だけど、その力は他人を傷つける為の力なの?」
真言は手の甲に刺さった短剣を引き抜き、笑顔で短剣の持ち主である男の子に返す。
「あ、ああ、う、うわああああああ!!」
男の子は短剣を受け取らずに逃げだした。
それは、初めて人を刺してしまった恐怖からだろうか、それとも自分が刺したのにニコニコと笑う真言に対する罪悪感が理由だったのだろうか。
「貴方はやっぱり無茶をしすぎますね。」
華扇は呆れた調子で言い、包帯で真言の手の止血をする。
真言は「えへへ〜すみません」とてへぺろ顔をして、華扇の治療を受ける。
「はい、完成。」
「師匠、ありがとうございます。」
「なるべくその手は使わないように、傷が開きますよ。」
「はい、で、子供達をお願いしてもいいですか?」
真言は突然の出来事に怯え切っていて動くことすら出来ない子供達に視線をやる。
すると、子供達はビクッと肩を震わせ、逃げるように視線を逸らした。
それは、真言の事を信用出来ないというサインであり、真言ではこの子供達を人里まで連れていく事は不可能だと言う事の証明でもあった。
その様子を見て華扇は溜息をつき、やれやれと言った感じで子供達を人里へ連れて行った。
「あ、あの・・・・ありがとうございます。」
子供達が居なくなった後、襲われていた妖精が真言に感謝の言葉を告げる。
申し訳なさそうに真言の手の包帯を見ながら深々と頭を下げる。
「心配しなくっても大丈夫。問題ないわよ。」
そう言って、妖精の頭を撫でて、安心させる。
妖精は撫でられて嬉しいのか「えへへー」と言いにへらと笑った。
それにつられて真言も笑顔になる。
穏やかな空気が流れる。
それは長くは続かなかった。
「こらー!人間!!
大ちゃんを放せ!!」
「チルノちゃん!?」
妖精が現れた。
水色のショートヘアーに青いワンピース、背中に氷の羽を携えたみるからに強気そうな表情のチルノと呼ばれた妖精。
「(こういうタイプは他人の話を基本的に聞かないから厄介なのよねー)」
〈相棒、心の声まで女の子になってるぞ。〉
「(もうゴールしてもいいよね・・・・)」
〈諦めんなよ!〉
「(パトラッシュ、僕もう疲れたよ)」
〈諦めんなよ・・・諦めんなお前!どうしてそこでやめるんだそこで!〉
「(\(^o^)/)」
〈頑張れ!頑張れ!出来る!出来る!絶対出来る!頑張れ!もっとやれるって!
やれる!気持ちの問題だ!頑張れ!頑張れ!そこだ!そこで諦めるな!
絶対に頑張れ!積極的にポジティブに頑張れ!頑張る!
北京だってがんばってんだから!〉
相棒との脳内会話で体温が上がってきた。
やっぱり、あの人は地球温暖化の原因の一つに数えられるべきだと思います。
「チルノちゃん、この人は悪く無いの!」
「もんどーむよー!ゲコゲコハンなんだからね!」
現行犯と言いたかったのであろうか。
『氷符【アイシクルフォール】』
チルノが巨大な氷塊を真言目掛けて放つ。
真言は妖精を撫でていた手を放し、氷塊を殴りつける。
撫でられていた妖精は残念そうな顔をする「・・・・チルノちゃん・・・・」
「ボクシングにラッキーパンチはない!!!」
真言は吼え、氷塊を殴っている拳に意識を集中させる。
彼は、一年半の間仙人の元でただ隠れていたわけではない。
仙人、茨木華扇の弟子としてしっかりと修行を積んでいた。
彼が修行していたのは主に霊力のコントロールと集中。
霊力というのは、人間が生命を維持する為のエネルギー、生命力だ。
それを上手くコントロールする事が出来れば、攻撃にも防御にも応用が効く。
真言は拳から氷塊に自分の霊力を伝える。
そして、その霊力を爆発させる。
その霊力爆発はすなわち、氷塊の内部のエネルギー爆発。
氷塊は霊力の爆発で内部から爆発した。
「ぐぬぬ、人間のくせになかなかやるわね。」
チルノはそう言うと、次のスペルカードを宣言する。
『凍符【ぱーふぇくとふりーーー
「チルノちゃん!!!!!!」
真言に助けられた妖精、大妖精が大声でチルノにストップをかける。
「この人間さんは、私を助けてくれた良い人間さんなの!!
だから、喧嘩しちゃ駄目!!」
「だ、大ちゃん・・・・でも」
「でももだってもない!!」
物凄い剣幕だった。
子供達に襲われていた時は大人しく、儚気な雰囲気の妖精だった彼女だが、チルノに対しては強く自分の意見を主張できるようだ。
2人の厚い信頼関係が伺える。
「この人間さんが守ってくれるから私は大丈夫。
だから、チルノちゃんはパトロールに戻って他の妖精を助けてあげて!」
どうやらちょっと⑨な妖精チルノはパトロールと称して弱く人間に襲われやすい妖精を助ける為に人里周辺を巡回しているらしい。
チルノはちょっと⑨だが貧弱な妖精の中では力が強く、能力も使える。
ちょっと⑨だが。
「でも、みすしらすの人間に大ちゃんを守れるわけないじゃない!」
見ず知らずと言いたいのだろうか、しらす夫人みたいになってる。
流石、⑨
すると、大妖精は真言の方に申し訳なさそうな視線を送ると
「チルノちゃん、この人間さんは私、大妖精の子分なの!
だから、大丈夫なの!」
「大ちゃんの子分ってことは大ちゃんの親分であるあたいの子分ってことね!
なら安心だわ!
じゃあ、あたいパトロールに戻るわ!
じゃあね、大ちゃん!」
「またね、チルノちゃん。」
チルノは早口でまくしたてるように言うと、パトロールの為に飛び去って言った。
強い力を持っていても妖精は妖精なのだ。
彼女も陽気で移り気な悪戯好きには違い無いのだ。
「あ、あの、チルノちゃんがご迷惑をおかけして・・・・」
「まあ、いいっていいって。」
大妖精はペコペコと頭を下げる。
真言はそれに対して手を振って問題ないアピール。
しかし、大妖精は頭を下げるのをやめない。
これは、話題を変えるしかないと真言は察した。
「えっと、君、大ちゃん」
「はい、大妖精と言います。」
「じゃあ、大ちゃんって呼ぶね。
どうして大ちゃんは子供達に襲われていたのかしら?」
「えと、子供達は『狩りやすい』とか『お金』とか『奴隷』とか言っていました。」
「狩り・・・・?」
真言の中に嫌な妄想が膨らむ。
もしかしたら今の人里は・・・・
「貴方の予想通りですよ。
言音さん。」
子供達を人里に送り届けた後、戻ってきた華扇。
「今の人里は、妖精や妖怪を討伐もしくは捕獲し、その報酬として金銭を受け取る事を生業としている人間達が多数存在します。
妖怪の中でも妖精は力が弱く捕獲しやすく、死んでも直ぐに生まれ変わる為、奴隷として飼うのが一般的ですね。」
突きつけられる残酷な真実。
もし捕まっていたらと想像したのか、大妖精は青ざめた顔をして、真言のスカートをギュッと握っている。
彼女は元々、真言の腰くらいの高さの背丈なのだが、縮こまっており、その人に比べると小さな体躯がより小さく見えた。
真言は彼女の頭を撫でて安心させるしかなかった。
華扇は怯える大妖精に視線を向け
「貴女、大妖精ですね」
「は、はい。」
「貴女は人里ではどういう扱いか知っていますか?」
「知りません。」
「妖精にしては珍しい体躯に人間と同程度の知性を持つ妖精。
貴女を捕獲した者には50円という大金を得ることができます。」
幻想郷の通貨は明治時代のものが流通しているので
1円札は現代の価値で1万円、
1銭銅貨は100円の価値がある。
つまり、50円は50万円相当価値である。
「つ、捕まったらどうなってしまうのですか」
大妖精は震えながらも華扇に尋ねる。
「やはり、奴隷でしょうね。
貴女達妖精に一生涯という考え方があるのかどうか分かりませんが、恐らく永遠に近い時間の間、人間達の慰み者として扱われる事になるでしょうね。
たとえ、死んでも直ぐに蘇る身体なのだから酷い扱いをされると思います。」
大妖精のスカートを掴む手の力が強くなり、彼女の身体は小刻みに震え出す。
「師匠、なんとか出来ないのでしょうか」
「ふむ、やはり一番現実的なのは貴方が守る事でしょうね。
しかし、彼女を連れたまま人里に入る事は出来ません。」
「どうしてですか?」
「これは直接見て貰った方がいいでしょう。
少し歩きますよ。」
そう言うと華扇は人里目指して歩いていく。
それに真言と大妖精もゆっくりとついていく。
すると見えてくる巨大な壁ーーーそれは真言が精霊異変の際、暴走した妖怪の地上からの進行を妨害する為に作り出した人里の周囲をぐるっと囲う、通称:進撃の妖怪ウォール。
そしてその壁から上空にかけてドーム状の半透明の膜ーーー俗に言う結界が張られている。
「見ての通り、人里には壁と結界がありますから、人里に入る為には彼処の関所を越えなければなりません。」
華扇が指差す先にあるのは壁の一部をくり抜いてそこに木材の門を設置した関所があった。
そこには門番と思われる2人の人間が槍を持って立っている。
某中国門番と違い、仕事をしている。
「もし、妖怪が関所を越えようとするならば、容赦無く弾圧するでしょう。」
「では、大妖精と一緒には人里に入れないということですわね。」
言った後、真言はしまったと思った。
「す、すいません、私の所為で・・・・私は1人でも大丈夫ですから。
・・・・置いて行ってく、ださい」
大妖精は泣きながらも真言の事を考えて自分を置いていって欲しいと言う。
しかし、尚更真言は彼女を置いていく事はできなくなった。
彼の性格上、困っている人は人妖問わず放っておけないのである。
彼が困っていると
「大妖精、貴女小さくなる事は可能ですか?」
「え?小さくなるですか?」
「ええ、妖精というのは自然現象そのもののイメージの具現ですから、その体躯に拘る必要性はありません。
つまり、貴女のイメージ次第では形を変える事ができるはずです。」
「えっと、イメージ・・・・?」
「目を閉じて自分のなりたい姿を想像すればいいんですよ。」
華扇の難しい説明に頭にクエスチョンマークを浮かべる大妖精。
その様子を見て、微笑みながらわかりやすい説明をする華扇。
その優しさと笑顔が人妖共に愛される山の仙人たる所以だろうか。
大妖精は言われた通り、目を閉じる。
その直後、彼女の身体は光に包まれると一瞬にして姿を消した。
「あ、あれ?大妖精?どこー?」
「いますー、ここにいますよー」
すると、真言の耳元から声がする。
彼はその方を向くと、彼の肩に乗っている大妖精がいた。
彼女の身長は7cmくらいにまで縮んでおり、十分隠して関所を越える事ができるサイズである。
「流石、大妖精ですね。
妖精の中でも力がある彼女だからこそできる芸当です。」
「(どうやら、大ちゃんは妖精のリーダー的存在みたいだな。)」
〈まあ、リーダーっていう柄じゃないだろうからな。〉
「(まあ、確かに大ちゃんはリーダーっぽい性格じゃあないな。)」
〈さっきの氷の妖精の方がリーダーっぽい性格してるな、むしろ。〉
「(でも、あの子はリーダーにしては⑨過ぎるからな)」
「何かご用ですか?」
「(どうやら、さっきの相棒との会話の間中ずっと大ちゃんを見つめていたらしい、オロオロしている)」
真言は「何でも無い、何でも無い」と手を振ってアピールする。
大妖精は、「あっ!」と言うと、言いにくそうにオロオロしながら小声で
「に、人間さんのお名前はなんて言うんですか?」
「あ、言ってなかったっけ、私の名前はまーー」
『真言』と言おうとした刹那、華扇が「キッ!」と彼を睨みつける。
真言は背筋をブルっと震わせると「言音よ、よろしくね。」と言った。
師匠と弟子の力関係がよくわかる瞬間である。
「では、そろそろ人里に向かいましょうか。」
「ええ。」
華扇が人里の入口である関所に向かって歩いていく。
「狭いかもしれないけど、私がいいって言うまでここに隠れていてね。」
「はい!わかりました!」
真言は大妖精をブラウスの中に入れて隠す。
その上にマフラーをしているので、傍目からは見えないだろう。
特に問題も無く、関所まで辿り着く。
華扇は普段から人里には入っている為か、門番は何も言わず、容易に通り抜ける事が出来ていた。
真言もそれに続こうとするが
「お前、見ない顔だな。」
「は、はい。」
「名前は?」
「こ、言音です。」
「人里に来た事は?」
「二年前くらいに一度」
「種族は?」
「人間です。」
「その髪は?」
「染めました。」
「年齢は?」
「19です。」
「趣味は?」
「え?趣味?」
真言は門番にしつこく質問される。
段々関係が無いような内容の質問になってきている。
しかも、門番の真言に向ける視線も熱っぽくなっている。
確かに、今の真言は男性を虜にする容姿をしている。
綺麗な赤髪に整った顔立ち、メイクもしているが元から白い綺麗な肌と黒い大きな瞳真っ赤な唇、綺麗な真っ白な脚、ピンクのスカートの絶対領域は男を一瞬で虜にする魅惑の空間である。
「ねえ、門番さん?」
「な、なんだ?」
「と、お、し、て?」
上目遣いで門番を見つめ、ウィンクをする。
門番は真言に魅了され、「は、はいぃっ」と言った。
真言は笑顔で関所を越える事に成功した。
〈相棒、ついに男を辞めたか。〉
「(言うな、言っちゃダメだ。)」
〈流石、相棒だぜ。〉
「(その流石の意味を考えるのはやめておくよ。)」
関所を越え、人里に入る。
すると、先程の門番とのやり取りを全て見ていた華扇が真言に向かって思いきり、ウィンクアンドサムズアップ。
真言は肩を落とした。
人間の里。
それを縮めて人里と一般的に呼ばれている。
空も飛べない、何の能力も持たない人間達が主にそこで暮らしている。
そこでは、そんな力の無い人間達が自給自足で暮らし、お互いを支え合いながら懸命に生きて『いた』。
「一年半の間に何が起こったんだよ・・・・」
「言音。これが今の幻想郷です。」
それは、まるでRPGの世界だった。
かつて茶屋や八百屋や道具屋などが並んでいた商店街は武器屋、防具屋、酒場などに変わっており、物々しい雰囲気を放っていた。
さらに、建物が全体的に増えており、この一年半の間に激しい文化の変化が起こったことが伺える。
「とりあえず、酒場に向かいましょうか。」
「・・・・師匠、昼間っからお酒ですか?私はちょっと、遠慮したいんですけど・・・・」
「ふふっ、別にお酒を飲むわけではありませんよ。
貴方に今の人里の現状を知ってもらうのに最適な場所だから向かうだけです。」
華扇はそう言うと、酒場の扉を開け、中に入っていく。
真言もそれについていく。
酒場といっても、酒は飾り程度しか置いておらず、棚に一升瓶が並べて置いてあるだけだ。
しかし、噎せ返るような酒場特有の酒の臭いが、ここが酒場であると主張している。
そして、最も目を引くのは無数の張り紙。
それは、俗に言う指名手配書に酷似していた。
指名手配書には、今まで聞いたことや会ったことのある妖怪の名前と顔写真と討伐もしくは捕獲した時に与えられる金額が書かれていた。
その中で、一際真言の目を引いたのは
【『風見幽香』10000円】
それは抜群の金額だった。
討伐報酬は今の金額に直すと1億円。
「言音。
これが今の人里の現状です。
人里の人々は金の為に妖怪を追い回し、殺すもしくは捕らえているのです。」
「すいません、師匠、私はもう雰囲気に耐えられません。」
「そうですか。
では、これから自由行動としましょう。
私は少しの用事と買い物を済ませてから帰りますので、貴方は好きに行動していて構いません。
ですが、夜には家に帰るように。
わかりましたね?」
「はい、わかりました。」
そう言うと、真言は酒場を後にするのだった。
酒場から数分歩くとそこは人々の居住区。
家々が建ち並んでいる。
「大ちゃん、そろそろいいよー。」
「あ、はい。」
真言は話し相手が欲しくて大妖精を服から出し、肩に乗せる。
この居住区では人間と妖怪が共に通りを歩く姿を良く見かける。
但し、それは真言と大妖精のような信頼のある関係ではなく、奴隷と主人の関係である。
奴隷はその証として首に首輪を嵌めている。
首輪は何も特徴が無い、ただの首輪だが、奴隷の丁度後頭部にあたる部分に一枚の札が貼ってある。
「あの首輪、嫌な感じがします。」
大妖精は奴隷の首輪を指差し言う。
「首輪?」
「はい。
何だが、強い力・・・・のようなものを感じます。」
「ふぅん」
彼等がその『首輪』の恐ろしさを目の当たりにするのは数分後の事であった。
「おい!奴隷風情が!主人の言う事を聞け!」
「私は誇り高き獣の戦士だ、人間共の慰み者になるくらいだったら、死んでやる!」
それは、主人だという小太りの男と獣人奴隷だった。
獣人は、犬や猫などの獣が妖怪に変化した際に人間と同程度の知性と体躯を得た者達のことである。
彼等はプライドが高く、他人に従うような性格ではない。
だが、人並みの知性は有しているので、奴隷として売買されている。
件の獣人は犬の獣人の男性で、奴隷としての調教が出来ていないのか、主人の男性の言う事を聞かない。
「聞けって言ってるだろ!」
「断る!」
もう一度主人と奴隷の主張がぶつかり合う。
それが何度か繰り返された後、主人の男性は「こんな不良品要るか!!」と言うと、首輪の札を剥がし、それを投げ捨てた。その直後ーーー
「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"」
赤黒い電流が首輪に流れ、奴隷の獣人は、首輪を抑えて叫び声をあげ、のたうちまわる。
「ガガガガガガギィィグググオ"エ"エ"エ"エ"エ"エ"」
さらに大きな叫び声をあげ、吐瀉物を撒き散らす。
それでも、首輪を流れる電流は止まらない。
「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"」
そして、一段と大きな叫び声。
それが、その獣人奴隷の断末魔の叫びだったのだろう。
彼は糞尿を垂れ流し、ピクリとも動かなくなった。
一面に漂う死臭。
「(こんな、こんな簡単に命ってのは失われて良いものなのかよ、こんなのって・・・・ねえよ。)」
〈おい、相棒見てみろ。〉
「(・・・・なんだよ)」
〈周りの人間、誰一人としてこの異常な状況に何一つ疑問を持っていないって感じだぜ。〉
「(巫山戯てる。・・・・巫山戯てる。)」
「あ、あの!言音さん!言音さん!大丈夫ですか!?」
衝撃的な光景を目の当たりにして放心状態になっていた真言の頬を大妖精は叩き気を取り戻させる。
「ごめん、ショックな光景だったから。」
「はい、わかります。
私も初めて見た時は吐き気がしました。」
「大ちゃん、見るのは初めてじゃないの?」
「はい、その時は首輪じゃなくて手錠だったんですけど、人里の外で奴隷さんがさっきと同じような感じで殺されてました。」
どうやら、奴隷を拘束する装置は首輪だけではないらしい。
そして、奴隷達は拘束具によって自分の命を握られ、その恐怖によって人間に従わざるを得ない状況にあるのだ。
「とりあえず、ここを離れるわ。
私はもうあの臭いに耐えられないから。」
獣人奴隷の死臭に吐き気を催した真言は、急いで居住区を離れるのであった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
そして、2人が向かったのは広場。
そこには、博麗霊夢や霧雨魔理沙など、精霊異変で人里を守る為に尽力した人々の石像が建てられていた。
その中で一際大きな石像。
それは、幻想郷の英雄。
日下部真言の像であった。
学生服を着て、拳を握りしめるその姿はまさに真言本人だった。
「私、この人嫌いです。」
大妖精は真言の像を指差し言う。
真言は平常心を装いつつ、彼女に問う。
「ど、どうして?」
「彼は確かに異変を解決しましたが、同時に人間と妖怪の関係を壊しましたから。」
大妖精の言うように、真言の名前は人々にとっては英雄。
妖怪にとってはその正反対の意味を持つ。
「そう、か」
真言の中に黒い感情が蠢く。
それは、全てを破壊したくなるような怒りの感情。
彼はゆっくりと自分の像に向かって歩き出す。
「僕は・・・・」
ドクン
「こんな世界を・・・・」
ドクンドクン
「守りたかった・・・・」
ドクンドクンドクン
「わけじゃないっ!」
真言は吼えると、人々が大切に崇拝している日下部真言の像の顔に向けて握りしめた拳をーーー
「お前!何してるんだぜ!」
石像を破壊しようとしていた真言に向かって体当たりをしてそれを無理矢理止める、少女。
少女はそのまま真言を抑えつける。
「HA☆NA☆SE!!
僕が守りたかったのはこんな世界じゃない!!!」
真言は少女の服を掴んで引き離そうとする。
しかし、少女は真言を放さない。
「あの英雄の石像に傷をつけてみろ!
この人里中の人間を敵に回すぞ!!」
少女は大声で真言を説得しようとする。
しかし、怒りに取り憑かれた彼に彼女の言葉は届かない。
彼女の拘束を解くべくもがく。
「私だって、私だって、今の幻想郷は嫌だよ・・・・。」
真言の頬に冷たいものが触れる。
少女は泣いていた。
彼女も今の幻想郷にて辛い経験をしたのだ。
真言は抵抗を止めて、涙を流す彼女を見つめる。
彼女は、魔法使いのとんがり帽子をした長い金髪に黒い服に白いエプロンの普通の魔法使い、霧雨魔理沙その人だった。
「ま・・りさ?」
「・・・ぐすっ、何で私の名前知ってんだよ」
「久しぶりだな、魔理沙。」
真言はそう言うと、魔理沙の頭を撫でた。
魔理沙は真言の顔を覗き込む。
そこには、髪や細い部分は変わっているが、一年半前と同じ日下部真言の変わらぬ優しい顔があった。
「ま、まことか・・・・まことなのかぁああああああ」
「お、ちょ、まり、さ」
魔理沙は「まことぉおおおお」と言いながら真言に抱きつきおいおい泣き始めた。
真言はオロオロするしかなかった。
そんな2人の所為で広場に人集りが出来ている。
「まこと?まことだって!?」
「幻想郷の英雄の!?」
野次馬の声が聞こえる。
それは、真言の耳にも入ってくる。
不味いと思った真言は魔理沙を抱えてその場を後にするのであった。
To Be Continued
や ら な い か