ノブの名は ‐特異点 オルテ帝国‐   作:寺町朱穂

1 / 18
プロローグ

 

「……ノッブ……ノッブ!」

 

 可憐な女の声で目が覚める。

 声の方向を見ると、白い髪の少女が襖を開けて立っていた。浅葱色のだんだらを羽織った少女を寝ぼけ眼で見ていると、彼女は大げさにため息をついた。

 

「早く起きてください。置いて行きますよ」

「そうそう、伯母上の分のプリンまで食べちゃうんだからね」

 

 にしし、と小さな女の子が笑いながら顔をのぞかせる。

 

「沖田。置いて行くぞ」

「あ、土方さん。待ってください!」

「伯母上、またあとでね!」

 

 女の子たちは去っていく。

 

「伯母上だぁ? 誰のことを言って……」

 

 信長は頭を掻こうとして、ふと、鼻と喉に違和感を覚えた。いつもより少し細く、胸が僅かに重い。そこで胸元に目を落とすと、二つのふくらみと谷間があった。

 

「……は?」

 

 瞬きをする。

 もう一度、瞬きをする。眼をこする。さらに瞬きをする。ゆっくりと手を這わせ、胸を揉んでみる。白くすべすべとした手先が服の上から胸に吸い付き、確かな感覚を伝えている。

 

「おはようございます、姉上! 姉上?」

 

 再び襖が開き、今度は優男が尋ねてきた。

 赤い服に黒い南蛮風の外套を羽織り、不思議そうに目をぱちくりさせている。信長は胸を揉みながら、彼を眺めた。

 

「姉上? 何をしているのですか?」

「見てわからねぇか。胸を触ってんだよ、胸を」

 

 胸は非情に柔らかく、かなり実感のある夢である。

 ここのところ、オルテ帝国の首都の整備やら廃棄物との戦いの準備やらで、戦う以外に脳がない総大将の代わりに頭を働かせていた。ほとんど不眠不休で指示を飛ばしたり策を練ったりしていたせいで、心身ともに疲れ果てていた。

 

「これは、ご褒美かもしれねぇな」

「僕には何を言っているのか分かりませんが……とりあえず、朝餉に行きましょう!」

「ん? 飯もあるのか」

 

 優男に促され、信長は起き上がった。

 

「姉上、帽子をお忘れですよ」

「ん、これか。……いかすな」

 

 木瓜紋があしらわれた帽子は、信長の好みどんぴしゃであった。

 ついでに、近くにあった鏡で自身の姿を確認する。

 

 元の面影は、まるでない。

 髭はないし、黒髪は艶やかだし、眼の色は赤い。肌も白く、無駄毛など皆無だ。おまけに女である。奇妙な夢をみているものだ。

 服装は十月機関が着ている衣服に近いが、赤と黒が基調となっている。これも戦馬鹿な総大将の紅の羽織を彷彿させたが、それよりもずっとイケている。

 

「刀は……へし切か。あれは、黒田に渡したんじゃが……ま、夢だしいいか」

「姉上? 独り言多いですね」

「そうじゃ。さっきから、わしのことを『姉上』って呼んでるが、お前、誰?」

 

 朝餉に向かう途中、優男に尋ねてみると、彼はあんぐり口を開けて固まった。ぽいっと木の実でも投げ入れたくなるような口の開け方である。

 

「あ、姉上……ぼ、僕をお忘れですか? 信勝ですよ、信勝!」

「あー、信勝ね。……本当に?」

「マジですよ。姉上、酷いです。僕をお忘れになるなんて……」

 

 信勝と名乗った少年は、赤い瞳をうるうるさせた。

 信長は頭を掻いた。ごわごわの髪ではなく、さらっさらの髪なので違和感はあったが、いま気にするところはそれではない。

 

「そうか、お前が信勝ね。……なんかさ、なよっとしてない?」

「信勝は、昔からこのままです。え、もしかして、姉上。記憶喪失とか?」

「馬鹿を言うな。わしは織田前右府信長、その人じゃ。あーもう、なんじゃ、この夢は!」

 

 第一、この廊下もおかしい。

 本能寺が焼け打ちされた後、辿り着いた白い空間が一番近いが、あれよりもずっと質量があり、立体感があった。

 おまけに、どこからともなく美味しそうな匂いも漂ってきている。おそらく、朝餉の場所から漂ってくるのだろう。匂いと一緒に賑やかな声まで流れてきた。

 

「朝餉の会場はここか?」

 

 信長がひょいっと覗いてみれば、そこには、ありとあらゆる服装・人種の人間が集っていた。しかし、動物の頭をした巨漢や鬼の角を生やした少女など、人間に見えない者もちらほら見える。

 

「な、なんじゃこりゃ」

「あ、ノッブ。おはよう」

「おはようございます、信長さん」

 

 信長が呆気に取られていると、二人の少女が話しかけてきた。

 橙色の髪をした快活そうな少女と、薄紫色の髪をした穏やかな少女だ。二人ともぴらぴらした着物を纏い、足をみっともないくらいさらけ出している。信長が二人の足に目を向けていれば、橙色の髪の少女がこてんと首を傾げた。

 

「あれ、ノッブ。なんか感じ違くない?」

「そうなんですよ、今日の姉上はなんというか、おっさんっぽくて……」

「おっさんぽくて悪かったな! どーせ、中身はおっさんだよ。つーか、信勝だっけ? やけに馴れ馴れしくない? もっと、ツンツンしてただろ?」

「んー……やっぱり、いつものノッブと違う」

「そうですね、先輩。確かに言われてみれば、少し雰囲気や話し方が違う気も……」

 

 少女たちが、じっと観察するように見てくる。

 

「信長さん、ダ・ヴィンチちゃんのメンタルチェックを受けたらいかがでしょう?」

「はぁ? めんたる、ちぇっくだぁ? よく分かんねぇけど、問題ないっての」

 

 どうせ、夢だし。

 信長は言いながら、朝餉の会場に足を踏み入れた。

 人間も見るからに人外の存在も、いがみあうことなくわいわいと皆が調理場に列をなして並んでいる。信長はその最後尾についた。前に並んでいるのは、破廉恥な少女。鎌倉式の鎧をまとっているようだが、布面積がわずかしかない。あまりにもみだらな服装をしているのに、誰も注意していないことを考えると、これが普通なのだろうか。それとも、夢特有の御都合主義という奴か。

 そんなことを考えながら、じっと少女を見ていたせいだろう。

 少女は視線に気づいたのか、こちらを振り返った。

 

「おや、信長殿でしたか。おはようございます。ああ、主殿にマシュ殿、信勝殿もおはようございます」

「おはよう、牛若丸」

「う、牛若丸だと!?」

 

 信長は目を丸くした。

 

「おいおい、嬢ちゃん。こいつが、牛若丸って本当か? 女だぞ?」

「え、牛若丸は女だよ? なにおかしなことを言ってるの?」

「いやいや、何故にわしが変だってことになってるの?」

 

 信長は右手を額に当て、大きく息を吐いた。

 牛若丸が女。

 つまり、源義経が女。にわかには信じがたいことであるが、これも夢なのだと考えればいい。というか、夢だ。つじつまが合わないこともあるだろうよ。

 

「源氏に与した奴らって顔で選ばれてるのか? 与一も女みたいな顔してたし……」

「与一……ああ、那須与一殿ですね」

「那須与一って、古文に出てきた……えっと、たしか……」

「与一といえば、屋島の戦いだ。源平合戦の屋島の戦い」

 

 橙色の少女が悩んでいるようだったので、信長が答えを口にする。

 

「平氏の船が掲げた扇の的を射抜いたって話だ」

「はい。信長さんの言う通りです。那須与一という方は遠くから扇の的を射抜いた後、平氏の頭を撃ち抜いた方だと本に書いてありました」

「うっ、残酷……」

「主殿、ご安心を。与一殿が射抜いたのは扇の的と数人ですが、私は一度の戦いで百の首を取り、主殿に納める自信があります。いいえ、ご命令とあれば、千の首もとってきましょう」

 

 牛若丸はにこにこ笑いながら話した。

 橙色の少女は少し引いたような顔で「ありがとう。でも、首はいらないからね」と繰り返している。

 

「こいつ、義経じゃなくて『妖怪 首おいてけ』なんじゃね?」

「はははっ、信長殿。面白いことを言いますな。実に的を射ております。ですが、もっと的確に表現するなら『妖怪 首狩りまくるぞー』ですな」

 

 義経の前に傍に僧兵が笑う。

 だが、次の瞬間、義経は刀を抜き払うと、僧兵の首元に突きつける。

 

「もう一度、言ってみろ。弁慶、私を何だと?」

「ははは、申し訳ありません」

 

 僧兵が義経に弁明する姿を見ながら、信長は大きな息を吐く。

 

「……ったく、なんて夢だ」

 

 牛若丸が与一の見た目に中身が豊久なんて、悪い夢にもほどがある。

 

 

 

 ちなみに、朝餉はオルテの料理と似ていた。

 だが、こっちの方が百倍美味しかった。

 

 

 発言を撤回、素晴らしい夢である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わしが男になっとる――っ!?」

 

 その悲鳴は首都を震わせた。

 

「え、なに、このわし。めっちゃダンディなんじゃけど!? これはこれでいかす……ってわけあるかい!」

「信長さん、どうかしましたか!?」

「どうしたもこうもあるか! わしが男になってるんじゃけど! って、おぬし誰じゃ!?」

 

 信長は部屋に入ってきた眼鏡の女を一瞥する。

 

「え、オルミーヌですけど……」

「オッパイミーヌ? っく、乳を強調するような名前をしおって」

「オルミーヌです! 何度言えば分かるんですか!」

「いま言ったばかりなんだけど!」

 

 信長は眼鏡の巨乳女から目を逸らすと、もう一度、部屋の内装を見渡した。

 煉瓦造りの建物で、部屋の至る所に地図や図面が散らばっている。まるで、これから戦争でもおっぱじめるような雰囲気だ。

 

「特異点にレイシフトしたのか? それで、霊基が男に変わったってことかの?

……ふむ、それならありえ……るわけないじゃろ! おい、オルミー乳! ここはどこじゃ?」

「オルミーヌです! ここは、どこって、オルテの首都ですけど……大丈夫ですか?」

「おるて……まったく聞いたこともない地名じゃな。ったく、どうせ聖杯の仕業じゃろう。聖杯を探すか」

「せーはい?そいたなんじゃ?」

 

 信長が肩を落として呟くと、その声を拾った声があった。

 入口の所に、寝ぼけ眼の男が立っていた。赤いジャケットを羽織った男が、こちらに近づいてくる。

 

「信。朝から、どげんしたんじゃ?」

「おう、ちょうど良かった。おぬしは聖杯を知ってるか? なんでも願いごとの叶う黄金の杯じゃ」

「知らん。願い事がなんでも叶うなんざ、胡散臭い杯やか」 

「うむ、分かるわー。実際、爆弾にすることくらいにしか使い道のない杯じゃし……仕方ない。おぬしら、邪魔したな」

「どこへ行っつもりだ?」

 

 赤いジャケットの男が呼び止めてくる。

 

「そりゃ、聖杯探しじゃ。わしをこんな姿にした元凶を探し出し、カルデアに帰らんと行けないからのう」

「かるであ? なにゆちょるんか、さっぱり分からん」

「そうですよ! それに、信長さんはこれから廃棄物と戦うって言ったじゃないですか!」

「いや、初耳なんじゃけど!?」

「うるさいわねー、朝っぱらから騒々しい」

 

 信長が困惑していると、さらに頭を混乱させるような人物が現れた。

 道化のように顔を白く塗りたくり、メイクを施している怪しげな男だ。一目で必要以上に関わり合いを持ってはいけない人物だと分かる。

 

「なんじゃ、メフィストか?」

「まあ、失礼しちゃう。あんな悪魔と一緒にされるなんて…………ん? 何で貴方、メフィストを知ってるの?」

「え、マジで、メッフィーの知り合い?」

 

 キャスターの悪魔を想起させたので口にしてみたが、まさか通じるとは思わなかった。

 

「それ以前に、貴方の時代にはメフィストなんて伝わってなかったはずでしょ?」

「そりゃ、わしは会ったことあるし。爆弾繋がりで話が合うんじゃよ。いや、話すことは爆弾だけじゃが」

「ちょっとちょっと、そこのおっぱい眼鏡。この人、どうしちゃったわけ?」

「知らないですよ。朝からこんな感じなんです」

「頭でも打ったか?」

「打っとらん! ついでに聞くが、聖杯に心当たりはないか?」

「やだ、なによ。あんた、聖杯なんて興味があるわけ?」

 

 道化男は目を細めると、真剣な目で信長を見てくる。

 

「聖杯なんか手に入れてどうするっていうのよ?」

「わしは女に戻りたい」

「いや、信長は男でしょ? ライトノベルじゃあるまいし」

「だって、わしは女じゃし」

「信長は男に決まってるでしょ」

「生まれた時から女じゃよ」

「女?」

「うむ」

 

 しん……と場が静まり返る。

 

「……どこか良い病院を探さなくちゃ」

「おい!!」

 

「ノブさん、豊久さん、大変です!!」

 

 耳長の少年が慌てて駆け込んできた。

 

「城内に、わけのわからない奴らが現れて……あっ!」

 

 すると、耳長の少年の後ろから何かが迫ってきた。

 それは腰くらいの背の高さをした可愛らしい見た目のナマモノ。そう――……

 

「なんだ、ちびノブか。はぁ……つまり、ぐだぐだ案件ということじゃな」

「いや、なんですかそれ!?」

「というか、ぐたぐだってなに!?」

「ノッブっ!」

 

 ちびノブはうようよ現れ、刀を掲げて突撃してくる。

 

「仕方なか!」

 

 赤いジャケットの男が日本刀を引き抜くと、ちびノブたちに切りかかった。すぐに一閃され、ちびノブたちの首と胴体が分かれていく。

 しかし、切っても切っても埒があかない。

 次から次へと突撃してくるのだ。

 

「ええい、こういうのは一斉に倒すのが一番じゃ! 鉄砲隊、構えぇい!」

 

 信長は、勢いよく手を前に伸ばした。

 

 ……が、何も起こらない。

 

「信、オカマんとこの鉄砲隊は待機中や」

「ええい、そうじゃない。むむむ、この肉体、魔術回路がないのか……じゃが、この程度、第六天魔王の枷にはならん! ぉぉおおお!!」 

 

 足を踏ん張り、身体が軋むほど魔力を廻す。

 

 どのような理由かは分からないが、肉体が変質している。おまけに、得体のしれない場所に飛ばされていた。周りは自分のことを知っているようだが、信長自身は全く知らない相手ばかりだ。

 

「つまり、わしは、わしと同名の肉体に憑依したということ。

 じゃが! わしは、わしの魂は……霊基は魔人アーチャーこと織田信長よ!」

 

 魔術回路がないから、魔術や英霊としての神秘を体現できない?

 そんなこと知る者か。回路がないなら、無理やり作ればいいだけのこと。信長は背骨を麻酔なしで摘出するような痛みを喰いしばり、全身全霊をかけて魔術回路を作り上げ、切り開いていく。

 

「三千世界に屍を晒すが良い……」

 

 口の端から、つぅっと赤い血が流れだす。

 だが、それがどうした。

 本能寺で火に囲まれ、自刃したときと比べたら、まったくもって軽い痛みだ。

 

「天魔轟臨!」

 

 ずれていたパズルのピースが、ぴたりと嵌った――……そんな感覚と味わうと同時に、自身の背後に火縄が数本、出現したのが分かった。

 

「これが魔王の、三千世界じゃ――っ!!」

 

 右手で号令を出す。

 それと同時に背後に展開した火縄が一斉に火を噴いた。弾丸は無数にいたちびノブの一団を貫き、あっという間に掃討された。

 

「はぁ……はぁ……威力が、落ちとるの……やっぱり、無茶は……」

 

 くらり、と空が回転する。

 身体が倒れたと分かったのは、鈍い痛みと冷たい床を感じてからだった。

 

「おい、しっかりせーっ!」

「信長さん!」

 

 視界が狭まり、黒く沈んでいく。

 

「是非も……なし、か」

 

 この言葉を最後に、信長の意識は遮断された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、カルデアでは異変が起きていた。

 のんびりとした朝餉も終わり、信長が不思議な夢世界を探索しようと廊下へ出た時だった。

 

「ノッブ――っ!」

「ノブノブ――ッ!」

 

 自身の身体とそっくりなナマモノが、廊下に蔓延っている。

 

「うわぁ……ちびノブだよ」

「ええ、ちびノブですね……」

 

 橙色の髪の少女と薄紫色をした髪の少女が、ナマモノを遠い目で見ていた。

 

「なんじゃ、ありゃ?」

「なにって、ちびノブじゃん。……また、ぐだぐだ案件だよ。ノッブ、なにかしでかした?」

「わしゃ何もしとらん。というか、これも夢なんだろ?」

「夢? ……って、危ないっ!」

 

 茶釜を持ったナマモノが突撃してくる。

 だが、それは信長たちに当たる前に切り殺された。

 

「おう、殿様! 大丈夫だったか?」

 

 そこにいたのは、赤髪の偉丈夫だった。

 やけに刃が鋭利な槍を掲げ、狂気が迸る黄色い眼が特徴的な男である。信長は「あれ、こいつどこかで会ったことのあるような……」という気配を感じた。

 

「森君!」

「これで20点だ。ちっこい大殿は1点で茶釜持ってる奴が2点ってことにしてんだよ。でっかい大殿でてきたら5点なんだが、まだ見てねぇ」

「ありがとう、森君。せっかくだから、このまま管制室まで護衛してくれる?」

「おう、殿様の命令なら引き受けるぜ!」

「森君……点数……よもや、おぬし……勝蔵ではあるまいな?」

「ん? 大殿、いまさらなに言ってやがる。勝蔵以外の誰に見えるってんだ?」

 

 森長可は、鮫のような歯を見せつけるように笑った。

 

「うげ、本当に勝蔵かよ……」

 

 信長の記憶にある勝蔵は黒髪だった気がするのだが、狂戦士の雰囲気はそっくりだ。

 

「マシュ、森君、ノッブ。管制室へ行こう!」

 

 橙色の少女は走り出した。

 

「お、おい! 勝手に決めるな! ったく!」

 

 信長も不本意ながら謎の現象を探るため、少女に続けて地面を蹴る。いまは女の身体になっているからか、不思議と足が羽のように軽い。身体の力の入れ具合も気を付けなければ、床をひんむいてしまいそうになる。

 

「いや、女っつーより、おトヨの身体になったような感じだな」

 

 信長が内からあふれ出す感覚に戸惑っていると、長可が話しかけてきた。

 

「大殿、勝負しようぜ! どっちが点数稼げるか!」

「いや、お前に勝てる気はしねぇーよ。狸んとこの鍋之介くらいしか太刀打ちできねぇって」

「忠勝か! あー、あいつならオレといい勝負が出来そうだな。一度くらい殺し合ってみたかったぜ」

「森君、ノッブも話は後にして!」

 

 幸か不幸か、ナマモノは管制室に辿り着くまで現れなかった。

 

「ああ、立香ちゃんたち。呼ぼうと思ってたんだ!」

 

 管制室では、数人の人が待ち構えていた。

 金髪の太った男、黒髪オールバックの青年、二つ結びの少女に、博識そうな眼鏡の少女。残りの人たちは謎の光を放つ四角い物体を睨みつけながら、手元を動かしている。

 

「ダ・ヴィンチちゃん、なにがあったの?」

「端的に言えば、ぐだぐだ粒子だね。みんながぐだぐだになっちゃう粒子が特異点から流れ出ているみたいなんだ」

 

 二つ結びの可愛らしい少女がさらっと言ったが、信長は理解できなかった。

 

「なんだそりゃ? ぐだぐだになる粒子って。風邪かよ?」

「そうだよね、ミス・信長。それは、私も意味が分からない」

 

 信長の意見に、金髪の男も同意してくれる。

 

「カルデアで起こった出来事は資料に目を通したが、ぐだぐだってなに? そもそも、ちびノブってなに? あれ、意味わからないんだけど」

「大丈夫です、ゴルドルフ新所長。私たちも分かりません。それにしても、信長さんが驚かれるとは……」

「そう、そこさ!」

 

 二つ結びの少女がきらんっと目を光らせた。

 

「信勝君から『姉上が変だ』って報告を受けてね、こっそり霊基をチェックさせてもらったよ。

 そうしたらなんと! 肉体は変わらないのに、刻まれた霊基が違うって結果になったんだ!」

「つまり、見た目はノッブだけど、中身はノッブじゃないってこと?」

「よく分からねぇが、わしは織田前右府信長だぞ? 夢だって言いたいが、はぁ……さすがに、違うって認めるしかないか」

 

 信長は大きく肩を落とした。

 

 見慣れぬ風景、こちらを一方的に知っている人間たち、見たことのない料理に舌触りや味、匂いまで感じる。おまけに、不自然なまでに軽くて力強い身体。

 

 これは、夢ではない。

 現実なのだと認めるしかなかった。

 

「ま、知らない世界に飛ばされるのは、今回が初めてじゃないからな。受け入れるしかないだろ。で、元には戻れるのか?」

「そのためには、まず、本来の織田信長の魂がどこへ消えてしまったのか探す必要があるね」

 

 二つ結びの少女はそう言いながら、青く輝く筒状の地図を指さした。

 

「だから、試しに今回の騒動の発端になったと思われるぐだぐだ粒子を遡ったところ、ペーパームーンが妙な場所を突き止めたんだ」

「妙な場所? ダ・ヴィンチちゃん、それって……?」

「そこは、私が説明します」

 

 紫髪の博識そうな女が、くいっと眼鏡を持ち上げて答えた。

 

「ペーパームーンはドラムロールのように回る筒状の平面化された世界地図を投影することができますが……今回はココ、世界地図の向こう側に特異点反応を示しているのです」

 

 青く輝く地図からはみ出したところに、赤い点が浮かび上がっていた。

 

「おそらく、特異点に類する存在でしょう。こうして、ペーパームーンで観測はできていますし、レイシフトは可能です。トリスメギストスⅡの予測でも、そこにカルデアの織田信長がいる可能性が極めて高いとの演算結果が出ていますから」

「いや、わしも織田信長だけどさ。そこに行けば、元の身体に戻れるってことか?」

「おそらくは。それでは、レイシフト開始と行きますか!」

 

 なにやら立香たちが慌ただしく準備を始める。

 

「マシュと信長公は同行するとして、森君も行くだろ? 得体のしれない特異点だから用心に用心を重ねて、もう少し同行サーヴァントが欲しい所だけど……」

「それなら僕が行くよ」

 

 金髪の少年が部屋に入ってきた。

 

「ビリー!」

「生前、護衛の仕事を請け負ったこともあるからね」

 

 その後ろから、旗を携えた清楚な少女と先ほどの白髪の女武者が続いて入室する。

 

「マスターたちの行く場所が安心安全な場所とも限らない。そういうところは、僕みたいなアウトローの出番さ」

「話が聞こえたもので。私でよろしければ、喜んで力添えします」

「ノッブの不祥事の後始末は、この沖田さんにお任せください!」

「それでは、頼むよ。ビリー・ザ・キッド、ジャンヌ・ダルク、沖田総司」

「なんか、随分人数が増えたな……」

 

 信長は新たに加わった三人を見据える。

 

 三人が三人とも、静かな闘志を抱いている。

 鬼武蔵はもちろん、彼らはにこやかな笑顔を浮かべているが相当な手練れだ。それを率いているのは、どこからどうみても変哲のない少女……。

 

「ありゃ、異質だな」

 

 少し会話してみるだけで分かった。

 平々凡々。秀でているところもなければ、欠けているところもない。性質も善寄りで、なよっとしていて甘い考えをしている。戦国の世に放り込んだら、まず生き残れないだろう。

 そんな娘が、なぜ一騎当千の強者たちを率いているのか。

 

 あの娘の態度からすれば、おそらく、この世界の織田信長も彼女に従っていた。

 信長は誰かに従うという窮屈なことを嫌っている。もちろん、豊久を総大将として立てているが、あれは彼が大将の器だったからだ。別に平伏したいわけではないし、従っているわけでもない。

 

「この世界のわしは、何を考えてた……?」

 

 漂流者の織田信長には、分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……ううん」

 

 信長は薄目を開けた。

 宝具の使用で体力と魔力を一気に持っていかれ、気を失ってしまったらしい。

 額に冷たいタオルの存在を感じながら、そっと耳を立てた。どこか近くで、誰かが何かを話し込んでいる。

 

「馬鹿な! 連絡が途絶えただと?」

「見慣れぬ壁が封鎖している……廃棄物の仕業か?」

「おまけに、魔王ノブナガと名乗る軍勢が攻めてくるとは……」

「ノブなら知ってるんじゃない。ほらー、起きろー、ノブー」

 

 揺すられて起きる。 

 そこには、片目を隠した美少年の姿があった。

 

「なにが、起きた?」

「口で説明するより、見た方が早い」

 

 美少年は窓の外を指さした。

 彼の指先を辿り、信長は絶句した。

 

 

 大空一面。

 飛行物体が浮かんでいる。否、物体なんて生易しい表現にあらず。

 それは、城だ。草木を生やし、見慣れる建造物が立ち並ぶ大きな城が浮かんでいる。

 

「わし、ラピュタの世界にレイシフトしてたのか!? わしは……なんて、ファンタジー世界に生きる信長なんじゃー!?」

 

 信長の声は部屋を木霊する。

 

 

 

 はたして、信長たちは元の身体に戻れるのか。

 そして、特異点を解決できるのか!?

 

 

 

 特異点? 平行世界? 「ぐだぐだオルテ空中都市―ノブの名は―」

 

 

 

 

 

 




ドリフの信長とFGO信長の入れ替わりネタ。




▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。