ノブの名は ‐特異点 オルテ帝国‐   作:寺町朱穂

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9話 ふたりはジャンヌ・ダルク

 立香たちが丘を駆けのぼったとき、ジャンヌ・ダルクは旗を担いでいた。

 

「ジャンヌ! あの炎は!?」

「……どうやら、この世界の私とジルが戦っているようです」

 

 ジャンヌの目は眼下の戦場に向けられている。

 立香も目を凝らせば、キャスターのジル・ド・レェと金髪の女騎士が戦いを繰り広げていた。女剣士は炎を自由自在に操り、あたりを燃やし尽くすように戦っている。

 

「あれが、ジャンヌ? まるで、アヴェンジャーの邪ンヌみたい」

「はい。在り様は彼女に近いでしょう」

 

 ジャンヌは戦場に赴く兵士の顔をしていた。

 悲しみに暮れることもなく、出会えた幸福に喜ぶこともない。

 

「あいつは……!!」

「信長さん、知ってるの?」

「知ってるも何も、一度ここを襲ったやつだ。そんときは、おトヨが倒したが……」

 

 信長は一度、口を閉ざす。

 

「藤丸。お前ならどうする? あっちのカエル顔は知り合いなのか?」

「知り合いだけど、たぶん別人だと思う」

 

 立香は正直に話す。

 その言葉を受け継ぐように、ジャンヌが語り始めた。

 

「ジルがこの時代にレイシフトするとは考えられません。信勝さんのときは、ムニエルさんがこっそり通してくれたようですが、ジルにその手段は使えるはずはありません。

 おそらく、この時代に召喚されたサーヴァント。はぐれサーヴァントもしくは、この異変を巻き起こした元凶が召喚したサーヴァントに違いありません」

 

 ジャンヌは立香の思いを代弁すると、先に歩き出した。

 

「マスター、ここは私だけに任せてください」

「そんな!? 一人じゃ危険だよ」

「私、ずっと考えていたことがあるのです」

 

 ジャンヌは歩みを止めずに言った。

 

「ぐだぐだ粒子が絡む案件、私が関われたことは一度もありませんでした。

 従来通りだとすれば、私ではなく、坂本さん、岡田さん、沖田オルタさんが加わっていたに違いありません」

「それは……」

「ですが、私が選ばれた。その理由は、きっと……これが、神の啓示なのでしょう」

 

 だから、手出しはしないで欲しい。

 その先の言葉を告げなかったが、彼女の背中は訴えていた。

 

「あぁん? なんだよ。てめぇだけが点数稼ぐつもりか?」

 

 森長可が不満そうに口を尖らせる。

 

「森君。まずは、ジャンヌに任せよう」

「だがよう、殿様!」

「ジャンヌが危険になったら、私たちも加勢する。それでいいよね、ジャンヌ」

「はい! それでは……ジャンヌ(おねえちゃん)、行きます!」

 

 ジャンヌは高らかに宣言すると、丘を疾風のごとく駆けおりた。

 立香は彼女の無事を祈るように、残り二画となった令呪が刻まれた拳を握りしめる。

 

 

 

 

 そして、ふと思った。

 

 

 

 

「……おねえちゃん?」

「ねえちゃん?」

「おねえちゃん……?」

 

 立香、長可、信長、三者ともに同じ言葉を呟いた。

 互いに呟くことにより、聞き間違いではないことを確認する。そして、立香は顔から血の気が引いて行くのを感じた。

 

「も、森君、急いで後を追いかけるよ! とてつもなく嫌な予感がする!」

 

 ジャンヌが言っていた。

 ちびノブが存在する時点で、すっかり忘れていたが今回の案件には「ぐだぐだ粒子」が激しく絡んでいる。

 

 このシリアスな状況下であっても、その粒子が遺憾なく強さを発揮していたら?

 ジャンヌ・ダルクが本人に自覚症状がなくても、ぐだぐだ粒子に汚染されていたら?

 

 

「廃棄物のジャンヌが可哀そうなことになる!」

「は、はぁ!?」

 

 立香が丘を駆け下り始め、その後に長可が続く。半歩遅れて信長が続き、彼は意味わからねぇという顔で問いかけてきた。

 

「廃棄物は敵だぞ? なんで、そいつの心配しねぇといけないんだ」

「そうかもしれないけど、あれは……!!」

 

 立香の頭が痛くなる。

 あの技は……敵に回したら非常に恐ろしく、味方ならば物凄く頼りになる。

 

 だがしかし、それをしたら色々と駄目な気がする!

 

 

 たとえ、世界を滅ぼす廃棄物に対してであっても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、廃棄物のジャンヌはこれから起きることを知らない。

 ジルを仕留め、怪物と化した部下たちを焼き殺した後、彼女は新たに現れた女を一瞥した。

 

「……あんたは……」

 

 虫唾が奔った。

 目の前の自分は、どこからどう見ても清廉潔白な聖女。

 まるで、自分が堕ちる前の具現化だった。神を信じ、百年戦争を駆け抜けた聖女。人々に裏切られ、磔にされる前の忌々しいまでに清らかな姿。

 

「忌々しい。聖女そのものじゃない」

「いいえ、私は聖女などではありません」

 

 高潔な聖女ジャンヌは堕ちた自分から目を逸らさない。

 

「誰もが私を聖女と呼ぶ、けれど他ならぬこの私だけがそう思ったことは一度もないのです」

「……同意するわ。私も同じよ」

 

 廃棄物のジャンヌは吐き捨てるように言った。

 

「私は神からの啓示を受けた娘に過ぎないわ。神の御心のまま、神のために戦い抜いた。その姿を周りが勝手に聖女だと称しただけよ。周りが、勝手に」

 

 それだけだ。

 だが、そこから先が問題なのだ。廃棄物のジャンヌは鼻を鳴らした。

 

「でも、そうね……あんたは知らないのね。だから、そんな面ができるのよ」

「知らない、とは?」

 

 聖女ジャンヌが静かに尋ねてくるので、廃棄物のジャンヌはあざけるように笑った。

 

「私の最期を。貴方、故国に裏切られたことを知らないでしょう?

 あんた、フランスに裏切られる前の私ね?」

「……」

「あいつらは……人間どもは私のことを『聖女』と呼びながら、旗色が悪くなった途端、掌返したように『魔女だ』って決めつけてきたのよ! 辱められ、火刑にされ、嘲笑われて、誰も助けてくれなくて、……どう? これが真実よ、乙女(ラピュセル)?」

「……ああ、そのことですか」

 

 しかし、聖女ジャンヌは平然と受け止めた。

 あまりにも自然と答えたので、廃棄物のジャンヌは唖然とする。

 

「な……知っているの? あの末路を知ってるのに、そんな顔ができるわけ!?」

「私は最初からあの結末を覚悟していました。無念も後悔もありません。

 神の啓示を受け、村を離れ、戦場に出たときからこの手は血で汚れています。誰もに愚か者と罵られ、虐げられるのならせめて自分自身だけは裏切らないと誓っていたのです」

 

 それは、あまりにも揺るがない言葉だった。

 廃棄物のジャンヌは歯を噛みしめる。右側の顔が炎で燃え上がるのを感じた。

 

「ありえない」

 

 途中までは、同じ想いだった。

 神の啓示を受け、村を出たその時から……戦場でジルと肩を並べて走り抜けたときには、たとえ剣を抜かなくても手は汚れていた。聖女なんて呼ばれてはいたが、自分は聖女などではない。ただ周りが勝手に言っているだけ。自分は神の御心のままに、故国フランスを救うために命を賭して戦い抜いた。

 

 

 だが、あの末路は……辱められ、火刑にかけられる苦しさは!

 

「魔女と言われたのよ? 民のため、フランスを救国のために、神のために、私たちは戦ったのに!!」

「私も同じです」

 

 高潔な娘はまっすぐな言葉を紡ぐ。

 

「魔女と叫ばれ、火刑にかけられました。身体を燃やす炎は苦しかった、辛かった。

 ですが、事実は変えることはできないのです。私は……あの場で死んだのですから」

「だったら、なぜ恨まない! 人間を恨まない!! あいつらへ恨みを憎しみを……お前は、少しも思わないのか!?」

「はい」

 

 聖女のジャンヌは断言した。

 悩む素振りはなく、あまりにも清々しい言葉に廃棄物のジャンヌは言葉を失う。

 

「私は彼らに恨みも憎しみも抱きません」

「なんで、なんで、なんで、なんで!!」

 

 廃棄物のジャンヌが叫ぶと炎が大河のように押し寄せた。清らかなジャンヌは身動き一つしない。炎の海が自身を飲み込もうとするのに眉一つ動かさず、その炎が間近に迫ってようやく旗を振った。純白の旗は炎を払い、二つに別つ。

 

「死者が生者の世界に関わること自体、あってはならぬこと。

 死者の八つ当たりで今生きる者の未来を奪うなど烏滸がましいにもほどがある」

「私の死は無駄だったってこと!? 私の怒りはどこにぶつければいいのよ!!」

「私の死を礎にして、人は少しづつではあるが前に進んでいる。それで良しとするべきです」

 

 此処で初めて、聖女のジャンヌは表情を崩した。

 口元に微笑を浮かべたのだ。

 

「それでも怒りの熱が収まらぬというのであれば、いま生きている者に肩を貸す。

 いまを生きる人々が、自分と同じ過ちを繰り返さないように」

「それ、は……」

 

 一理ある、と。

 廃棄物のジャンヌは微かながらに思ってしまった。

 怒りは収まらず、その通りばかりで余計に腹が立ち、憎悪の業火は胸の奥で燃え続ける。

 

 人間に死を! 漂流者に死を!

 

 フランスの救国のために走ったように、いまは黒王の国のために剣を掲げている。

 

「ふふふ、あははは!! なら、まったく問題ないわ。だって、今してることと同じだもの」

「……人間ではなく、オークたちの軍勢に肩を貸すと?」

「あんたの理屈が正しければ、オークたちも生者よ。

 つまるところ、利害の一致。私は邪悪な人間を焼き殺したい。彼らも人間を滅ぼしたい。だから、私は彼らの進むべく道を切り開くため荒野を駆ける。ほら、なにも変わらないわ」

 

 それは、大義名分を借りた多大なる八つ当たり。

 聖女のジャンヌの言葉で自覚し、自身の言葉で行いを肯定する。自分たちの進むべく道にある害悪を焼き殺すだけなのだ。そのなかには、たとえ無垢な人間がいたとしても、人間は等しく焼き滅ぼさなくてはならない。

 

 

「……そうですか」

 

 聖女のジャンヌは少しばかり寂しそうに目を伏せる。

 だが、すぐに顔を上げると戦う顔になった。ジャンヌが戦う意思を見せたことで、廃棄物のジャンヌはにたりと笑った。

 

「ようやく戦う気になったのね、聖女様」

「私は聖女ではありません。私は、あなたの姉として、妹が勝てることはないと、その体に叩き込……優しく教えて差し上げます!」

「そうこないとね!! ……はい?」

 

 廃棄物のジャンヌは高らかに吼えた、が、聞き捨てならない言葉に立ち止まる。

 

「……姉?」

「主よ、神のご加護を! ジャンヌ☆霊基チェーンジ!!」

「さ、させるか!」

 

 廃棄物ジャンヌは酷く頭の悪い言葉を察し、これは是が非でも倒さねばならぬと急いだ。二つに別った炎を凝縮し、前後左右から一気に炎で押し流そうとした。それと同時に、自身も地面を蹴り、炎を纏った黒剣でジャンヌを切り裂こうとする。

 

 だが、次の瞬間、炎が蒸発した。

 

「え……?」

 

 聖女のジャンヌを中心に水が飛び散る。

 廃棄物のジャンヌの憎悪の炎は水によって鎮火され、ぷすぷすと焦げ目だけが地面に残る。

 

「な、なによ、その、は、は、破廉恥な服装は!?」

 

 聖女のジャンヌは布面積の少ない服を纏っていた。

 一応、上着を羽織っているようだが、身体のラインをぴったり浮き立つ薄着……俗に言う「競泳水着」なわけだが、廃棄物のジャンヌが知るはずもない。

 

「へ、へ、変態ー! 馬鹿じゃないの!? この露出狂!」

 

 廃棄物のジャンヌは自身の顔から火が出るほど(そして、実際に出た)赤く染めると、数本のナイフを飛ばす。どのような理屈か分からないが、異世界の痴女ジャンヌは水を出す。だが、肉薄ぎりぎりまで迫ったナイフから突如放たれる業火は避けられるはずもない!

 

 

 と、思っていたが、

 

「あ・そ・ぼ」

 

 痴女ジャンヌに当たる前に、別の何かが払いのける。その生き物に炎が点火されたが、その生き物自体が水を帯びてナイフは呆気なく地面に転がった。

 

「サ、サメ……?」

「はい! リースXPです!」

「は、はぁああ!?」

 

 荒野に廃棄物ジャンヌの驚愕の叫びが木霊する。

 

「どこか、おかしいでしょうか?」

「おかしいところしかないわよ! 私がサメを飼うだなんて! というか、サメを飼いたいなんて一度も……ええ、一度もないわ!!」

 

 廃棄物ジャンヌは一瞬、脳裏に浮かんだ想像を素早く燃やす。

 サメを飼うなんて、かっこいいじゃん……と一秒でも思ってしまった自分が恥ずかしい。

 

「実は昨年の夏に海を訪れたとき、私はイルカを助けたんです。それから一年、リースは一緒に成長しました」

「イルカがなんでサメになってるわけ!?

 あーもう! ジャンヌ、意味わからない! ハシバ・ジルキチロウしかり、あんたしかり!」

「ふふ、お褒めの言葉として受け取りますね」

「どこが褒めてるの!? 頭のネジが緩み切ってない!?」

「私は貴方の姉。お姉ちゃんは、妹の元気な姿を見るだけで嬉しいのです」

「いや、あんたは私でしょ!?」

 

 廃棄物ジャンヌがぎゃーぎゃー指摘するが、姉を名乗る不審者痴女ジャンヌは柔らかい笑みを崩さない。

 

 

「分からないなら、身体に教えてあげます。

 

 くらえ、姉ビーム!!」

 

 

 

 

 

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