「遅かった……!」
立香たちがジャンヌに駆け寄った時には、すべてが終わっていた。
「姉ビーム!」
水着のジャンヌから廃棄物のジャンヌに向かい、みょんみょんみょんと放たれる。
廃棄物のジャンヌは避けることができず、桃色レーザービームを直に受けてしまったのだ。
「ストップ! ジャンヌ、ストップ!」
「立香ちゃん? そんなに焦ってどうしたのです?」
水着のジャンヌはきょとんと首を傾げた。
「いや、いまのは駄目でしょ?」
「駄目? なぜ、駄目なのです? 私は可愛い妹の目を覚まさせようとしただけですよ?」
「廃棄物のジャンヌは妹ではない」
むしろ、別世界線の同一人物だよ!?
立香はそう訴えたのだが、水着のジャンヌはいまいちピンときていないようだった。彼女はリースXPと名乗るサメをなでながら本気で首をひねっている。
「立香ちゃんは変なことを言いますね……そうでしょう、可愛い妹?」
水着ジャンヌは廃棄物のジャンヌに語りかけた。廃棄物のジャンヌの方は苦しそうに頭を抱えてうなだれるばかりで何も答えない。
こうした問答が続いている間に、信長が一歩遅れて追いついてきた。
「な、なんて格好してんだ、金髪の嬢ちゃん……!? はしたないにもほどがあるだろ! つーか、あれサメだよな? どこから、サメ取り出したんだ!?」
「あ・そ・ぼ」
「しかも、しゃべるのかよ!? 異世界、怖っ!」
「私たちの世界でも普通のサメは話さないから……!」
立香は急いで訂正を入れる。
水着ジャンヌのせいで、自分たち凡人類史を誤解されたくなかった。水着ジャンヌが凡人類史の標準なのではない。彼女が常識やら感性やらを逸脱しているのである。
「と、とにかく、ジャンヌ。廃棄物のジャンヌの洗脳を解いて」
「立香ちゃん、私は洗脳なんかしてませんよ? 妹は姉に逆らえないことを教えてあげているだけです」
「だから、そういうことではなくって……」
「……おい、女」
立香が説得の言葉を探していると、隣の森長可の殺気が膨れ上がったのを感じた。
「さっきから聞いていれば、俺の殿様のことを『立香ちゃん』だと? 舐めた呼び方するじゃねぇか……!」
「ちょ、森君!?」
「当然ですよ。だって、私は立香ちゃんの姉なのですから!」
「姉か……姉なら仕方ねぇ…………は?」
森長可の目が点になった。
「あね? なに言ってんだ?」
「まずいっ!」
「姉」の単語を聞いた瞬間、立香はやばいっと本能的に彼の背中に隠れた。目を合わせた瞬間、いつかの再現になってしまいそうだと直感したのだ。長可の大きな背中に身を隠しながら、
「私は妹ではない、私は妹ではない、私は妹ではない」
と、言い聞かせるように呟く。
こんな奇行に及んでいると、信長が不審そうな目を向けてきた。
「藤丸、あんなの破廉恥女の戯言だろ? 人種が違うし、さーばんとじゃねぇか」
「でも……向かい合うと妹になる」
「んな馬鹿なことねぇだろ?」
「ふふ、私は妹が増えて嬉しいです。カルデアに帰り、姉妹5人で仲良く暮らしましょう!」
水着ジャンヌは悪意のない明るい声をあげた。
「私に姉妹はいません!」
「……つべこべ言ってんじゃないわよ」
しかし、悲しいかな。
水辺の聖女に同意する声が上がってしまった。
「あんた、私たちの妹でしょ? 姉の言うことには逆らわないってのが分からないの?」
廃棄物のジャンヌである。
いまだに頭を痛そうに抱えながら若干青ざめた顔をしていた。
「うー、頭が痛い。お姉ちゃんの声と黒王様の声ががんがんに響いて気持ちが悪い……ん、というか、あれ? あんた、初対面よね? 初対面の妹……?」
「初対面の他人、藤丸立香です!」
「もう! 他人だなんて……お姉ちゃんは悲しいですよ?」
やれやれと水着のジャンヌが言えば、廃棄物のジャンヌは「そうだった、あいつも妹だった……」とうわごとを呟いている。
もしかしたら、ぐだぐだ粒子のせいで普段より姉ビームが効きやすくなっているのかもしれない、なんて頭の片隅で考えながら事態の打開策を頑張って練ろうとする。
「俺の殿様を洗脳しようなんざ良い度胸してんじゃねぇか! 殺っていいよな!?」
「森君……それは……」
「ジャンヌはがっかりです。妹と戦うことになるなんて……ですが、仕方ありません。姉に妹が勝てるわけがないと証明してみせます!」
「藤丸! 勝蔵! あいつはマズい! 一度、撤退するぞ! いや、仲間なのに撤退ってのは変だが、ひとまず距離を置くに越したことはねぇ!」
「そうはさせません! リースXP!」
水着ジャンヌの命令を受け、リースXPは動き出す。
「あ・そ・ぼ」
リースXPは人を軽々と貫きそうな鋭い牙を見せつけるように襲いかかってきた。すぐに長可が動き、人間武骨を振るう。人間武骨が当たる直前、XPは体をよじらせて避ける。そのまま巨大な口を開き、長可の肩に喰らいついた。
だが、その程度で倒れる鬼武蔵ではない。
「ぶち殺すぞテメェ!」
サメを右手でつかみ、逃げないように支えてから腹に槍を刺そうとした。
さすがのXPも身の危険を感じたのか、身体を震わし腕から無理やり抜けようとする。しかし、時すでに遅し。槍は白い腹を貫き、血の雨が降り注いだ。
「あ……そ……ぼ……」
「っち、まだ仕留め切れてねぇのか……頑丈なサメだぜ」
「さすが、勝蔵……サメの目に怯まないで戦ってやがる。って、感心してる場合じゃなかった! いまのうちに退却だ!」
「逃がしませんよ! お姉ちゃんの愛を受け取りなさい! 『姉ビーム』!」
鬼武蔵が動いたことにより、立香の姿を遮るものはなくなってしまったのだ。
みょんみょんと放射される桃色ビームをまともにくらってしまい、よたよたと倒れこんでしまう。
「藤丸!」
「うう、あの人は……姉……だったかも……」
「まじかよ!?」
「ふふふ、姉ビームとはお姉ちゃんが妹のために放つ愛故のビームです!
これをくらったことにより、マスタースキルはすべて私のために使われます。 回避! 強化! 回復! 完璧でお姉ちゃん嬉しいです……!」
マスタースキルのせいで、水着ジャンヌに付随した存在であるXPの傷が瞬く間に戻ってしまった。
「あ! そ! ぼ!」
激しく尾を振るって人間武骨を自力で抜くと、怒りを込めるように語尾を強めた。
もともと薄ら寒い気配を纏っていたが、ぴりぴりと肌を刺すような殺気が上昇する。
「殿様! なんで、敵を援護してんだ!」
「ごめん……体が……勝手に……」
「これで、とどめです! 姉ビー……っ!?」
しかし、水着ジャンヌがビームを打つことはできなかった。
「ゴールデンライダー! 見参!」
バイクの轟音と共に現れたのは、坂田金時だった。
水着ジャンヌの視線は乱入者に向けられ、姉ビームを放つ手が止まる。
「ゴールデン!!」
「来たぜ、大将! しかし、話には聞いてたが、姉を名乗る水辺の聖女……イッツクレイジーじゃねぇか」
「む、姉妹の語り合いに乱入ですか?」
立香が喜びの声をあげると、水着ジャンヌは不満そうに口を尖らせた。金時は一瞬彼女を睨みつけようとしたが、服装が水着だからだろう。すぐに顔を赤らめて視線を露出の少ないジャンヌの方へと逸らした。
「あいつが、廃棄物……バッドでサッドな空気がただよってくるぜ……!」
「金時さん、廃棄物ではありません! 私の妹です!」
「そうよ! 私たちはジャンヌ姉妹。姉妹同士の語り合いを邪魔しないでくれる?」
「断じて、語り合いじゃない」
立香はげっそりとした顔で呟いた。
話し合いなんて生易しいものではない。信長も立香と同意見らしい。
「お前らのは物理と洗脳の間違いだろ。
おい、金時。ひとまず、藤丸を連れて退却しろ。お前の
「その必要はないぜ、男信長公」
金時はにやりと笑った。
「聖女のクレイジーさはベガスで聞いてたからな。ジャストライトな対抗策を用意した!」
「対抗策……まさか、頼光さんを!?」
立香は愕然とした。
「シスターは空気から産まれるもんじゃねぇ。マザーから産まれるもんだ」
「だから、ラスベガスでは母属性の頼光さんに頼んだけど……でも、どうやって?」
それは無理な話だ。
マシュの盾がない以上、こちらから新たにサーヴァントを召喚することはできない。いくら金時と彼女の絆が強くても、金時には源頼光を召喚できるような逸話は残されていないのだ。
「忘れちまったのか、大将?
ここには、もうひとり……母がいるだろう?」
「母……まさか……!」
立香の言葉にかぶせるように、馬のいななきが響いた。
荷馬車が丘を駆け下りてくるところだった。ブッチが愉快そうな顔で馬を御し、荷馬車には三人乗せていた。あきれた表情のキッドに疲れた様子の晴明、そして——
「妾の出番じゃ!」
茶々である。
得意げな顔で、でんっと胸を張って立っていた。
「待たせたのう、
「って、切り札が茶々かよ!?」
「男でも伯母上は心配性よな。我が子に危険が迫っておれば、母とは助けるものぞ」
ふふんっと茶々は鼻を鳴らす。
大丈夫かな、と立香自身も不安になった。
たしかに、茶々は二児の母だった。
そのこともあってか、母性が強く、立香のこと我が子のように慈愛を注いでくれる。つい先ほども、沖田を看病すると申し出る眼差しは間違いなく母のものだった。
だがしかし、溶岩水泳部に属するほど突き抜けていない!
姉を名乗る不審者に対抗するのは、いささか弱いのだ。
「大将、心配無用だぜ!」
「そうそう、あとは茶々に任せるが良い! とうっ!」
茶々は荷馬車を蹴り飛ばすと、森長可の隣に降り立った。
信長似の長い黒髪を風になびかせながら堂々とジャンヌの前に立つ。そのとき、髪の隙間から背中に札のようなものが張られているのが見えた。
「……あれは……?」
「気持ちを高める札です」
晴明がため息交じりの声で答えてくれた。
「とはいっても、せいぜい踏み切れない気持ちを後押しする程度の札ですが……。
茶々さんの母としての意識の気持ちを高め、母という概念で姉を名乗る概念に対抗する。理屈としては適っていますが、理解に苦しみます。はたして本当に解決となるのでしょうか?」
「パーフェクトだ、晴明!」
「そもそもジャンヌさんは味方ですよね? 味方同士で戦う意義が分かりません」
「俺たちの大将が洗脳されかかってんだ。戦わねぇ道理がねぇよ」
「うむうむ! 茶々も戦う気満々! いまなら、狸にも勝てそう!」
茶々は宣言すると、びしりっと指を差した。
「これ、そこの南蛮人! この子は妾の子。そちの妹ではないのじゃ!」
「そんなはずありません! 私の妹です! いきますよ、
「もちろんよ、
水着ジャンヌが姉ビームを繰り出した。
「ええい、茶々も出せるんだから! 『母ビーム』!」
茶々の手から炎が放出された。
だが、弱い。
誰の目から見ても、姉ビームなる桃色光線に押されてしまっていた。
「それ、火のつもり? 火はね、こうやって使うのよ!」
それを後押しするように、廃棄物のジャンヌが手から炎を放った。
地獄の業火が姉ビームに重ね合わさり、謎の威力が倍増する。
「にゃあああっ!」
茶々のビームは完全に負けてしまった。
「茶々!」
茶々に姉&炎光線が届く刹那、信長が彼女を抱きかかえる。信長は間一髪のところで飛び退き、直撃を避けた。ちょうど茶々のいた場所は炎がくすぶり黒い煙が立ち昇る。
「ぎゃふんとしましたか、母を名乗る
「私たち姉妹の力を思い知って?」
「…………」
茶々は答えない。
血の気の失せた白い顔で自分のいた場所を見つめる。
「茶々! おい、しっかりしろ!」
「あ……男伯母上……髪が……」
「ん? ああ、少し焦げてんな……だが、この程度問題ねぇよ」
信長は笑って見せた。
茶々を庇った時に、炎の余波が信長の髪をかすめていたのだ。本格的に燃え移ることはなかったが、ちりちりと焼ける臭いがする。
「燃えたのか」
ぽつり、と。
茶々は言葉を漏らす。
「おぬしら……伯母上を……妾の……家族を……燃やしたな……!!」
茶々の声色が徐々に怒りを帯びてくる。
彼女は信長の腕を解くと一歩、二歩と前に出た。
「茶々……?」
「止めるでない、男伯母上。妾は教えなければならぬ」
普段の無邪気さは完全に失せ、茶々は静かに告げると「浅井一文字」を引き抜いた。刀が炎を纏うと、それに呼応するように炎が周囲一帯に立ち込める。
炎はうねりながら空へと昇り、日本の城——豊臣秀吉が築城した「大阪城」を象った。
「姉だか妹だか分からぬが、妾の家族を手にかけるなら容赦はせぬ!」
彼女が叫ぶ。
天下人の側室、茶々。
彼女は生涯で三度の落城を経験し、そのたびに父を失い、母を失い、最後には全てを失った。
政治と時流に振り回され、加害者になり果てた元被害者。
評価に賛否両論あれど、家族を炎で失った事実に変わりない。
晴明の札の効力も相乗し、茶々の家族を守る母としての側面が普段の三倍以上に膨れ上がる。
「くらえ!!」
茶々は腕を振り上げると、怒りを炎のビームとして放出した。
「『母ファイヤー』!!」
次回、姉VS母が決着。
次々回からは、ノッブパートに移りたい。
「オリジナル展開」をタグに追加しました。
まず、とにかく自分が楽しみながら書いていきたいです。