ノブの名は ‐特異点 オルテ帝国‐   作:寺町朱穂

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11話 火の輪を抱いた少女

「負けません! 『姉ビーム』!」

 

 ジャンヌが迎え撃つが、空間を燃やすほどの業火に勝てるはずがない。

 彼女はすぐに旗色の悪さを察したのか、相棒の名を叫んだ。

 

「っ、リースXP!」

 

 ジャンヌは叫ぶ。

 サメの纏う水ならば炎に効果があると考えたのだろう。

 だが、時すでに遅し。

 

「いよっと!」

 

 森長可が槍で迎え撃つ。

 長可の槍はサメの腹にクリーンヒット。

 

「あぁぁぁぁぁ……!」

「そんな! リース!」

 

 長可に打たれ、人食いサメはぐるぐる回転しながら地平線の向こうへと姿を消した。ジャンヌの注意はサメに向けられ、母ファイヤーへの対応が疎かになる。

 

「隙ありなのじゃ! カモン、豊臣ポーンズ!」

 

 茶々の叫びに呼応するように、ジャンヌ達の周りに火の壁がそびえたつ。そして、けたけたと笑う五人の骸骨が地面から這い出てきた。

 

「ひぃ、なによ、これ!?」

 

 廃棄物のジャンヌが悲鳴を上げ、炎で粉砕しようとする。

 だが、骸骨は怯まない。大坂の陣で馳せ参じた大坂牢人五人衆……真田信繁、後藤又兵衛基次、明石全登、毛利勝永、そして、長宗我部盛親の亡者は火を恐れることなく、動きを封じ込めにかかる。

 

「しまった、防御が間に合わない!」

 

 ジャンヌたちにはビームを打つ余裕もない。

 

 茶々は炎を撃つ手を止めると、赤く染まった刀を地に落とした。刀は硬い地面に溶け、背後の大阪城はすべてが焼け落ちるように崩れ、代わりに生まれるのは城を飲み込むほど巨大な火の鳥だった。

 

「そして茶々必殺のぉ……『絢爛魔界日輪城』!」

 

 火の鳥は甲高く鳴くと翼を広げて宙を舞い、まっすぐ水着のジャンヌへと襲いかかった。

 

「あいったたたた!」

 

 炎の鳥が水着のジャンヌを包み込む。

 そして、火の粉が完全に消えた時——、

 

「うう、やられました……」

 

 水着のジャンヌの霊基は戻っていた。

 全体的に焦げ臭く、身体中に傷を負い、髪や服などが焦げているが命に別状はなさそうである。彼女はよろよろと立ち上がると申し訳なさそうに目を伏せた。

 

「屈辱の……敗北……私は、姉ではなかったのですね……」

「姉ではなかったのです……!」

「う、ん、んんん? あ! そうよ、私が妹のわけないじゃない!」

 

 廃棄物のジャンヌは絶句した。

 どうやら、無事に姉ビームの洗脳が解けたらしい。

 

「というか、見ず知らずの他人まで妹だと思い込んでたわ……痴女の私、怖すぎる。私よりずっと廃棄物じゃない?」

 

 廃棄物のジャンヌは精神的なショックが大きいのだろう。へなへなとその場に座り込んだ。完全に白く燃え尽き、疲労困憊の戦意喪失状態であった。

 

「どうじゃ、マスター! 男の伯母上! 妾の活躍は!」

 

 一方、茶々はぴょんぴょん跳ねていた。

 身を焼くほどの怒りはどこへやら。誰から見ても、勝利に浮かれていた。

 

「茶々……いろいろと聞きたいことは山ほどあるが、俺のために怒ったのか?」

「え? べ、別に男伯母上のために怒ったわけじゃないんだから! 茶々的に姉とかなんとかが許せなかったから怒っただけなんだからネ!」

 

 茶々は頬を赤らめると、ぷいっとそっぽを向いた。黒い髪が揺れ、背中があらわになった。貼ってあったはずの札はない。さきの業火で燃え尽きてしまったのかもしれない。

 立香がそんなことを想っていると、晴明が鋭い声を出した。

 

「なぜ、廃棄物に撃たなかったのですか!」

 

 晴明は茶々を睨んでいた。

 

「あの熱量があれば、廃棄物を焼き殺せたはず!」

「ん? 一番大事なのは洗脳を解くことじゃろう?」

 

 茶々はぽかんと口を開けた。

 

「金髪の暴走を止めること。そうであろう、立香?」

 

 彼女の問いかけに、立香は深々と頷いた。晴明は信じられないと更に眉間にしわを寄せた。

 

「正直なところ、私はジャンヌが度を越した暴走をしていなければ、洗脳も悪くないと思っていました。情報を得る手がかりになりますし、自害させることだってできる。なのに、貴方は……ジャンヌが暴走する前から洗脳を解くつもりだった。いえ、違います。

 貴方は最初から洗脳を阻止するつもりだった(・・・・・・・・・・・・・・・・・)!」

「晴明と同感だ」

 

 信長も真剣な目で同意する。

 

「藤丸、あいつに情が移ったのか?」

「違うよ!」

 

 立香は否定する。

 人を家畜にする。あんな悲惨な所業を見たのだ。絶対に許せるわけがない。

 

「廃棄物は倒さないといけない。この世界には他に道はないし、その通りだと思う」

 

 晴明や信長の意見は理屈としては分かる。むしろ、普通に考えればそうするべきなのかもしれない。

 だが、

 

「それでも、洗脳はよくないよ」

 

 率直な気持ちを述べた。

 

「こちらから洗脳して、自分が誰なのか分からないうちに倒すなんて……私にはできない」

 

 だから、戦うならここからだ。

 その意思をまっすぐ伝える。晴明は理解できないと顔を歪め、信長やブッチたちの目は点になり、茶々と金時は「それが自分たちのマスターだ」と頷きあった。

 そして、廃棄物のジャンヌは、

 

「あんた、変わってるわ」

 

 弱弱しく笑った。

 

「邪悪で卑劣な人間が、よりにもよって私に情をかけるとはね……戦い抜いて守ろうとした者たちに裏切られた私を……洗脳するのは良くない、だなんて」

「ん? それは違うぞ」

 

 ところが、廃棄物ジャンヌの呟きに答えたのは、茶々だった。

 

「茶々は詳しいことは分からぬ。英霊の座とかいう時空を超えた知識もややこしすぎるのでな。

 じゃが、そちは最期まで母に愛されていた。それだけは知っておる」

「え……?」

 

 廃棄物のジャンヌはぽかんと口を開けた。

 立香は茶々の言葉を引き継ぐように話し始めた。

 

「イザベル・ヴトン。ジャンヌの復権に動いた人だったよね?」

 

 第一特異点(オルレアン)を旅したときに、聞いた話を思い出す。

 ジャンヌの母は杖を突きながら法廷に出向き、涙ながらに娘の復権を訴えた。最終的な審理でジャンヌの無罪を勝ち取る事に成功し、娘の復権を見届けた二年後に息を引き取ったのである。

 そう説明すると、廃棄物のジャンヌは唖然とした。

 

「母さんが……? しかも、私が無罪ですって?」

「我が子が火の中で死んだ。それだけでも、母は苦しむものよ。子が嘲笑されていれば、なおのこと。愚かじゃと苛まれても、母とは子のために精一杯のことをするものじゃ。

 少なくとも、妾は……そうした。努力した、はずじゃったが……」

 

 茶々の表情が陰る。

 彼女は最後まで言い切らなかった。

 茶々自身の選択のせいで、我が子を死に追いやった。努力の方向が間違っていたかもしれないとか、間が悪かったとか、時流を読めなかったとか、いろいろ理由はあるだろうが、我が子を切腹に追いやってしまった。その事実は変わらず、彼女は英霊となった今もなお罪を背負っている。

 茶々の事情を知らぬ者も、深く沈んだ声色から何を言おうとしたのか察することができた。

 

「そう考えると、イザベルとやらが少し羨ましい」

 

 茶々は小さく頭を振ると、やや無邪気な顔に戻った。

 

「娘を止めることはできなかったかもしれぬが、己の手で名誉を回復することはできたのじゃ。

 妾には、それすらも許されなかった」

「……母さん(ラ・メール)……」

 

 廃棄物のジャンヌが目を伏せる。

 彼女は何を考えているのだろうか。

 

「私は……親不孝ね。もう一度、あのときに戻れるなら、火炙りにされることもなく、ただの村娘のジャネットとして…………いえ、戻れたとしても……」

 

 廃棄物のジャンヌは呟くと、自身の胸を強くつかんだ。

 

「私も同じです」

 

 ジャンヌも目を伏せた。

 

「神の啓示を受け、外の世界に飛び出したあの日に戻れたとしても……きっと、同じ選択をする。たとえ、己の末路を知っていたとしても、私たちは戦ったでしょう。信仰のためであり……故国を……自分の大切な人たちが住む、あの村を守るために」

「っふ、馬鹿みたい。あんたみたいな女と同じ考えだなんて」

「貴方はジャンヌ・ダルク。私と同じですから」

「さんざん姉とか妹とか言ってきた口で、よく言えるわね!」

 

 廃棄物ジャンヌはちょっと怒ったように言い返したが、ジャンヌは微笑ましそうな顔をしている。復讐者のジャンヌ・ダルク・オルタを見る眼差しに近い。

 

「はぁー、本当、ぐだぐだじゃない。なによこれ、……っ、ぅう!!」

 

 廃棄物のジャンヌが呆れたように首を振った、その瞬間だった。彼女は苦しそうに頭に手を当てる。

 

「ジャンヌ!?」

「……っ、分かってるわ、分かってますとも!! 命令には従います!」

 

 廃棄物のジャンヌはここにはいない誰かに向かって叫んだ。ちょっとイラだちの込めた言葉を言い終えると、こちらに向かい合う。

 

「フジマル、だったかしら? 洗脳を解いてくれたことには感謝するわ。お礼に、いいことを教えてあげる。

 さっきのジル、ハシバ・ジルキチロウとか名乗ってたわ。オダ七大将軍の一人とか」

「羽柴ジル吉郎!?」

「あとは、アケチに『エルフの村を制圧したら、そこに拠点を置いて二度と戻ってくるな、カエル顔の猿』って命令されたとも言ってたわね」

「……光秀」

 

 立香は頭を抱えた。

 いかにも、明智光秀が言いそうな言葉である。

 

「勘違いしないで。あくまでも個人的な礼よ、姉を名乗る不審者から助けてもらったね」

 

 廃棄物ジャンヌは言い切った途端、手を横へと払った。彼女の手の動きに呼応するように、立香たちと彼女との間に巨大な炎の壁が出現する。

 

「いかん!」

「ジャンヌ!」

 

 聖女のジャンヌが旗で炎を払いのける。

 しかし、一歩遅かった。地表に、廃棄物ジャンヌの姿は見当たらない。代わりに空を見上げると、彼女はワイバーンの上に飛びさった後だった。

 

 

 

 北壁がある、遥か彼方へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、オルテ首都上空「空中都市」

 

 魔王信長は臣下の言葉を聞いていた。

 

「……そうか、羽柴が消えたか」

「はっ。ですが、あやつは織田七大将軍のなかでも最弱。遅かれ早かれ、一番先に脱落するのは必然であり想定の範囲内でした。むしろ、ここで退場したおかげで、計画が進みやすくなったともいえます。あやつの死程度、何も問題ありますまい」

 

 

 明智光秀は淡々と述べるが、どことなく羽柴ジル吉郎の死を喜んでいるのが言葉の節々から伝わってきた。

 

「光秀、分かった。では、あいつを呼べ」

 

 魔王信長はとある将軍を呼び寄せた。

 

「よう、信長様。参上したぜ」

「うむ、おぬしを呼び出したのは他でもない。威力偵察だ」

「威力偵察?」

 

 呼び出されたサーヴァントは不服そうに答える。

 

「あれかい? 諜報活動ってやつか? ちっこいあんたに任せればいいんじゃねえの?」

「当初の計画では、ちびノブがいれば首都制圧は完了する予定だった。サーヴァントでも廃棄物でもない人物は恐れるに及ばず」

 

 事実、ちびノブは一般人には脅威である。

 サーヴァントでも「倒すのが面倒」と判定される時点で、一般人が立ち向かえて勝てる敵ではない。ましては、群れを成して襲いかかられた日には絶望的だ。

 

「懸念事項は、シールダーの小娘だったが、マスターが傍にいない。こいつのところに、ちびノブを送り続けていれば、いずれ魔力不足で自滅する……と、考えていた」

 

 マスターこと、藤丸立香の魔力は少ない。

 ゆえに、魔力自体の供給はカルデアからされている……のだが、肝心の供給パスが細い。藤丸立香とサーヴァントの距離が遠のけば遠のくほど、魔力の供給が上手く行き届かなくなる。

 

 つまり、シールダーの小娘ことマシュ・キリエライトは魔力供給がない中で戦わなければならず、ちびノブたちの脅威から人々を守るために戦えば戦うほど戦闘能力が落ちてしまうのだ。

 この状況を打破するためには、藤丸立香がオルテ首都に到着すれば解決するのだが、魔王信長たちの張った結界のせいで合流できる見込みはない。

 

「首都制圧は後に回し、まずは別のところを攻め落とすつもりだったが……ちびノブと対等以上に戦える者が存在したのだ」

「ほう……!」

 

 呼び出されたサーヴァントは興味深そうに目を光らせた。

 

「新しいサーヴァントが召喚されたのか?」

「いや、確かに、はぐれサーヴァントが一人発見されたが……あいつは捨ておいてもよい。脅威にはならぬ。

 おぬしに戦ってほしいのは、漂流者……ただの人間だ」

「ただの人間がちっこいあんたを倒してるだって? そいつは面白い」

「だが、いきなり全力を出すな」

 

 魔王信長は告げた。

 途端、呼び出されたサーヴァントは不満そうに口を尖らせる。

 

「不満そうな顔をするでない。いまのおぬしは、織田七大将軍の一騎にして、ぐだぐだ粒子に汚染されている。まかり間違って、倒されてしまっては困るのだ」

「その程度でくたばれるんならよ、オレは英雄になんぞなってねぇよ。だがまあ、今の俺はあんたのサーヴァント。命令にはちゃんと従うぜ。

 それで、俺が戦えばいいのは、どこのどいつなんだ?」

 

 呼び出されたサーヴァントは表情を切り替えると、魔王信長に問いかけた。

 魔王信長は、静かにその男の名を告げる。

 

 

「日本の侍、島津豊久だ」 

 

 

 オルテ首都、新たな戦の音が近づいていた。

 

 

 

 

 




長い長いジャンヌ戦、これにて閉幕。
FGO的に考えると、
プロローグ(1節)
1話~3話 (2節)
4話~5話 (3節)
6話~11話(4節)
ってな感じをイメージしてます。
次回から5節ですね。ちゃんとクロスオーバーしていきたいです!
今後ともよろしくお願いします。


洗脳宝具? 冤罪剣? あれは、ノーカン。


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