ノブの名は ‐特異点 オルテ帝国‐   作:寺町朱穂

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12話 新たな敵、到来!

 オルテ帝国。

 首都(ヴェルリナ)

 酒瓶や酔いつぶれた人が転がる薄汚れた路地から一人、小綺麗な少年がメインストリートを眺めていた。

 

「これが、メインストリートだと?」

 

 少年は呆れたように言い放つ。

 

「見かけは立派だが、中身がともなっていない。店主に商品を売ろうとする気合がないではないか。いや、それ以前に若者もいなければ、子どもにも生気を感じられない。おまけに、負傷兵が物乞いをしてるときた。これが首都のメインストリートとは、世も末だな。いや、実際に滅ぼされかけているのだったか」

 

 批評を続ける少年に言葉を返す者はない。彼は小さく息を吐くと、首を横に振った。

 

「しかし、このような世界に召喚されるとは。以前、召喚に応じてしまった時も二次元を無理やり三次元にしたような馬鹿げた世界だったが、今回は更に悲惨だ……さてと、俺はどちらにつくか」

 

 少年は視線を上に向ける。

 首都の半分を覆いつくす天空の城。そして、その眼下には首都の政府庁舎が見えた。庁舎の窓辺には、壮年の眼帯をした男が物思いにふけっている姿が見える。

 

「……まあ、答えは決まっている。聖杯に召喚された『はぐれサーヴァント』として、自分の役割を果たす。それだけだ」

 

 はぐれサーヴァントは誰にも聞こえることのない言葉を残すと、路地の奥へと姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 同時刻、首都(ヴェルリナ)の政庁舎。

 織田信長は上空に浮かぶ天空の城を眺めながら策を講じていた。

 

「ったく、面倒なことになったのう」

 

 マシュ単体であれば、ここに集った総力を結集させ、天空の城へと飛ばすことができる。だが、マスターとの距離があまりにも離れているせいで、マシュは満足に戦えない。そんな状態で送り届けても、無駄死にか人質になるだけである。現に、彼女は武装を解いた眼鏡の制服姿で、オルミーヌと話をしていた。

 

「むー」

 

 しかし、こうして二人を見ると姉妹のようである。

 二人とも美人だし眼鏡に全体的な雰囲気がそっくりである。あと、ふくよかな胸だ。信長は二人を見比べると、自身の胸元に視線を移す。まな板、というか、完全に男の胸である。

 

「って、本当のわしには胸はあるわい! 全然羨ましくなんてないんだからネ! 人斬りサークルの姫よりあったし、わしのほうが水着実装されたの先だったもん!」

「女信、なに言ってんの?」

「うおぅ!? いつから、そこに!?」

 

 信長が振り返ると、片目隠れの美少年が呆れた顔で佇んでいた。

 

「いつからって、最初からだけど?」

「気配消すのが上手いのう……。たしか、那須与一じゃったか?」

「そうだよ。もしかして、女信の世界では女だった?」

「んー、男として伝わっておるが……」

 

 信長は渋い顔をして答えた。

 

「だがのう、頼光も牛若丸も女じゃったからな……」

「へー、そういうこともあるんだね。……ん? 牛若丸が女……? 牛若丸って、源氏の?」

「それ以外の牛若丸はおらんよ。牛若丸こと源義経じゃ」

「っぷ、ぷぷぷ」

 

 信長が答えると、与一は口を抑えて笑い始めた。

 

「え、なに? わし、なにかおかしいこと言った?」

「いえ、なにも。でも、女ですか……っくっくっく、あの人が女だって。散々武士の道にはずれる卑怯なことばかりしてきていたから、異世界で女になるんですよ」

 

 与一の顔には明らかに「ざまぁ」の文字が浮かんでいた。

 どうやら、こちらの世界では相当嫌われていたようである。

 

「与一に義経が嫌われておるとは……いや、カルデアの牛若丸も戦いとなると非情・冷酷・最適手の権化じゃったか。敵は多そうだのう。

 しかし、まさか、源平屋島の那須与一と出会えるとは。それも、味方となると心強いわい! ところで、あっちの男は?」

 

 信長は暇そうに座っている男を一瞥した。

 

「ん、(おい)のことか?」

「お前以外に誰がいる? というか、普通にちびノブ殺してまわっておったが、何者じゃ?」

 

 ちびノブは見た目に騙されることなかれ。あれはサーヴァントでも手こずる存在である。ただの武芸者が倒せるはずもないのだ。信長は腰に下げている刀を一瞥したが、名のある業物には見えない。

 

「見たところ、侍っぽいが……」

「島津豊久。島津家久が子じゃ!」

「島津……島津……おお、知っておるぞ!」

 

 信長はぽんっと手を叩いた。

 

「九州のはじっこの! 田舎者じゃな!」

「あ、それ、こっちの信も言ってた」

「そうそう! 島津といえば、源平合戦の時から領地が変わっとらんかったのう! 先祖代々の田舎者じゃ!」

「信長さん! 失礼ですよ!!」

 

 豊久が動き出す寸前、マシュがぴしゃりと叱った。

 

「だってー、事実だしー」

「マシュは知ってるの、島津のこと?」

「それは……あ、思い出しました! たしか、クー・フーリンさんが島津と名乗っていましたよね」

 

 マシュは一瞬、眼を逸らしたが、すぐに切り返してきた。

 彼女の言葉を聞き、信長も「あー、そういえば、そんなこともあったな」と思い出す。

 

「わしとマシュが最初に出会った特異点でのことじゃな」

「はい。本当に懐かしいです……!」

 

 マシュと藤丸立香が人理修復の旅を始めてから間もない出会いだった。

 特異点自体も、7つの内の3つ目を攻略しているかしていないかくらいだっただろう。次に、ぐだぐだ粒子が絡んできたときには、すでに人理修復を成しえたあとだった。そう考えると、遠い昔の出来事である。

 信長が郷愁に浸っていると、豊久は少し怪訝そうに眉をひそめた。

 

「なんじゃ? 島津に南蛮人ん血が入ったんか?」

「いえ、そういうわけではなくて、ぐだぐだ武将のことです」

 

 マシュが説明を始めた。

 

「ぐだぐだ粒子に汚染されつつある世界で、聖杯によって召喚されたサーヴァントのことです。召喚時にぐだぐだ因子と混ざり合ってしまった存在ですね。

 例をあげるとすると、海道一の弓取りとして、松平アーラシュさんが召喚されていました」

「それ、東洋一の弓取りではなくって!?」

 

 これに突っ込みを入れたのは、サンジェルミ伯だった。

 

「だけど、ケルトの英雄と島津を掛け合わせたのは理解できるわ。だいたい全員、狂戦士でもおかしくない逸話ばかりだもの。……ん、待って。ぐだぐだ粒子に汚染されている、と言ったわね? つまり、この世界にも『ぐだぐだ武将』が召喚されているかもしれないってこと?」

「はい、おそらく」

「謎のナマモノを軽々倒せるほどの存在なのでしょ? 廃棄物並みに大変じゃない!」

 

 サンジェルミは脱力した。信長も同意する。信長が見た限り、エルフやドワーフだとちびノブは作戦次第で勝つことはできなくはないが、サーヴァントと戦えるだけの実力者はいない。島津豊久や那須与一を上手く使えば、サーヴァントの一、二体倒せるかもしれないが、かなり難しいことだろう。

 

「……ん?」

 

 信長が考えを巡らせていると、与一が外に目を向けた。

 

「どげんした?」

「何か飛んでいました」

 

 その言葉に、全員が窓の外に目を向ける。見ると、首都を覆う結界の上空を何かが通り過ぎ、弧を描きながら街に落下するのが見えた。

 

「なにかが、街の外から飛んできた!?」

「うーん、生き物っぽいけど」

 

 与一は眼を鋭く細めて、飛来した物体を注視したが歯切れが悪い。

 

「鳥か?」

「たぶん、サメかな? でも、この世界のサメって空を飛ぶの?」

「この世界でも、サメはサメです!」

 

 オルミーヌが否定した。サンジェルミも頷いている。

 

「おっぱい眼鏡の言う通りよ。サメが飛来するとか、ありえないわ。アメリカ映画ではあるまいし。本当に、サメだったの?」

「与一がそうゆたなら、そうに決まっちょる」

 

 豊久が代わりに応えると、彼は大きく伸びをして出入り口の方へ歩き始めた。 

 

「おぬし、どこへ行く?」

「様子を見てくる。なんか嫌な予感がするぞ」

 

 嫌な予感がする、と言いながらも、豊久の眼はぎらぎらと輝いていた。

 信長はその後姿を軽くにらむ。

 サメが降ってくるわけがない。それは、誰から見ても尋常でないことは明らかだ。つまり、人為的な意図が絡んでいる。もしかすると、サメを利用した何かをおっぱじめようとしているのかもしれない。

 

「なら、わしもついて行く」

「では、信長さん。私も一緒に……」

「マシュ、おぬしは残れ。一人くらいサーヴァントが残っておいたほうが良い。それに……」

 

 信長は一度、言葉を切った。

 

 どうも、あの若武者が気になった。聞けば、この軍の総大将と聞く。どうして、彼が総大将になったのか、信長には理解できなかった(・・・・・・・・)

 戦況に関する勘はあるようだが、それ以上のモノを持っているようには見えない。

 侍大将としては良いかもしれないが、信長としてみればそこまでだった。

 

「……」

 

 この世界は、死にかけている。

 漂流者の力を借りて、廃棄物と戦う。そこから、再び立ち直っていくのが、この世界の歴史なのだろう。

 オルミーヌたちの話を聞く限り、その廃棄物たちは非常に強い。

 ともなれば、漂流者が廃棄物と戦うためには、軍が必要だ。ゆえに、滅びる手前の国を簒奪し、漂流者の国とする。そこで国力を蓄え、きたるべき世界の存亡をかけた戦に臨む。

 

 それは、信長も分かる。漂流者の信長でなく、自分でも同じ手段を画策したことだろう。

 

 だが……なぜ、自分が総大将にならなかったのか。

 

 こんな疲弊しきった末期の国に漂流したともなれば、時代が再び己を望んでいると判断するのが当然ではないか? 死に瀕した世界を救い、新たな革新をもたらすべく天下布武を敢行するべきではないか?

 自分ならできる。織田信長であれば、優秀な侍大将や弓の達人たちを動かし、今度こそ天下をとれる。信長が見た限り、現在首都にいる漂流者たちのなかに、自分以上に効率よく天下をとれる人材はいない。

 

「この世界のわしが何を考えておったのか、ようわからん」

 

 信長は誰にも聞こえぬほど小さな声で呟くと、豊久について外へ出た。

 

 

 

 

 

 

 

「って、なんでおぬしたちも来とるんじゃー!」

 

 信長は後ろを振り返って叫んでいた。

 豊久の判断を後ろから視察し、本当に危険なことになったら助ければいいよネ!的に考えていたのだが、オルミーヌとドワーフがついてきていたのである。

 

「ドワーフの老人とか家で休んでおけ」

「ああ? なんだと? わしはまだまだ若いわい!!」

「え、若いの? 髭ボーボーじゃし、しわくちゃだから老人かと思った」

「ドワーフの年齢は分かりにくいですよね……」

「というか、オッパイもなんで来たのじゃ?」

「オルミーヌです! 私は十月機関の者として、漂流者を助けることは責務。ましては、信長さんに憑依した廃棄物のような能力を操る者を放っておくわけにはいきません!」

 

 オルミーヌはきっぱりと言い放った。

 

「えー、そう言っておるが、さっきはマシュと仲良く話してたじゃろ?」

「マシュさんは別です。親近感があるというか、貴方より胡散臭くないというか」

「はぁ、つまり、わしの監視か。……ま、是非もなし。ん? そこのドワーフ」

 

 信長はやれやれと頭を振って視線を逸らすと、ドワーフの手にした火縄銃に気がついた。

 

「それは種子島か?」

「テッポという奴じゃ。この世界のあんたに言われて、作らされたもんだ」

「鉄砲! ドワーフが種子島を!」

 

 確かに、自分ならしそうだと納得する。

 弾の火薬は作る方法があるし、ドワーフほどの鍛冶能力があれば量産することも可能だ。

 

「さすが、わし! ドワーフに種子島を作らせるとか、分かってるのう! うむ、次は安土を作らせる番よ」

「女信、城を築城すっと?」

「ふふふ、安土とはのう、超大型戦略爆撃機のことじゃ。って、漂流者のわしは時代を超える知識を持っていないんじゃった。そうじゃよな、帝都の聖杯戦争のことなんて知らんよな。わしだって、鉄の鳥が空を飛ぶとか、生前に知ってたら、国友村の鍛冶屋に……ん? 鍛冶屋? ……あ、あああ!!」

 

 なぜ、この瞬間まで気がつかなかったのか!

 爆撃機があれば、天空の城まで一直線ではないか。それも、一人ではなく複数で乗り込むことができる。マシュ一人では戦うことが困難でも、信長やちびノブを一閃できる豊久たちと組めば、魔王信長を倒すことができるのではないか。

 

「のう、ドワーフ。空を飛ぶ鉄の鳥、知っておるか?」

「鉄の鳥だ? なんだそれ?」

「わしの頭に設計図が入っとる。あとで書き写すから見るだけ見てくれぬか?」

 

 資源を考えると、超大型戦略爆撃機は作れないかもしれないが、縮小版くらいならいける気がする。首都中の鉄を徴収すれば、なんとかなるはずだ。種子島を作ったドワーフの腕なら、爆撃機の製造もできるかもしれない。いや、絶対に造ることができる。

 それに、さっきのサメは首都の外から飛来していた。もしかしたら、一度首都の外に出て、マスターと合流してから攻めなおすこともできるかもしれない。いや、そちらの方が合理的か? 自分の身体を取り戻すこともできるし……と、信長は思案する。

 

「なんか、女の信長さんが悪い笑顔をしてる……」

「信がよからんこっを企んじょる顔や」

「中身が変わっても、考え方は同じなのかもしれぬの」

 

 三人が言いたい放題しているが、信長は自身の計画を煮詰めることに夢中になっていた。

 

「…信長さん、女の信長さん、そろそろですよ。戻ってきてください」

「ん、おお、そうじゃった。このあたりに落下したんじゃよな? ま、与一はサメだと言っておったが、現実的に考えてもサメが降ってくるとかないじゃろ」

 

 信長は気楽に言うと、通りを曲がった。

 

 

 

 

「……」

 

 そして、信長たちは目撃してしまう。

 森長可の手によって、エルフの集落から飛ばされた……リースXPことホオジロザメを。ホオジロザメは凶暴な眼に光を宿したまま宙に浮きあがった。

 

「あそぼ」

「「「撤退!!」」」

 

 信長とオルミーヌ、ドワーフの絶叫が重なり合った。

 

「げぇ! あれ、水辺の聖女のサメじゃねぇ!?」

「知ってるんですか、女の信長さん!?」

「ベガスで一番やばい姉のサメじゃよ!」

「姉のサメとか意味わからんわい! というか、話してないか!?」

 

 信長たちをよそに、豊久は平然としていた。

 

「ただんサメじゃ。驚く必要はなか」

「ただのサメって……でも、あのサメ、浮いてません?」

「トヨ、あのサメはやばい」

「知らん」

 

 豊久は一歩、前に出た。

 サメは豊久に狙いを定めると、一言だけ呟いた。

 

「あそぼ」

「遊ぼごたっとか? よかぜ、遊んでやる!」

 

 サメが空中を泳ぐように疾走するのと同時に、豊久は刀を引き抜いた。にたりと好戦的な笑みを携え、サメに怯むことなく地面を蹴る。

 サメは凶悪な牙で豊久を噛み殺そうと口を大きく開けた。

 

「豊久! わしが援護する!」

「必要なか!!」

 

 信長が火縄銃を構えようとしたが、豊久は叫んだ。サメの口に食われる寸前、ぐいっと背をかがめてサメの腹部に入り込む。そのまま、迷いもなく腹に刀を突きたてると、勢いよく撫で切った。切れ味の良い刀は、すぱんっとサメの頭と胴体を別つ。おびたたしい鮮血が滝のように流れ出し、豊久を半分濡らした。

 

「あ……そ……」

 

 さすがに、凶暴なサメもこうなっては打つ手がない。

 数秒ほどぴくぴくと小さな痙攣を繰り返していたが、次第に静かになっていき、完全に動かなくなるとともに金砂となって消失した。

 

「うわぁ……勝蔵かよ、こいつ。怯むことなく倒したよ」

 

 信長は森長可のことを思い出した。あいつもサメ程度に戸惑うことなく、一突きで仕留めそうだと思いを馳せる。

 

「消えたな」

 

 豊久はつまらなそうに呟いた。

 

「どうして、サメが降ってきたのでしょう?」

「どこかん誰かが、打ち上げたんじゃろう。腹んところに痣があった」

「トヨくらいだぞ、そんなことに気づいたのは」

 

 ドワーフはやれやれと肩を落とした。

 

「わしなんか、眼を見るので精いっぱいだったわい」

「私、眼を見るのも怖かったです……」

「それが普通の反応じゃよ。しかし、あのサメがいるとなると、聖女がいるということじゃな」

 

 信長は腕を組むと唸った。

 味方なら心強いが、敵となると恐ろしい。特に、噂に聞く洗脳能力。現在の首都の戦力では、洗脳能力に太刀打ちできる人材はいない。狂戦士めいた豊久を使えば、力で押し通すことができるかもしれないが……と、考えているうちに、針を刺すような悪寒が身体にはしった。

 

「誰だ!」

「お、気づいたか。まあ、気配を消してねぇんだから、気づくよな」

 

 建物の屋根から、一人の男がこちらを覗き込んでいる。

 全体的に青い男だった。赤い槍を背負うように担ぎ、たんっと軽快に降りてくる。青い男はにたりと笑うと、獣じみた視線を豊久に向けた。

 

 

「魔王信長の七大将軍の一人、槍の又三こと、なんだったったけかな……。

 あ、そうそう、前田セタンタだ。そこの赤い兄ちゃんの心臓、貰いに来たぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




※一部セリフ回しを変更しました。
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