青身の男は名乗った後、少し不満そうに口を尖らせた。
「って、また幼名かよ……しかも、前と同じ名前じゃねぇか」
「又左ではないか、久しぶりじゃのう!」
信長がにこやかに言った。
「って、いつもの青い朱槍の人ではないか。毎度、ご苦労なことじゃ」
「女の信長さん、知り合いですか?」
「ぐだぐだ系特異点の常連じゃよ」
信長はオルミーヌの疑問に笑って答えたが、眼だけは真剣にクランの猛犬クー・フーリンこと、前田セタンタを見据えていた。
吊り上がった口元は粗暴で、しなやかな獣のようである。ぐだぐだ因子に汚染されているとはいえ、明確な殺意が伝わってきた。ふざけているのは名前だけ、というやつである。
「前田家が南蛮人を養子に取ったんか」
豊久はセタンタから眼を逸らさない。刀を握り締めたまま、朱槍の男を睨みつけていた。
「加賀ではそんな変な服ば着ちょるのか」
「日本風にいえば、傾いてるってやつさ。一度、着てみるか? この服の良さが分かるぜ?」
セタンタは口元をつり上げた。軽々とした声だったが、殺意に満ちている。豊久もにたりと好戦的に笑うと、信長たちを振り返ることなく口を開いた。
「ぬしゃらば下がってろ。あれは
「ほう。本当に一人で挑む気か?」
セタンタは獣じみた眼光で豊久を観察するように睨みつけた。
「悪いが、簡単に首をとらせるつもりはねぇぞ」
セタンタは二メートルをも朱槍を軽々構えた。
豊久とセタンタの間合いは、わずか五メートル。うち、セタンタの凶器は二メートルある。単純計算で、残り三メートルしかない。しかし、サーヴァントの一歩で軽々と詰められる距離でしかない。
「豊久じゃったか? 悪いことは言わん。ここは撤退するぞ」
信長はダメもとで口にした。
「槍の人はサーヴァントじゃ。わしも加勢したいのはやまやまなんじゃが、『矢避けの加護』がある。わしの火縄では太刀打ちできん」
「矢避けの加護?」
信長の投げかけに、オルミーヌが口を開いた。
「矢を避けるということですか?」
「射手を目でおさめているなら弓矢や銃はもちろん、宝具すら回避するスキルじゃよ」
「ほうか」
豊久は短く呟いたが、一向にこちらを向かない。
信長の忠告に従う素振りはなく、単身でセタンタとやりあうつもりらしい。
「……戦バカ、ここに極まりか」
信長は二人の対峙を見据えながら、豊久が敗北する前提で策を練り始めた。
生身の人間がぐだぐだ武将とはいえ、サーヴァントと戦うことを決めるなど無謀にもほどがある。
いかに、ちびノブを倒せるからと言って、調子に乗りすぎだ。おまけに、相手の力量が分かっているのに、豊久はまったく尻込みをしていない。
こういう手合いは、やめろと制しても引くものではないのだ。
事実、赤と青……二色の戦士は激突した。
「首、置いていけ!」
最初に動いたのは、豊久だった。
実戦刀を手に、紅色の青年は疾走する。
「てめぇこそ、心臓おいてけやぁ!」
迎え撃つは、セタンタ。
疾駆する豊久の姿が突風ならば、迎撃する真紅の穂先は神風のごとし。セタンタの槍は豊久の一撃よりも素早く、心臓めがけて高速で突き出される。豊久はすれすれのところで刀で受け流した。
「……ッ!」
豊久は止まった。
二メートルから先に踏み込むことができない。
槍という武器は、戦場において刀よりも脅威だった。長い間合いをもって、敵を制し戦場を制する。十分な間合いを取ったまま相手を突き刺し、足を払い、長さと遠心力を利用して頭上から思いっきり殴りつけることもできた。間合いに入ろうとする敵を迎撃するだけでいいのだ。槍兵からすれば踏み込んでくる外敵を貫くことは、自ら打って出るよりも容易い。
「俺相手に接近戦を挑むとは、いい度胸じゃねぇの。いいぜ、少しは楽しめそうじゃねぇか!」
ところが、セタンタは動いた。
常に前進し、豊久を攻め続ける。普通に考えれば、逆効果。槍を引き戻した隙を突かれて、間合いに入られてしまう。
しかし、豊久の喉や肩、心臓を貫こうとする槍に、戻りの隙などなかった。
豊久も負けてはいない。
怖気づくことなく、むしろ目をぎらぎらと輝かせながら刀を振るった。だが、セタンタの高速の突きは一撃ごとに豊久の攻撃をはじき、後退させていく。
サーヴァントであるか否か以前に、豊久の圧倒的不利は変わらない。半端な後退では槍の間合いに入ることはできず、無理に反撃を試みようとすれば槍の穂先で腹を薙ぎ切られることは必定。
「……あやつ、どう戦うつもりじゃ?」
信長は小さく呟くと、この世界の自分が総大将に祀り上げた男の行動を観察した。
「……」
豊久はにやりと笑うと、
セタンタの突きを弾いた勢いで身体を逸らし、間合いへ無理やり飛び込むと見せかけ、信長たちのいる位置まで全速力で後退した。
「借っど」
「え!?」
豊久はオルミーヌのポケットから札のようなものを引っ張り出すと、近くの家の窓を突き破る。
「逃がすか!」
当然、セタンタは豊久を追いかけた。
信長たちを一切無視し、豊久が割った窓から住居に侵入する。
「なるほどのう、屋内戦に持ち込んだか」
信長は小声でつぶやくと窓から中を覗き込む。
二メートルも超す長さの槍を狭い室内で自由自在に振り回すことは難しい。ただ、さすがは槍の英霊。軽く屈みこむと、屋外戦のように勢いよく横へ薙ぎ払う。豊久の顔の側面を狙った一撃は、刀ではじき返すことができたようだが、その後もセタンタは壁や天井に槍を当てることなく、美しい弧を描きながら自由自在に槍技を繰り出し続ける。
「なんというやつだ」
ドワーフが銃を構えたまま呟いた。
「トヨが手も足も出ないとは」
「いや、よくやっておる。むしろ、大健闘じゃ」
信長は目を細めた。
なけなしの魔術回路を開き、もう一発くらいなら宝具を放つことはできるが、セタンタ相手に自身の宝具は効果がない。やはり、マシュを呼び戻すしかないか……と考え始めた矢先、豊久に動きがあった。
「どうした、どうした! まだやれるんじゃねぇの?」
一向に、セタンタ優勢には変わりはない。
互いに傷こそ負ってないが、豊久の息が上がっているのは誰から見ても明らかだった。
「まさか、それでしまいとか言うんじゃねぇだろうな?」
「おまんこそ、なに手加減をしちょる? 本気じゃなか」
槍を打ち払いながら、豊久は問いかけに答えた。
「そりゃな。本気を出したら、一撃で終わっちまうだろ?」
「そうじゃなか」
「ああん?」
豊久はにたりと笑うと、セタンタが打ち払われた槍を構えなおして次の一撃を繰り出すコンマ数秒の隙に、後ろを見ることなく、再び背中から窓へと飛びのいた。
「うわっと!?」
信長たちは慌てて引き下がる。
豊久はこちらの動揺を気にかけることなく、さきほどオルミーヌから取った札を前に突き出した。
「おるみぬ!」
「え、は、はい!」
オルミーヌは何が起きているのか分からないようだったが、軽く手を払った。すると、豊久が持っていた札を軸に白い壁が出現した。一瞬、セタンタが目に入ったが、白い壁が立ちふさがり姿が見えなくなる。
「お前、ただの人間じゃねぇな。魔術を使えるとは」
もちろん、この程度でセタンタが戸惑うわけがない。
「俺ではなか」
豊久は白壁の前にたたずむと、やや大きめの声で否定する。
そんな豊久めがけて、白壁の向こうから赤い槍が貫いた。豊久の脇腹を赤い槍は貫通し、にんまりと弧を描いたままの口元から赤い血が滴り落ちる。
「トヨさん!」
「拍子抜けだな」
セタンタは白壁を足で砕くと、路地に出てきた。
壁が壊れ、煙が立ち込める中、悠然と姿を現した。豊久が槍が刺さったまま、よろよろと後ろに下がる姿をセタンタはつまらなそうに見ている。
「白壁ってのは驚いたが、こんなもんか」
セタンタは淡々と口にすると、豊久から槍を抜こうとした。だが、豊久は赤い槍をつかんだまま抜かそうとしない。
「死んでも離さないってか? しかし、分からねぇな。お前ほどの武芸者なら力量の差くらい分かるはずだ。しかも、総大将なんだろ? 石壁で足止めしてる間にでも、逃げるべきだったな」
「
豊久が話すたびに、口から血が泡のように湧き出てくる。だが、彼は脇腹を貫く槍を握りしめたまま、言葉を語り続けた。
「じゃけん、奴は違う。第六天魔王織田前右府信長は違う。わしゃ相手にがまりばすれば、その間に食ろうて信が必ず潮目を変える」
「ノブナガのための時間稼ぎか?」
セタンタの目が一瞬、信長に向けられた。
「おかしな話だ。あいつはお前の知っているノブナガではないって話だろ? 実際、あいつは何が起きているのか分かってないって顔してるぜ?」
「……なぁ、おまんには、なんとかちゅう加護があっんじゃろう?」
「ん? 矢避けの加護のことか? そんなこと、聞いてどうするってんだ?」
セタンタが眉間にしわを寄せた、次の瞬間だった。
「トヨ!」
ドワーフが叫んだ。ドワーフはいつのまにか、豊久の後ろ側に回り込んでいた。豊久の背に隠れながら火縄を構え、身体の向こうにいるはずのセタンタに照準を定めている。
「かまわんど! おいごと撃えい!」
豊久の言葉を聞き、ドワーフは迷うことなく手筒花火のような一撃を放つ。豊久の身体を貫き、セタンタへと球が届いた。本来であれば、矢避けの加護の効果でセタンタに当たることはない。しかし、射手であるドワーフの姿はセタンタの視界に入っていない。
すなわち、矢避けの加護の効果は消える。
「やったか!」
「いい考えだったが、惜しかったな」
ドワーフが目を輝かせたが、すぐに蒼白する。
セタンタは無傷だった。槍を動かしてもなく、まともに銃弾を受けたはずなのに、青い身体には焦げ跡すらついていなかった。
「な!?」
「サーヴァントの身体にただの銃が通用するわけないだろ。って、知らなかったなら仕方ねぇのか……よく戦ったな。それじゃあ、お前の心臓を貰い受ける」
セタンタは残念そうに呟く。ドワーフの攻撃で、さらに豊久の身体に穴が開いた。あれでは、まともに戦うことはできまい。しかし、まだ戦意は消失していなかった。立っているのもやっとだというのに、セタンタをして軽々引き抜くことはできないほど槍を握りしめている。
「………ん? まだ離さないってか? 往生際が悪い奴だ」
「そうじゃの、馬鹿な奴じゃ」
ところが、この問いに答えたのは、豊久ではなく織田信長だった。
それと同時に、ぐさりとセタンタの胸に刀が生える。
「なっ……」
「わしが潮目を変えるとか言われたら、わしだって全力をだすしかないじゃろ」
信長はセタンタの背後から刀を刺しながら、にんまりと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ばか、な……いつから、そこに?」
「ドワーフが銃を撃った時じゃよ。おかげで、わしも被弾したわい」
事実、信長の肩からは滝のような血が流れ出ていた。
「気配がわからなかったって? そりゃ、いまのわしはサーヴァントより人間に近いからのう。気配を消せば、アサシンのごとしじゃ。それにしても……無理にスキルを使ったせいで、へとへとじゃわい」
信長は刀を引き抜くと、その場に膝をついた。
信長が使ったスキル「天下布武」。
神性属性特攻スキルであり、ただ切るよりも神性持ちには突き刺さる。ぐだぐだ武将化していても、前田セタンタはクー・フーリンであることに変わりなく、不意の一撃は彼の動きを鈍らせるのに十分だった。
「さすがは信じゃ」
ここで、豊久は槍を引き抜いた。
信長の比ではないほどの血が溢れだしたが、彼は痛みなど全く感じていない笑顔で刀を構えて突撃する。
「首、貰うど」
「……っ、まだだ!」
決着、ここにあり。
セタンタが槍を戻す半歩先に、豊久が間合いに飛び込む。
セタンタは豊久が飛び込んできたとわかるとすぐに槍を捨て、足蹴りを食らわそうとする。だが、
「させるか!」
セタンタが足を振り上げようとする前に、信長が彼の両足にしがみついた。セタンタの動きが緩まり、その隙に、豊久は風を切るように刀を振るった。
「――っ、くあ!」
セタンタの首は胴体と切り離され、ごとんっと血の海に沈んだ。セタンタの残骸が金砂となり、消えていく。激戦の跡が残った血の海の上で、信長と豊久は共に倒れこんだ。
「……勝ったが……首が、消えた」
「そりゃのう……サーヴァントじゃからな……」
「というか、おぬし……よく……わしのことを信じる気に……なったもんじゃのう」
「……信は女でも信じゃ……考え方が、似とる……」
「……あー……なんとなく、こっちのわしが何を考えていたのか……わかった気も……するのう」
「二人とも何を悠長に話しているんですか!」
オルミーヌが駆け寄ってくる。
走るたびに、ぱしゃぱしゃと血のみずたまりが弾いて、白い服に飛沫がつく。同じくドワーフも怒ったような安心したような顔で後に続いていた。
「トヨ! しっかりせんか!」
「すぐに運びます! トヨさんも女信長さんも、あと少し頑張ってください!」
オルミーヌが信長を、ドワーフが豊久を担ぎ上げた、そのときだった。
「クランの猛犬を破ったか。なるほど、実力は確かなようだ」
誰もいないはずの通りに男の声が木霊した。
信長が視線を上げると、ちょうど通りの真ん中に光の粒子が集まるところだった。粒子は束ねられ、一つの人型を作り出す。夜に溶け込みそうなほどに黒い貴族服に身を包んだ男は、その黒と相反するようにぞっとするほど青白く、絹のように白い髪は無造作に後ろへ伸ばされていた。
「おぬしは……ドラゴン娘の衣装を作っていた……」
「余と面識があるようだな」
彼の冷徹な目が一同を見渡した。
セタンタの獣のような獰猛な瞳とは別の緊張感で周囲一帯が張り詰める。
「余はヴラド三世、ここに参った。いや、佐久間ヴラド三世と名乗るべきかもしれないな」
「ここで、新手じゃと」
「いかにも。余は別用でここに来たが……同朋が敗れたとあっては、見逃すわけにはいかない」
ヴラド三世は淡々と宣言すると、手元に黒々とした槍を出現させた。
「では、世界に呪わしき我が名を吼え立てよう」
「……っ、是非もなし、か」
信長に串刺し公とやりえるだけの残存魔力はない。
豊久はとてもではないが戦える状態ではない。
ドワーフの銃は効かず、オルミーヌで太刀打ちできる敵ではない。
「おいが……しんがりを務めもっそ……」
「トヨ! 動いてはいかん!」
ドワーフが豊久を止めようとするが、彼は止まらない。
穴あきだらけの死にかけた身体に渇を入れるように立ち上がる。信長は狂気さえ覚えた。その姿は、まるで——
「まさか、ゾンビのようだと表現するつもりではないだろうな? くだらん。お前たちの目は節穴か。こいつのどこが腐っているように見える」
しかし、信長の考えは一蹴された。
ヴラド三世と信長たちとの間に、再び別の人物が現れたからである。ただし、こちらの人物はヴラド三世に立ち向かうように立っており、血まみれの戦場と化した路地裏に似つかわしくない青髪の子どもだった。
「子どもが……来っところじゃなか。さっさと家に……」
「この状況で俺の心配か? お前は馬鹿なのか? いや、馬鹿なのだな。超がつくほど戦馬鹿だ! だが、面白い。俄然、お前たちの話を詳しく聞きたくなった。
その前に、しばしご退出いただこうか」
青髪の少年は何もない空間から一冊の本を取り出した。
「余とやりあうつもりか、アンデルセン」
「まさか! さすがに、俺一人ではお前を相手にすることはできない。なにせ、この世界では輪にかけて役立たずの三流サーヴァントなものでな」
少年は断言すると、高らかに自身の著書の引用を謳った。
「『白鳥のように飛び立て。この池は、お前たちの住む場所ではない』」
それは「みにくいアヒルの子」の引用文。
アンデルセンの魔術を受け、一陣の風が巻き起こる。
「退避の魔術か……だがよい。余に任せられた仕事は、お前を自陣に引き入れることだったが……交渉は決裂したと伝えることにしよう」
ヴラド三世はあっさりと目をつぶると、風に乗って遠くへ飛ばされ、どこかへと消えていった。
「あの……倒したのですか?」
「串刺し公が言っていただろ? 俺は遠くへ飛ばし、それに向こうも乗っかっただけだ。
それより、こいつらをお前たちの拠点に運ぶのではなかったか?」
「そ、そうでした!」
オルミーヌは我に返ったように叫ぶと、信長の腕を肩に回し歩き始めた。ドワーフも豊久を担いで歩き始める。
「まったく、今からこの調子とは……先が思いやられる」
アンデルセンは手伝う素振りも見せず、二人を観察するように後に続いて歩き出した。
Q.ヴラド三世とアンデルセンを出した理由は?
A.ヒラコー作品といえば、吸血鬼とアンデルセンでしょ!
Q.前田セタンタ、退場早すぎない?
A.幸運Eだから。
彼はぐだぐだ物語を進めるための犠牲になったのだ。