それは、荘厳であり異質であった。
エルフが生きる異世界ファンタジーな世界観において、岩礁に乗り上げた軍艦は異様ではあったが堂々たる風格は見る者の目を異論なしに奪われる。例えるのであれば、「海に浮かぶ鉄の城」と表現しても過言ではない。飛龍は太陽の光を一身に浴び、鉄の装甲が威風堂々と輝いていた。
「これが、飛龍……!」
立香は、ほうっと感嘆の息を零す。
いま、立香たちの乗る小舟は眼前の飛龍に比べたら、いかに簡素で素朴か思い知らされる。
立香、森長可、沖田総司、十月機関のドグに船頭だけで、小舟はいっぱいいっぱい。少し波が荒れたら、バランスを崩して落っこちそうだ。
「本当、立派な軍艦ですね! 幕府の軍艦もなかなかのものでしたが、時代の進歩を感じますよ」
立香の隣で、沖田が感心の声をあげた。
「あれから八十年余りで、船がここまで進化するとは……! 黒船なんか、目じゃないですね!」
当時の日本人の情熱、技術の進歩の賜物である。
「でも、どうやって上がろう?」
階段はないのだろうか、と立香が目を凝らして探していれば、ひょいっと視界が高くなる。
「え……?」
「階段なんざ探さなくても、俺が殿様を担いでいけばいいだけじゃねぇか!」
「え、あ、ちょ――っ、森君ー!?」
立香が止める前に、森長可は跳躍した。
腰に手を回されたと思えば、途端にぐわんっと身体が一気に持ち上がる。視線が空の青と海の青の一色に染まり、頑張って下に目を向ければ、あっという間に小舟は小さく遠ざかっていく。さあっとお腹の底から冷えていく感覚にゾッとする間もなく、甲板に降り立っていた。
「ほらよ、殿様!」
「あ、ありがとう、森君……」
立香がやや青ざめながら口にすれば、長可は誇らしげに笑った。
「……こわかった……」
立香はやや震える腕をさすりつつ、甲板を見渡してみる。
「あ……」
目的の人物は、すぐに分かった。
甲板には、ひとりの男性がたたずんでいたのだ。
大日本帝国海軍の軍帽を被り、制服を着こなす壮年の男性は甲板に昇ってきた客人――立香たちを静かに見つめていた。
「貴方が山口多聞中将ですね」
「少将だ。私はまだ生きているのでね」
「し、失礼しました!」
立香は反射的に背筋をぴんっと立て、敬礼の姿勢をとってしまっていた。
「藤丸立香です! 山口多聞少将、よろしくお願いします!」
「……ふむ」
多聞はしばし黙って立香をみすえる。
「君は日本人のようだが、日本はどうなった?」
「どうなった、と聞かれますと……」
立香は言い淀んでしまう。
現状を述べるのであれば「地球全体が白紙化され、日本も消え失せた」だ。しかしながら、この人はそんな答えを望んでいるわけではないと思う。
「えっとですね」
立香は慎重に言葉を選ぼうと、頭を悩ませた――そのときだった。
「ほうほう! 甲板から見える景色もいいですね!」
快活とした少女の声が、立香の思考を遮る。はっと顔を向ければ、沖田総司が小脇にドグを抱えて甲板に降り立つところだった。
「浅葱色のだんだら羽織……お嬢さんは君は新撰組の縁者かね?」
「縁者というか、私こそ新撰組の天才剣士、沖田総司です!」
沖田は誇らしげに胸を張る。
多聞は興味深げに沖田を見ていたが、その視線が抱えられたドグの頭に向けられたとき若干不思議そうに皺を寄せる。
「なんだ? 俺の耳が気になるのか?」
ドグは沖田に降ろされると、犬の耳を不快そうにぴくぴく動かしてみせる。すると、多聞は相当驚いたようで、文字通り目が点になった。
「その耳は飾りではなかったのか!」
「驚くのそこですか!?」
立香は思わず突っ込んでしまった。
「いえ、てっきり、沖田総司が女性であることに驚かれると思っていましたので」
「無論、その事実にも驚いたが……」
多聞は一度言葉を区切り、軍帽のつばに手を置いた。
「君たちのことは聞いている。私に会いに来たのだろう?」
「はい。晴明さんから『グ=ビンネンの客員提督は日本人の漂流者で、航空戦術に精通している』と聞きまして」
今回、ヴェルリナに突入するにあたり、どうしても空から侵入するための手段が必要になってくる。
そのために、信長たちはグ=ビンネンに協力要請を求めに行った。その間、立香たちは同じ日本人繋がりということもあり、山口多聞に会いに行くことにしたのだ。万が一、交渉が決裂したとしても、山口多聞からこの世界における航空戦術を指南してもらえるかもしれない。
「……ついて来なさい」
多聞はポケットに手を入れると、ゆっくりと薄暗い艦内へを歩き始めた。
立香は森長可たちと目を見合わせると、多聞の背中を追いかける。暗がりへと消えゆく多聞を追いかけ、館内に入ったとき、立香の口から言葉がこぼれた。
「これって、零戦……?」
艦内に入るとすぐのところに、十数機の戦闘機がずらりと詰め込まれていた。ただ、風防に大穴が空いていたり、外板が無残に剥がれ落ちていたりと、どこかしら損傷の目立つ機体ばかり。どれもこれも少し前まで、空で激戦を潜り抜けていたように思えてしまう。
「それは九七艦攻だ」
立香が機体を見上げていると、多聞は立ち止まった。
「零式艦戦21型は一つ隣の損傷機になる。ここには、九六艦爆、九七艦攻、零式艦戦21型が搭載されている。すべてが損傷機だ。まともな機はひとつもない。だが、優秀なパイロットがいれば不可能ではあるまい」
「あの、パイロットの方は……」
「わからん。ここに飛ばされたとき、この艦には私だけだった。遺体すら一体もない」
多聞は淡々とした口調で述べる。
「遺体もなかったって……」
実に奇妙な話である。
立香たちを取り囲む戦闘機はもちろん、この飛龍自体も損傷が激しい。目の前には砲弾が突き抜けたような大穴が空いているし、壁にひび割れも目立つ。そもそも、飛龍がミッドウェーで沈んだとき、艦内に残ったのは多聞だけでなかったはずだし、他の乗員もいたに違いない。しかし、この世界に飛ばされたのは、多聞と飛龍だけ。他の乗員は――いまも、大海原の底で眠っているのだろうか?
「なあ、本当にこんな鉄の塊が空を飛ぶのか?」
立香が背筋の凍るような思いを抱いていると、ドグが目を白黒させながら呟いた。
「だって、鉄だぞ? 鉄の塊が空に浮かぶはずがねぇだろ。オキタさん、本当にこれが空を?」
「もちろん! 沖田さんも見たことありますよ。バーサーカーのランスロットさんが宝具展開するときに乗ってますから!」
「……ん? ランスロット? アーサー王伝説のランスロットか?」
多聞は沖田の発言に少々混乱しているようだった。
まあ、無理もない。これには、立香も苦笑いで返すしかなかった。
「説明すると長くなりますけど、アーサー王伝説のランスロットで間違いないです」
いまは慣れてしまったが、騎士物語のランスロットが、F15に乗って、ガトリング砲を発射するなんて、初見で驚かぬ者はいない。
「それにしても、優秀なパイロット……か」
立香は、ちらっと後ろを振り返る。
「沖田さんは騎乗スキル持っていたよね?」
騎乗スキルが高ければ、幻獣をも乗りこなすことができる。生前に搭乗したことのない戦闘機ですら、息をするのと同じくらい自然に操ることができると聞いたことがあった。
立香は沖田に期待の眼差しを向けるが、返答はかんばしいものではなかった。
「すみません、沖田さんの騎乗スキルでは難しいです」
沖田はしょんぼりと答える。
「バイク程度でしたら、なんとかなりますけど、戦闘機はちょっと……」
「ですよねー」
ライダーは騎乗スキルを必ず持っているが、金時は例外的に所持していないので、戦闘機を運転することはできない。
唯一、可能性としてあるのは、ビリー・ザ・キッド。彼も騎乗スキルを持っていた気がするが、いまはどこへ飛ばされてしまったのだろう? 仮に合流できたとしても、彼はアーチャーの英霊。騎乗スキルが、そこまで優れているわけではなかった。
「殿様! 見てみろよ!」
さて、どうしたものかと考えていると、長可の嬉しそうな叫び声が聞こえてくる。立香は声の方に目を向け、ぎょっとした。森長可が銃を握りしめ、狂気に満ちた満面の笑みを浮かべていたのである。
「殿様、ここに火縄があるぜ!」
「も、森君! 危ないから触っちゃダメ!」
「大丈夫だって。火縄は心得てるからよ! って、こりゃ不良品か? 火薬を詰める場所ねぇぞ」
「うーん、そもそも火縄銃じゃないと思うな。とにかく、元あった場所に戻して来て」
長可がぶつくさ言いながらも「殿様の命令だから仕方ねぇな」と戻しに行くのを見届けると、立香は急いで多聞に頭を下げた。
「勝手な真似して申し訳ありませんでした!」
「もともと、君たちに見せるつもりだった」
多聞は気にしてないと口にする。
「小銃、機関銃、擲弾筒、軍刀などがいくらか残ってる」
「海戦なのに、銃が用意されていたんですね」
立香は一か所にかき集められた小銃や木箱を見て、なにげなく疑問を口にした。
「この銃だと、相手の船に傷をつけることも難しいと思うんですけど」
「無論、銃で敵船に挑むなど不可能だ。これらの装備は、艦乗員が陸戦隊として編成できるように艦内に備えられている」
「なるほど……」
多聞の答えに頷きながら、この世界の武器レベルを思い出す。
立香が実際に目にしたのは、エルフたちの武装は弓。そして、エルフの村で作っていた火縄銃に使用するための黒色火薬。信長と長可の話からして、黒色火薬の概念はこの世界になかったと考えると、火縄銃より先の武器はまだ存在していないと考えていいだろう。
そうなると、立香たちの前に無造作に集められた小銃や武器の数々は、チートアイテムと称しても過言ではない。現に、この世界の住人である犬耳獣人のドグは小銃にピンと来ていないようだ。銃口を覗き込みながら「木の棒に穴なんかあけて、どうやって戦うんだ?」と、沖田に尋ねている。
「たしかに、これがあれば黒王とは戦えるかもしれない。でも、たぶん、魔王信長に対抗するには……」
「君の考えの通り、これらの武器は魔王信長には通用しない。彼女はサーヴァントだ。現代の火器は通用しない」
立香は自分の独り言に対する優男の答えに、うんと頷き返した。
「そうだよね。戦闘機はヴェルリナに突入するとき使わせてもらいたいけど、優秀なパイロット候補かー。まったく思いつかないな……」
「そこは大丈夫だと思うよ。北方にいる漂流者は凄腕パイロットだって聞くから」
「それなら、安心――……って、え?」
あまりにも自然すぎて、立香は気づくのが遅れた。弾かれたように顔を上げ、そこにいた人物に唖然と口を開いてしまう。違和感に遅れたのは、彼の纏う白を基調とした軍服が海兵のものと似ているからか、お人よしさを強く感じる声色からだろうか?
はたまた、彼はこういった特異点解決のための常連サーヴァントだったからかもしれない。
「さ、坂本さん!?」
「リョーマだけじゃない。お竜さんもいるぞ」
坂本龍馬の背後に、にゅるっと黒髪の美少女が出現する。
「お竜さんも、どうして!?」
「呼ばれて飛び出てお竜さんという奴だな。というか、リョーマとお竜が来ていたことを知らなかったのか? そこの相撲小僧から聞かされていなかったのか?」
お竜の赤い目が多聞をとらえる。
「説明するよりも、実際に会われた方が伝わりやすいと考えたまでのことです」
「それはそうかもしれないけど……」
立香は坂本龍馬とお竜と向きなおる。
こうして集中すると、自身のサーヴァントとしてのパスを感じることができた。間違いなく、カルデアのサーヴァントになるわけだが、どうして彼らがいるのかという疑問の解決にはならない。
「簡単に言えば、僕たちは追加要員ということになる。
カルデアで今回の特異点を解析していたら、ちょっと気になる点が発見されてね。僕たちが派遣されたというわけさ」
「気になる点?」
坂本龍馬は帽子に手をかけながら、真面目な表情で語り始めた。
「なぜ、織田信長が入れ替わったか。その元凶のことだよ」