「はぁ? 異世界からの来訪者?」
少女の不快そうな声が響き渡る。
ゴスロリの少女は口を尖らせると、眼鏡の男を一瞥した。
「紫、これあんたの仕業?」
「EAZY、平行世界からの来訪者だ」
男は余裕のある声で答えると、新聞をめくった。
「理由は分からないが、平行世界の人理が不安定らしい。その影響がこちらの世界にまで押し寄せてきたのだろう」
「平行世界の事情は知ったことじゃないわ。勝手に介入されるのが嫌なだけよ」
「それについては問題なかろう」
ぺらろと新聞をめくる。
新聞には黒々とした文字で『オルテ、なぞの空中都市が出現!』と書かれている。ゴスロリ少女は文字を睨み付けると、それみたことかと顔を歪めた。
「さっそく影響出てるじゃない! どうするのよ、コレ!」
「問題ない。直に修正される」
「……それならいいけど。私の廃棄物たちが平行世界の人間程度に負けるとは思えないし」
EAZYは長い黒髪を翻すように男に背を向ける。
かつかつと足音を高く響かせながら、紫の空間を去った。
が、
「そうだ、いいこと思いついちゃった」
にぃっと歯を見せるように笑う。
自分の空間に戻ってきた少女はPC画面を起動させた。ちょうど平行世界からの光が降りてくるところだ。
「せっかくだから、利用させてもらうわよ。平行世界の英雄さん」
レイシフトの光に指を突っ込み、ばらばらに掻き混ぜる。
すると、一本だった光が複数に割れ、地表へと降り注ぐ。
「カルデアの最後のマスター? 人類の希望? そんなこと、私には関係ないわ。だって、別の世界の話じゃない」
EAZYはバラバラになった者たちが辿る運命を想像すると、愉快そうに笑い声をあげた。
その分割こそ、特別な運命を生み落としたなんて考えもしなかった。
※
長い長いレイシフトを抜けると、深い深い森の奥にいた。
「……?」
「……え?」
「………お?」
「…………ん?」
立香は爽やかな風を感じた。
橙色の髪を押さえ、周囲を見渡してみる。豊かな緑が広がっていた。のどかでピクニックにでも丁度良い感じの森である。
「ここは……廃城の近くだ」
信長の声がした。振り返ると、信長が安堵の息をつくところだった。その後ろには森長可が槍を片手に控えている。隣では、ジャンヌ・ダルクが金の髪を風に揺らしている。
「廃城?」
「こっちに来てから最初に拠点にしていた場所だよ。ここからなら数十分で着くはずだ」
「良かった、ノッブ……じゃなかった。信長さん知った場所だったんだね、マシュ! ……マシュ?」
立香は頼りがいのある後輩の姿を探した。
しかし、薄紫の髪の少女はどこにも見当たらない。それどころか、ビリー・ザ・キッドと沖田総司の姿も見当たらなかった。
「マシュ!? 沖田さん!? ビリー!?」
「マスター、ひとつお耳に入れたいことが」
立香が後輩たちを呼ぶと、ジャンヌが静々と話しかけてきた。
「レイシフトしている途中、何者かの介入を受けました」
「介入?」
「ゴスロリ少女の指が見えた気がするのです。おそらく、そのせいで他の皆さんとはぐれてしまったのかもしれません」
「うーん、そうなのか」
立香自身は少女など見ていない。
だが、聖女ジャンヌが嘘をつくとは到底思えなかった。
「通信機はマシュが持っているから、カルデアとの連絡もできない」
幸運なことは、信長と一緒にいること。
彼の知っている場所だということ。
そして、森長可が近くにいるということだ。本物の狂戦士である彼は、殿様の言うことしか聞かない。自分の近くにいた方が安心である。
「とりあえず、廃城に連れて行ってもらえませんか?」
「うし、分かった」
信長が歩き始めるので、その後に続く。
「ところで、ジャンヌ。よくゴスロリなんて知ってたね」
「さばフェスのときに、いろいろと調べましたから」
「殿様、さばふぇすってなんだ?」
「あ、そっか。森君はそのときいなかったんだ」
森長可が召喚されたのは、比較的最近だ。
一緒に夏を過ごしたのは、ラスベガスが最初だった気がする。
「ルルハワ……えっと、ハワイ島とホノルル島が合体した島で行われた同人即売会のことかな」
夏に行われた祭りを思い出すと、今でも頬が緩む。
人理漂白される前、最後の夏のことだ。
さばフェスで売り上げ優勝するまで何度も何度も七日間をループすることになり、幾冊もの同人誌を作ることになったのである。
寝る間を惜しんだ作業や一位を取るため画策したのも大変だったが、みんなで同人誌を作ったりわいわい遊んだりするのは楽しくて、ハワイを思いっきり満喫したのだった。
「なんだそれ?」
「自分たちの趣味の本を作って、同じ趣味の人同士で楽しむイベントになるのかな」
「本だとぅ?」
信長が目を丸くさせた。
「本なんざ簡単に作れねぇだろ? 紙はどうするんだ?」
「信長さんの時代は紙が貴重だったの?」
「手紙が出せる程度にはなったが、庶民が手を出せるもんじゃねぇんだよ」
「そーいや、俺たちの世界の大殿は、かなり手紙を書いてたんだぜ」
森長可が信長の言葉を引き継いだ。
「殿下の女遊びに悩んだ寧々様に手紙を書いたとか」
「うわ、マジか。そっちの猿も女癖が悪いのかよ」
うげぇと信長は肩を落とした。
どこの世でも、豊臣秀吉は豊臣秀吉らしい。立香の苦笑いを見て、長可は楽しそうに笑った。
「あー、惜しかったぜ。俺がその時に召喚されてたら、茶の本を出してたのによ」
「カルデアに戻ったら作ってみたらどう? ノウハウなら、私やジャンヌも知っているし、作家系サーヴァントのみんなも教えてくれると思う」
「そりゃいいや。帰ったら書いてみるか。できあがったら、殿様に献上するぜ」
「献上なんて大げさな」
立香と長可が話していると、信長が何か難しい顔で悩んでいることに気が付く。
立香が信長に声をかける前に、ジャンヌが信長に近寄って行った。
「どうかしましたか、信長さん」
「ん、いや、あの小娘……よくもまあ、勝蔵と普通に話せるなと」
「私たち自慢のマスターですから!」
「ますたー、か」
信長は一言呟くと黙り込んだ。
「おい、小娘」
「はい、なんで――」
「あぁん? 別世界の大殿とはいえ、俺の殿様を小娘呼ばわりするとは良い度胸じゃねぇか」
立香が答える前に、長可が槍を抜いた。狂気の奔る目で信長を睨み付けると、そのまま槍を振り下ろそうとする。立香は慌てて叫んだ。
「ステイ! 森君、ステイ! えーと、そう! 私がまだ自己紹介ろくにしてないのが駄目だったんだから。それに、信長さんの方がずっと年上だし!」
「…………はぁ、殿様が言うなら仕方ねぇか」
長可は大きく息を吐くと、渋々槍を戻した。
その様子を唖然と見るのが、織田信長である。
「勝蔵が言うことを聞いた、だと……? ますたーだったか? あんた、勝蔵の弱みでも握ってんのか?」
信長は口に出してから、違うと思い直す。
弱みを握る程度で行動を制御できるのだとすれば、頭を悩ますことはなかったに違いない。「別世界の勝蔵だからありえるのかも」と思ったが、言葉を交わせば行動方針や思考はほぼ同じだと分かる。「秀吉が女好き」という共通事項もあることから性別、姿かたちが違えど、辿ってきた歴史は概ね同じか類似しているのだろう。
にもかかわらず、勝蔵が言うことを聞いてる。
この自分ですら、匙を投げたのに。
「ますたー、お前、何者だ?」
「何者って言われても……藤丸立香です。ただのマスターです」
藤丸立香は困ったような笑顔で応えた。
「ますたーってのは、なんだ?」
「えっと、契約したサーヴァントを使役する役職ですね」
「さーばんと?」
「森君やジャンヌみたいに人理に刻まれた英雄のことで、世界の危機に立ち向かうために一時的に力を借りているんです」
「つまり、なんだ? 勝蔵が人理に刻まれた英雄かよ?」
「なんだ、大殿。悪いか?」
「いや、勝蔵なら無理もねぇよ」
信長は投げやりな口調で言ったあと、再び思考の海に沈んだ。
自分の見た限り、藤丸立香は人を指揮できる人間には見えない。かるであなる場所にいたときから観察しているが、やはり人を束ね、上に立つ人間には見えないのだ。
むしろ、会話の節々からごくごく一般的な人間であることが分かってしまう。
いや、一般的な人間にしても「ぬるい」。
「ふふ、信長さん」
信長を思考の海から引き揚げたのは、ジャンヌだった。
「うわっ、と。なんだよ?」
「いえ、私も自己紹介をしていないと思いまして。私はジャンヌ・ダルク。ジャンヌとお呼びください」
「じゃんぬ……じゃんぬ……?」
どこかで聞いたことのある名前のような気がする。
ルイス・フロイスあたりから聞いたのだろうか。
しかし、これ以上の思考に耽る時間は与えられなかった。
「ノッブ!」
「ノブノブ!!」
木々の茂みからちびノブが飛び出してきたのだ。
十数体の小さなノブと家屋ほどの大きさがあるノブが一体。立香が口を開く前に、長可とジャンヌが彼女の前に躍り出た。
「森くん、ジャンヌ、お願い!」
「ひゃーっははははは!根切り撫で斬り皆殺しだぁ!」
「行きます!どうか、主の御加護を」
長可が槍を振り回し、ジャンヌは旗を掲げた。
「信長さんは、後ろで下がっていてください」
「……ああ、そうさせてもらう。あんたの采配、しっかり見させてもらうぜ」
「き、緊張する……」
「大丈夫ですよ、マスター」
立香の顔が強張ると、ジャンヌが朗らかな笑みを向けてきた。
「マスターはいつも通り、指示をお願いします」
「おうよ、殿様。どの大殿から殺せばいい?」
ジャンヌと長可の言葉からは全幅の信頼が感じ取れる。
立香はまっすぐ前だけを向くと二人に指示を飛ばした。
「森君に任せるよ。ジャンヌ、他のサーヴァントの気配はある?」
「いえ、この近辺にはありません」
「分かった。森君の援護をお願い」
「はい、お任せを!」
長可がちびノブに切り込みにかかると、その背中にジャンヌも続いた。彼女は旗を軽く手の中で回すと、柄の部分でちびノブを押し倒す。長可に比べ、武術としては甘い攻撃だが身体能力は抜群に高い。腰の剣を抜くことなく、旗だけで戦い抜いている。
藤丸立香は彼らの戦うさまを見守り、拳を握りしめていた。
「しゃあ! これで最後だぜ!」
「ノブェ……!」
長可が最後のちびノブを切り終えるまで、五分もかからなかった。
「おいおいおいおいおい!この程度で死んだらつまんねぇだろが! たった9点しか稼げなかったぜ」
「お疲れ様、森君。ジャンヌもありがとう。二人とも怪我はない?」
「問題ありません。かすり傷も負いませんでした」
「よかった……」
藤丸立香はほっと胸をおろした。
「……まあ、悪くない采配じゃねぇか?」
信長は立香に言葉を送った。
「本当? 良かった」
立香は嬉しそうに微笑んだ。
「しかし、このナマモノがこんなところにも現れるとは……廃城へ急ぐか」
信長は淡々と彼女を見返すと廃城へ足を進ませる。
先程の言葉、嘘ではないが、真実とも違う。
戦素人の娘にしては及第点、といったところだ。
決して名将の采配ではない。だが、落第でもない。私が私がと前に出っ張らず、各々の個性を理解し端的な指示を飛ばしていた。そして、兵が勝つことを信じていた。これは誰にもできることではない。
とはいえ、名将ではない。
たとえば、彼女は自らの駒を全て戦いに向かわせた。
彼女は気づいていないのだろうか。
あのとき、背中は完全にがら空きだった。万が一、伏兵がいたらと考えていなかったのだろうか。それとも、まさか織田信長が守ってくれると幻想を抱いていたのか。
まさか、自分の身は自分で守るつもりだったのか。
剣を握るような手ではなく、筋肉の付き方も庶民に毛が生えた程度なのに。
もちろん、強敵相手ではなく、あの程度の雑兵故の采配だったのかもしれない。
「ん? この臭い……!?」
信長は漂ってきた火薬の臭いに目を疑った。
明らかに廃城の方から漂ってきている。あの場所では火薬を作ってはいるが、火をつけるような真似は絶対にしない。
小娘の采配について考えている場合ではない。
信長はすぐに頭を切り替えると、地面を蹴った。軽く走るつもりだったが、サーヴァントなる肉体のおかげだろう。自身の身体よりもずっと一歩が長く、風になったような感じだった。
「ま、待って、信長さん!」
後ろから藤丸立香の呼ぶ声が聞こえたが、足を止めている場合ではない。
森を抜け、廃城が見えてきた。
「守れ! 絶対に守り抜くんだ!」
「ノブナガさんたちには使いを送った! もう少しの辛抱だ!!」
廃城から怒声が聞こえてくる。
エルフの若い衆が矢を握り閉め、城の向こう側の敵と戦っているらしい。
「おい! どうした!?」
「な、新手か!?」
「ちげーよ! 俺は信長……っく、あーもう、オルテからの使いだ! 一体、なにが起きた!?」
信長は忌々しそうに舌打ちをする。
身体は女、心は織田前右府信長と叫んでも信じてもらえまい。もっともそれらしい言葉を訴えてみたが、案の定、エルフたちは困惑していた。
「オルテから使い!? それにしては早すぎないか!?」
「別件で来たんだよ。廃棄物か!?」
「い、いいえ。廃棄物ではない、と思うのですが……」
エルフが戸惑っている間に、立香たちも追いついた。立香の足は人並みだからか、長可に米俵のように抱えられていた。
「その者たちは?」
「俺の仲間だよ。漂流者の仲間だ!
それで、廃棄物じゃないなら誰が攻めてきた!? オルテの残党か?」
信長が迫れば、そのエルフは一瞬悩む。
だが、背に腹はかえられないと判断したのだろう。エルフは顔を引き締めると、信じられない言葉を叫んだのであった。
「実は『オダ・トヨトミ・ゴールデン連合』と名乗る者たちが攻めてきたんです……!!」
本作にオリジナルサーヴァントを出す予定はありません。