「織田・豊臣・ゴールデン連合だとぅ?」
「うわぁ……」
信長が愕然とするのに対し、藤丸立香は諦観していた。
「おい、藤丸。お前、心当たりがあるのか?」
「たぶん、信勝君と茶々さんとゴールデンだと思います……」
「茶々……って、あの茶々か? お市の娘の!?」
信長は目を白黒させた。
「信勝がサーヴァントかよ、英雄判定がばがばだな」と思っていたが、まさか市の娘まで英雄とは信じられなかった。もちろん、本能寺の時点で、市に夫はおらず、豊久の話の通りなら織田は完全に没落した。後ろ盾のない未亡人となった妹の市が良い人生を送れたはずはないと思っていたが、末の姪っ子が英雄となるとは……。
世の中、どうなるのか分からないものだ。
「つーか、豊臣ってなんだよ。随分、大層な家名だな。そこに嫁いだのか?」
「え、豊臣知らないんですか?」
「知らねぇよ、そんな偉そうな家名」
「あー、そういうことか」
長可が納得のいった顔をする。
「殿様、こっちの大殿は英霊じゃねぇ」
「……そっか、なるほど」
長可の言ったことに、藤丸立香は納得する。ジャンヌの方も彼の説明を理解したのか、小さく嘆息した。
「私たちサーヴァントは自分の生きた時代よりも先の未来の出来事を識ることができますが、ここの信長さんは違います。私はトヨトミのことを詳しく知りませんが、きっとそういうことなのでしょう」
「お前たち、なに勝手に納得してんだ?」
「つまり、茶々さんが嫁いだのは――、っと」
藤丸が答える前に、廃城が揺れた。
一際巨大なノブが三匹、城に拳を打ち込もうとしたからだ。ちょっとした小屋ほどの拳を受けたら、確実に城が崩壊してしまう。
「っ、つべこべ言っている場合じゃねぇ。おい、藤丸。あとで詳しい話を聞くぞ」
「は、はい! ジャンヌ、お願い!」
「主の御業をここに!」
ジャンヌは鋭く返事をすると、旗を手に奔った。
軽快に城壁の縁に飛び移り三匹の巨大ノブの前に立つ。城ほどのサイズの巨大ノブの前では、ジャンヌなど小さな点のようにしか見えない。彼女の旗も腰に差した細身の剣も小枝にも等しい。ノブたちの拳の前ではちっぽけな小娘など襲るに足らず。彼らは警戒することなく、巨大な拳をジャンヌに振り下ろそうとした。
「あの娘だけで大丈夫なのか!?」
しかし、織田信長の心配は杞憂に終わった。
「我が旗よ、我が同胞を守りたまえ!『我が神はここにありて』!」
金髪の聖女は宣言する。
するとどうだろう。彼女の白い御旗が神々しいまでの光に包まれ、金砂が零れ落ちる。零れ落ちた金色の光は瞬く間に廃城を覆い、ノブたちの拳を弾き返した。
「森君!」
「おうよ、殿様!」
長可は狂気の迸る目を爛々と輝かせると、攻撃を弾かれ戸惑うノブたちに襲いかかった。城ほどのサイズのノブに対し怯むことなく、槍をぐるりと回転させる。光の壁を跳び越え、ノブたちの頭上に躍り出ると、にたりと笑った。
「ひゃはっー!!」
まさに、一刀両断。
槍の穂先が異様な音をたてながら回転し、ノブの頭上から腹にかけて分断する。あまりにも異様な強さを見て、ノブたちは唖然と佇むしかない。攻撃も防御も考えることができない、わずか一秒だけの思考中断。その一秒が言葉通りの命取りとなった。
ただ動きを止めたデカ物など、大きすぎる的も同然。
戦場を恐怖に陥らせた狂戦士、森長可の敵ではなかった。
「なんという力だ……!」
織田信長は愕然とした。
自分の知る森長可よりも百倍強い。不自然なまでに強化されている。藤丸立香たちの世界では、この強さが標準だったのだろうか?
それとも、サーヴァントとやらになってから強化されたのか。
そのあたりは理解できないが、きっとあの森長可なら銃弾の雨でも生き残ると確信した。長篠の戦を再現したとしても、鉄砲の蹂躙をかいくぐって本陣に切り込むはずだ。
「……欲しい」
信長の口から願望が零れる。
森長可の驚異的なまでの強さ、そして、ジャンヌなる娘の盾の力。彼女は廃城を守るだけに使っていたが、もっと戦に効果的に転用できる。
オルミーヌが以前使っていた壁の魔法や安倍晴明たちの通信用水晶のように。
異世界の英雄たち。
その力があれば、国盗りはもっと楽にできる。あの力を活用すれば、廃棄物たちとの戦の勝算が飛躍的に上がる。
だが、彼らは自分の部下ではない。
「信長さん、どうかしましたか?」
藤丸立香の配下だ。
「いや、なんでもねぇよ。ほら、行くぞ」
「え、行くって……?」
「敵の首領が逃げる前に捕獲しねぇでどうする」
みたところ、雑兵はいない。
すべて、ちびノブなるナマモノで固めていたようだ。遠目から見ても、首領と思われる三人を守る兵はいない。
「そうですね。少なくとも、金時は話を聞いてくれるはず」
「そうか、なら交渉はお前に……ん、金時?」
すごく聞き捨てならない言葉を拾った気がする。
だが、それを問い返す前に、藤丸は動き出した。
「ジャンヌ、ありがとう。そのまま城を守ってくれる?」
「はい、もちろんです」
ジャンヌは真摯な声で答えた。
光の城壁の形成に集中しているらしい。信長の目には彼女が額から汗を流しているのが見える。あの技は余程、体力を使うとみた。明らかに人の理を外れた力を手にした代償、というのだろうか。
「信勝君、茶々さん、金時!」
「お、大将――」
「あー、出たな! 姉上の偽物!!」
黒い硝子のような細工物で目を隠した金髪の青年がにやっと笑い、何かを言おうとしたが、それを遮ったのは信勝だった。
「姉上の至高なる身体を勝手に奪うとは! 外道な痴れ者め! 姉上に返せ!」
「言われなくても、返すに決まってるだろ。女の身体はしっくりこねぇんだ」
「なんだと!? 姉上の身体を侮辱するのか!?」
「侮辱なんてしてねぇよ!
だいたい奪ったつもりもねえし」
「ふーん……」
信長が異世界の信勝に言い返していると、小さな娘の視線に気づいた。この身体と信勝の身体を足しで二で割り幼くしたような少女は、ちょっとだけ眉を持ち上げる。
「伯母上の魂がおっさんになったって聞いたけど、本当だ。言われて見たら、口調とか全然違うかも! これには殿下もびっくり!」
「伯母上……ってことは、お前、まさか茶々か!?」
英雄になった時点で半信半疑だったが、ここまで幼いとは思ってもいなかったのだ。
「信勝君も茶々さんも金時も、どうしてここに?」
藤丸立香が尋ねると、茶々は悪戯っぽく笑った。
「信勝叔父上が『特異点に伯母上の魂を探しに行く!』って言うから、茶々も付いて行くことにしたの。
茶々は忘れないんだから。帝都の時、茶々がプリンを食べに行っている間に全部終わったなんて……幸村君激怒の真田丸案件な過ちを繰り返さないため、茶々は叔父上の味方となったのだ!」
「……で、ゴールデンは?」
「こいつらが勇士を集っていたのさ」
金髪の青年も楽しそうに答えた。
「だいたい、二人だけ特異点に行くのを見過ごせねぇよ。
書文の旦那も誘おうとしたんだが、ウルフたちと模擬戦闘する約束があるとかで来られねぇってさ」
つまり、引率である。
「織田・豊臣・ゴールデン連合は?」
「僕の作戦です」
信勝が自慢気に鼻を鳴らした。
「織田と名乗れば、本物の姉上なら気づいてくれるはず。こいつみたいに姉上の身体を乗っ取った偽物も釣れるかもしれないと思いまして」
「茶々は織田だったけど、いまは豊臣だから、織田・豊臣連合にしたの!」
「それだと俺が除け者だろう? だから、織田・豊臣・ゴールデン連合だ!」
三人ともドヤっとしているが、信長は頭が痛くなった。
「ゴールデンって、響きが良いよね! 茶々も殿下も金は大好き!」
「…………はぁ、全員本気で言っているところがすげーな」
「どうだ、姉上の偽物! 僕の凄さを思い知ったか!」
「はいはい、すげーな」
信勝と茶々だけなら良いが、坂田金時まで便乗しているのが更に質が悪い。
信長は子どもの頃から源頼光と坂田金時の伝説を聞き育ってきた。だが、まさかこんなに頭悪そうな名前に乗っかったり、日本人とは思えぬ奇抜な髪型と服装をしていたりするとは想像すらしなかった。
異世界、おそろしや。
「さあ、偽者! 姉上の身体から出ていけ!」
「信勝、刀を振り回すな。身体を傷つけたところで、魂が入れ替わるとも限らねぇし、この身体が死んだら魂戻ってきたところでお陀仏だろ?」
「んな……!?」
信勝は失念していたらしい。彼は悔しそうに唇をかみしめると、親の仇を見るような目つきで睨んできた。信長は身体がかゆくなった。
信長自身、信勝から怒りと軽蔑の視線を向けられることには慣れていたが、異世界の信勝は信長が信長の身体を乗っ取ったことに怒っている。つまり、自身の姉信長のために怒っているのだ。非常に複雑な気持ちである。信長がぐぬぬとうなっていると、立香が話しかけてきた。
「信長さん、この世界の信長さんの身体はどこにありますか?」
「ん、ああ、そりゃ、オルテ帝国の首都だ。廃城からなら道程が分かる。馬を借りて道案内を――」
「その必要はありません」
精悍な声が、信長の言葉を遮った。
信長には聞き覚えのある声だったが、藤丸や信勝たちにとってみれば初見の声だ。信勝以外の者たちは声の主に視線を向ける。
声の主は馬の荷台から軽快に飛び降り、さっそうと近づいてきた。
「オルミーヌから信長さんがおかしくなったとの報告がありました。
信長さんの女発言、誰も覚えていないような態度、そして、廃棄物のような異能力を操り、謎の生物を殲滅したと」
白い服の青年、安倍晴明だ。
後ろに異国人の二人を引きつれ、こちらに向かってくる。
「貴方たちの異様な力が廃棄物のものかと思いましたが、私たちと同じく漂流者のようですね。
しかも、信長さんの心と体が入れ替わっているとは……」
「おい、晴明。お前の術でなんとかできねぇのか?」
「お二人が近くにいればなんとかなるかもしれませんが……」
「晴明?」
これに反応したのは、自称金時だった。
晴明は怪訝そうに、傾奇者の自称金時を見上げた。
「はい。申し遅れました。私、十月機関の漂流者。安倍晴明です」
「おお! 晴明か! この世界の晴明からもビッグなオーラを感じるぜ!」
「ええと、失礼ですが名前をお聞きしても? 戦闘は全部見ることができたのですが、会話は最後の方しか聞くことが出来なくて……」
「お、悪い悪い。オレの名前は坂田金時。オレのことはゴールデンと呼んでくれ!」
「…………はい?」
晴明は固まった。
目が点になっていることにお構いなしに、金時は旧友にあったかのように言葉を続ける。
「しっかし、その服……けっこうイカすじゃねぇか! オレ的には、もっとゴージャスな飾りをつけたり、腕にゴールド巻いたりするのが良いと思うが、好みは人それぞれだ。
こっちでもよろしく頼むぜ、晴明!」
「…………貴方、本当に金時ですか? 髪が金だから金時ではなく?」
「お? いや、この髪は地毛だぜ? ほら、まさかりだって持ってる。ベアー号だってある!」
金時はにぃっと楽しそうに笑うと、何もない空間から二つの物体を取り出した。
ひとつは、斧の形をしたもの。「言われてみれば斧」という形状の物体を自慢げに掲げ、もう片方の手で二つの歯車がついた黒い乗り物を叩いた。
「見ろ。俺のまさかりとベアー号だ!」
「「絶対に違う!!」」
信長と晴明の声が重なり、廃城を震わした。
特に晴明は顔見知りのはずの男との差異に戸惑いが隠せない。普段は取り乱さないはずの晴明が愕然と表情を崩し、金時に詰め寄っていた。
「まさかりも問題ですが、そもそも、ベアー号とはなんでしょう?」
「ん? そっちの俺は持ってねぇのか? 俺の伝説といったら、ベアーだろ! 足柄山の熊のことだ、イカしてるだろ?」
「はぁ、クマですか……くま……熊!?」
さすがの晴明も思考が一瞬停止したかのように言葉を繰り返す。が、事実を理解すると目を白黒させながら叫んだ。一方の、金時は馴染みの男の驚く様子が面白かったのか、ますます笑みを深める。
「ははは! 晴明の驚く顔を見るのは新鮮だな! だが、残念だぜ……そっちのオレはゴールデンかっこいいセンスがない男だったのか?」
「当たり前でしょう……金時は貴方みたいに奇天烈な傾奇者では……いや、私の知っている金時も……」
晴明は言い返そうとしていた口を閉ざし、目を逸らした。
それに気を良くした金時は、ますます口調熱く晴明にベアー号の素晴らしさを語り、そちらの世界の自分について根掘り葉掘り聞き始めた。
信長は彼を遠巻きに見ながら、呆れたように呟くしかなかった。
「……足柄山の金時があんな男だったとはな……」
「まあ、そうだよね……最初は驚くよね……」
信長は立香の嘆息交じりの言葉を背で感じながら、つくづく思う。
城を覆いつくす光の壁を作る少女。
血を吸うことを喜びとするような狂戦士。
信長を慕い崇拝する(女信長を)裏切る要素ゼロな信勝。
妹の子で戦闘力皆無そうなのに、なぜか英雄になってる茶々。
そして、違和感の塊な坂田金時。
おそろしや、異世界。
※
一方。
「うーん、はぐれた」
ビリー・ザ・キッドは肩の力を落とした。
うだるような森の中を進めど、サーヴァントの気配はおろか人すらいない。
「こういうときは、アウトローの出番だと思ったんだけどな。マスターが一人になっていないといいが」
もちろん、自分のマスターは一人で放り出されて泣いて叫んで敵に屠られる人間ではない。
一人でも行動することができるだろうが、ここは未知の特異点。
シュミレーターではなく、一人で行動するにも限界がある。一刻も早く合流し、護衛する必要があった。
「ん、これは……!?」
ビリーは目を疑った。
木々の葉擦れから鉄の塊が見える。深緑色なので木々なかに隠れていたが、彼の目を誤魔化せなかった。
「たしか飛行機、だっけ?」
カルデアのアーカイブで見た情報を想起する。
実際に見たことはないが、人を乗せて空を飛ぶ移動手段。知識としては知っていたが、前触れもなく目の前に現れるとあまりの巨大さに目が奪われてしまう。
「凄いな……エジソンやテスラだったら嬉々として調べ始めるのだろうけど」
ビリーはガンマンだ。
科学者ではない。だが、興味は惹いた。これまで森にはなかった明らかな人工物。木々を軽く払い、情報を得られないかと機体に歩み寄る。
「プロペラ。時代的には、マスターより少し前の時代のものかな。
基本的に緑色だけど、赤い丸の中に15。赤い丸だから日本製?」
尾の方に、A343-15と黄色い文字が刻まれている。
この15は赤丸の15と同じ意味だろう。
「15番目だったら嫌だな。これが15機もあることになる。……この銃なら撃ち落とせると思いたい」
この機体の主に会った時は、敵対しないようにしよう。
そう思った、直後だった。
「誰だ!」
背中に殺気を感じ、ビリーは素早く銃を抜いた。
「んだてめぇ、俺の愛機に触るな、バカヤロウ、コノヤロウ!!」
犬人間を引きつれ現れたのは、がらの悪い日本人だった。