ノブの名は ‐特異点 オルテ帝国‐   作:寺町朱穂

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3話 カルデアの者

「えっと、君は日本人?」

 

 ビリーは銃を収めた。

 かといって、完全に敵意を解いたわけではない。敵意を見せないために収めただけだ。いざとなったら、西部屈指のガンマンの早撃ちが披露することになるだろう。

 

「あぁん?」

「いや、君の服に書かれた文字が日本語のような気がして」

 

 ビリーが指をさすと、日本人の青年は自身の服に刻まれた名札に目を落とした。

 

「んだ、コノヤロウ。日本語、読めるのか?」

「多少はね。えっと、すがの、なおさん? 僕はビリー――」

「バカヤロウ! かんのなおしだ! 菅野直!

 テメェ、西部劇丸出しのカッコだが、どこのカイジンだ? アメリカだったら蹴る!イギリスでも蹴る!」

「えっと…………………カルデア、かな」

 

 ビリーはしばらく黙った後、答えてみた。

 嘘ではない。カルデアから来たアメリカ人だ。

 

「オーイエー! カルデア!!」

 

 菅野はハイタッチを求めてきたので、ビリーも左手で応じる。

 

「いえーい!」

「カルデア? とっくに滅んだ国の名前じゃないか」

 

 一方、ぶつぶつ言いながら、疲れた表情の男が現れる。白い布で身体を優雅に纏った男だ。まるで、ローマ人のような服装をしている。

 一方は日本人。一方はローマ人。

 服装からして時代は絶対に違う人間だ。おまけに、彼らの周りにいるのは犬の獣人。二人の存在も異質だが、彼らを囲むのは全員が犬の獣人だった。

 おそらくは、犬の獣人の部族の村に菅野直とローマ人が食客として招かれているのかもしれない。

 

 そして、犬獣人といえば一つの仮説が浮かびあげる。

 

 

「ナオシ、ここはロシアかい?」

 

 

 ビリーは問うてみた。

 藤丸立香が最初に攻略した異聞帯。自分が召喚されたと聞いて、詳細なデータを確認したことがある。過酷な環境下で生き残るため、人間は犬獣人に姿を変えることにした世界だったそうだ。

 

 今回の特異点は、ロシア異聞帯の名残が影響しているのだろうか?

 そう思って尋ねてみたが、菅野は意味わからねえと首を傾げた。

 

「はぁ!? カルデア人、どこに雪があるってんだよ!? つーか、ロシアじゃねぇだろ、ソビエトだろ、バカヤロウ!」

「うーん、だよね!」

「ソビエトってどこだよ、ロシアってどこだよ。そんな国ねぇよ」

「ところで、貴方は? 日本人ではなさそうだけど?」

 

 ビリーはローマ人に問いかける。

 すると、ローマ人は少しだけ落ち着いたような顔になった。

 

「顔が平ったくない奴は安心する……ごほん、私はスキピオ。スキピオ・アフリカヌスだ」

「スキピオ……スキピオ・アフリカヌス!?」

 

 ビリーは衝撃を受けた。

 生前の彼は知らなかったが、いまは英霊。時空を超えた知識が与えられている。故に、最初は馴染みのない名前だったが、すぐにぴんっと来たのだ。

 

「まさか、古代ローマの!?」

「スキピオ、誰だよそれ。つーか、始めてお前の名前聞いたわ。ローマならカエサルとか連れて来いよ」

「何度も言った! 何度も言った! もうやだ、この蛮人……!」

「ま、まあ落ち着いて。

 でも、おかしいな……君もサーヴァント?」

「さーばんと、なんだそれは?」

「ううん、知らないなら良いんだ」

 

 明らかに時代の違う二人がいるので、サーヴァントかと疑ったが気配がまるで違う。

 アサシンのように気配遮断が使えるなら話は変わってくるが、スキピオに暗殺の逸話はない。ここが異聞帯で別の歴史を辿った場所なら話は変わってくるだろうが、2人の表情からしてそれはなさそうだ。

 

「僕は人を探しているんだ。そのなかには、君と同じ日本人もいる」

「名前は?」

「一人は僕の一番大事な人なんだ。

 藤丸立香。オレンジ色の髪の女の子だよ」

 

 マシュの名やジャンヌの名前も言おうと思ったが、この日本人にとって外国人の名を出すことは危険だ。スキピオに対する態度から見てもわかる。

 菅野の反応や様子を見ながら、マシュやジャンヌといった外国系の名前は慎重に小出しするべきだろう。

 そう判断すると、まず日本系サーヴァントの名前から言うことにした。

 

「他には、織田信長という女の子かな」

「はぁ!?」

 

 菅野はあんぐり口を開ける。何かまずいことでも言ったか、と焦っていると、菅野はずんずんとこちらに歩みを寄せてきた。

 

「織田信長が女のわけねぇだろ!? つーか、とっくの昔に死んでらぁ!!」

「空神様! オルテ軍が攻めてきました!」

 

 獣人が駆け寄ってくると、菅野は反転した。

 

「よし、てめぇら! ブッ飛ばすぞ!」

「……作戦考えるの俺なんだけど、はぁ……ローマに帰りたい」

 

 菅野と獣人たちが勢いよく走り出し、とぼとぼとスキピオが続く。

 

 

「ごめん、マスター。合流するまでに時間がかかりそうだ……」

 

 

 ビリーは空に向かって呟くと、彼らの後を追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 一方、その頃。

 オルテ首都。

 

「先輩! 先輩!?」

 

 紫髪の少女が必死になって人を探していた。

 マシュ・キリエライトだ。レイシフトしてみると、一人で街中に佇んでいたのである。サーヴァントの気配はなく、薄ら寂れた街だった。建物は立派だが、激しい戦いがあったのかいたるところが破損している。人々の顔に覇気もなく、おそるおそる遠巻きに見られていた。

 

 

 おまけに、巨大な空中都市が浮かんでいる。

 

 

「ここは、一体……?」

 

 藤丸立香との魔力契約は繋がっているのを感じた。

 だが、どこにいるかまで詳細の場所は分からない。藤丸側が一人取り残されることは経験しているが、マシュが一人で取り残されたのは初めてだった。

 

「通信も起動しない」

 

 心に隙間が生じる。

 だが、こんなときに藤丸立香なら前を向いて諦めずに自分のできることを探すはずだ。マシュはぱんっと頬を叩くと、とりあえず話を聞けそうな人を探すことにした。

 

「あの、すみま――」

「ひぃ! 漂流者!」

 

 マシュが近づくと、人は逃げてしまった。

 

「どりふたーず?」

 

 マシュはきょとんとする。

 はてと首を傾げる。日本お笑い系のアーカイブ動画にそんな名前があった。だが、そのなかに女性は誰もいなかったはずである。

 

「誰かに間違えられているのでしょうか?」

「う、うわぁー!」

「悲鳴!?」

 

 マシュは悲鳴の方向に走り出した。

 

「ノブ!」

「ノブノブ!!」

 

 ちびノブたちだ。

 逃げ惑う人々に襲いかかっている。マシュは人々の前に飛び出ると、使い慣れた盾でちびノブたちを薙ぎ倒した。

 

「はぁっ!」

「ノブ、ノブノブ!!」

 

 しかし、次から次へと沸いてくる。

 七つの特異点や四つの異聞帯を踏破して来た腕前は伊達ではなく、後ろから攻め来るノブには回し蹴りをし、その勢いで盾を回転させ周囲のノブたちを一網打尽にする。

 

「あと、五匹!」

 

 しかし、遠くに構えている。

 盾が届かないほどの距離で銃を構え、一斉に射撃した。マシュは盾で防ぐ、が、ちびノブの習性を忘れていた。ちびノブは空間転移する。銃撃を終えると姿を一度地中に潜め、数秒と経たずにマシュの目と鼻の先まで移動して来たのだ。

 

「しまっー」

「――!」

 

 が、ノブたちの首が五匹同時に切り取られる。

 

「え……?」

「女が何故、鎧ば着こんで戦場んおる?」

 

 赤い若武者がいた。

 日本刀を持っているので日本人なのだろうが、胸に十文字が刻まれている。キリスト教徒なのだろうか、と思いながら、マシュは口を開いた。

 

「マシュ・キリエライトと言います。織田信長さんを元に戻すために来たのですが、信長さんをご存じでしょうか?」

「信を?」

「はい!」

 

 マシュが尋ねると、若武者はじっとこちらを見据える。

 

「来い。様子が変じゃて思うちょったんだ。せーはいがなんとか」

「聖杯ですね! 私の知っている信長さんです!」

 

 良かった、と安堵した。

 藤丸たちは見つからないが、ひとまず信長と接触することはできたそうだ。あとは、一緒にはぐれた皆を探すだけである。

 

「ところで、えっと……貴方は?」

「島津。島津豊久」

「トヨヒサさん、あの空に浮かんでいる城は……?」

「知らん」

 

 豊久は即答した。

 マシュは歩きながら、もう一度空を見上げる。見た目的には、セミラミスの空中庭園と似ていた。だが、全体的な意匠が日本風だ。一瞬、悪名高きチェイテピラミッド姫路城を思い出したが、チェイテ城自体は動かない。それに、エリザベートが動き出すのはハロウィンと決まっている。夏は終わったが、時期的にハロウィンにはまだ早い。

 

 それに、エリザベートが信長の精神を弄る理由が分からない。

 もっとも、彼女に常識を求める方が間違っているのかもしれないが。

 

「あ、トヨさんお帰りなさい! その人は……?」

 

 耳長の青年が不思議そうに見てくる。

 

「信のこと調べに来た女」

「マシュ・キリエライトです。よろしくお願いします!」

「マシュさんですか。と、とにかくこちらに。今、上で大変な騒ぎになってるんです!」

 

 青年に案内され、マシュは城に足を踏み入れた。

 まるで、エルフのように耳が長い青年だ。もしかすると、ここは特異点ではなく、ロシア異聞帯のように人間が姿を変えた異聞帯なのではないかと。

 しかし、目の前の島津豊久からサーヴァントの気配は感じない。

 

 マシュが頭を悩ませていると、上の階から叫び声が聞こえてきた。

 

「だーかーら! わしは知らないと言っておろう! そりゃ、魔王信長って名前には心あたりあるが、あいつは滅びたはずだし、そもそも、なんちゃらって箱の中の話だし!」

「意味わからないこと言ってんじゃないわよ! この非常事態に! というか、なんでいきなり廃棄物的な技を使えるようになったわけ!? あんた、本当は本能寺で焼け死んだんじゃないでしょうね!?」

「死んだに決まっておるじゃろう!? 死んでなかったら、もっと天下布武してたわ! あー、もう! とにかく!

 わしは魔人アーチャー、第六天魔王信長その人だっての! それが、どういうわけかイケメンダンディなおっさんの身体になったってことだわい!」

「そこが意味わからないって言ってるの!

 なによ、魔人アーチャーって! なによ、女信長って! ラノベじゃないのよ!?」

 

 壮年の男性の声と女口調の男性の声が響いてくる。

 そのなかに、聞き覚えのある単語をいくつか拾うと、マシュは自分の表情が綻ぶのを感じた。

 

「あの話し方……私の知ってる信長さんですね!」

 

 マシュは階段を駆け上ると、開けっ放しの大扉を覗き込んだ。

 壮年の男性とメフィストフェレスのような顔の男性が口論している。エルフらしき人々と黒髪の美少年、眼鏡の巨乳少女が遠巻きに眺めていた。

 

「信長さん!」

 

 マシュが声をあげると、ぴたりと論争が止まる。

 メフィスト顔の男は「だれ、あんた?」と言いたそうな顔をしていたが、眼帯の男性はマシュを見た途端、ぱあっと顔が華やいだ。

 

「おお、マシュ! マシュではないか!!」

 

 男性は嬉しそうに駆け寄ると、マシュに抱き着いた。

 

「ちょ、信長さん!?」

「助かったー! いや、わし一人でもなんとかなるとは思ったんじゃが、救援が来ると嬉しい! というか、わしの身体は? わしの身体は無事なの!?」

「お、落ち着いてください」

「マシュ、一人だけか? マスターはどうした、マスターは? というか、わしの一大事だというのに、沖田の奴は来ないのか!?」

 

 信長はマシュを離すと、きょろきょろ辺りを見渡した。

 

「すみません、こちらに来るとき先輩たちとはぐれてしまって……それから、信長さんの身体の件ですが、信長さんの身体には別の信長さんが入っているようなのです。

 たぶん、その身体の信長さんかと」

「……なに、本当に入れ替わったってこと?」

 

 メフィスト顔の男が大きな息を吐いた。

 

「信じられない……映画みたいな話ね」

「うむ、尾張で大ヒットした映画『わしの名は』みたいじゃな」

「あんたの時代に映画なんてないでしょう……?」

「あ、あの、説明します。でも、その前に……あの空中都市は?」

 

 マシュが尋ねると、眼鏡の美少女が口を開いた。

 

「えっと、魔王信長と名乗る者の城らしいのですが、現状なにも……でも、あれが現れてから外部との通信が遮断されているんです」

「街の外には出られんかった」

 

 マシュの後ろから豊久が言った。

 面倒くさそうに頭を掻きながら入室すると、大きく息を吐いた。

 

「ちびノブやったか? 市中うようよしちょる。

 あいつらは斬ってん、いっき消滅す。手柄首にならん」

「外には出られない……? 通信障害でしょうか? 私の通信機も使えなくて」

 

 マシュは通信機の不調の原因に気付く。

 あの空中都市さえなんとかすれば、カルデアと交信することができるはずだ。藤丸立香たちと連絡を取ることができるかもしれない。

 

「大師匠様なら信長さん同士を入れ替えることができるかもしれません」

「その方はいまどこに?」

「廃城へ一旦出向くと。そこで異変が起きたらしくて。でも、その後、通信が……」

「決まりじゃな!」

 

 信長は拳を掌にぶつけた。

 

「魔王信長の首を取る! それから大師匠とやらに会って、わしの身体を元に戻す!!」

「なにあんたが指揮ってるのよ」

「信……じゃなくて、女信? 空中庭園にどうやって攻め入るの?」

 

 片目隠れの美少年が手を挙げた。

 

「エルフの跳躍力でも、まったく届かないところだよ?」

「あ……」

 

 信長は固まった。

 うぐぐ、とうなりながら対策を考え込み始める。だが、すぐに思いつかないらしく、しばらく時間がかかりそうだ。その様子を見て、顔白塗りのメイクを施した男がマシュに目を向けた。

 

「それで、貴方はどこから来たの?

 女信長なんて私の知っている歴史にはいなかったわ。平行世界?」

「そのあたりは分かりませんが、カルデアという組織に属しています」

「カルデア……? バビロニアの王朝のこと? まさか、北壁ではないでしょうね?」

「北壁は分かりませんが、バビロンの王朝から名前をとった組織です。正式名称は人理継続保障機関と言います」

 

 

 マシュは問いかけを皮切りに、自身の所属する組織の仕事内容について語り始めるのだった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻。

 オルテ上空、空中都市。

 

 

 玉座の間には、赤髪の女性が座っている。

 玉座の階段の前では、六人のサーヴァントが横一列に並び、ひれ伏していた。

 魔王信長がこの世界を手中に収めるため、召喚したサーヴァントたちだ。ここに茶々がいれば「叔母上の七本槍だネ!」とか命名しそうなものだが、その言葉はとある人物たちにとって地雷となるので、ここでは「新織田七大将」と呼ばれている。

 

 しかし、

 

「一人、足りぬな。たしか、キャスターの……」

「申し訳ありません」

 

 中央に跪く壮年の男が口を開く。

 

「奴は先兵として走らせました。先手必勝という言葉がございます」

 

 壮年の男は語り続けた。

 

「斥候を通じ、首都の勢力は判明しました。

 サーヴァントはシールダーの小娘だけ。あとは人間と亜人のみ。ともなれば、首都よりも他の拠点を攻め落とすのが得策かと。

 サーヴァント排除後は、廃棄物とやらとの戦いにも備えねばなりません」

「分かった。光秀、その手筈で進めよ」

「はっ!」

 

 光秀が短く答えれば、魔王信長は深々と頷いた。

 

「ところで、先兵はどこに向かわせたのか?」

「オルテ近郊の廃城です。エルフの子どもたちに興味があるようで、焚きつけたら喜び勇んで出陣しました」

「エルフか、なるほど」

 

 魔王信長は息を吐いた。

 

「というか、光秀。お前の私怨ではないか? あやつ一騎で何かできるとは思えぬのだが」

「問題ないでしょう。そのときには、すぐに後続部隊を派遣させますので」

 

 光秀は何食わぬ顔で答える。

 その顔を見て、同調するようにくっくと笑う部下もいる。

 魔王信長は2人を見比べ、もう一度だけ息を吐いた。

 

 

 

「是非もなし、か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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