廃城の一室。
そこでは、立香たちは安倍晴明と今後の対策を練っていた。
「現在、オルテ首都に入る手段はありません」
安倍晴明は断言した。
「この信長とオルテにいる信長が一緒にいれば、私の符術で戻せるかもしれませんが、ここまで距離が離れていると不可能です。よって、まずはオルテ首都に潜入する術を探ります。
ですが、現状、オルテの周りには結界が張られており、傷ひとつつけることができません」
安倍晴明が言うと、後ろに控えていた二人の西洋人の内、一人が話し出した。
「銃で撃っても効かなかった。同じ場所に何発も打ち込めばできるかもしれないが……」
「集中的に宝具を放ったらどうなんだろう?」
彼の意見を聞き、立香は呟いていた。
「宝具?」
「私たち英霊の最終奥義のことです」
立香に代わり、ジャンヌが話し出す。
「自分にまつわる逸話や概念を現実に現す。私の場合は、主の御旗。ゴールデンさんの場合はまさかりといった具合に」
「ゴールデンでグレイトなまさかりやクールなベアー号のことだ」
「分かったような、分かりたくないような」
安倍晴明が微妙な表情を浮かべると、信長がふむと考え込む。
「つまりだ、金時。ただでさえ強いあんたたちの更に強い一撃ということか?」
「おうよ! さすが、信長公だ。こんなかで一番パワフルな宝具は俺だな」
「聞き捨てならねぇな。俺のほうが一番だろ、殿様?」
金時の回答に横やりを入れたのは長可だった。黄色の双眸に怒りを爛々と輝かせ、立香に問いただす。
「なんなら、こいつと死合ってもいいぜ?」
「駄目だよ、金時は仲間だから」
「っち」
「勝蔵と金時のどちらが強いのかは置いておくが、一点に強い一撃を食わらせることができれば、突破できるかもしれねぇってことか」
「良い提案ですが、ただ、そう簡単にいくかどうか……おや?」
晴明が口を濁すように呟いた矢先、瞬きをした。
近くに置かれた水晶が一瞬輝いたのだ。立香は不思議そうに水晶に目を向けた。
「それは?」
「遠くのものと会話できる玉です。ちょうど北壁へ斥候が潜り組む時刻でした」
「北壁……?」
「北方カルネアデス国境要塞『カルネアデスの北壁』。つい数か月前まで人間の砦でしたが、廃棄物の領土となりました」
「廃棄物ってのは、人間やエルフたちの敵だ」
信長が言うと、晴明が見るように促した。
「この世界が直面している最重要課題です。今後、貴方たちにも関わって来るでしょう」
立香は水晶玉を覗き見る。
斥候という名の弟子が見た風景がそのまま映し出され、音も聞こえてきた。
地獄だった。
これまで、ありとあらゆる特異点を回ってきた。
四種四様の異聞帯も旅してきた。
極寒のロシアで逞しく生き抜くために進化し、人が獣人となった世界。
神に守護され一見幸せそうだが、どれだけ長くても25歳までしか生きられない冷酷で残酷な北欧世界。
穏やかで病もない生活を送ることができるが、個々の文字や名前がなく、不老不死の皇帝から幸せを押し付けられている成長のない世界。
輪廻転生を数日で繰り返し、死した人や傷ついた人、神にいらないと判断されたものは、人々の記憶からも完全に消え失せる世界。
だが、人が家畜とされた世界はなかった。
人が食糧とされる世界はなかった。
「最低だな」
金時が憎しみ込めて吐き捨てる。
ジャンヌが見たこともないほど顔を引きつらせ、茶々も怒り心頭のようだ。他の人たちの顔は見えないが、同様な表情を浮かべている気配が伝わって来るし、自分も同じ顔をしている。
「こんな世界、初めて見た」
「……これが黒王率いる廃棄物たちの所業です」
晴明の言葉からひしひしろ怒りが伝わってくる。
「黒王……王様?」
「廃棄物の王です」
「王……」
立香は逸らしたくなる顔を必死に押しとどめ、睨みつけるように水晶を見入り、そして、気づいた。
「あ、あそこ!」
斥候も気づいたのだろう。
城壁から小さな人が落下する。この距離からだと豆粒のような人だった。これもオークたちの儀式なのか、と思ったが、そうではなかった。壁の方から騒ぎが近づき、怪物たちの悲鳴が木霊する。
その中心には、ひたすら切りながら前進する女武者の姿があったのだ。
浅黄色のだんだらを羽織り、ひたすら切って切って切りまくる女武者。
立香は悲鳴のような声で叫んでいた。
「あれは……沖田さん!?」
※
数分前、北壁。
とある一室に、一人の女武者が姿を現した。
「っ、なんですか、ここは?」
カルデアの沖田総司は薄気味悪さに気を引き締める。
レイシフトしたと思えば、四方壁に囲まれた部屋にいたのだ。藤丸立香の姿はおろか、他のサーヴァントの気配すらない。あるのは肌がぞわりと逆立つような異様な空気だけを感じた。
「とりあえず、進みましょう」
沖田は刀に手を添えたまま部屋を出る。
部屋を出ても壁ばかり。窓はなく、外をうかがい知ることはできない。ただ賑わいが遠くから聞こえてくるので、どこかに人はいるのだろう。人の気配を探りながら進んでいると、通路の向こうから誰かが歩いてくる音が聞こえてきた。
敵か、味方か。
できる限り気配を消すと、そっと壁に寄りかかるように向こう側をうかがい見る。
「……え?」
その刹那、雷で撃たれたような衝撃が走った。
近づいてくる相手と目が合う。相手の方も愕然と目を見開き、動きを止めた。
「土方さん?」
「総司、なのか?」
沖田は頷いた。
「はい、私は沖田総司です。ですが……私の知っている土方さんと違うというか、ものすごくスタンド出せそうなアラーキー的な顔しているというか」
おまけに、バーサーカーの土方歳三より闇落ちしている感じがする。
というか、見た目が全然違う。
しかし、沖田総司の魂は目の前の青年を土方歳三だと認識していた。土方の方も同じ気持ちらしく、嬉しいような悩ましいような顔で歩み寄ってきた。
「確かに総司だが……なぜ、女子に?」
「何をおかしなことを言っているんですか? 私、産まれた時から……って、そうか。ここはノッブが男の世界でしたっけ」
レイシフトする前に受けた説明を思い出し、土方歳三の言葉に一人納得した。
性別が逆転している世界ならば、この世界の自分が男であっても何も不思議ではないのだ。
「でも、おかしいですね。性別が逆転した世界であるなら、土方さんが女になるはず。巨乳好きの土方さんなら胸がボインボインになってもおかしくないはずなのに……!?」
「なぜそうなる!?」
「え? もしかして、土方さんは女嫌いでしたか?」
「いや、間違っていない」
土方はむむむと難しい顔になる。
「胸はないよりあるほうがいい。大きければ大きいほど良い」
「よかったー、私の知っている土方さんです!」
沖田は軽快に笑った。
「いやー、土方さんが男でよかったです。だいたい、土方さんが女とか想像できませんよ! しかし、この知らない世界で土方さんと出会えたのも何かの縁! 最近は私オルタや土佐組に出番も人気も何もかも負けていると思ってましたが、日ごろの行いですかねー! 今回、沖田さんの幸先は良さそう———ぐはっ」
「総司!」
興奮しすぎたせいか、沖田は吐血した。
スキル、病弱。
前触れもなくおとずれる弱体化スキルだ。ただこのくらいの吐血なら日常茶飯事レベルなのだが、土方はそのことを知らない。さあっと青ざめると素早く屈みこみ、沖田の肩をつかんだ。
「しっかりしろ」
「だ、大丈夫です。これ、本当に……ぐふぁ」
「いいから話すな。再び死なれては困る」
土方は沖田に気を遣い、沖田は申し訳ないと目を伏せた。
「だが、よかった。俺は……お前や近藤さんが呼びかけに答えてくれないと思っていたが……俺みたいに転生していたからなのだな」
「転生……? あれ、そういえば、土方さんからはサーヴァントの気配が……?」
沖田の頭に疑問符が浮かんだとき、別の声が乱入してきた。
「ヒジカタ、何をしているのです? ……おや、そちらの御仁は?」
眼鏡をかけた男が長い髪の女性と一緒に近づいてきた。
沖田が答える前に、土方がすっと立ち上がる。
「沖田総司。俺の仲間だ」
「ふむ、つまり廃棄物と。ですが、らしくありませんね。漂流者のようだ」
「こいつは間違いなく死んだ。遺体も葬った。姿かたちは少し違うが、廃棄物に間違いない」
「ほう……ヒジカタ、貴方がそこまでおしゃべりなのは珍しい。
それでしたら、我らが王のもとに案内せねばなりません。どうぞ、こちらに」
男はくいっと眼鏡を持ち上げると歩きだした。
土方が「歩けるか?」と目で尋ねてきたので、沖田は大丈夫と頷いた。
「女性のサムライ?」
髪の長い女性が涼やかな目を向けてくる。
「女はサムライになれないと聞いたけど? 女首は手柄ではないとか」
「そんなことはありませんよ」
沖田は歩きながら首を振った。
「ノッブも越後の龍だって女性ですし……少なくとも、私がいた場所では数は少ないですが、女ながら刀を握る者もいました」
「そういうこともあるのね」
女性はたいして興味なさそうに答えた。
「そういえば、貴方は?」
「アナスタシア。アナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァ」
「アナスタシアさんですか!」
沖田はへぇっと目を見開いた。
アナスタシアとは直接の接点はない。一度だけ、廊下をすれ違った際、
『女のサムライさん、一緒に写真を撮りましょう?』
と誘われ、彼女に自撮りに付き合った程度だった。
見た目は少し違ったが、こちらも土方と同じく自分の知るアナスタシアとの差異は感じられない。
「うーん、つまり、性別が逆転してるのは、私とノッブだけですか……」
「性別が逆転?」
「いや、こちらの話です。
アナスタシアさんのことは自撮りとラーメンが好きな方としか知りませんでしたが……この世界にもいらっしゃったのですね」
「じどり、らーめん?」
「写真を撮ることですよ」
「そうね、写真は好きだわ。この世界になくて残念……もっとも、今となっては写す価値のあるものはないのだけど」
アナスタシアは諦観した目をすると淡々と答えた。
「でも、ラーメンは知らないわ」
「中華風の麺料理ですよ」
沖田は説明した。
「中華麺を茹でてスープを合わせて完成!ってお手軽料理です」
「スープはコンソメなの?」
「うーん、コンソメではないです」
サーヴァントとして現界した時点で、その時代の知識がアップデートされる。しかし、さすがにラーメンの詳細な材料までは知らない。
「鶏ガラベースのスープに秘伝のタレを混ぜ合わせたもの……だったかと」
「美味しいの?」
「当然!
アツアツのスープに麺が絡み合って優勝って感じです!」
「そう……らーめんね……らーめん」
アナスタシアは言葉を噛みしめるように何度も呟いた。
もはや諦観した様子はなく、じっくりと興味深げに考え込んでいる。心なしか、青い目が少しばかり輝いていた。
「もう少し、話してくださる?」
「もちろん! でも、その前に……この世界のことをお話しいただけませんか? 何分、来たばかりですので」
「説明よりも見た方が早いでしょう」
アナスタシアが答える前に、眼鏡の男が話し出した。
「見た方が早い……?」
嫌な気配が一段回高まる。
沖田の予感は的中した。窓のない通路を抜け、万里の長城のような頂面に出た瞬間、沖田は眼下の光景に背筋が凍った。
「な、なんですか、あれは!」
モンスターたちの街が広がっている。
オークやゴブリンらしき怪物たちが生活を営んでいた。それだけなら許容できる、そのような世界だと思えばいい。
だが、問題は他にあった。
青銅のドラゴンが捕らえられていた。地面に伏し、苦しそうな悲鳴を絶えず上げている。怪物たちは気にも留めず、鼻歌を歌いながら銅を切り落としているのだ。
「なにを青ざめているのです、新たな剣士?」
「だって、あれはあまりにも惨い。あのドラゴンが何をしたというのです!?」
「我々に歯向かった末路ですよ。それに、良い鉱山になる」
「鉱山……?」
「文明をつくるには、通貨が必要です。通貨を作るには、銅が必要となる。他の用途にも使えますし、いちいち堀に行く手間も省ける」
眼鏡の男は良いことづくめだと笑った。
沖田は信じられないと苦しむドラゴンから視線を逸らし、もっと許してはならない所業を目にしてしまう。人間が鎖に繋がれていた。奴隷だ。これも不思議なことではない。奴隷自体の文化はいつの時代もあった。
「奴隷を、人間を、食べてる……うっ」
沖田は口を押える。
吐血ではなく、もっと酸っぱい感覚が喉の奥から這い上がってくる。沖田はなんとか抑え込むと、後ろを振り返って更に驚愕する。
「オークや巨人、ケンタウロスの軍勢が……!」
地平線の向こうまで、隙間なく異形の兵士が見えた。これから彼らが何をするのか、その後に人間たちに何が待っているのか、誰も言わずとも答えが分かる。沖田は土方を見上げた。
「土方さんは、これで良いんですか?」
「……」
「オキタ、あれは奴隷ではありません、家畜ですよ、ただの家畜。使役し、処分し、食糧にもなる。
そうそう、申し遅れました。私はラスプーチン。グレゴリー・ラスプーチンです。以後、お見知りおきを」
「ラスプーチン!」
沖田は反射的に後ろへ跳び、刀に手をかける。
「……納得がいきました。ここは平行世界の特異点ではなく、異聞帯だったのですね」
カルデアで一時退去し、彷徨海で再召喚された時、多くのサーヴァントが彼らが新たに歩んできた道のりを確認した。沖田総司も例にもれず、藤丸立香たち残存カルデアが辿った内容を確認した。
そこに、名前があった。
「ラスプーチン、異星の神の使徒!」
「おやおや、なにか誤解をされているようだ。しかし、おかしい。君は漂流者ではないはずだ。ヒジカタの言うことが正しければ、間違いなく死んだはず。その者が何故?」
「……とぼけても無駄です」
沖田は目を細めた。
「私は、死にました。新撰組として、最後まで戦い抜くこともできずに。……ですが!」
沖田は刀を抜き払う。
土方と目が合い、気持ちが半歩下がったが、すぐに二歩前に出る。
「いまの私は英霊! マスターのサーヴァント! マスターの剣として、いえ、私自身もこの所業を見過ごすわけにはいきません!」
アナスタシアさんの出番が少ないのが悲しい。
というか、この人は本気で誰がどうやって倒すの?