立香は城下町を歩いていた。
城下町といっても、こじんまりとした職人の街である。
最近になって生じたらしく、建物の木材は新しく、仮設のテントが立ち並んでいた。商売人の姿は見えず、エルフたちが弓や矢を作り、マスクをしながら臭い泥と何かを調合している。
「それにしても、人間がいないね」
右を見ても左を見ても、エルフばかりで人間の姿は見なかった。
とはいえ、忌避されているわけでもない。こうして町を歩くと、稀有な目で見られることはあったが、どちらかといえば、エルフたちの目は立香よりも、自分のあとを何も言わずについてくる狂戦士に向けられていた。興味半分恐怖半分といったところだろう。
森長可が彼らの視線が気に入らないことくらい察していたので、立香が先手を打つことにした。
「森君、乱暴は駄目だよ。私たちがお邪魔しているんだから」
「っち、仕方ねぇな」
「……うわー、すげー。今度も勝蔵が言うことを聞いてる」
長可が不貞腐れていると、信長がため息交じりの声をかけてきた。
「本当、藤丸。お前、どんな手品を使ったわけ?」
「何もしてないよ。というか、信長さんはいつからそこに?」
「いま追いついたところだ」
信長は息を吐いた。
「茶々と話すことはねぇし、あの娘を見守る義理もねぇ」
信長はすぱっと言い切る。
信長の姿なので、むずむずとした違和感を覚える一方、自分の知っている信長も「沖田なら目覚めるじゃろう。なにせ、わしのライバルだからのう!」と断言しそうだ。
「んなことより、藤丸はあいつら見ても驚かねぇのな」
「あいつらって、エルフのこと?」
立香は首を傾げる。
「本物を見たのは初めてだけど、本やゲームによく出てくるから」
「なんだ、つまらねぇの」
「つまらないとは失礼な」
「俺なんざ最初は鬼の一種かと思ったぜ」
「あー、うん」
立香は納得した。
酒吞童子や茨木童子の耳もエルフみたいに人より長い。現代のサブカルチャーを知らぬ戦国時代の日本人がそう表現するのは不思議ではない。
「そういえば、みんなどこに住んでいるんですか?」
働いているエルフの数と家屋の数が一致しない。こんな狭い家に寝泊まりするような一族なのか、それとも森の木の上で暮らしているのだろうか、と思いながら木々を見上げていると、信長は答えてくれた。
「ん? そりゃ、ここは仕事場であって村じゃねぇからな。
エルフの大半は向こうの村に住んでる。ま、他の村から来てるエルフも集落に厄介になっているな」
「エルフの村……!」
実に、ファンタジーな用語である。
「行ってみるか?」
「え、行って平気ですか?」
「別に問題ねぇだろ。俺たちも漂流者ってことで通ってるし。ほら、行くぞ」
信長が案内してくれるので、立香たちは後に続く。
エルフの村、ちょっとだけ気持ちが昂揚した。ただ、ひとつ気になることがある。
「信長さん、さっきエルフが何か調合していたけど知ってますか?」
立香は糞のようなきつい臭いを出していた泥を思い返す。
本当は近づいて質問したかったが、あまりの臭いに閉口して尋ねることができなかったのだ。
「火薬のことか?」
「火薬!? エルフが!?」
立香は目を丸くする。
だが、驚いたのは自分だけだったらしい。
「殿様、気づかなかったのか?」
「森君は分かったの?」
「糞尿と硫黄と木炭。それを合わせてるってことは、黒色火薬だ」
常識だぜ、という顔で話されるので、はぁと頷くことしかできない。
「大殿もまどろっこしいことするな。硝石採った方が早いだろ」
「硝石がねぇんだよ。だから、裏山で作ってるが……採れるまでには時間がかかる」
「っ、がはははは! なんだよ、大殿! 一向宗の真似か!」
「使えるもんは使わねぇと勝てないだろうが」
長可と信長が互いに楽しそうに笑い合っていた。
長可は凶悪な顔で、信長は企んでいる悪い顔。はたからみると、悪の組織の幹部同士の会話みたいに見える。立香が少し引いた笑みを浮かべていると、前の方が何やら騒がしいことに気づいた。
子どもの賑やかな笑い声が聞こえてくる。
きゃっきゃと楽しそうな黄色い声の間に混ざる男性の高らかな声。
「イェーイ! 気持ちいいか!?」
「いえーい!!」
草原を駆ける金時がいた。
いつのまにクラスチェンジをしたのだろうか? 昨日は白い衣装のバーサーカーだったのに、今は黒いライダージャケットの騎兵クラスに変わっている。
金時はエルフの子どもを肩車し、草原を縦横無尽に駆けまわっていた。エルフの子どもは金時の頭をつかみながら、心から楽しそうに笑っている。
金時はしばらく走り回るとエルフの子どもたちが集まっている場に戻り、子どもをゆっくりと下ろした。
「どうだ? ゴールデンタイムだっただろう!」
「うん! 風になったみたいだった!」
「ゴールデン、次は僕!」
「違うよ、俺だよ!」
「ルールは守らねぇとな。順番だ、順番……と、大将じゃねぇか!」
金時はこちらに気付いたのか、清々しいまでの笑顔で大きく手を振った。
「なにしてるの?」
立香が尋ねれば、金時が答える前にエルフの子どもたちが興奮気味に話し出した。
「ゴールデンの乗り物に乗りたかったんだけど、乗れないから肩車してもらってるんだ!」
「すごいんだよ! ゴールデンは馬より早いんだ!」
「漂流者で一番カッコイイ! トヨヒサさんとかノブさんとか怖いだけだもん」
「誰が怖いだ!?」
「男信長、怒るなって! 子ども相手に怒るなんざ、男が廃るぜ?」
金時は豪快に笑った。
ベアー号に乗せられないというのは理解できた。もともと宝具だし、マスターの立香ですら乗せてもらうまでに時間がかかったのだ。いくら金時が子ども好きだとはいえ、出会ったばかりのエルフの子どもたちが簡単に乗せてもらえるはずもない。
だからといって、代案として肩車で走り回るとは……金時らしいといえば金時らしい。
「ところで、大将。何か用か?」
「散歩してるだけ。気にしないで」
「そうか。何かあったら遠慮なく言ってくれ!」
立香が頷けば、金時は子どもたちの輪に戻って行った。
早速別の子を抱え上げると、「よし、風より疾くDriveキメるぜ!」と叫び発進した。エルフの子どもたちの歓声を一身に浴び走る姿は、誰よりも自由で楽しそうである。
「あれが足柄山の金太郎かよ……イメージ崩れる」
「金時だから」
「殿様、俺の方が殿様担いで早く走れるぜ!」
「いまは遠慮しておくよ……あれ?」
立香は他の人影に気付いた。
安倍晴明の後ろにいた男性二人だ。襤褸布をマントのように羽織った青年とテンガロンハットの青年。二人とも西部劇のような服装をしている。おそらく、彼らもここの世界ではない世界から来た漂流者に違いない。
「こんにちは」
立香は話しかけると、テンガロンハットの青年が帽子を軽く上げて会釈してきた。
「たしか、異世界から来た女だったな」
「はい、藤丸立香です」
「リツカ、か。漂流者にしろ異世界人にしろ、ジャパニーズが多い」
テンガロンハットの青年が呟くと、今度は襤褸布を纏った青年が話しかけてきた。
「なあ、あんた。煙草持ってねぇか? この世界じゃ手に入らねぇんだ」
「おいおい、さっき金ぴかの兄ちゃんから貰ったばかりだろ?」
テンガロンハットの青年がいさめるが、襤褸布の青年は知ったことないと言わんばかりの表情で嘆息した。
「煙草節約しながら生きてくなんざ、俺たちワイルドバンチ強盗団らしくねぇ」
「強盗……略奪……」
立香は呟いた。
一瞬、黒ひげやドレイクを思い出した。「必要だから奪う」と率先して行動しそうなものである。おまけに、二人とも節約なんて言葉からは縁遠い人物でもある。
それを思い出して呟いてしまった発言だったが、襤褸布の青年には心外だったらしい。彼は眉間に皺をよせ、むっと口を尖らせた。
「おいおい、俺たちは強盗団だ。略奪はしねぇよ」
「ブッチ、一緒だろ」
「それに、俺たちは殺しはしない。少なくとも、俺たち強盗団は仕事中に殺しはしたことがない」
「嘘つけ。警官隊から逃げるときに応戦したじゃないか。まあ、俺は本当に殺してないが」
ブッチと呼ばれた襤褸布を被った青年の言葉に、テンガロンハットの青年がツッコミを入れていく。しかし、ブッチは聞く耳を持つ様子はなく、身を乗り出した。
「で、どうなんだ? あんた、煙草持ってるか?」
「残念ながら未成年です」
「ま、そうだろうなー」
「金時のほかに煙草持ってそうな人は……ビリーなら持ってるかも」
立香はまだ合流できていない仲間の名を口にした。
「ビリー?」
「ビリー・ザ・キッド。こっちに来てからはぐれてしまったけど、彼は気が良いから分けてくれると思いますよ」
「え、まて。ビリー・ザ・キッドって言ったか?」
ブッチは目を輝かせた。
「はい、そうですけど……」
「っぷは、面白れぇ! 聞いたか、キッド! 少年悪漢王が来てるってさ!」
「そいつは面白い」
先ほどまで比較的冷静だったテンガロンハットの青年も眉を上げ、驚きを隠せなかった。
「キッドって、まさか……!」
同じく、立香も目を丸くした。
テンガロンハットの青年は「キッド」と呼ばれていたのだ。男の信長のように、もしかすると異世界のビリーなのか!と尋ねる前に、こちらのキッドは口を開いた。
「俺はサンダンス・キッド。悪漢王とは血縁でもなんでもないが、彼は俺たちにとって先輩みたいなもんだ」
「大先輩だ! 俺たちアウトローには伝説級の存在だぜ。煙草も酒も自由に手に入らねぇが、この世界も悪くねぇじゃん。なあ、他には誰が来てるんだ?」
「西部開拓時代の人は残念ながら……」
立香が控えめに答えると、ブッチはつまらなそうに顔を歪めたが、すぐににやっと笑った。
「なあ、嬢ちゃんの世界の悪漢王はちゃんと男なんだよな? そこの日本人と違って」
「ビリーは男です」
「そりゃそうか。ビリー・ザ・キッドって名前の女はいねぇな」
「あ、あははは」
立香は乾いた笑みで返した。
信長という名が基本男につけられる名前だということやアーサー王やローマ皇帝ネロが女とかそう言ったことは黙っておこう。いろいろと話がややこしくなりそうだ。
「藤丸、藤丸」
ちょいちょいと信長が手招きしている。
はて、どうしたのか?と思っていると、彼はこんなことを言い出した。
「あいつら強盗団だぞ? 勝蔵に対してもそうだが、軽すぎないか?」
「だって、彼らは味方でしょ?」
立香はきょとんとした。
「敵だったら緊張するし、酷いことをしていたら止めるけど……いまさら強盗団に驚くようなことはないよ」
「お、もしかして、カルデアってとこには強盗団がいるのか?」
立香の話が聞こえたのか、ブッチが尋ねてくる。
「強盗団はいないけど、海賊なら。黒ひげとかバーソロミューとか」
「全員、大海賊じゃねぇか! カルデア、面白れぇ! 悪党の集まりだ!」
「悪党じゃない人もいますよ!? 金時とか、ジャンヌとか……って、そうだ。ジャンヌは?」
信勝は安倍晴明といるとしても、今回の同行サーヴァントで最も聖人で属性が善ではっちゃけると物凄く厄介な人の姿を見ていない。
「ジャンヌ……? 金髪のお嬢ちゃんか。彼女なら向こうの丘に行ったぜ」
「丘……? 教えてくれてありがとうございます!」
立香は礼を言うと、2人に別れを告げて丘を登り始めた。
風がそよぎ、穏やかな丘だった。
ランチボックスを持って、ピクニックしたら心地よいだろう。
ところが、この暖かな気持ちはすぐに吹き飛ばされることになった。
丘の向こう側で巨大な炎の柱が生じたのである。
「あれは……!?」
「旗持った嬢ちゃんのいる場所だ! しかも、あの炎……!」
「知ってるの、信長さん!?」
立香は素早く信長に視線を奔らせる。
信長は若干青ざめた顔で冷や汗を流していた。
「あいつは、廃棄物の女が使う炎だ!」
クラスチェンジは普通できない?
細かいことは気にしないでください。