時は少し前に遡る。
廃棄物のジャンヌ・ダルクは兵を率いて、廃城に再進軍していた。
本来であれば、進軍はもう少し先、さらにいえば別の場所に出撃していただろうが、ここにきて廃棄物側に問題が発生した。
謎の少女剣士、沖田総司の出現である。
日本で無念の死を遂げ、こちらの世界に改めて召喚された娘だった。
おまけに、身体能力も生前より格段に向上され、北壁からの落下にも耐えうる肉体を保持している。それだけならば、確実に廃棄物だと断定できたはずだ。
しかしながら価値観は漂流者に近く、何故か女体化し、どうやら他の誰かを主と仰ぎ行動している模様。
「由々しき事態である」
黒王は廃棄物たちを集めると宣言した。
アナスタシアだけは別だ。黒王がすでに腕を治癒していたが、心まで治すことはできない。生前のこともあり、取り乱して部屋から出られる状況ではなかったのだ。
「ラスプーチンが放った斥候もオルテ首都ヴェルリナに潜入できず、見えない壁が覆いつくしている。
ジャンヌ・ダルク。あの女剣士を殺せるか?」
「当然!」
ジャンヌはにたりと笑った。
久しぶりに思う存分に戦えることが嬉しく、そして、ずっと胸に燃やしていた願いが実現できるかと思うと笑いが止まらない。
「もし、その道中に漂流者を見かけたら焼き殺して良いんですね?」
「ジャンヌ、黒王さまの計画では――」
「許可する」
ラスプーチンが待ったをかける前に、黒王からの許可が下りる。
ジャンヌは顔に歪んだ笑みを浮かべると、礼もそこそこに退出した。あの場にいた廃棄物の誰よりも士気高く憎悪と戦に燃えている。
そんな娘の後ろ姿を苦い気持ちで見送るのは、土方歳三だった。
「土方、お前は行くな」
「……」
「知古故に剣が鈍るやもしれぬ。惟任とは反対に」
黒王は桔梗の紋をあしらった服を着た男性に顔を向ける。
惟任こと、明智光秀。この世界にいるとされる織田信長の息の根を今度こそ止めてやると意気込む男だ。
だが、彼も不思議と浮かない顔をしている。
そのことに目ざとく気づいたのは、ラスプーチンだった。
「おや、コレトー。どうかしました?」
「……いや、なんでもない」
明智光秀は黙り込む。
まさか、言えるわけがない。
織田信長が三人いるような気配がしたなんて、あまりにも非現実な直感を口に出せるような人間ではなかった。
さて、廃棄物のジャンヌ・ダルクは進軍を開始する。
「臭う、臭うぞ……!!」
黒王が事前に、沖田総司のだいたいの居場所は目星がつけていた。
十月機関の者ともに消えていったことからするに、オルテ近郊にいると仮定する。手負いの者を休ませられるような場所はいくつか存在するが、新たな漂流者ともなれば、まず行く先はオルテ首都。しかし、謎の封鎖の結果、入れないとなれば、行く場所は一つ。
廃城。
エルフの集落があり、ジャンヌが以前攻めた因縁の地だ。勝負の行方を思い出せば、胸のうちからぶすぶすと沸き上がる憎悪の炎がこみあげてきた。
「女サムライや漂流者がなくても、今度こそ燃やし尽くす! っくく、あはははは!!」
ジャンヌは高笑いをした。
青空高く木霊する笑い声。清々しいまでに憎悪と快楽に満ちた声をとどろかす。
ところが、ここで一つの事件が起きた。
「……ん、誰かいる?」
あと少しで廃城に着くというのに、進行方向に人間を発見する。
荒野を伴なしで、たった一人で歩いている。道化のような青い衣装を着こんでいることから、たった一人の大道芸人なのだろう。
「目障りだ。焼き尽くす!」
ジャンヌは特に考えることなく、黒剣を抜いた。すれ違いざまに焼き尽くしてやろうと決める。
さながら前哨戦だ。
そうやって、意気込むはずだった。
「……おやぁ?」
道化はこちらを見る。
カエルのような目をぎょろりと回し、しげしげとジャンヌを見た。ジャンヌも道化を見た瞬間、雷が身体にはしったような衝撃を感じた。
「と、止まれ!」
ジャンヌは馬を止めた。
あまりにも唐突に止めるものだから、後続の黒鎧の怪物たちに動揺が走る。いつも敵陣突破するときに、決して止まることなく炎を撒き散らす。部下たちは火に触れぬことに細心の注意を払い、かつ、彼女を見失わないように行軍するのが常だった。
その彼女が初めて「待った」をかけた。
部下たちがざわめいたが、ジャンヌに彼らの声は聞こえてこない。
「お前、いや、貴方は……!」
「……違うのですねぇ」
ジャンヌが震える声で何か言う前に、道化はやれやれと頭を振る。
「金髪ショートで男装している。フランスおよび数多の人間をも焼き殺さんばかりの憎悪の炎。
貴方は間違うことなく、ジャンヌでしょう」
しかし、道化の顔は明るくない。
むしろ、ますます大きなため息をついた。
「本来であれば、再び巡り合えた僥倖に感謝し、我が祈りは無駄ではなかった! 神に神罰を! 世界に呪いあれ! ……と、意気込むところですが、ジャンヌ……いいえ、ジャンヌらしき人。貴方には足りない物が一つだけ存在することに気づいてしまったのです」
「私に足りないもの……?」
「今の私は本来の霊基よりも精神汚染が薄いので、分かってしまうのですよ。汚染が深ければ、素晴らしい再会に感極まるところだったのに……」
「だから、私になにが足りないの!?」
ジャンヌは前に乗り出すように叫んだ。
「私には分かる。姿かたち違えど、貴方はジルなんだって!」
「いいえ、違います。
私めはジル吉郎。『羽柴・ジル・ド・レェ吉郎』でございます!」
「……は?」
ジャンヌは目が点になった。
驚きのあまり、思考が空白となる。ジャンヌは身体から力が抜けていく。剣が指から落ちかけていることに気付き、慌てて握り直した。
なんというか、ジルが理解しがたい名前を告げた気がする。
「どこが精神汚染が薄いの? ジル、がっつり精神汚染されてない? 見た目どころか、名前まで変わってるわよ!?」
「いえいえ、ジャンヌ。私の精神汚染は薄いのですよ」
ジルは声色を変わることなく、冷静に首を振った。
「私めは魔王信長様のサーヴァント。
織田七大将軍の一人、羽柴・ジル・ド・レェ吉郎でございます。
明智殿から
『エルフの子どもに興味はないか? さくっとエルフの集落を攻め滅ぼしてこい。その後は、そこに拠点を置いて暮らすと良い。絶対に信長様のもとに戻って来るな。
ふふふ、ふはははは!! 一生僻地で暮らすことだな、カエル顔の猿!!』
と命じられまして。いまから攻めに行くところなのです」
「明智……コレトーのこと? ハシバ? え、なにそれ?」
ジャンヌは混乱した。
ものすごく急にぐだぐだになってきたので、理解が追い付かない。彼女に追い打ちをかけるように、ジルは語り続けた。
「ジャンヌらしき者と知り合えるのは喜ばしい限りなのですが、貴方には……ジャンヌにあって、貴方にはないものがあります」
「……ごめん、ジル。私、分からない。いろいろと」
「それは、胸です!!」
ジルは宣言した。
本来の霊基で召喚されたキャスターのジル・ド・レェだった場合、廃棄物のジャンヌを感極まって迎え入れただろう。もしかしなくとも、魔王信長程度の使命を放棄し、廃棄物のジャンヌと行動を共にし、同じ道を歩んでいたに違いない。
しかし!
ここにいるのは、ジル・ド・レェではない。
魔王信長が召喚し、ぐだぐだ粒子に汚染された羽柴ジル吉郎なのだ!
「ジャンヌは人々を包み込むような豊満な胸をもっていました。顔からも気品が滲みでて、光輝くような聖女だったのです。ジャンヌは決して、バレー部主将ではありません!」
「この…………ジル、もどきが!!!」
ジルの宣言をかき消すように、ジャンヌはナイフを投擲する。
しかし、ナイフは羽柴ジルに届かない。燃え盛るナイフは謎の生物が撃ち落とす。ジャンヌは目を疑った。
「ジャンヌと戦うのは不本意ですがしかたありますまい。
盟友プレラーティから賜った技をお見せしましょう!!」
ジルは叫ぶ。
廃棄物のジャンヌは知らないが、ぐだぐだ粒子に汚染されていたところで能力や宝具に変化はない。ジャンヌが気づいたときには、背後の部下たちがもがき苦しみながらタコのような怪魔に変異するところだった。
「お前たち――ッ!? く、ジル!!」
ジャンヌは怒りの声を上げる。
腐っても部下だった。関心などほぼ向けてこなかったが、それでも、自分について来る部下に少なからず一定以上の好意を抱いていた。
それをあっという間に変身させられたのだ。ジルだがジルではない道化からの侮辱に後押しされ、ジャンヌは文字通り燃えた。
「殺す! 焼き殺す!! たとえ、ジルであっても!」
「ジルではありません。バレー部主将のジャンヌ、私めは羽柴ジル吉郎……」
「それ以上話すな!」
ジャンヌは激昂した。
馬を飛び降り、自分の怒りのままに突撃する。
気が付けば、ジャンヌの周りは火の海になっていた。
それでも、怪魔となった部下たちは生き残っている。理由は簡単で、炎の壁を作り、ジャンヌとジルとの戦に参入してこないようにしていたからだ。
ジャンヌには、彼らを巻き添えにしないだけの理性は残っていた。
そして、
「これで終わりよ、ジル」
ジルを殺さない理性も。
ジャンヌが放ったナイフはジルの宝具「螺湮城教本」に刺さり、一気に燃やしつくす。手元からの出火に、さすがの羽柴ジルも書物を落として後退するしかない。その隙に、ジャンヌは他の怪魔たちを焼きつくし、ジルに接近する。
ジャンヌは黒い剣を羽柴ジルの喉元に突きつけた。
「私の言う通りにするなら、命はとらないわ」
姿かたちは変われど、口にする言葉はひそかに気にしていることを堂々と指摘して怒髪天をつくものだったとしても、ジャンヌ・ダルクにとって、ジル元帥は特別な存在だった。
「彼らを元に戻しなさい。そして、ジル。私と再び戦場を駆けると誓いなさい」
「ジャンヌ……異世界のジャンヌ。それはできない相談なのです。一度変異させたものを戻すことなどできないのですよ。
私が、貴方に従うことができぬように」
「そこまで、私は貴方の世界の私と違う?」
ジャンヌは嫉妬した。
変わり果てたジルの心を離さない、彼の信じる「ジャンヌ・ダルク」を。
「私めは、ジャンヌ。貴方に献身的に尽くしたい。ですが、この霊基が許してくれないのです」
ジルの顔が苦悩に歪んだ。
彼は苦しそうに絞り出した言葉を聞いたとき、ジャンヌは悟った。
バレー部主将とか胸がないとか、そのような言葉はすべて方便。ジャンヌと戦わなければならないと自分を鼓舞するための言葉だったのではないかと。
「私めは、魔王信長様を裏切ることはできないのです」
事実、こんなあっさりと決着がつくはずがない。
ジャンヌは廃棄物として忌々しい炎を操ることができるようになったが、ジル・ド・レェはジャンヌより戦経験が長い元帥だった。自分より戦上手かつ同じように異能力を扱う者が、あっさり負けるはずがないのだ。
「わずかではありますが、またあなたと語らえたことを、幸福に思います」
「ジル……」
「この羽柴ジル、できる限りの記憶を英霊の座まで持ち帰る所存。さらばです、異世界のジャンヌ。貴方のことは決して忘れず、霊基に刻まれることでしょう。たとえ、一部ボリュームが圧倒的に違うのだとしても」
「最期までそれ!?」
ジルはどこか満ち足りた顔で消滅した。
金砂になり、あとは残らない。自分を取り囲むのは焼け野原と異形と化した部下たち。ジャンヌは手を操り、炎の壁を変形させ、元部下たちを炎の波で飲み込み焼き殺す。
「……胸糞悪い。さっさとエルフの村を焼きに行く。女剣士と漂流者を殺す!!」
「そうはさせません!」
しかし、今度も待ったをかける清廉な声が貫いた。
つまるところ、廃棄物のジャンヌの苦難はまだまだ続く。
〇羽柴ジル・ド・レェ吉郎
ぐだぐだイベントといえば、武将+サーヴァントの謎コラボ。
(例:上杉アルトリア、真田エミ村など)
天下人秀吉とジル元帥を合体させてしまい、全国の秀吉ファンの皆様、本当に申し訳ありませんでした!!
織田七大将軍は残り六人。
ぐだぐだ武将は五人、ぐだぐだ名前ではないのは一人だけです。
次回「ふたりはジャンヌ・ダルク」
書き溜めも次回で切れるので連日投稿ではなくなりますが、今後もよろしくお願いします!