GRIDMAN//CODE:Cypher   作:オンドゥル大使

1 / 51
プロローグ
♯0‐0


 空に浮かぶは黄金の瞳。

 

 見下ろすべき世界は青く濁り、緑色の電線が地表を走っている。這いつくばってでも見上げる月は、絶対者の眼差しとなって靄の発生した街を睥睨する。

 

 青く錆びついた街。屹立する巨大建造物が複雑怪奇に入り組み合い、樹木のように空を目指す。その枝葉から仰いだ空を今、一陣の辻風が突き抜けた。

 

 赤銅の色を引き移した戦闘機が空域を掻っ切る。突き抜ける瞬間、まるで鮮血のように真っ赤な推進剤を焚いていた。

 

 それを追うのは青い推進剤を焚く白銀の戦闘機であった。鋭角的なシルエットを持つ両者は互いを追い回し合い、やがてその下部に備えた銃火器を咲かせていた。火線が舞い、雲海を引き裂く。穴の開いた雲を急上昇し、翼に雲の水蒸気を纏いつかせ、赤銅の戦闘機が月夜に舞い上がる。その尾翼を追い立て回す白銀機は機銃を掃射する。

 

 赤銅の機体は制動推進剤を用いて速度を殺し、攻撃をかわしながら相対する機体へと翻る。瞬間にはその姿が変異していた。

 

 光による眩惑。円形の術式を潜り、赤銅の戦闘機は一瞬にしてその色を宿した人型と化していた。交錯するほんの一瞬の間に白銀の機体もその身をロールさせて変異する。

 

 白銀の人型はその左腕より光の剣を発振させる。赤銅の影は腕を振るっていた。同じように色だけがいやに赤い刃が、空間を裂いて相手を薙ぎ払う。

 

 その一撃をいなした白銀の人型はさらに変異――否、変身する。

 

 両腕に擁したのは蛇腹型の装甲であった。盾代わりとしたその腕へと攻撃が至るも、斬撃の余韻を残して赤い刃が霧散する。

 

 盾の耐久力が勝ったのか、それとも剣が融けたのかは不明。全てが判じる前に、二つの人型はもつれ合いつつも共に左手に有する機構より光刃を発していた。

 

 急速落下する二体が地上へと落ちる寸前で互いに変身し、戦闘機形態となって並走する。青く錆びた街並みを疾走し、ガラス細工で構築された窓が激震に揺れる。耐久値を無視した空気振動に次々と割れていった。

 

 上昇に転じたのは白銀の機体のほうである。加速からの上を取っての戦法。月明りで映し出されたその無機質な装甲版が直後に捲れ上がり、月の光で押し広がった装甲が波を描いて人型へと変ずる。

 

 直上を取ったのは伊達ではない。

 

 左腕の刃を大きく引き、致命的な一撃を赤銅機に与えようとする。

 

 それを受けてか、赤銅の機体が閃き、人型に変じていた。互いに刃のスパーク光を照り受けた人型二つはまるで生き写しのようなその無機質な相貌を晒す。

 

 白銀の側は月と同じ、金色の輝きを持つV字型の眼差しである。赤銅の人型は薄い皮膜の向こうに怒りを体現した赤く煮え滾った瞳で返す。

 

 赤銅の人型が相手を突き飛ばす。その勢いに負けじと白銀の人型は後退しつつ左手を払った。

 

 次々に編み出された光速手裏剣が空域を奔り、赤銅の人型へと殺到する。相手はしかし、それを意にも介さずその右手に編み上げたのは杖であった。

 

 穂先が捻じ曲がり、樹形と螺旋を描いた杖を赤銅の人型は振るう。

 

 瞬間、空間を捩じ切って現れたのは菱形の結晶体である。結晶体はそれぞれの頂点を向い合せ、赤銅の人型を守る結界を生み出していた。

 

 結界に遮られる形で光速手裏剣は止められてしまうが、その段階で既に手は打たれている。駆け出した白銀の人型は光の速度を超え、今度は重戦車へと変身する。

 

 重々しい砲撃の連鎖と共に幾何学軌道を描くミサイルを掃射する。赤銅の人型もまた重戦車へと変身し、合わせ鏡のようにミサイルで反撃する。互いのミサイルが弾幕となり、両者を隔てた瞬間、白銀の人型は戦闘機へと再変身し煙幕を突っ切った。

 

 軽い身のこなしで重戦車の真上を取った白銀機はそのまま爆撃を見舞う。

 

 速度の閾値を超えた光速で抜けた白銀機は攻撃の成功を感じたのか、緩やかに空を目指す。

 

 だが、その横っ面を引っ叩いたのは赤い菱の結晶体である。

 

 いつの間にか浮き上がっていた菱形の自律武装がそれぞれの軌道を棚引かせて白銀機を追い詰める。幾度も直撃し、爆発の光が牡丹のように咲き誇った。

 

 白銀機は人型へと変身し、左手を突き出して壁を構築するも、唸りながら螺旋回転した結晶体が付け焼刃の結界を突き破る。

 

 その腹腔に結晶体が食い込み、白銀の人型を街中へと突き飛ばしていた。

 

 倒れた白銀の人型は巨人である。

 

 複雑構造を模した建造物と背丈は同じか、それ以上。

 

 V字の黄金の眼窩を照り輝かせ、白銀の巨人は全身にその眼光と同じ光を滾らせる。その光がやがて左腕の機構へと収束し、左手を拳に変えて突き上げる形を取り、発射されたのは黄金の稲光である。

 

 空間を駆け抜けた光線に赤銅の巨人は杖を払い、菱形の自律武装を浮き上げる。今度は結界を作らず、そのまま射出した。

 

 光線へと直撃した無数の自律武装は誘爆の光を拡散させる。

 

 砕けた自律武装が噴煙を巻き上げる。空高くへと舞い上がった噴煙に覆い隠されたそのたった一刹那――白銀の巨人の横合いへと赤銅のそれは出現していた。

 

 浴びせ蹴りがよろめかせる。杖が天高く空を指し、蓮華の華を想起させる形状の螺旋武装が生み出され、やがて四散していた。

 

 四方八方から肉薄する武装に白銀の巨人が逡巡を入り混ぜたのも一瞬。

 

 緑色の電飾が駆け巡る大地を蹴り上げ、バック転を決めて赤銅の巨人へと躍り上がる。その体躯へと赤銅の巨人が左手に溜めていた結晶体を指先で弾き、拳で叩き込んでいた。

 

 結晶体が砕け散り、無数の棘となって白銀の巨人を襲う。

 

 それに触れた矢先から爆発の光が染み出し、灼熱の色を湛えた直後、白銀の巨人は爆発に包まれていた。

 

 赤銅の巨人は杖を払い、再び攻撃の網を見舞おうとして、不意に飛び退っていた。

 

 先ほどまでその頭部があった空間を引き裂いたのは漆黒の大剣である。打ち下ろされた斬撃をかわした巨人は杖を払って再び使い魔じみた兵装を展開しようとするが、その前に白銀の巨人が迫る。

 

 下段より突き上げた一閃が杖を払い上げ僅かにたたらを踏む。

 

 その隙を見逃さず、白銀の巨人は横合いに薙ぎ払う。杖で受けた赤銅の巨人はその杖の螺旋構造に亀裂が走っているのを発見する。

 

 それを目にした途端、憤怒の眼差しに炎が宿る。

 

 杖を振るい落とし、幾重もの構造体を編み出すが、白銀の巨人の振り翳す大剣はその守りを打ち崩す。

 

 赤銅の巨人は後ずさったその直後には舞い上がり、戦闘機へと形態変化していた。白銀の巨人はそれを追って光速の域を超え、光の皮膜を潜り抜けて戦闘機へと可変する。

 

 追い縋った白銀の機体が火線を浴びせかけた。赤銅の機体は巧みに機体を急加速させ、雲間を引き裂いていく。

 

 白銀機が射撃しようとした瞬間、建造物の上からこちらを窺う人影を見つける。赤銅機はそれを利用し、風圧で人影を煽った。

 

 建造物が粉砕し、落下の途上にあった人影を白銀機は変身し、巨人形態となってその手に助け出す。

 

 しかし、助け出したはずの人影は赤く瞬き、直後に散っていった。

 

 ――罠だ、と露見したその時には、直上から急下降した赤銅機が一斉掃射する。

 

 白銀の巨人はそれを一身に受け止め、その身が煮え滾り爆発が連鎖する。揺れ動いた巨人の体躯が青く錆びた建造物へともたれかかった。

 

 赤銅機は上昇して可変し、重戦車へと姿を変える。その自由落下の途上で巨大な砲門より強力な黄色い光軸が発射されていた。

 

 白銀の巨人は咄嗟に左腕の機構を翳し、光の盾を編み出したが、そのような付け焼刃では耐えられる攻撃力を超えている。超過した火力がそのまま白銀の巨人の頭上で弾け、盾と共に分散する。

 

 白銀の巨人の左手首に位置する機構に亀裂が入る。その途端、白銀の巨人が大きくよろめいた。その姿がぼやけ、ブロックノイズを生じさせる。

 

 赤銅の巨人はその期を逃さない。地上へと巨人形態で制動をかけながら着地し、杖を振るい上げる。

 

 編み上げられた自律兵装が牙の勢いを灯らせ、白銀の巨人を上下から噛み砕いた。

 

 白銀の巨人の額にあるタイマーが赤く明滅する。

 

 その挙動が鈍り、動く度にブロックノイズと処理落ちの巨体がぶれていく。

 

 赤銅の巨人が杖を十字に振るい、菱の自律兵装が一斉に白銀の巨人へと殺到する。

 

 直撃を受けた白銀の巨人は、その身体から力を失わせていた。装甲に入った亀裂と錆が色濃くなり、胸部に配された結晶部より光が絶えていく。

 

 最後の一撃、とでも言うように、赤銅の巨人は巨体の推進バーニアを焚いて肉薄し、杖の穂先で白銀の巨人の心臓部を射抜いていた。

 

 血潮は出ないが、代わりのようにノイズが噴き出す。

 

 赤銅の巨人が杖を引き抜き、相手を突き飛ばす。後ずさった白銀の巨人から光の渦が舞い上がっていた。

 

 塵芥に還っていく白銀の巨人はV字の眼窩を持つ頭部を項垂れさせ、空間に溶ける。

 

 やがて、その存在の証明すら失わされた巨人同士の戦いは終わりを告げていた。

 

 残ったのは赤銅の巨人のみ。

 

 仮面のように展開する薄い皮膜の向こうに灯る憤怒の瞳が輝き、その巨躯が吼えた。

 

 天へ、月へと吼え立てる獣のような声。

 

 やがてその声が収束した瞬間、赤銅の巨人はガラスのように砕け散り、青い建造物の屋上へと吸い込まれていた。

 

 紡ぎ出されていくのは小柄な少女の姿である。

 

 巨人の有していたのと同じ、左手首には赤い機構が嵌められ、紫色の髪をビル風になびかせる。

 

 一瞬の直下型強風がその相貌を露にした。

 

 どこか、この世を見ていないかのような虚ろな眼差し。紫のリップを引いた唇が、銀色の吐息を輝かせる。

 

「……これはただの一歩ながら、大いなる一歩でもある」

 

 歩み出したその靴は編み上げたブーツであり、短めのスカートが風にはためく。着込んだ漆黒のライダージャケットが風を加えた。

 

 赤銅の塵が削げ落ちた屋上で、少女の後ろに集うのは七人の男女である。

 

 彼らは各々に違ってはいたが、それぞれその手に握っているのはモニュメントである。怪物を模したモニュメントの瞳が赤く輝く。

 

「ボクは、退屈にはうんざりしたんだ。だから、この世界を変える。変えるために」

 

 左手首の機構――アクセプターが赤く輝き、少女が笑みを浮かべて青く錆びた街並みを見渡す。

 

「迴紫様。我らナイトウィザードにご命令を」

 

 迴紫、と呼ばれた少女は左手の脈動を掲げる。

 

「――だから正しく、全てを等価に。ボクを、退屈から救ってくれよ。この世の果てまでも」

 

 恩讐の灯火が左手に宿り、少女はその焔共々、青い地平を睨み上げていた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。