GRIDMAN//CODE:Cypher 作:オンドゥル大使
小型の分離自律怪獣、フライジェッターの追撃をあえて留めたのには理由がある。
それは相手の思惑を知るためだ。この「新宿駅」にて何の目的で降り立ったのか。何をするためにこの場所で探索を続けているのかを明確にしなければ先回りは不可能だろう。
懐中時計を取り出し時間をはかる。モノクルの奥の瞳が鋭く細められた。
「グリッドマンは地下層へと向かおうとしている。無意識か、あるいはそれとも……逃げながら最善を練ったか。それは分からないが、迴紫様の手を煩わせるまでもない。ここで、我輩達が追い詰めよう。なに、最適化の前に殺してしまえば何の問題もない」
男は怪獣のモニュメントを掲げる。瞳が煌めき、通信を生じさせていた。
「聞いていましたね、《ギラルス》」
『ええ。グリッドマンが地下層に辿り着いたところを始末する。それでいいんでしょう?』
「迴紫様は迂闊が過ぎる。このままでは寝首を掻かれても何らおかしくはない。無論、我々がグリッドマンを始末出来れば有用性も高められる。迴紫様からの評価を得れば、貴君もナイトウィザードの末席には加えられよう」
『ありがたきお言葉。その際には、是非とも』
「ああ。《ギラルス》程度のアクセスコードでは満足に働けまい。より上位のコードを与える事を約束する」
『頼みますよ。こちらの評価くらいは正当にもらいたいものですからね』
《ギラルス》との通信が途切れる。彼は先回りしてグリッドマンを始末するのであろう。しかし、と彼は先ほど目にした相手を思い返す。
「随分と若い個体を使っているな。持っている武装は強力だが、まだ拙いのは、何か……窺い知れない影響がありそうだ。逆に言えば、今ならば取れる。その好機、逃すわけには――」
「――ぼそぼそと何を喋っているんだい。旦那よぉ」
不意に背後に現れた影にモノクルの御仁はうろたえもしない。
「……何です? 我輩の仕事に文句でも?」
「何でもねぇさ。ただな、相手の背中狙う前に自分の背中に気ぃつけな。迂闊さは死を招くぜ」
「心配なさらずとも。我輩の首を刈りたければそうすればいい。そうは出来ない事を証明して見せよう」
宣言に相手はくっくっと喉の奥で嗤う。あまりにも目に余ったその行動に覚えず言い返していた。
「……迴紫様は貴様に期待していない。だから我輩を先に出させてくれた」
「それはどうかな。案外、死にやすいほうを先に促しただけかもしれないぜ。老躯ってのもある」
「言いたい事はその下らない言葉だけか。ならば手打ちにしろ。ここで貴様相手に言葉を弄している暇はない」
再び背を向けると、相手は嗤いながら空間に溶けて行った。
「分かっていねぇなぁ。その背中、もう狙い澄まされているぜ。ま、警告するのもここまでだがな。俺も巻き添え食っちまう」
「何を――」
一瞥を振り向けた瞬間、殺気に反応出来たのは習い性の感覚があったからか。横っ飛びして先ほどまで自分がいた空間を射抜いた弾頭を視界に入れる。
「狙撃弾頭……どこから」
首を巡らせたモノクルの男は青錆びの建築物の上で瞬く銀色の光を視認していた。
「……浅はかな。我輩を相手に狙撃など。通用するものか。フライジェッター!」
小型怪獣が群れを成し、黒煙を巻き上げて翅を高速振動させた。まさしく一陣の風となり、建築物の屋上を食い潰していく。恐らく狙撃手は破壊の腕に抱かれて即死したであろう。
意識を振り向けもせず、その死を確信した瞬間であった。
「――っと、人間態で会うのは初めてっすかねぇ」
まさか、とモノクルの男は咄嗟に怪獣の腕を召喚させる。尖った針の腕と相手の剣閃がぶつかり合っていた。空間が凝縮し、破裂した雨粒が弾け飛ぶ。
「まさか……狙撃手は……」
その段になって狙撃は囮であった事に勘付く。狙撃銃を遠隔操作し、自分の位置を特定するためにわざと位置関係をばらした狙撃を見舞い、その隙をついての近接戦――。
明らかなのは、眼前の白髪の男こそが、先の戦いにおいても自分の邪魔立てをした相手そのものだという事。
「貴様……ッ、人間ではないな」
「その判定! おたくに出来るんすか? ここまで接近を許した時点で!」
「ほざけ。針に抱かれて死ね!」
無数の針山が連鎖して出現し、男を刺し貫こうとするが相手も距離は心得ている。二丁拳銃に持ち替え、火線が張られた。弾幕に怪獣の腕で押し留めるもそれは後手だ。
即座に跳ね回り、視界の隅から攻撃が浴びせられる。
「……猿のような奴だな」
「そいつぁ、褒め言葉っすかねぇ。さぁ、ここであんたを――デリートする!」
腰だめに構えられた長刀を下段より男は払い上げる。切っ先が眼前を行き過ぎたのを確認するまでもなく、怪獣の腕を突き出し、針先で相手を引き裂いていた。
胴体が生き別れになった相手にフッと笑みを浮かべた刹那、相手も嗤う。
「忍法、空蝉」
絶句した直後には、直上に躍り上がった敵影が迫る。刀が頭蓋に向けて振るわれ、怪獣の腕で防御するよりも早く、相手の剣は右腕を貫通していた。
「右腕、いただくっすよー!」
「貴様……、グリッドマンに味方するのか」
「勘違いしないでくだせぇ。俺もあの坊ちゃんには困っているクチなんすよ。新しいグリッドマンだか知らないが、お子様の尻拭いをするために、こちとら危険を冒してまで帰ってきたわけじゃないんでね!」
「帰ってきた……。そうか、貴様! ……聞いた事があるぞ。ナイトウィザードの第三席に、忍術を得意とする者が在籍していたと。その者は、迴紫様に牙を剥き、殺されたと聞いていたが、生きていたとはな」
怪獣の腕が直下に召喚され、男を貫こうとするがその時には相手は蹴り上げて離脱している。
雨風が激しくなり、互いの服飾を風圧がなびいていた。顔には無数の雨粒が張り付いており、険しい双眸を向ける。
「ご存知だってなら、とっととお命頂戴させてもらえるっすかね。ナイトウィザードは必ず殲滅するんで」
その言葉にモノクルの男は笑い声を上げる。
「必ず殲滅だと? 笑わせる! 貴様もナイトウィザードの末席であると言うのならば、ここで死するべきはどちらなのか、分かっているはずだ」
怪獣の腕を召喚し、相手に向けて撃ち出す。敵は直刀でいなし、火花を散らして斬り上げていた。
「そんなもんでッ!」
「どうだかな。我輩は勝負をつけるのならとっととつけたいのだよ。古巣に攻撃してくる相手ならば、手も分かっているはず。特に、ね」
手にしたのは純金のモニュメントである。両腕に刀剣を携えた烈風の鋭角的な怪獣の瞳が赤く煌めいた。
「アクセスコード……《バギラ》!」
刹那、風が逆巻き、新宿駅が烈風に押し包まれていく。相手はその最中でも刃を地面に突き立てて制そうとしたが、それを切り払った一閃が阻んでいた。
辻風に舞い上がった男が姿勢を制御する前に、その身へと針の一撃が見舞われる。
男は刃で針を弾き返し、姿勢を整えて腕に着地する。
「早い変身っすねぇ。もっとも、もう種は割れているも同然っすが!」
(余計な事を言っていると……舌を噛む!)
振り払った銀閃を相手は身軽さを活かして降下しながら回避する。
モノクルの男――《バギラ》は吼え立てていた。
(逃がすものか。ここでグリッドマン共々、根絶やしにしてくれる)
生み出した烈風が次々と青錆びの建築物を粉砕していく。背びれより自律型の怪獣が生み出され、男へと追いすがった。
(地獄を見るがいい。世界は我々、ナイトウィザードのものだ)
舌打ち一つでツルギは高層建築物の壁に刃で張り付く。
「もう怪獣へ変身とは……。奴さんも慌てている様子。……どっちにしたって、ここで坊ちゃんをどうにかしないと、相手の面子も立たないって事っすか」
アノシラスは既に安全圏に逃れているとはいえ、今は自分の心配をすべきだろう。アクセスコードを使い、怪獣へと変身を遂げた相手に今までの攻勢は通用しない。
「本当なら、人間態の時に仕留められれば御の字だったんすけれど、当てにならないってのは我が身も、っすか。いやはや、鈍ったっすねぇ、自分の事ながら」
後頭部を掻いていると、こちらの気配を察知したのか、《バギラ》が両腕の針を交差させ、火花を散らしつつ一撃を建築物に浴びせていた。
貫かれた高層建築を壁伝いにして、ツルギは足がかりを生んで跳躍する。雨嵐に服が煽られ、無数の雨粒が視界に吸着した。
降下の途上で蛇腹剣を取り出し、次なる高層建築の屋上に伝い上がる。相手が怪獣になったという事は機動力に関して度外視しているはず。
今の自分を察知する能力は、単純に怪獣としての索敵範囲の拡大であろう。いずれにしたところで、怪獣相手に長丁場を決め込めるわけもなし。
ツルギは自律怪獣を二丁拳銃で叩き落していた。
「蠅なんて機動させたところで、俺は殺せないっすよー」
だが、実際問題相手の目論見は自分ではないのだ。この新宿駅のどこかにいるであろう、グリッドマンの抹殺。それこそが相手の本懐。そう考えれば、この自律怪獣の索敵能力に関しては驚異的であろう。
「……坊ちゃんが逃げ切れるかどうか……。ま、そこまでお人好しじゃあ、ございませんので。俺は相手がその気がないってなら、逃げ切らせてもらうっすよ」
姿勢を崩し、あえて高層建築物より身を乗り出す。真っ逆さまに落ちていく中で、ツルギはある考えを浮かべていた。
「……あるいは、こうも考えられるっすか。グリッドマンの覚醒、それが成される前の暗殺。相手も小賢しいっすねぇ。それとも、相手が目覚めないうちは勝負にもならないっすか。……迴紫」
蛇腹剣を稼働させ、ツルギは無事に舞い降りる。自律怪獣が何匹か上空を飛翔していった。
自分を見逃したか、あるいは別の目的に思考を変位させたか。
いずれにせよ、ここでの勝負はお預けだ。
ツルギは駆け出すなり、視界に入ってきたアノシラスが手招いているのを発見していた。
「おたく……隠れていろって……」
「でも、相手も怪獣になっちゃったし。隠れていたって無意味でしょ?」
それはその通りなのだが。ツルギは額に手をやって、それでもと抗弁を発していた。
「……死んでも知らないっすよ?」
「そうなったら、そこまでだよ。ねぇ、お兄さん。今度の怪獣は何を狙っているの?」
「話す義理はない、って言いたいところっすが、まぁ言っちまうと、グリッドマンの覚醒の阻止っすよねぇ」
「グリッドマンが目覚めると、何が起こるの?」
そういえば、アノシラスにはグリッドマンに関する知識はないのか。ツルギは相手の自律怪獣の追っ手がない事を確認してから、アノシラスの手を引きいくつかの路地を折れ曲がった。完全に気配が途絶えたのを承知し、ツルギは口火を切る。
「……グリッドマンは守り手なんすよ。この世界の」
その言葉にアノシラスは小首を傾げる。
「この前に現れた……蒼と銀の?」
「まぁ、あれもグリッドマンなんすけれど、元々はもっと複雑で……。端的に言っちまえば、グリッドマンは楔なんす。この世界において」
「怪獣を倒すためにいるの?」
「それも誤解っちゃ誤解なんすけれど、どうなんすかねぇ、今回のグリッドマンは。何を目的に、戦うって言うんでしょうねぇ。あの坊ちゃんは……」
遠くを睨み、ツルギは舌打ち一つを浮かべていた。